第43話:飛竜より弱ぇー・・・
一日更新が遅れました。
その分、長くなっております。
次回更新は明後日予定しております。
27階層へ足を踏み入れると、そこは暗黒世界であった。
これまでも夜の森といった階層はあったのだが、それとは全く違う。
松明をつけて辺りを見渡しても、1m程度しか照らし出すことができない。
隣の人を見定めることさえ苦労するのだから、はぐれないように注意する必要がある。
「皆、隣にいるのが誰か常に把握してくれ。声を掛け合えば、そうそうはぐれたりはしないだろう」
本当は皆で手を繋ぎたいところである。
だが、誰と手を繋ぐのかわからない以上、その提案はできない。
もし、じいさんと手を繋ぐことになれば悲惨である。
おっさんとじいさんが手を繋ぐとか、絵面的にも気持ち悪い。
ティファニアは魔法で巨大な炎を作り出し、空へ打ち上げる。
しかし、灯りは暗闇に喰われ、俺達へと届かない。
宙に炎の塊があるのは見えるが、それだけである。
俺達は慎重に前進する。
先頭をジンとミミリアに任せている。
ジンの罠への嗅覚と、ミミリアの索敵能力に期待しているのだ。
ただ、ミミリアが罠にかかる場合も想定しなければならない。
ジンは18階層のことがあったので、ミミリアの挙動にビクビクしている。
二人はお互いに声を掛け合っているから、当面は大丈夫だろう。
しばらく進むと、遠くに明かりが見えた。
近づくにつれ、大きくなる。
何の明かりだろうか。
「あれは何じゃろう?」
ジンがポツリと呟く。
「そんなの行ってみるしかないよ!」
慎重という言葉のかけらも無く、ミミリアが答えた。
まぁ、ある意味では正解である。
遠目から見ていてもわからないのだから、近づくしかない。
それはそうなのだが、もう少し慎重さが見えるように言ってほしい。
俺が不安になる。
明かり目掛けて進んでいると、明かりの数が三つに増えた。
魔物だろうか?
さらに進むと、ついに明かりの正体がわかった。
そこには一軒家が三つ存在している。
灯りは、その家の窓から漏れ出たものである。
「これって、罠か?」
明らかにあやしい。
迷宮内に建造物があるのは問題ない。
これまでにも多々見てきたのだから。
しかし、こんな暗黒世界で明かりが灯っている家というのはどう考えてもあやしい。
「その可能性が高いと思います」
ティファニアが答える。
「明かりがあるということは、中に魔物がいるのかもしれないのぉ」
エリックが言う。
「それなら無視するか? だが、あの家の中に下への階段があるかもしれない」
無視して進むのなら、相応のリスクが伴う。
さて、どうするか。
「それなら、こうしましょう」
ティファニアはそう言うと、右手に原初の炎を宿し、家へ放った。
「ギャギャグゥアァァァー」
家が熱さにのたうちまわり、声にならない叫び声をあげている。
俺達はその光景を呆気にとられて見ていた。
「こいつは、魔物の家だったのか」
アナライザーが驚愕しながら叫ぶ。
どうやら、あの家自体が魔物だったらしい。
そうとは知らず、燃やしたティファニアはグッジョブである。
もし入っていたらと思うと・・・・。
ティファニアは隣の家にも炎を放ち、その隣も同様に燃やした。
なんというか、傍目でみていると放火魔にしか見えない。
けれど、燃えてのたうちまわり始めれば、魔物討伐に見えるから不思議だ。
俺達は明かりを目指して進み、魔物の家をティファニアが燃やした。
魔物の家は基本的に動かないから、格好の的である。
何度目かの魔物を燃やしていると、ミミリアが何かに気がついた。
「ねぇ、ここに階段があるよ!」
燃え盛る魔物の明かりに照らされ、階段を見つけることが出来た。
もし、この階段の近くに魔物がいなかったら。
もし、魔物を燃やすという討伐方法をとらなかったら。
どう考えても、階段を見つけることは困難を極めるだろう。
本当に、運が良かった。
27階層と28階層を繋ぐ階段で、俺達は休憩した。
簡単な昼食をとる。
「次が28階層じゃから、最低限の目標としていた30階層までもうすぐじゃのぉ」
そう言うエリックの声色には疲れがみえた。
「30階層を踏破したら探索を終えますか?」
「どうかのぉ。状況にもよるが、行けるところまで行くべきじゃと思う」
ティファニアの問いに、エリックが答えた。
そうだな、行けるところまで行きたいと思う。
そのためには、皆を街へ転移させて英気を養う必要があるな。
このままのペースであれば、29階層を踏破した段階で野営する必要が出てくる。
できるなら、その時に皆で街へ戻りたいものだ。
28階層は湿地帯であった。
そろそろ蜥蜴人が出てくるのでは? と予想した。
湿地帯は非常に歩きづらい。
足首までの水嵩があり、さらにぬかるんだ泥が体力を奪う。
皆を見ると、同様に歩きづらそうである。
この状況、何とかならないだろうか?
「セリア様、皆さん歩き難そうにしていますので、この水凍らせてもいいでしょうか?」
え? ティファニアの提案に驚いた。
どこまで広がっているかもわからない湿地帯を凍らすことは、本当に可能なのだろうか。
だが、よくよく考えてみると、6階層の広い湖を凍らせたのだから可能かもしれない。
「よし、任せる」
「ありがとうございます」
俺はティファニアがこれから水を凍らせると皆に伝えた。
各々、近くの岩や倒木などに登る。
「行きます。我が魔力を糧とし、万物の時を止めよ。フローズンワールド」
以前と同じ詠唱を行い、水を一気に凍らせた。
俺達は凍った水の上を歩いている。
俺にとっては氷の上を歩くなどまったく問題ない。
だが、慣れてない人にとっては滑って転びそうであるから、牛歩のような速さである。
「薄々思ってはいたのですが、ティファニアさんってすごい魔法使いですよね」
シャイなサリーが話しかけてくるのは非常に珍しいことだ。
「あぁ、魔力もすさまじく多いし、魔法の精度はさすがだ」
「やっぱり、エルフだからですか?」
「どうだろうな。ただ、ティファと同じレベルの魔法使いがゴロゴロいたら、魔王軍に遅れをとるとは思えない」
「それもそうですね。私、もっと魔法の勉強がしたいんです。あとでティファニアさんに魔法の話を聞いてみたいです」
「いいんじゃないか? エルフの秘術とかなら教えてもらうのは難しいけど」
「あの、よかったらティファニアさんへ橋渡しをしていただけたらうれしいです。内のリーダーとティファニアさんってあまり仲良くなさそうですので、私がティファニアさんに話しかけたら嫌な思いをさせるかもしれません」
皆、あの二人の関係は腫れ物を触るように扱っているみたいだな。
確かに、シーラとティファニアの仲はお世辞にも良いとは言えない。
だが、心底嫌い合っているとも思えない。
どちらかというと、好敵手と書いてライバルと読むような関係に近いと感じている。
そう見えるのは俺だけだろうか?
「わかった。後でティファには言っておく」
「ありがとうございます。セリアさんって変なおじさんって思っていましたが、優しいんですね」
話が終わり、離れていくサリーを笑顔で見つめていた。
そうか、俺はシーラを除く『月下の大鷹』達から『変なおっさん』って思われていたのか。
本当に、泣きたくなった。
「そーれ! そーれ! そーれ!」
エリックの掛け声が聞こえる。
じいさん達を見ると、例のごとく縦一列になり前の人の肩を持つというやり方で氷の上を歩いている。
実に楽しそうだ。
「あれ、いいな!」
ダンカンの発案により、『黒牛』の三人も同じように列になる。
そして、掛け声に合わせて足を進めた。
俺も加えてもらえないだろうか?
「ほんっとに男の人って子供みたいなときがあるわねぇ。あんたは違うのかしら?」
レーアが呆れたように言う。
迷宮の中、しかもどこから敵が襲来してくるかもわからない状況で、楽しそうに掛け声をかけているのが遊んでいるようにしか見えないのだろう。
「お、俺はあんなことしない。普通に歩けるしな」
誤魔化すようにそう言って先を急いだ。
「セリア様、前方に魔物の影が見えます」
ティファニアが前を指差す。
確かに、何かがいるようだ。
「皆、慎重に進むぞ。掛け声は一旦やめてくれ」
俺の言葉に、じいさん達と『黒牛』達が頷いた。
俺達は無言で、足を忍ばせて近づいた。
しかし、どれだけ近づいても影は微動だにしない。
こちらに気付いてないのだろうか。
ついに肉眼で魔物の姿を鮮明に捉えることができる距離まで近づいた。
俺は皆へ止まるように指示を出し、しばらく様子をうかがう。
魔物は予想通り、蜥蜴人であった。
しかし、動きが全く無い。
どれだけ待っても動かない。
痺れを切らせた俺達は、ゆっくりと蜥蜴人に近づいた。
そこにあったのは、蜥蜴人の置物であった。
しかも、ものすごく精巧である。
つい先程まで動いていたかのように躍動感もある。
「なぁ、この置物を作ったのがこの階層の魔物か?」
「セリア殿、これは置物ではなく、本物の魔物だ。おそらく、急激に気温が下がったことにより、活動を停止したのだろう」
マジか! これが本物かよ。
微動だにしないから、完全に置物だと思っていた。
シーラは俺に、この魔物が本物であると証明した。
剣を抜き放つと、一太刀で蜥蜴人を切り裂いた。
鮮血が飛び散り、それが置物ではなく本物であることを示す。
「よし、今の内に蜥蜴人を倒す。全員散開しろ」
俺が指示を出すと、各々蜥蜴人へ止めを刺していく。
実に楽であった。
「ここに階段があるぜ!」
あらかた魔物を討伐し終えた頃、ダンカンが下への階段を発見した。
俺達はためらうことなく階段を降り、29階層へ向かった。
俺は階段を降りながら、これまでの世界で蜥蜴人に苦しめられた場面を回想していた。
まさか蜥蜴人の弱点が寒さだとは知らなかった。
知っていれば、もう少し戦いでの被害を抑えられたかもしれない。
そう考えると、後悔が胸を襲った。
29階層へ到着すると、そこは山岳地帯であった。
見える限りでは標高も高い。
周りには無数の小高い山が点在している。
俺達はそんな中を歩いていた。
「この階層の攻略が終わったら、今日の探索は終了だ。転移して今日はゆっくり休みたいと思っている。皆、もう一踏ん張りだ」
そう言って上を見上げた。
上を見たのは偶々である。
なんとなく見上げて、俺は絶句した。
空には百を超えるほどの鳥の大群がいる。
その鳥は間違いなく、魔物である。
「臨戦態勢、来るぞ!」
どうにか声を絞り出し、張り上げた。
すでに鳥の魔物は降下態勢に入っている。
鳥の魔物が近づいてくるにつれ、その全貌をあらわにさせた。
鳥よりも獰猛で、鳥よりも雄大で、鳥よりも恐ろしい空の支配者。
「あれは飛竜じゃのぉ」
エリックがのんびりと言う。
呆れるような声色である。
その間にも、飛竜は近づいている。
これは、まずい。
非常にまずい。
「全員退避。階段まで走って戻れ」
28階層へ続く階段から、そこまで離れていない。
滑降してくる飛竜との距離を見ると、ギリギリである。
俺達は一目散に走り出した。
皆、全力で階段を目指す。
走る、走る、走る――――あれ?
いつの間にか俺は最後尾を走っていた。
どうやら、一番足が遅いのは俺のようだ。
しかも、圧倒的に遅い。
やばい、これはやばい。
何がやばいって、飛竜の狙いが俺に絞られたことと、アナライザーやレーアより足が遅かったという事実がやばい。
俺は走りながら肉体強化魔法の詠唱を開始した。
そして、魔法が発動すると一気に加速する。
これで追いつくことはできないだろうと、後ろを見るとすでに飛竜は目と鼻の先にいる。
追いつかれる。
そう覚悟した瞬間、後ろで爆発が起きた。
前を見ると、階段から顔を出したティファニアが魔法を放っている。
助かった! と、俺は最後の力を振り絞って階段に飛び込んだ。
「殿、ありがとうございます」
ティファニアの労いに、俺は複雑な心境であった。
「なぁ、あれって飛竜なのか? えらく小さいような・・・」
先程の飛竜の全長は1mくらいである。
はたして竜と呼んでいいものだろうか。
そんな俺の疑問に答えたのはいつものこいつである。
「飛竜の中には、小さな個体もいると聞く。おそらくあれがそうだろう」
この世界特有だろうか。
俺が知っている竜は、少なくとも人よりも大きいはずだ。
「それで? 我らはこれからどう動く?」
うーん、と首を捻る俺に、シーラが尋ねた。
「私に考えがあります」
シーラの問いかけに、ティファニアが答える。
「ほう、貴殿に考えか」
二人の視線が火花を散らして交わる。
「ティファ、聞かせてくれ」
「わかりました」
ティファニアの作戦を聞き、俺達は微妙な感想を抱いた。
しかし、シーラが乗り気であるため、それでいくことになった。
階段から一歩出たところに、俺は転移の魔法陣をすばやく描いた。
頭上には飛竜が集まっている。
いくら小さいとはいえ、やはり竜は竜なのだろう。
威圧感が他の魔物とは桁違いである。
「準備できたぞ」
「では、行きます」
そう言うと、ティファニアは魔力を魔法陣に流した。
その瞬間、シーラが消えた。
上を見上げるとシーラが無事、上空に姿を現した。
飛竜よりも上から襲い掛かる。
シーラは飛竜を足場にして、次々に斬り裂いている。
「次です」
「ねぇ、本当にボクも行くの?」
「シーラの推薦だ。諦めろ」
「えぇー・・・」
ミミリアが不安な顔をしたまま、上空へ転移する。
「それでは、次は『黒牛』ですね」
「・・・・え? 俺達も行くのか?」
「当然です」
「いや、だって――――」
言葉の途中で転移させられ、『黒牛』達は上空で叫び声を上げている。
「わ、わしらは止めておこうと思う。寿命が縮まるからのぉ」
「そ、そうじゃのぉ」
エリック、ジン、リゲルが引きつった笑みを浮かべ、後ずさりする。
ティファニアはにっこりと笑顔を見せると、彼ら三人を転移させた。
「セリア様も行きますか?」
「いや、俺は遠慮しておこう。もし、この魔法陣に何かあったら誰も直せないしな」
もっともな理由を言って、上空への転移を回避する。
「大丈夫ですよ。私がここで見てますから」
え? っとティファニアの方を向いたときには、すでに転移が始まっていた。
「ちょっ、おま」
転移した俺は上空から降下していた。
仕方なく、剣を抜いてすれ違い様に飛竜を斬る。
だが、落下速度を乗せた剣速であっても、竜の鱗に少しの傷をつけるだけである。
それでも俺はとにかく剣を振った。
竜を斬りつけた後、地面がどんどん近づいてくる。
いよいよ激突するかと思った瞬間。俺はまた上空にいた。
ティファニアが再度転移させたのだ。
俺は何度も飛竜を斬りつけるが、一匹も倒せない。
それでもシーラを中心に飛竜を狩っていくと、ついに最後の一匹になった。
最後の飛竜をシーラが斬り落とし、俺達は地上へ転移で戻ってきた。
正直、気持ちが悪くて吐きそうである。
「ティファ、この階層に、まだ、魔物はいるか?」
ぐったりと座り込みながら尋ねる。
「ちょっと待ってください。――――いえ、全滅させたようです」
「そうか。では、階段を探そう」
俺達は警戒を解き、バラバラで階段を探した。
しばらくすると、青い煙が立ち昇る。
どうやら階段を発見したようだ。
皆が煙の元に集まり、30階層への階段を見つめている。
ついに、ここまで来たのかと感慨深い。
「聖剣殿、あの大量の飛竜はどうするんじゃ? どうせ今からギルドへ戻るなら、いっしょに転送してはどうじゃろうか。結構なお金になると思うぞぃ」
俺はレーアの方を見る。
レーアはすごい勢いで首を振る。
「すべて転送するのは諦めてくれ。自分が持てる分ならかまわない」
そう答えると、じいさん達は飛竜を二匹ずつ肩にかづぐ。
本来、冒険者とはこうあるべきなのかもしれない。
じいさん達から学ぶことはまだまだありそうだ。
俺は魔法陣を地面に描いた。
そこで一つ考えなければならないことがある。
ここに誰かが残らなければならないということだ。
もし何らかの影響により、魔法陣の一部でも消えてしまったらここまで転移できない。
それはさすがに辛すぎる。
「よう兄弟! 俺らに任せろや」
「は?」
兄弟? 誰と誰が?
「皆まで言うな。困ってんだろ? 俺達がここに残る」
ダンカンの言葉に、ガルベスとサンタナも頷く。
「いいのか?」
「気にするな。こういうのは俺達の仕事だ」
「すまない」
「そう言うときは、ありがとうって言うんだぜ」
「そうだな、ありがとう」
俺達は『黒牛』達を残して転移した。
明日、30階層へ万全の状態で挑むために。
次回も迷宮が続きます。
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