第71話:理事長より弱ぇー・・・
入学式の翌日、俺の目覚めは同部屋の誰よりも遅かった。
歓迎会の後半に振舞われた、酒を飲んだせいである。
というかどうやってこの部屋に戻ってきたのかも覚えていない。
「おっさん、起きろよ。遅刻するぞ」
コウの取り巻きの青年に体を揺さぶられ、やっと目が覚めた。
この青年の名前は確か・・・・、いや、ダメだ。
まったく、覚えていない。
名乗られた記憶はあるが、思い出せない。
これも歳のせいかもしれない。
俺は上体を起こし、皆を見る。
彼らは既に制服へと着替えている。
俺だけ寝巻きのままである。
「朝食は?」
俺の言葉に、5人とも呆れた顔をする。
「おっさん、今何時だと思ってるんだ? 朝食を食べる時間なんておっさんにはないぞ!」
そう言われ外を見ると、既に太陽は空らへ昇っている。
本当に寝過ごしてしまったようだ。
これはやばいやつではないか?
「じゃぁ、僕達は先に行きますので」
同部屋の少年が言うと、皆が部屋から出て行く。
「急げよ、おっさん!」
青年は最後にそう言うと、扉をバタンと閉めた。
俺は急いで寝巻きを脱ぐと、制服を取り出し着替え始める。
その速度は自己最速だと言えるだろう。
最後にローブを身に纏うと準備完了。
急いで教室へ向かおうとしたところで気がついた。
「そう言えば、昨日グラン・シュタットフェルトが俺を呼んでいたな。授業の始まる前ってことだったし、遅刻しても問題ないのではないか?」
そう思うと、急に気持ちが楽になった。
俺は悠々と歩き、校舎へと向かう。
「ちょっとそこの君! 今何時だと思っているんですか?」
校舎の入り口で、女性の教師に止められた。
この人は確か、入学試験の実技を担当していた教師だ。
丸縁眼鏡で、特徴的な緑がかったロングヘアーを見間違うはずがない。
「理事長に呼ばれたんだ」
俺はそれだけ伝え片手を挙げると、華麗に通り抜けようとする。
「あぁ、そうなんですか。理事長に呼ばれたなら仕方がない・・・・わけないでしょ!」
女教師は素早く杖を取り出すと、風魔法を展開し俺の行く手を阻む。
ちっ、やっぱりダメだったか。
「仮に理事長先生に呼ばれていたとしても、遅刻は遅刻です」
真面目で融通の利かないタイプのようだ。
仕方なく、女教師へと向き直る。
「すまない。なに分新入生のため知らなかった。以後気をつけるので行かせてくれ。このままだと理事長との約束まで遅刻しそうだ」
この言葉は効果覿面であった。
女教師は「うっ」と言葉に詰まる。
真面目で生徒思いの良い先生なのだろう。
理事長を待たすわけには行かないが、ここで注意するのが生徒のためだと葛藤している。
俺はその隙に姿をくらますことにした。
気配を殺す術は持ち合わせている。
俺が立ち去ると後ろの方で、「あれ?」と言う声が聞こえた。
もちろんここで立ち止まる俺ではない。
そのまま足早に理事長室へ向かう。
よく考えてみると、俺は理事長室の場所を知らない。
適当に歩いていれば見つかると思ったのだが、たどり着くことができない。
そろそろ授業が始まる時間である。
それにも関わらず、こんなところをぶらぶら歩いているなんて、とんだ不良学生である。
しかも新入生なのに・・・・。
仕方なく、誰かいないかと適当な教室を覗いて見る。
幸い授業をしていない空き教室があった。
中を覗くと一人の少女がいた。
少女は椅子に座り、窓のほうを見ている。
俺が入ってきたにも関わらず、微動だにしない。
だから、俺から見えるのは彼女の後姿だけである。
「すまない、よかったら道を教えてもらえないだろうか?」
声をかけるが反応はない。
「おーい、そこの君」
更に声をかけながら近づく。
まったく反応がないので、肩に手を触れた。
そこでやっと彼女が振り向く。
そして驚愕する。
彼女はよくわからない文様の描かれた仮面をしている。
隙間から見える瞳はどこかうつろで、まるで人形のようである。
しかし、動くということは人形ではないはずだ。
「す、すまないが、理事長室の場所を教えてもらえないか?」
得体は知れないが、今は彼女にすがるしかない。
このままだとグラン・シュタットフェルトを怒らせてしまうかもしれないからだ。
幸い、彼女は言葉を理解してくれたようだ。
一度小さく頷くと、虚空に視線を這わせる。
そして指を天井へ向けた。
俺は指し示す方を見上げる。
あぁ、なるほど。
理事長室は最上階か。
そういえば、権力者は高いところを好む。
これは万国共通で、俺がいたどの世界でもそうであった。
「助かる! えっと、名前は・・・・」
名前を聞こうと思ったが、彼女の俺への興味は既にない。
窓のほうへ向き直っている。
まぁいいか。
もう用件は済んだ。
足早に教室の出口へ向かう。
扉を閉める時、最後に彼女のほうを見たが窓のほうを見たままである。
本当に不思議な子だ。
それに、誰かに似ているような気がする。
誰だろうか?
そんな思いが一瞬頭を過ぎるが、すぐに意識外へと消えていく。
俺のすべきことは、とにかく最上階へ向かわなければならない。
素早く詠唱を開始し、肉体強化の魔法を行使する。
誰もいない廊下と階段を、スピードに乗って疾走する。
最後の階段を登りきったとき、俺の筋肉と魔力が悲鳴を上げた。
息は絶え絶えで、目は血走っている。
口からは、気を抜けば胃液が逆流しそうだ。
最後の力を振り絞り、最上階にある部屋へたどり着く。
部屋には『理事長室』と書かれている。
よかった。
これでもし違っていたら泡を吹いて卒倒していただろう。
深呼吸し、できる限り呼吸を整える。
そして、覚悟を決めて理事長室の扉をノックした。
「・・・・入れ」
扉の向こうから低い声が聞こえる。
昨夜聞いたグラン・シュタットフェルトの声だ。
俺はゆっくりと扉を開くと、中へと足を踏み入れた。
「セリア・レオドール、遅かったな」
理事長室には大きな執務用の机があり、その椅子に腕を組んだ理事長がいた。
その射抜くような視線は俺を見定め、一挙手一投足まで注意深く観察されている。
非常に居心地が悪い。
「申し訳ない。少し道に迷った」
俺の言い訳に理事長は眉を潜める。
「君は遅れて来たにも関わらず、口の利き方もわからないのか?」
どうやら遅かったようだ。
すでに理事長はご立腹である。
「申し訳ありません」
たどたどしい敬語で再度謝罪する。
「まぁ、いい。今日ここに呼んだのは君に聞きたいことがあるからだ」
いきなり本題に入ろうとする理事長は、どうやら俺と長話をする気はないようだ。
核心だけを聞ければ、用済みなのだろう。
本当に、権力者というのはどこの世界でも傲慢である。
「俺にわかることであれば答えますが?」
俺の言葉に理事長は満足そうに頷く。
「では聞こう。君はリンカ・シュタットフェルトがどこにいるのか知らないか?」
一瞬呼吸が止まりそうになった。
目の前のグラン・シュタットフェルトとは昨日対面しただけである。
それだけで俺とリンカの関係を看破したのか?
リンカが鋭いと言っていたが、これは度を越しているだろう。
しかし、俺も百戦錬磨の猛者である。
幾多の死線を潜り抜け、時には宮争いにさえ関与したことがある。
内心を悟られないようにするなど造作もない。
どれだけグラン・シュタットフェルトが鋭かろうが、俺の表情からは何も読み取れないだろう。
「いえ、知りません。どうしてですか?」
ポーカーフェイスのまま逆に質問を投げかける。
「本当に知らないのか?」
どうやら俺の質問には答えるつもりがないようだ。
あくまで主導権は彼にあるといったところか。
「質問の意味がわかりません。リンカ・シュタットフェルトというのは理事長先生のお孫さんでしたか?」
とぼけた質問を再度返す。
その言葉に、理事長はイラだった様相を見せる。
「知らないのならもう良い。だが、知っている事があるなら必ず私に報告するように」
「わかりました」
俺の返事を聞くと、理事長は魔法で扉を開いた。
どうやら用件はこれで終わりのようだ。
「入学早々呼び出してすまなかった。早く授業へ戻るように」
俺は会釈すると、出口へ向かう。
後ろから理事長の視線が背中を射抜くのを感じる。
これは、まだ疑っているな。
しばらくは迂闊な行動はできない。
部屋の外でもう一度頭を下げると、扉を静かに閉める。
扉が完全に閉まると、やっと一息つけた。
「ふ~」
背中が汗でぐっしょりしている。
さすがは魔法使いを束ねる長だけのことはある。
威圧感がすごい。
俺は今後のことを思うと、気が滅入る。
あの理事長の目を掻い潜って結界について調べなければならない。
リンカや、レーアとの接触も控える必要がある。
まだ朝だというのに、もう一日が終わったかのような疲れを感じた。
精神的にも、肉体的にも、魔力的にも限界である。
俺は体を引きずるように、自分の教室へ向かう。
本当はもう、寮に戻って休みたいところである。
ただ一つだけ収穫があった。
それは、グラン・シュタットフェルトがすこぶる元気だということだ。
そうでなければあの覇気の説明がつかない。
今度リンカへ会ったときに言ってやろうと思う。
お前のじいさんはもう少し弱ったほうがいいと。
最上階から階段を降りる。
一歩進むごとに体が悲鳴を上げている。
あれ?
そういえば、俺の教室ってどこだろう?
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