第6話:おじいさんより弱ぇー・・・
楽しんでいただけたら幸いです。
冒険者ギルドを後にすると、ベンさんと最初に会った建物を目指す。
道は覚えていたため、迷うことは無かった。
迷うことは無かったのだが、商店街を通りぬけようとしたとき、誘惑が襲ってきた。
香ばしい匂いが俺の足を止め、各店から漂う「おいしいものありますよ」という雰囲気はもはや毒である。
無一文の者にとっては毒である。
意識を手放せば、無一文で店に入り、何かを食していた可能性がある。
しかし、かつては英雄と呼ばれた俺の精神力はギリギリのところで、それを良しとしなかった。
悔しさに涙を払い、目的地へ向けて再度足を動かした。
ベンさんの建物に鍵はしていなかった。
当然である。
中のものは好きに使っても良いといっていたのだから。
建物の中には、掃除に使えそうなものが多数あった。
他にも、よくわからないガラクタや、壊れた道具なんかもある。
一度は返却した長靴を履き、とりあえず掃除に使えそうな大き目の柄杓と熊手、桶を手に持って第8区画へ向かった。
再度訪れた第8区画は、汚泥、藻、ゴミ、虫と衛生的に最悪なところであった。
先ほどは魔法ですぐに終わると思っていたから我慢できたが、においは生臭く、この中で作業をしなければならないと思うと正直心が折れそうだ。
それでも、一度受けた依頼は達成する。
レーアとベンさんの姿を思い浮かべ、期待してくれる人がいるのならがんばるしかないと作業にとりかかった。
まず熊手で藻を掻きだし、桶にいれる。
しかし、そんな藻からはハエのような虫が数匹舞い上がる。
その光景は気持ちの良いものではない。
そのハエどもに手をかざし、初級魔法の一つである「種火」を発生させた。
種火はハエどもに移り、その羽から胴体、命までを焼き尽くした。
一瞬、魔力欠乏の症状により、クラッとしたが、先ほどよりはずいぶんましである。
どうやら、魔力が回復していれば初級魔法は使えることがわかった。
もっとも、連発はできないし、一日の回数制限もあるだろう。
つくづく使えない体である。
しばらく作業を進めると、桶が藻やゴミでいっぱいになった。
ベンさんに教えられたとおり、桶を持って門へ向かった。
「すみません、このゴミを外の収集場所へもって行きたいのですが」
門で見張りをしている衛兵に尋ねた。
「ゴミ収集場所はあっちだ」
衛兵は早く通れと手で促す。
顔が引きつっていることから、やはり臭うのだろう。
俺の鼻はそろそろ麻痺しているのか、あまり気にならなくなっていた。
衛兵に示された場所へ桶を持っていくと、地面に魔方陣が刻まれていた。
そしてその前には立て札がある。
当然読むことはできない。
「立て札にはたぶん、燃えるゴミとでも書いてあるんだろう」
幸い、能力は失っても知識は失っていない。
魔方陣を見たとき、それがどのようなものか理解することができた。
異世界もこの世界も、魔法術式の根本原理は同じである。
とりあえず、魔方陣の中に桶の中身をぶちまけた。
桶いっぱいにゴミ等を入れて運ぶのは、今の体では相当きつい。
おそらく、それを何往復もしなければならないだろう。
体力も、時間も余裕がない。
「急いで戻るか」
駆け足で第8区画へ戻る。
燃えるゴミの魔方陣のほかに、もう一つの魔方陣があることを視線が捕らえた。
その魔方陣は錬金術の術式が刻まれていた。
おそらく、鉄や宝石、鉱物などの不用品を錬金術で再利用するのだろう。
魔方陣があれば、魔力を通すだけで誰でも魔法を発動できる。
だからこそ、魔方陣についての知識は魔術師なら誰でも生涯にわたって学び続ける。
体がおっさんになっても、知識だけは“俺”のままである。
魔方陣を理解することができたことによって、一つ不安要素が取り除かれた。
「人生130年以上俺は生きてきた。その知識と経験を生かして、この掃除依頼を一刻も早く完遂させてやる。楽勝だな」
第8区画に戻ると、また桶に藻やゴミを入れ始めた。
そこで気づく。
これ、桶の大きさに対して、清掃する下水道の面積が合ってなくない?
これでは何往復すれば終わるかなど、わかったものではない。
まだ2度目のゴミ捨ても終わっていないのに、若干心が折れ、どうすればよいか思案した。
しかし、考えても考えても良い方法は見つからない。
そもそも、魔法もダメ、体力も微妙、お金も道具もない。
八方塞、詰んでいるのだからどうしようもない。
「現状、やはり力技しか依頼達成まで到達できそうにないな。今日中の達成は無理。明日、明後日でもたぶん無理だ。だからといってどうする?やめてもお金がないのだから、とにかく考えることを諦めて、
やれるだけのことをやるしかないな」
俺にとって、唯一と言っても良いアドバンテージである思考を放棄した瞬間である。
これでわかっていただけると思うが、もういっぱいいっぱいなのだ。
藻やゴミを桶がいっぱいになるまで入れると、急ぎ足でゴミ収集所へ向かう。
当然、一張羅の服には下水が飛び散るが、もうかまってはいられない。
ゴミ収集所へ着くと、先ほど持ってきたゴミの上に向かって桶をひっくり返した。
急いで第8区画へ戻ろうとしたとき、ふと気になったものがあった。
それは俺が持ってきた下水道のゴミと、同じようなゴミで構成された小山が存在したことだ。
「考えられるとしたらベンさんか」
なんとなく、自分以外の人が同じ事をしていると思うと、少しやる気が出た。
それから第8区画へ戻り、桶をいっぱいにすると3度目のゴミ収集所へ赴いた。
持ってきたゴミを、先ほど持ってきたゴミの上にかぶせると、ゴミの山が少し高くなった。
だが、明らかにおかしい。
ベンさんのゴミの山のほうが大きいのだ。
首をかしげながら第8区画へ戻り、ゴミ収集所との往復を行う。
その度に自分の山は少し大きくなるのだが、それよりもベンさんの山のほうがより大きくなる。
往復すればするほどその差は顕著になっていく。
「この俺が、あんなじいさんに負けるわけないだろ」
第8区画との往復は、急ぎ足ではなく駆け足で行うようになっていた。
それも10度目まではである。さすがに10往復すれば、疲労が溜まる。
桶を持つ手は震え、握力はどこかへ旅立ってしまった。
足も棒のようで、腰は痛い。
もう一度言う、腰が痛い。
「くっそこの体、鍛えかたが足りないだろ。つか、魔法さえつかえれば浮遊魔法で桶の持ち運びなんて
楽勝なのに。いや、転移魔法で第8区画とゴミ収集所を繋げたほうが早いのか」
なんて事を考えてしまい、愚痴として口からこぼれる。
「はぁ~、そもそも浄化魔法が使えれば、清掃なんて不要だったな」
11度目の往復を終えたころ、さすがに空が黒ずんできた。
今日という1日が終わりを迎えつつある。
ラストと決めて、12回目のゴミ捨てに向かう。
自分が作り出したゴミの山と隣の山を見比べる。
はっきり言って勝負になっていない。
こうなってくると、俺の体が貧弱なのではなく、あのおじいさんが異常ではないかと疑ってしまう。
釈然としないまま、第8区画へ戻るよう帰路に就いた。
下水道清掃は次回までです。
え?戦闘??もう少し待ってください。
それと、美人の受付嬢へのファンレターお待ちしてます。
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