幕間3
次回より新展開です。
「あんた、いつまで寝ているのよ。もう、起きて」
遠くでレーアの声が聞こえる。
誰かに話しかけているようだが、あんなに小さな声ではその誰かに届かないと思う。
俺はレーアの愚かさに笑みを浮かべた。
「起きなさい!」
天変地異の前触れかと思うほど、地面が横揺れした。
はっ! と気付き目を覚ます。
目の前には、久しぶりに登場した鬼がいる。
どうやら、愚かなのは俺のようだ。
「お、おはよう」
そう言って体を起こすと、目の前にはレーアだけでなく話したこともない冒険者が三人いた。
それぞれ目を閉じ、両手を合わせ、なぜか俺を拝んでいる。
「おい、何してんだ?」
問いかけると、三人は目を見開いて苦笑いを浮かべ、ギルドカウンターへ小走りに向かう。
「何してんだ? じゃないわ。それは私のセリフよ」
いぶかしむ俺に、レーアが答える。
どうやら、本気で怒っているようだ。
俺は自分の周囲を確認する。
俺が寝ていたのは、またしても冒険者ギルドのテーブルの上である。
記憶をたどろうとするが、頭痛で思い出すことができない。
どうやら、まだ迷宮での疲れが抜けていないようだ。
「あんた、3日連続でテーブルの上で寝るって頭大丈夫?」
「いや、2日は不可抗力だろ。それに、昨日だって酔いつぶれたのなら誰か起こしてくれたらいいだろ?」
冒険者ギルドの飲食スペースで給仕をしているおじさんやおばさんがいる。
彼らは酔いつぶれた冒険者を起こし、家に帰していたはずだ。
そうでなければ、冒険者ギルドを閉めることができない。
「それは・・・・。たぶん、2日間もテーブルの上で寝てたから、またか、って思われただけじゃない?」
「えぇー・・・・それで放置って、ずさん過ぎないか? そもそも、ギルド職員でもない人が冒険者ギルドで寝てたらダメだろ?」
防犯など大丈夫なのか心配になる。
「あぁ、それなら大丈夫。ギルドマスターがテーブルで寝るのを許可したから」
は? 俺は知らない間に、冒険者ギルドのテーブルで寝てもいいという許可をもらっていたらしい。
どんな許可だよそれは。
許可された俺もあれだが、許可をした方もした方である。
サムウェルは過労で頭がおかしくなったんじゃないか?
俺はテーブルから降り、伸びをした。
さすがに固いテーブルの上で寝たのでは、体の節々が痛い。
レーアを見るが、もうポーションはくれないようだ。
当然である。
「そういえば、さっきの三人は何で俺を拝んでたんだ? 新手の嫌がらせか?」
「あぁ、あれね。あれはあんたが聖剣使いだから、拝むとその日一日良い結果が出るって話になったのよ。実際、レアな魔物を討伐できたとか、迷宮で大量の金銀財宝を見つけただとか、いろいろ効果があったらしいわ」
「つまり、この2日間、今日を入れたら3日間は、俺が寝ている間に他の冒険者達に拝まれていたってことか?」
「そうよ」
「――――何でだよ!! そんなご利益ねーし、死んだ人みたいに拝んでんじゃねーよ!」
どういつもこいつも、この街のやつらは頭がおかしい。
寝ている人をテーブルの真ん中において酒盛りを始めるようなやつらである。
これは一度、是正させるのが英雄としての務めかもしれない。
「それはそうと、早く行くわよ」
「行くってどこへ?」
「はぁ~、昨日言ったじゃない。今日は例の毛皮の競りがあるって。その前に自分の毛皮は選ばないと」
そんな話、まったく覚えていない。
記憶にございませんと言いたいところであったが、本当に言うとレーアがキレそうで怖い。
俺は曖昧に頷き、レーアについて行く。
向かった先は訓練場の控え室であった。
「やっと来たのぉ。待ちくたびれたわぃ」
俺達が到着すると、すでに皆集まっていた。
『栄光の残滓』、『月下の大鷹』、『黒牛』、ティファニア、サムウェル、キャロルと続き、アナライザー・・・・ん?
お前、毛皮が欲しいとか言ってなかったじゃねーか。
なぜ、しれっとここにいるんだよ。
それ以外にも何人か商人風の男達がいる。
おそらく、さっき言っていた競売の参加者だろう。
「やっぱり、まずは第一功の聖剣様だよな」
「そうだな」
「そうよね」
「うん」
なぜか皆が俺を見る。
どうやら、最初に毛皮を選べということらしい。
白熊の毛皮が15枚、緋狐の毛皮が23枚、目の前に並べられている。
確かに、魔物自身が身につけていた毛皮を見たら思わなかったが、こうして毛皮として並べられると高級感が漂っている。
触ってみると手触りも良く、どうして皆が夢中になるのかよくわかった。
わかったのだが、俺に毛皮の目利きなどできるはずがない。
とりあえず、男は赤! とのことだったので、一番手前の目に付いたものを手に取った。
「それじゃぁ、俺はこれにする」
俺がそう宣言すると、ざわめきが起きる。
「聖剣殿はあれを選んだぞぃ」
「まさか、毛皮の良し悪しまでわかるとはさすがじゃのぉ」
「俺もあれを狙っていたんだが、しゃぁねーな」
「セリア様、さすがです」
どうやら正解を引き当てたようだ。
俺が満足していると、小太りの男が近づいてきた。
「セリアさん、セリアさん。お久しぶりです。是非、そちらの毛皮の加工を私の取引先に任せてもらえませんか?」
誰だこの人?
と思い、じーっと眺めると思い出した。
レーアの鏡を買った店の店長だ。
あの時は本当に助かった。
「それはお願いしたいのだが、お金のほうが・・・・」
「またまたー、相変わらずお上手ですね。これだけの毛皮を競売にかけるのですから、お金は十分あるじゃないですか」
そう、なのだろうか。
おおよその毛皮の価値はサムウェルから聞いたような気もするが、実際にお金が手元になければ実感がわかない。
「それじゃぁ、お任せします」
「ありがとうございます。納期は一週間後くらいです。素晴らしいコートを作らせますので期待してください」
満面の笑みで言う店長に、俺も笑みで応えた。
「いやー、良かったです。私のことを覚えていてくれまして」
笑みを浮かべていた俺の顔が、苦笑いに変わる。
「それに、今日の競りで毛皮の落札ができなくても、ここへ来た成果がありました」
「落札は難しいのか?」
「まぁ、ライバルが多いですからね。こんなにも高品質の毛皮がこれほどまとまった数で売られることなんて滅多にありませんからね。仕方がないですよ」
店長は困った顔になる。
店長には世話になったし、本来であればすべて店長に売りたいところであるが、今回ばかりは俺に決定権はないだろう。
皆が毛皮を得るために力を合わせたのだから、無理は言えない。
だからこそ、店長にはがんばってくれとしか言い様がない。
しばらくすると、男連中は自分の毛皮を選び終えた。
皆、満足そうで何よりである。
しかし、女性陣は未だに毛皮を選び続けている。
目が真剣で、少し怖い。
これは時間がかかりそうだ。
「先に緋狐の競りをしましょうか。今ここにある毛皮は13枚です。今回はすべて一人の方が購入するという条件で競りを行います。皆さん、準備はよろしいでしょうか?」
サムウェルが取り仕切り、競売が開始された。
競売の参加者は5名である。
もちろん小太りな店長も参加している。
「まずは、1枚当たり金貨20枚から始めます」
「金貨25枚」
「金貨30枚」
「金貨32枚」
競売が始まると、俺達は見ることしかできない。
後は、できるだけ高額で落札してもらえるよう祈るだけだ。
「金貨35枚」
「はい、金貨35枚です。他にこれより高額で買取を希望する方はいませんか?」
どうやら、金貨35枚で決まりそうである。
相場的に、金貨30枚が妥当とのことだったので、金貨5枚も高く売れたことになる。
そう思っていると、小太りな店長が俺の方を見て笑いかけてきた。
どういうことだ?
「金貨40枚」
小太りの店長が声を張り上げた。
随分思い切ったな。
お金、あるのだろうか?
「金貨42枚」
先程金貨35枚と言った男がさらに価格を吊り上げる。
小太りな店長はあからさまにホッとした顔をしている。
どうやら、俺達のために価格の吊り上げを狙っただけのようだ。
「金貨42枚。他にいませんか?」
今度は本当に誰もいないようだ。
「では、金貨42枚でオードリアン商会の落札で決まりました」
落札したオードリアン商会の男は皆にお辞儀をした。
支払いは、後で冒険者ギルドのカウンターにて行うそうだ。
緋狐の毛皮の競売が終わったと言うのに、女性陣はまだ毛皮を選んでいる。
まったく理解できない。
一時間ほど待ち、やっと女性陣が自らの納得した毛皮を決めたようだ。
サムウェルはそれを確認すると、すぐさま白熊の毛皮、6枚の競売を開始した。
結果、またもやオードリアン商会が落札した。
金額は金貨68枚である。
白熊の毛皮も、緋狐の毛皮も当初の予想より高く売ることができた。
さすが、競売である。
ちなみに、白熊の毛皮の競売中、俺はレーアに競売した場合の冒険者ギルドのメリットを尋ねた。
そもそも、通常は冒険者ギルドが魔物を買い取るものである。
今回も、適正価格で魔物を買い取り、冒険者ギルドが出品者として競売を行えばよかった。
そうすればかなりの利益がでる。
しかし、それができない理由があった。
「相場で買ったとしてたら、金貨700枚くらいになるわ。そんなお金、今のこの状況でギルドが払えるわけがないのよ。ただでさえ、迷宮最速攻略の報酬と、アナライザーによる迷宮のマッピング報酬を合わせたら金貨1000枚を超えるのよ。それに、この街へ来る、上級冒険者への支援もしなければならないし」
そう言う理由から、競売の主催のみを冒険者ギルドが行うというイレギュラーな方法を取ったようだ。
ただ、冒険者ギルドは売価の1割を利益として徴収するそうだ。
まぁ、無償で競売の主催なんてしないだろうな。
競売が終わると、商人たちは俺を除く皆のところへ行き、毛皮の加工依頼の交渉に入る。
それぞれが自分のところの商品の特徴などを説明している。
おそらく、小太りな店長が言ったのと同じ理由だろう。
俺達が結構な額を手に入れるからだ。
サムウェルは自分の毛皮の加工をオードリアン商会へ依頼すると、オードリアン商会の男と共に冒険者ギルドの受付の方へ消えて行った。
お金の精算でもするのだろう。
一人暇な俺は、皆を見ていた。
どこの商人に任せるか、吟味しているようだ。
「よくやるなぁ」
俺には毛皮を加工して作るコートの知識など皆無である。
だから、お任せで十分だ。
サムウェルが両手に小分けにされた袋を抱えて戻ってきた頃、やっと皆の商人との交渉が終わった。
商人達は皆、満足そうに部屋から出て行く。
「皆、待たせたな」
待ったのは俺だけだけどな。
「報酬の計算が終わったから、皆に配る」
サムウェルはそう言って、一人一人に袋を配った。
袋はずっしりと重く、期待できそうだ。
「迷宮最速攻略と、アナライザーのマッピングなどを加味して、一人当たり金貨85枚ある」
お~っと、どよめきが起こる。
金貨85枚とは、一財産である。
財産と言えば、ゲキから回収した魔法具があったな。
ここには皆いることだし、丁度いい。
「皆、俺からも一つ報告がある。実は、あのライオネットのゲキから魔法具をいくつか回収した。それをここで分配したい」
そう言って、魔法のポーチから10個の指輪と2個のピアスを取り出した。
「すべて肉体強化の指輪だそうだ。欲しい人はいるか?」
なぜか微妙な空気が流れる。
俺、何かおかしなことを言ったか?
「セリア殿。我らにはそれを受け取る資格がない」
皆の代表のようにシーラが言う。
「なぜだ? あいつを倒したのは皆の力だろ?」
「いえ、セリア殿一人のお力だ」
そうか?
魔法回復薬はティファニアから受け取ったし、紅蠍の毒はレーアからもらった。
そもそも、けが人があれだけ出た状態で、誰も欠けることなく生還できたのは、やっぱり皆が協力したからだろう。
「やっぱり、そんなことはない」
「おいおい、謙遜も過ぎれば嫌味に聞こえるぜ」
ダンカンが笑いながら俺の肩に手を置く。
謙遜ではないんだけどな。
「もしお主が皆の力で成しえたと思うのなら、その魔法具を代表で預かってくれんかのぉ。いつかこの中の誰かが必要とするかもしれない。その時までということでどうじゃろうか?」
未だ腑に落ちないが、これ以上言っても平行線のような気がする。
俺は仕方なく、エリックの提案に乗ることにした。
「さて、それじゃぁギルドからの要請はここまでだ」
「32階層より下の探索はいいのか?」
サムウェルの言葉に、疑問を呈した。
「あぁ、明後日には王都や周辺の街から冒険者が到着するからな。しかも、王都から派遣された冒険者は黄金級パーティーとのことだ。だから、あんたらへの依頼はここまでだ」
そうか。
名残惜しいが、このチームでの迷宮攻略は終わりになるのか。
俺は皆の顔を見る。
多くの者が安堵の表情を浮かべている。
やはり、ゲキの存在で迷宮の下の階層へ進むのは恐怖を覚えたのだろう。
それなら、借りたものを返さなければならない。
俺はテーブルの上に魔法のポーチと牛の置物を置いた。
「借りていた物を返したい」
そう言って、シーラに魔法のポーチを差し出した。
「いや、これはセリア殿に使って欲しい」
「だが・・・・」
収納の魔法具の中では小さい物だが、魔法の品である以上どう考えても高価なものである。
「我らは命を救われた。それに、これを渡しておいたら、セリア殿はこれを見るたび我らのことを思い出すだろう」
お、重いな。
だが、こうまで言われての返却はできない。
「俺達も返してもらわなくていいぜ。この置物は、俺達とお前の仲間の証だからな」
ダンカンの言葉に、俺は大きくなるほど、と頷いた。
そして何かを考える素振りをする。
「いや、これはいらん」
そう言ってダンカンの胸に置物を押し付けた。
受け取ったダンカンは信じられないものを見たかのように驚愕している。
ガルベスもサンタナも同様である。
そんな三人の様子に、苦笑いが漏れた。
「その置物はいらないけど、『黒牛』との友情ならもらっておくぞ?」
そう言って俺は右手を差し出した。
ダンカンが嬉しそうに手を強く握る。
俺は握り返しながら、こんなバカみたいなやり取りも最後なのだと残念に思うのだった。
次回は今回の続きです。
また、新たな目標を設定するための話にする予定です。
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