第58話:俺の立場が一番弱ぇー・・・ par3
「そうね、あなたたちも知っておいたほうがいいですね。この後、掲示板に張り出すのだし。実はある依頼が冒険者ギルドへ出されました」
ギルドマスターであるマチルダは、神妙な顔でそう言った。
先ほど、エルアルドの領主が彼女に、会いに来たと聞いた。
その件と関係があるのだろうか?
そんなことを考えながら周囲を確認する。
冒険者ギルド内には、職員を除き誰もいない。
というか、この建物の中に入ってから見た冒険者は初心者丸出しの一組だけであった。
俺達はなぜ、こんなにも冒険者が少ないのか知っている。
だから、マチルダが話す依頼を受けられる冒険者は限られているはずだ。
あるいは、最も適任なのは俺達と判断されたのかもしれない。
「実は、以前から冒険者ギルド本部へある依頼の打診が度々行われていました。けれど、内容が冒険者への依頼の範疇を超えておりましたので断っていたのですが・・・・。今回は各街の領主や、王都の王族にまで働きかけられましたので、依頼を受理せざる負えなくなってしまいました」
はぁ~っと、マチルダはため息を吐いた。
どうやら、あまり芳しくない依頼のようだ。
「どんな依頼なんですか?」
見かねたレーアが尋ねる。
「このような人手不足で、魔物の脅威にさらされている状況で、人探しの依頼ですよ? しかも、大陸全土から探すというものです。それなら、情報屋にでも依頼した方がいいようなものです。はぁ~、報酬はいいのですが、依頼を受理したからには、依頼を受けてくれる冒険者を探さなければなりません」
マチルダはあからさまにやる気がないようだ。
そもそも、捜索範囲が大陸全土である。
それがエルアルドで見つかるなんて偶然はないと思っているのだろう。
俺もそう思う。
この依頼は・・・・ないな。
「なんといいますか、ご愁傷様です」
レーアも対応に困り、微妙な顔をしている。
「あのー、王様や領主様も動かせるってことは、依頼人はとてもすごい方なんですねー」
リンカが感心したように何度も頷く。
それは俺も気になっていた。
大陸全土の権力者へ連絡することができるということは、依頼人もそれなりの権力者だろう。
さらに言えば、かなり裕福だと推察できる。
マチルダも報酬はいいと言っていたし。
「そうなんですよ。依頼人には我々だけでなく、各街の統治者がお世話になっていますから、余計にたちが悪いんです。更に報酬が金貨300万枚とのことです。」
なんだか、年配のマチルダが疲れきっているとかわいそうになってくる。
絶対依頼は受けないけど・・・・。
金貨300万枚は魅力的だけど・・・・。
「ちなみに、その探し人は誰なんだ? 余程の重要人物なんだろ?」
誰もが気になっているであろうことを聞いてみた。
「依頼を受けていただけるのですか?」
マチルダが嬉しそうに顔を上げた。
「いや、受けるつもりはない。興味本位で聞いてみただけだ」
「そうですか。そうですよね。ですが、今エルアルドにいるのは新人冒険者とあなた方しかいないんですよ」
「「「・・・・」」」
これは強制的に依頼を受けさせられるやつだろうか?
だから掲示板への張り紙ではなく、口頭で俺達に説明しているのだろうか?
俺達はそう考えていたが、一人だけまったくわかっていないやつがいた。
「それなら私たちが引き受けるしかありませんねー」
本当に何も考えていないようにリンカが言う。
こいつは本当に魔法学院を首席で卒業したのだろうか?
魔法学院って、大丈夫か??
「そう言っていただけるとありがたいです」
マチルダが嬉しそうに言う。
「いやいや、そんな依頼を受けるつもりはない」
俺がマチルダとリンカの間に入り、全力で否定した。
「何も、大陸全土から探してくれというわけではないんです。エルアルドにはいないことを確認していただけたら十分ですよ」
そちらが十分でも、こちらは『十分』手間なんだけどな。
「セリアさん! 私は、困った人を助けるのが英雄だと思うんですよー」
それはわかるんだが、英雄だって冒険者ギルドの依頼くらいは選り好みさせてくれよ。
「リンカ、セリア様は忙しいのです。人探しなんてしている暇はありませんよ」
ここまで黙っていたティファニアが口を開いた。
彼女としても、早くエルフ族の国へ行きたいのだろう。
さすがに不利だと感じたのだろう。
マチルダが強烈な一手を繰り出した。
「レーア、昔あなたに仕事を教えたのは誰だったかしら?」
「うっ。それを言われると・・・・」
「何度もミスをフォローしたのは誰だったかしらねぇ?」
マチルダがレーアの方をチラチラと伺う。
「わ、わかりました。人探しの依頼を受けます。ですが、まずは探し人の名前や情報を教えてください。それから判断します」
「おいおい、レーア・・・・」
「何? 何か文句でもあるの?」
どうやら、依頼を受けるのは決定事項のようだ。
俺にはレーアへ意見し、その気持ちを覆す術を持たない。
「本当にありがとうございます。これで面倒な、もとい、難しい事案が一つ片付きました」
マチルダは両手を一度パンッと合わせると、いつもの穏やかな笑顔を見せる。
どうやら、この人も一筋縄ではいかないようだ。
なんで俺の周りの女性はこんな人ばかりなんだろうか?
俺が悪いのか、それともこの世界の女性すべてがおかしいのか。
うん、判断に迷うな。
「では、引き受けていただいた依頼の探し人ですが、名前をリンカ・シュタットフェルトと言います。依頼人はグラン・シュタットフェルト。ご存知の通り、シュタットフェルト魔術学院の理事長を務めている方です・・・・どうかされました?」
黙り込んだ俺達をマチルダが順々に見ていく。
最後に、パニックで目を白黒させているイーリスを見つめる。
マチルダがイーリスの目の前で手を振るが、反応がない。
やはり、イーリスは突発的なことに弱いようだ。
だからいつも自分のペースを保とうとするのだろう。
「あのー、おじい様が、私を探すようにギルドへ依頼したんですよね?」
確認のために、リンカがマチルダへ質問を返す。
ここにも理解が追いついていないやつがいたか。
「どういうことですか?」
今度はマチルダの頭の上に、クエッションマークが複数浮かんだ。
「えっとですねー。私がリンカ・シュタットフェルトで、おじいさんのグラン・シュタットフェルトが私を探しているんじゃないんですか?」
「・・・・・え?」
マチルダの思考回路がショートした。
「ギ、ギルドマスター。彼女はリンカ・シュタットフェルトで間違いありません。魔術学院の卒業証明書も見せていただきましたので、間違いありません」
「・・・・・・えぇえぇぇ!!!」
マチルダがこれでもかというほど目を見開いた。
おいおい、この人大丈夫か?
歳だからこのまま死ぬとかないよな?
心配になるほどの驚き具合である。
「それと、申し訳ありません。彼女を冒険者ギルドの規定通りに、冒険者登録してしまいました」
イーリスが青ざめた顔で報告する。
それ自体、問題ないような気もするが違うのか?
「規定通りにといいますと、黄金級ですか?」
「・・・・はい」
「・・・・フフフッ、今、エルアルドで、リンカさんを冒険者登録・・・・フフフフ」
マチルダの口から恐ろしい笑い声が漏れている。
視線も明後日の方角を見ていることから、何かが壊れたようだ。
「一つ質問よろしいでしょうか?」
ティファニアが何事も無かったかのように口を開く。
「はぁ~、なんですか?」
マチルダは、今度は気が抜けたような返事をする。
「私たちは先ほどリンカさん探しの依頼を受けましたので、ここでリンカさんを渡せば、報酬をいただけるんですよね?」
ティファニアの質問に対し、俺達は三者三様の反応を見せる。
ある者は驚き、ある者は納得し、あるものは眉間に皺を寄せた。
「ではー、私が私を探したということでギルドに報告すれば、私が報酬をいただけるんですねー。なんせ、私も冒険者ですからー」
リンカが微笑みながら言う。
「ちょっと待て。リンカはそれでいいのか?」
俺達はリンカがどこへ行こうとしているのか知っている。
だからこそ、彼女のおじいさんの元から姿を消したのには理由があると考えた。
「私としてはー、ちょっと困りますねー」
あっけらかんと言っているが、目が笑っていない。
捕まえようとでもすれば、今すぐにでも魔法を放つような予感がする。
だとすれば、やはり俺の考えは間違っていない。
俺は一瞬だけ、本当に一瞬だけ金貨300万枚に思いを馳せた。
でも、すぐに首を振って消し去る。
「ティファ、俺はリンカがその依頼人の元へ行きたくないというのなら、無理強いするつもりはない。お前はどうする?」
「セリア様、聞くまでもありません。私はセリア様と共にあります。先ほどのは例えですのでお気になさらず」
ティファニアの雰囲気が変わる。
彼女もまた、俺の指示があれば冒険者ギルドを敵に回すだろう。
「はぁ~、まったくあんたたちは・・・・。マチルダさん、そういう訳ですから、先ほどの依頼は辞退いたします。安心してください。エルアルドからもすぐに出ますから」
レーアが深々とマチルダへ頭を下げる。
ここに来て、マチルダの意識が完全に回復した。
そして、俺達を真剣な眼差しで見つめる。
「私たちは冒険者ギルドの職員です。虚偽の報告も、受理した依頼を故意に阻害することも許されません」
マチルダからの言葉、一つ一つから圧を感じる。
さすが、世界で唯一の女性ギルドマスターに抜擢されただけのことはある。
だが、その程度で怯む俺達ではない。
ちらっと横目でティファニアを確認すると、いつでもギルドの建物を吹き飛ばす準備はできていると言わんばかりの表情をしている。
リンカは状況を見守っているが、成り行きしだいですぐさま逃走するだろう。
レーアだけは冷静だと思ったのだが、どうやら彼女の心はギルドから離れているらしい。
リンカを守るように、彼女の前に立っている。
喜ばしいことである。
さて、俺だが。
ここはガツンと強く言うべきだと息を深く吸い込む。
「イーリス、ギルド本部への定期報告ですが、次はいつでしたか?」
「はい。明々後日になります」
「わかりました。その時にリンカさんが冒険者になったこと。エルアルドにいたことを報告しましょう。それと、リンカ・シュタットフェルトを探すという依頼書の作成をお願いします。できるだけゆっくり、丁寧に作るんですよ?」
「わ、わかりました」
マチルダがイーリスの顔を覗きこむように指示を出す。
「皆さん、私にできるのはこれくらいです。明々後日には冒険者ギルドの本部へ定期連絡を行わなければなりません。そこでは新たに冒険者になった方の報告もしなければなりませんので、リンカさんのことは報告いたします。ですが、明後日まではエルアルドに滞在しても大丈夫でしょう」
マチルダは、彼女にできる精一杯の譲歩を提示してくれた。
どうやら、争うことなくこの場は収まりそうである。
「感謝する」
深く吸い込んだ息をゆっくりと吐きながら、マチルダとイーリスへ感謝を述べる。
二日あれば、西の森へ行くための物資は調達できる。
そもそも、エルアルドには長居するつもりなどない。
十分だ。
「あのー、どうしてセリアさんがお礼を言うんですかー?」
リンカが真顔で尋ねる。
俺は彼女になんと言っていいものか悩み、言葉に詰まった。
「もう、いいから。行くよ」
レーアがリンカの手を取り、冒険者ギルドの出口へと向かう。
リンカは首を傾げながらも、誘われるままに歩みを進める。
それに、俺とティファニアも続いた。
レーアは最後にマチルダとイーリスへ振り返り、小さく頭を下げた。
「あのね、どうしてあいつがあんたの代わりにお礼を言ったかというと、あいつも、私たちも、もうあんたのことを仲間だと思っているからよ」
レーアが小声でリンカへ説明している。
俺達へは聞こえないようにしているつもりのようだが、ばっちり聞こえていた。
そうか、俺はもう、リンカのことを仲間だと思っていたのか。
レーアの言葉によって再確認することができた。
「気をつけろ。やつらの目はどこにでもある。努々忘れぬことだ」
冒険者ギルドの出口で、カウボーイハットの男に声をかけられた。
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