第47話:噂の俺より弱ぇー・・・
迷宮最後になります。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
向かう先は31階層である。
ゲキの話では、そこには蟻の魔物がいて数を急速に増やしているとのことだ。
いつ迷宮の制限に達するかわからないため、早急な対応が必要である。
ゆえに、最大戦力であるティファニアだけを連れて行く。
彼女も先の戦いで疲弊しているが、体力はポーションで回復している。
精神力の疲労は、この際我慢してもらうしかない。
俺達は31階層へ向かう途中、倒したゲキの下へ立ち寄った。
斬り飛ばした左腕を拾い上げ、ゲキの体へ返す。
ゲキの顔は、こうして見ると本当に満足そうである。
「燃やしてくれないか?」
俺はティファニアへ尋ねた。
「その前に、彼の魔法具を回収した方がいいと思います」
見ると、確かにゲキは魔法具を身につけている。
というか、両手の指全てに魔法具である指輪をしている。
両耳にピアスもし、魔法具多すぎじゃないか? とさえ思えた。
死体から剥ぎ取るのは、倫理的に抵抗がある。
しかし、このまま眠らせておくにはもったいない品である。
俺は手を合わせた後、指輪とピアスを回収した。
「顕現せよ、エンシェントノヴァ」
ティファニアが原初の炎を放つと、ゲキは一瞬で燃え上がり灰と化した。
その灰も、風が吹き目の前から消えてなくなる。
生きていた時は魔法など効かなかった。
しかし、死体はただの死体である。
そう思うと感慨深いものがあった。
「この魔法具ってどんな効果があるんだろうな」
「肉体強化全振りの魔法具ですね。よくもまぁ、ここまで特化させたものです」
何気なく呟いた言葉に、ティファニアが答えた。
というか、あいつこんなにたくさんの肉体強化の魔法具を身につけていたのか。
どうりで、俺の動きについてこられるわけだ。
感心と呆れを抱きつつ、俺は魔法具をすべて魔法のポーチへと収納した。
俺達は31階層へ続く階段を目指した。
ティファニアの『千里眼』によって、場所はわかっている。
お互いにしゃべることなく歩き続けた。
階段へたどり着き、降りている間も無言の時間が過ぎていく。
その時間は本当に気まずい。
なぜなら、先程からずっとティファニアが俺の方を見ているからだ。
常に左斜め後ろをキープし、俺の横顔を無言で眺めている。
美人に見られるのはうれしい。
だが、度が過ぎれば不安になる。
それさえさらに過ぎれば、恐怖を感じ始める。
俺、こいつに何かしたか?
「ティ、ティファ。そういえば、サリーがお前から魔法のことが聞きたいといっていたぞ。戻ったら話だけでもしてやってくれ」
沈黙に耐え切れなくなり、話題を振った。
「わかりました。私に出来る全身全霊でセリア様の期待に応えてみせます」
「お、おう。よろしく」
ん? 俺の期待って何だ? と、思いつつ良く分からないが頷いた。
ティファニアが俺の方をずっと見ているのも気になるが、話し方も以前より固くなった。
俺の質問に答えるのでさえ、何度も反芻してから口に出しているきらいがある。
俺達の間ではそれ以上会話が続くことも無く、31階層へ到着した。
31階層は足を踏み入れた瞬間、わらわらと蟻の魔物が押し寄せてきた。
大きさは拳二つ分といったところか。
ティファニアが無言で前に立つと、蟻の魔物を次々に斬り倒す。
しかし、蟻の数は一向に減る気配が無い。
むしろ、ますます増え殺到してくる。
切りがない。
俺は素早く地面に魔法陣を描いた。
「ティファ、魔法陣ができた。これで一気に蟻を葬り去れ」
俺の言葉に反応し、ティファニアが魔法陣に魔力を込める。
魔法陣からは水が発生した。
ティファニアの魔力に比例し、大量の水が蟻達を流し始める。
余裕が出て辺りを観察すると、31階層は狭い洞窟のようである。
分かれ道も無数にあり、その先は小部屋のようになっている。
つまり、巨大な蟻の巣こそ31階層の全容であった。
水はとめどなく流れ、すべての部屋を水で溢れさせようとしている。
ただ、魔物の蟻は水で流された程度では死なないようだ。
「凍らせろ」
短く命令すると、ティファニアが頷く。
「我が魔力を糧とし、万物の時を止めよ。フローズンワールド」
一瞬にして目の前の水が凍りついた。
やはり、ティファニアの魔力量はすさまじい。
「ティファ、魔物の反応はあるか?」
「一つだけ反応があります。おそらく最下層、女王蟻ではないでしょうか?」
なるほど、ボスが残っていたか。
仕方が無い、討伐しに向かうか。
当然、ここで見逃すという選択肢は無い。
「行くぞ」
短く、この先へ進むことを告げる。
俺の頭痛もそろそろ限界に近い。
額に手を当て、必死に我慢する。
この状態では、戦闘になっても戦力にはならないだろう。
まぁ、今の俺ならもともと戦力ではないか。
自嘲し、笑みがこぼれた。
ティファニアが右手に原初の炎を宿し、進行方向の氷を溶かしながら進む。
相変わらず会話はほとんどない。
以前も、俺とティファニアが二人でいると、ここまで重苦しい雰囲気になっただろうか?
俺は、俺を見つめるティファニアの視線が気になって気になって仕方がなかった。
俺達は迷うことなく31階層の最下層へ到達した。
そこには、俺の倍ほどの大きさである女王蟻がいる。
しかし、すでに下半身は氷付けとなり、身動きが取れていない。
ティファニアは右手に宿している原初の炎を女王蟻に放った。
あっけなく、女王蟻が燃え尽きる。
「ふぅ~、戻るぞ」
一度大きく息を吐き、帰還を告げた。
ここまで俺は一切戦闘に参加していない。
それにもかかわらず、疲労だけが蓄積されていく。
「わかりました。その、差し出がましいようですが、大丈夫でしょうか? も、もし、よろしければ私が手をお貸しします」
ティファニアからの圧が強い。
だから、俺は丁寧にお断りを入れた。
「いや、必要ない」
「そうですか・・・・」
ティファニアが少しシュンとなってしまったことにより、俺達は30階層まで気まずい雰囲気のまま戻ることになった。
もっとも、疲労がピークに達している俺としては、その方がかえって好都合ではあった。
「おぉ、戻って来おったぞぃ」
30階層へ戻ると、皆すでに目覚めていた。
全員の姿を確認することが出来る。
どうやら、自分で思っている以上に、皆のことが心配であったらしい。
俺は笑顔で出迎えてくれる面々の顔を一人一人確認し、安堵の吐息を漏らした。
その瞬間、緊張の糸が切れた。
「あっ」
視界が暗転し、俺は意識を手放した。
「そこで、セリア様が聖剣を顕現させました。光輝く剣はまさに聖剣でした。そのまま瞬間移動して、敵の腕を斬り落としました。これで、勝負ありですね」
「そうだ、我も見ていた。あの動きはまさに聖剣の担い手だ。彼のヴァン・フリードよりもセリア殿のほうが間違いなく上である。ミミもそう思うだろ?」
「ボクは・・・・あはは、わかんないや」
「セリア様は魔王の右腕を圧倒するほどの実力者です」
「間違いない。セリア殿は聖級、いや神級の称号が与えられてもおかしくない。いや、与えられてしかるべきだ」
うっ、と呻き、俺の意識が僅かに覚醒する。
先程から俺の周りが騒がしいように感じる。
襲い来る倦怠感をこらえ、どうにか目を開けた。
ん? ここはどこだ?
俺は確か30階層にいたはずだが。
そう考えながら、何とか上半身を起こした。
同時に、周りの喧騒の音が鮮明になる。
少し騒がしいと思っていたが、とんでもない。
すさまじく煩い。
まるで宴会でもしているようだと、辺りを見渡した。
「はぁ?」
間抜けな声を上げる。
そこは、見知った冒険者ギルドのホールであった。
周りには無数の冒険者がいて、酒を飲み、料理を食べている。
それは、まぁいい。
だが、俺の居る位置がおかしい。
俺は皆が飲み食いしている大テーブルの真ん中にいる。
どういうことだ?
まったく、理解が追いつかない。
「おぉ! 聖剣殿が起きたぞ!」
「おぉおぉぉ! ついに、お目覚めだ!」
「おぉおぉおぉぉ! 英雄の目覚めだ! 皆、乾杯だ」
「「「「乾杯! 英雄に乾杯! 聖剣の担い手に乾杯!」」」」
見渡す限りの冒険者が乾杯し、一気に酒を呷る。
その中には、じいさんや『黒牛』、『月下の大鷹』達もいる。
俺は完全に置いてきぼりである。
とにかくここから移動しなくてはと、俺の周り中に並べられた料理の皿を避け、テーブルから降りることに成功した。
「聖剣殿が歩いたぞ! 皆乾杯だ!!」
「「「「聖剣殿に乾杯!」」」
えぇぇ? 何だその乾杯の理由は。
俺は驚愕し、その異様な光景を見つめていた。
あぁ、あれか。
こいつら完全に出来上がってるのか。
「やっと起きたのね」
呆れている俺に、いつの間に隣にいたレーアが声をかけた。
「あぁ、どうやら気を失っていたようだ。よく帰って来れたな」
「29階層に魔法陣が残っていたからよ。それよりも、あんた大丈夫なの?」
なるほど、昨日使った魔法陣を使用したのか。
それなら納得である。
「もう大丈夫だ。心配かけたようだな」
「まぁね。いきなり倒れるから、死んだかと思ったわ。それに、なかなか起きないし。結局丸二日も目覚めなかったのよ?」
「そうか、それは迷惑をかけた――――待て。今は夜じゃないのか?」
「ん? 夜だけど?」
「いや、30階層の攻略に向かった日の夜だよな?」
「違うわ。あれから数えたら、3回目の夜よ」
――――マジか。
俺はそんなに寝ていたのか。
確かに、限界以上に肉体も魔力も酷使したのだから、当然のような気もする。
「それにしても、よくあんなうるさいのに囲まれて、2日間も起きなかったわね」
囲まれて? どういうことだ?
「テーブルのベッドだって寝心地は悪かったでしょうに」
「―――――――はぁあぁぁあああぁ???」
つまりあれか?
俺はこの2日間、厳密には2日間半くらい、あのテーブルの上に寝かされていたということか?
それで、このアホみたいに飲んで、食べて、踊ってるやつらは、その周りで騒いでいたと。
「ふっざけんな! 人が疲労で倒れているのに、その横でバカ騒ぎするとか、あいつら鬼畜か?」
というか、夜は騒がれているとして、昼はどうしてたんだ?
普通に冒険者ギルドは営業しているとして、俺はあのテーブルに寝かされたまま?
何もしらない冒険者が見たら、頭のおかしいおっさんにしか見えないだろ。
しかも2日間もって・・・・。
「まぁ、仕方ないんじゃない? 皆が、今回の迷宮攻略の第一功はあんただって言ってたし」
「仕方なくないだろ。つうか、助けてくれよ」
「そ、そういえば、本当にあんたがあの怪物を倒したの? 私、気を失っていて見てないのよ」
あからさまに話題をそらしやがった。
「そうだが、魔力回復薬を使って魔法を重複させただけで、今の俺にはもうできない芸当だ」
「あーぁ、それなら今から大変になるわ」
「なんでだ?」
「だって、ティファニアとシーラがあんたのことを吹聴して回っているもの。神級のレベルだとか、動きが目で追えないほどだとか、光り輝く聖剣は天まで届くほどの長さだとか・・・・」
「いや、そんなわけな――――」
「セリア様、そちらにいらしたのですか。どうかこちらへ来て、無知な劣等族へあなた様の偉大な力を教えてやってください」
「そうであるぞ、セリア殿。貴殿の実力を知らない愚か者どもに、貴殿こそが世界最強であることを証明して欲しい」
レーアと話していた俺をみつけたティファニアとシーラは、俺の両腕を取り、酒飲み達のところへ連れて行こうとする。
それにしても、ティファニアもシーラも酒臭い。
こいつら、酔っ払っていやがるな。
俺は助けて欲しいとレーアへ視線を送るが、レーアは肩をすくめて苦笑いするだけである。
仕方なく諦め、二人の成すがままに気の良い冒険者達の中央に連れて行かれた。
「さぁ、皆の衆。待ちに待った本人からの話が聞けるようじゃぞ! 我が街が生んだ最強の英雄セリア・レオドールの戦いについて語ってもらじゃないか!!」
真っ赤な顔のエリックが声を張り上げて皆を煽る。
俺を取り囲む冒険者達は、口々に賞賛や拍手、口笛などをして盛り上げる。
そういえば、転生前の世界でも魔王を倒したときや、大戦で勝利した時などはこんな感じだったな。
俺は苦笑しながら、手渡されたジョッキを受け取る。
「では改めて、英雄、聖剣の担い手、我らの希望であるセリア殿に敬意を込めて、乾杯!」
「「「「乾杯」」」」
シーラの音頭で、本日何度目かの乾杯が行われた。
俺も今日だけは付き合ってやるかと、一気にビールを飲み干した。
次回、幕間になります。
一旦迷宮攻略は終了になります。
ここまで楽しんでいただけたら幸いです。
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