幕間4
次回から魔法学院編になります。
暗い通路を一人の男が歩いていた。
通路の両側は岩壁で作られており、表面は露で湿っている。
壁沿いに等間隔に設置された松明を頼りに進んでいる。
人の気配はなく、男以外にこの通路を使用する者はいない。
ここはかつての王が作りし忘れ去られた隠し通路である。
ゆえに、現王さえもその存在を知ってはいない。
しばらく進むと、左右に道が分かれた。
しかし男は、その中央の壁に手を当てる。
僅かに存在する岩の突起を探し当て、ゆっくりと押し込む。
すると、目の前の壁が音を立てて開かれた。
男は手馴れた様子で壁の中へと進む。
数歩進むと、後ろで壁が閉まり始める。
完全に閉まりきると、目の前は真っ暗である。
けれど、男の目にかかれば何の障害もない。
男は夜目が効く特殊な目を持っているからだ。
男がさらに進むと、突き当りに階段が現われた。
ためらうことなく階段を登ると、目の前に木製の扉がある。
その扉へ力を込めて開く。
扉が開けば開くほど、中から光が溢れる。
そこは一つの部屋であった。
ベッドも、テーブルもイスもある。
何の変哲もない部屋。
ただ、変わっているところがあるとするならば、四方にそれぞれ木製の扉があるということだけだ。
男はイスに腰掛け、足を組む。
腕を組み、何やら考え込む。
「お待たせいたしましたかぁ?」
いつのまにか、全身黒色の服装に身を包んだ小柄の青年が側らに立っていた。
「いや、待ってはない。それよりも報告を聞こうか? お前自ら来たということは、何か不測の事態が起きたのだろう?」
男が鋭い眼光で小柄の青年を見る。
「リンカ・シュタットフェルトを見つけました」
「ほう・・・・」
「ですがぁ、取り逃がしてしまいました」
その瞬間、男の眼光が更に鋭さを増す。
殺気の篭ったその瞳は、小柄の青年に強烈な圧を与える。
「お前達「眼」が取り逃がしたか・・・・」
リンカ・シュタットフェルトだけであれば、目の前の青年で対処できる。
加えて、彼の子飼いの部下も動員した。
そこまでしてもまだリンカ・シュタットフェルトを捕らえていないということは、外的要因があるとしか思えない。
だとするなら・・・・。
「何者の仕業だ?」
男は鋭い眼光を青年へ向ける。
「男の名はセリア・レオドール。リェーヌでは聖剣の担い手と呼ばれているそうです」
青年にとって、邪魔をした男のことを調べるなど造作もなかった。
というか、セリアは自ら大声で名乗っていた。
その声は壁越しにだが、しっかりと聞こえていたのだ。
「聖剣の担い手・・・・聖剣グランディアに選ばれた勇者が現われたということか?」
「それはわかりません。セリア・レオドールが本物かどうか確信を得ていませんのでぇ。ただ
彼は得体がしれません」
この小柄の青年からそういう評価が下されるということは、少なくとも非凡であるということは間違いない。
「詳しく聞こう」
「我々が襲撃し、追い詰めた部屋はセリア・レオドールの部屋でした。その部屋には既にある魔法陣が床一面に描かれていました。その魔法陣はどうやら転移の魔法陣のようです」
「転移・・・・だと?」
男は眉を潜める。
この世界で最も進んだ魔法技術を持つシュタットフェルト魔術学院ですら転移の魔法を実用化で来ていない。
「はい。そうとしか考えられません。魔法陣が光ったかと思うと、我々の目の前で彼らが消え去ったのだえすからぁ」
「写紙したのだろうな?」
「もちろんです。ただ、原画は人目に触れるため消しました。魔法陣は我々の知識では複雑過ぎて理解できません」
小柄の青年は魔法陣を書き写した紙を男へ差し出す。
「わかった。それはこちらで調べよう。それで?」
男は受け取った紙を胸ポケットへしまうと、続きを促す。
「我々の眼を持ってしてもリンカ・シュタットフェルトの行方はわかりません」
「そうか・・・・。お前は、セリア・レオドールについてどう考える?」
「先ほども言いましたが得体がしれません。見た目はただのおっさんです。ただ、脅威となる何かしらの能力があることは確かです。まず、彼には予知に近い能力があるかと」
「転移の次は、予知か」
「はい。そうとしか思えないのです。あの時、我々の襲撃を察知してからあれだけの魔法陣を描くことは不可能です。状況から見てもかなり前から準備していたように思えます」
「用心深いだけではないか?」
「用心で宿舎の床に特大の魔法陣、それも転移の魔法陣を描きますか?」
「ないな。なるほど、転移を実用化した知識と、先を見通す予知か。厄介だな」
「・・・・」
小柄の青年は黙って頷く。
「先日王都に現われた勇者と、今回の聖剣の担い手。このタイミングで二人の英雄の出現とは、何者かの思惟を感じる」
黙りこんだ男に対し、小柄の青年も黙り込む。
「我が王の脅威になるであろうその二人は、リンカ・シュタットフェルトと共にリストに加えよう」
「わかりました。我が王のため、我ら「眼」はリストの排除に力を尽くします」
「失態を晒せば次はない」
「承知しております。ところで、その魔法陣の解析はエルフに頼むのですかぁ?」
「そうだ。もっとも魔法に長けた種族にさせるのが手っ取り早いからな。都合がよいことに、今の仮初の王はエルフと手を組んでいるから利用しやすい」
不敵に笑う男を見届けると、小柄の青年は一礼し部屋から出て行こうとする。
「一つ忠告がある」
「はい?」
「リェーヌの迷宮へ入っていたはずの、あのゲキが戻らない。我々がまだ知らない力を持ったものがいる。お前達『眼』はそれらを発見し、監視する役目のはずだ」
「・・・・」
「それを怠るのであれば、不要となることを努々忘れるな」
小柄の青年は頷くと、扉の一つを開くと姿を消した。
男はそれを確認すると、胸ポケットから魔法陣の描かれた紙を取り出す。
「転移か。これが実用化できれば、北と南、両方から軍を派遣することができる。さすれば、我が王の悲願も現実味を帯びてくるか」
しかし、と男は心の中で続ける。
紙に描いてある魔法陣を見つめる。
男は少なからず魔法に造詣がある。
それにも関わらず、魔法陣をまったく理解することができない。
複雑な術式が複数混在し、お互いが連鎖することで魔法として発動する。
それくらいはわかったのだが、何に作用するのか皆目検討もつかない。
そもそも魔法陣とは、魔法陣を理解したものが描くからこそ発動する。
それならば、原画を残しておくべきだったのかもしれない。
いや、そうではないと首を振る。
どういう作用があるのかわからない魔法陣など使えはしないだろう。
やはり、専門家に解読させるのが最善策だと思い直す。
男は立ち上がると、元来た扉を開く。
これからの自身の行動を思い描きながら、その場を後にした。
燦々と照り注ぐ太陽の光の下、理想的な風を受け船は進む。
幸い波も高くなく、絶好の航海日和であった。
ティファニアは船の看板に出て大海原を眺めている。
フードで顔を隠しているが、船員からは日焼け防止のためだの、隠密任務だのと噂されている。
エルフ族であると露見した場合、この逃げ場のない船の中では命取りになる。
もっとも、ティファニアほどの戦士であれば誰に害されることなどありえない。
それでも心配なのは、船を止められることだと思っていた。
仮にすべての船員の命をティファニアが奪った場合、船を操る術を持たない彼女では命運尽きることになるだろう。
「それにしても、さすがセリア様ですね。海とは私が知っている湖とは全く違いました」
ティファニアはセリアの言葉を思い出しながら微笑む。
海を知らなかった彼女にとって、海を体感できたことだけでも森から出てよかったと思える。
見渡す限り、水面が続く。
前方向水平線の先も海が広がっている。
『千里眼』で海底を覗くと、海の深さにも驚かされる。
海は荘厳で、偉大。
そして、少しの恐怖を覚える。
「なるほど、泳げない私では海の上で敵に襲われた場合助かる可能性は低い。だからこそ、警戒を怠るなということですか。本当にセリア様には全てが見通せているようです」
そんな敬愛するセリアと少しの間とはいえ、離れているのは辛い。
それでも彼女には成すべきこと、確認すべきことがある。
ゆえに、これは仕方のないことだ。
「特使殿、あまり甲板には出ないでいただきたい。あなた様の任務については存じ上げておりませんが、隠密行動になるのでしょう?」
いつの間にか近くにいた船長がティファニアへ声をかける。
彼は昨日からティファニアのことを特使殿と呼んでいた。
「わかりました。では、船室へ戻ります」
ティファニアは会釈し、船室へ戻る。
ユイから借りている特待章におり、船員達はティファニアを丁寧に扱ってくれている。
感謝すると共に、どこか心苦しいものを感じる。
ティファニアは知らなかったが、この船に乗る船員はすべて魔法使いである。
下級から中級レベルではあるが、シュタットフェルト魔法学院の卒業生だ。
シュタットフェルト魔法学院の在学生及び、卒業生の約9割が魔道教の信者である。
魔道教の教えの中に、高位の魔法使いへの協力は名誉なこと、とある。
特待章、指導章、高魔章という3つの証が存在する。
それを持つものこそ高位の魔法使いの証である。
それゆえ、ティファニアがこの船に乗ったことは口外されない。
さらに、詮索もされないのだから実に都合がよかった。
「船が近づいてきます。数は・・・・21隻ですか」
ティファニアは更に『千里眼』によって船の内部まで目を凝らす。
船の中には武装した兵士がいた。
彼らの表情は緊張で固く、戦意を見て取れる。
友好的だとはとても思えない。
ティファニアは船室へ向かっていた足を止め、元来た方へ戻る。
「どうかされましたか?」
船長が怪訝そうに尋ねる。
「この方角から、船が21隻来ます。中には武装した兵士がいます」
ティファニアは船がいる方角を指差す。
船長は魔法具である望遠鏡を取り出し、その方角を見ると血相を変えた。
「これはまずい。バンドーンの船だ。総員戦闘準備」
船長は大声を張り上げる。
船員達はそれに反応し、杖を取り出し臨戦態勢を取る。
この時になって初めて、ティファニアは船員達が魔法使いであると知った。
「特使様、船室の中へ」
「いえ、私は大丈夫です」
ティファニアがそう言うと、それ以上船長は何も言わなかった。
バンドーンの船は異常な速度で近づいてくる。
明らかに自然の風を捉えたような速さではない。
魔法具、あるいはそれに近しい技術が使われている。
ティファニアは迫り来る船を見て、そう確信した。
バンドーンの船は、こちらを射程に捉えると問答無用で攻撃を仕掛けてくる。
警告も、通達もない。
そこにあるのはただ敵に対する宣戦布告だけだ。
バンドーンの船は連携の取れた動きで、こちらを包囲しようとする。
さらに、彼らの船からは雨のように矢が放たれる。
しかし、シュタットフェルトの船は無傷である。
なぜならば、船を防護結界が覆ったからである。
逆に船員が放つ魔法がバンドーンの船に襲いかかる。
すぐに3隻から煙があがる。
この状況だけを見れば、優勢はシュタットフェルトの船だと思うだろう。
しかしティファニアには、このままではジリ貧であるとわかった。
まず、防護結界の魔法であるが、こちらは座標固定をしなければ効果を発揮できない。
つまり、海上で停泊した状態でなければ使用できないのだ。
航海を続けるのならば、バンドーンの船をすべて沈める必要がある。
次に、魔力量である。
魔法使いたちはバンドーンの船目掛けて魔法を放っている。
しかし、彼らは戦闘に特化した魔法使いではない。
魔力の総量はしれているだろう。
加えて、防護結界を張っている魔法具へ魔力を送らなければならない。
それらを考えると、時間は敵に味方する。
どうすべきかと思案している間に、状況は変化していく。
バンドーンの船から一つの魔法が放たれた。
魔法は防護結果に直撃すると、防護結界の一部が音を立てて割れた。
その隙間を縫うように、火矢が船を襲う。
そんな中、ティファニアの目は一人のエルフ族の男を捉えた。
先ほど魔法を放ったのは彼だろう。
それを確認した瞬間、ティファニアは自分の頭に血が上るのを感じた。
気付いたときには、両手に原初の炎を宿し、バンドーンの船を沈めていた。
この海戦でバンドーンの船を殲滅した魔法使いは後にこう語られた。
『海上で炎舞する大魔法使い』と。
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