第46話:ライオネットより強ぇー!!!
かつて、俺がまだ転生をする前のこと。
俺は対魔王討伐軍に所属していた。
第7部隊、副隊長。
それが当時の俺の肩書きであった。
若くして副隊長になったのだから、俺より年上の部下も年下の部下もいた。
苛烈を極めた戦いで、俺の部下達はどんどん死んでいった。
俺は戦場で、自身の弱さを憎んだ。
もっと強ければ、あらゆる理不尽を跳ね返せるほどの力があれば、仲間を死なすことはない。
その時の想いを抱き、俺は魔王を倒し転生し続けた。
理想とする力を手に入れるために。
そして今、俺は自身の力が及ばない状況に陥っている。
目の前に立ちはだかる男、魔王軍第3師団隊長、獅子獣人のゲキは今ここで倒さなければならない。
そうしなければ、後ろの仲間も殺され、リェーヌの街も崩壊するだろう。
おっさんになってしまった俺に優しくしてくれた皆が襲われる。
優しいベンさん、ギルドマスターサムウェル、ギルド職員キャロル、武防具屋のおっさん、荷運びのディーン・・・・。
それだけは、断じて許すことができない。
後ろを見た。
エルフ族でありながら、仲間を守るために身を投げ出したティファニア。
皆のため、常に先頭に立ち戦い続けたシーラ。
ここまで彼女を支えてきた『月下の大鷹』。
こんな俺を必要だと言ってくれたじいさん達。
気が良く、兄弟と言ってくれた『黒牛』。
そして、いつも苦しい時に背中を押してくれたレーア。
彼女達を、仲間を守らなければならない。
絶対に、負けるわけにはいかない。
全身全霊をもって、ゲキを倒さなければならない。
例えそれが限界を超えた力であったとしても構わない。
俺は口の中に広がる強烈な渋みに耐え、喉の奥へと一滴流し込んだ。
とたんに、これまで減っていた魔力が全快する。
といっても、限界以上回復するわけではない。
あくまで自分の許容量内の話である。
心の中で肉体強化の魔法を唱えた。
これまで使用してきた肉体強化の魔法とは効力が全く異なる。
自分が制御できる限界まで肉体を強化したのだ。
次に、折れた剣を見つめ心の中で光を集約する魔法を唱えた。
折れた剣本来よりも一回りも二回りも大きい光剣が現われた。
簡易魔法剣である。
あらゆる物理法則を無視し、すべてを切り裂くことができる。
俺はゲキを見た。
まだ、足りないか?
これではまだ、勝てないか?
さらに、思考加速の魔法と、前方障壁展開の魔法を行使する。
これでやっと、俺の魔力は全快の状態から一秒で底をつく。
だが、喉に湿らせた魔法回復薬が底をついた魔力を再度全快させる。
つまり、今俺は一秒ごとに魔力が底をつき、全快するという状況にあるのだ。
もちろん、口に含んだ魔力回復薬が無くなるまでである。
その状況が体に負荷を与えないわけがなく、俺の脳内はスパークが起きている。
脳組織が焼き切れそうであるが、ここで倒れるわけにはいかない。
意識をしっかりと保ち、ゲキを見据える。
一撃で倒す。
行くぞ! と、心の中で叫び爆発的な加速で疾走する。
ティファニアは朦朧とする意識の中、自分を守るように立つ男の背中を見ていた。
手にはいつの間にか聖剣を握っている。
いつものどこか自身なさそうな雰囲気ではなく、威厳に満ちたその姿を見る。
「あぁ、もう大丈夫ですね」
安心すると同時に、自分が間違っていなかったとうれしく思う。
後は、この英雄の戦いを目に焼き付けよう。
隣のシーラを見ると、同様である。
彼に対して、羨望の眼差しを向けている。
もしかしたら、彼女とはこれからもう少し仲良くできるかもしれない。
英雄である彼について一緒に語り合うことができるだろう。
想像すると、こんな状況だというのに笑みがこぼれた。
砂漠の砂を巻き上げ疾走する。
この世界に来て初めて、思考と想像に体が追いついている。
一瞬で距離を詰めた俺は、剣を構え横に薙いでゲキの首を狙った。
ゲキは突然の俺の超加速に驚いたが、とっさに左腕で首をガードした。
冷静に対処したのはさすがである。
だが・・・・。
――――取った。
腕一本で光剣を防ぐことなどできるはずがない。
ガードごと首を斬り落とせる。
そう確信していた。
「何っ?」
何っ?
声を発したのはゲキである。
同様に、俺も心の中で叫んだ。
光剣は予想通りゲキの左腕を斬り飛ばし、首に迫った。
しかし、またもや首の皮を裂くだけに留まった。
ゲキは瞬時にバックステップで距離を取る。
そして、斬り飛ばされた自分の左腕を見つめる。
「くそがぁあぁぁ! てめぇ、何しやがったぁあぁぁ?」
これまで余裕の笑みを浮かべていたゲキが、初めて激昂した。
俺も、ゲキの質問に答えてやりたかったが、口に魔法回復薬を含んでいるのと、時間がなかった。
再度ゲキに向かって疾走する。
「くっ! 動きがさっきまでと明らかに違う。てめぇ何者だ?」
答えられるはずが無い。
悪いが、このまま押し切らせてもらう。
俺は光剣を洗練された動きで振る。
ゲキはそれをどうにかかわりている。
スピードは俺が勝っている。
ゲキは野生の勘だけで避けているのだ。
「答えねぇか。畜生が!」
ゲキが右腕に力を集中して放った。
俺はそれを余裕を持ってギリギリでかわす。
衝撃波の余波が襲ってくるが、前方に展開した障壁がそれを防ぐ。
ゲキは俺の方を見て、焦りの色を浮かべた。
俺へ攻撃は全く効かない。
ただ、一方的に攻め続けている。
ゲキの体には無数の傷ができる。
このままなら、いつか致命傷を与えることができるだろう。
しかし、ゲキよりも俺のほうが焦っていた。
すでに口の中の魔法回復薬は半分を切っている。
これが無くなれば、魔法の時間も終わりである。
後は蹂躙されるだけの未来しか待っていない。
『英雄の心』で無理やり焦る気持ちを押さえつけ、冷静に戦っている。
それでも、焦りと不安が心を侵食する。
確実に追い詰めているのだから、信じろ。
自分を信じろ! と心の中で繰り返し剣を振る。
ティファニアは英雄の戦いを見ていた。
目で追うのがやっとの速度でセリアは動いている。
その動きは洗練されている。
これまでのセリアの戦い方は、技術だけが突出していた。
技術に、体も心も追いついていないという、どこか歪で危ういと感じていた。
しかし、今は違う。
心・技・体、すべてが揃った彼は古より伝え聞き、憧れた英雄そのものである。
ずっとこの戦いを見ていたい。
でも、それは叶わない。
どれだけ彼が攻めても、ゲキはギリギリで致命傷を避けている。
並みの戦士であれば、とっくに技量差に絶望し討たれているはずだ。
ゆえに、ゲキもまたその技量は英雄の領域に足を踏み入れているのかもしれない。
だからこそまずい。
セリアは魔法回復薬を口に含んだ状態で戦っている。
おそらく、魔法を使用し、魔力が枯渇したと同時に回復させているのだろう。
だとするなら、魔法回復薬が切れた瞬間、彼の敗北が決まるだろう。
それだけはあってはならないことだ。
私が渡した魔力回復薬が少なかったために、セリアが敗北することは容認できない。
ティファニアは二人の戦いを注視する。
そしてタイミングを見計らい、魔法を発動させた。
「大地よ、我が渇望に答え、穿て。アースホール」
俺は奥歯をかみ締めた。
あと数秒で魔力回復薬が底をつく。
その前に倒さなければならない。
攻撃の回転速度をさらに上げる。
目の前にゲキは体中の傷から血を吹き出している。
けれど、どれも致命傷には至っていない。
ゲキは右手一本で衝撃波を器用に操り、直撃をずらしている。
このままでは倒せない。
一瞬でいい。
ゲキの動きを阻害する方法は無いだろうか?
必死に考えているが、今の俺では打てる手が限られている。
くそっ!
思わず心の中で悪態を吐く。
それにより、攻撃の質が下がった。
ゲキがニヤリと笑ったような気がした。
これまで防戦一方だったが、渾身の一撃を放とうと右手に力を集中する。
この距離で撃たれたら、受け止めるしかない。
そしてそれは、攻撃を中断しなければならないことを意味していた。
魔力回復薬の残量から、防御に回ればそこで尽きる可能性もある。
だからこそ、俺は相打ちを覚悟した。
俺の攻撃をゲキはバックステップでかわした。
着地と同時に、渾身の一撃を放つのだろう。
ゲキの右腕に集まった力は、これまでの比ではない。
俺は覚悟を決め、光剣を上段に構えた。
ゲキの足が地面に着地する瞬間、地面に小さな穴が空いた。
「くっそ!」
ゲキは一瞬バランスを崩した。
それだけでよかった。
それだけで十分だった。
俺は最速を維持したまま、剣を上段から斬り下ろした。
「――――ぐっ、はっぁ」
ゲキの右肩から左腰までを斬り裂き、切断した。
そのまま地面に倒れ伏す。
「マジかよ。ここまですげぇやつと戦ったのは、魔王様とやって以来だ。おい、最後くらいお前の名前を聞かせろ」
どこか清々しいような表情で、ゲキが言う。
俺はその横へ降り立つと、最後の魔法回復薬を飲み干した。
「セリア・レオドール。異世界から転生し、魔王を打ち滅ぼす者だ」
「あぁ、なるほど。お前がうわさの勇者だったのか。そうか、そう・・・か・・・・」
ゲキが虚空を見上げる。
命の炎は、もう間もなく消え去るだろう。
「ハブス、ゲイラ、リロリド・・・・また、お前達と、暴れたかった・・・・すまねぇ」
ゲキはそう言って息絶えた。
勝った。
どうにか勝つことができた。
安堵すると同時に、これまで耐えてきたものがすべて襲ってきた。
疲労、頭痛、全身の痛み。
気を抜けば意識を手放しそうである。
けれど、今はまだダメだ。
やらなければならないことがまだある。
急いでルーカスの元へ向かう。
まだ息があることに安堵し、抱きかかえ、急いで皆の下へ向かう。
皆の下へ戻ると、アナライザーがレーアの鞄からポーションを取り出し、皆に飲ませていた。
「勝ったのか?」
「あぁ、どうにかな」
アナライザーの問いに短く答える。
俺もポーションが欲しかったが、まずは負傷者が最優先である。
手早くレーアの鞄から上級ポーションを取り出すと、ルーカスの口に注ぎ込んだ。
すぐに効果が表れ、ルーカスの表情が穏やかになる。
どうにか一命は取り留めたようだが、目覚める様子はない。
無理もないだろう。
体は全快しても、精神的なものは簡単にはなおらない。
戻ってきたミミリアとリオも手伝い、次々にポーションを飲ませていく。
しばらくすると、最初に負傷した『黒牛』達が目を覚ました。
どうやら、何が起きたのかわかっていないようだ。
説明は他の者に任せるとして、俺は最後に上級ポーションを飲み干した。
頭痛が少しだけ緩和される。
「ティファ、行けるか?」
先程からずっと、熱にでも浮かされたように俺の方を見ているティファニアに声をかける。
「はい。問題ありません」
「よし、じゃぁ行くぞ」
俺には、まだやらなければならないことがある。
ティファニアを連れ立ち、皆の下から離れた。
次回、迷宮最後です。
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