第39話:英雄という甘美な響きに弱ぇー・・・ part3
今回は迷宮1階層しか進んでいません。
俺達は20階層の横穴で一晩を過ごした。
幸いなことに横穴には十分の広さがあり、階段という不安定な場所で寝る必要はない。
前回転移していない『黒牛』とじいさん達を街へ帰すこともできたが、彼らはここで十分だと言う。
さすが、ベテラン冒険者である。
昨日街で購入した食材と、水牛の残りで豪華な食事をとる。
一応、順番に見張りを置き眠りについた。
朝、皆の準備が整うと、いよいよ21階層へ向かう。
21階層はまたもや森であった。
しかし、これまでの森とは明らかに何かが違う。
鬱蒼と茂っているのは変わらないが、いつも誰かに見られている。
そんな気がして俺は周りを見渡した。
「嫌な予感がする」
俺はそう呟き、皆の様子を確認する。
各自警戒を怠ることなく、慎重に進んでいる。
それにもかかわらず、様子がおかしいやつらがいた。
アナライザーとティファニアである。
アナライザーはメモ帳に何やら書き込んでは、周囲を何度も見渡している。
マッピングをしているにしては、変な行動である。
ティファニアに至っては、だまって俯いている。
額にはそこまで暑くもないのに汗が滲んでいる。
体調でも悪いのだろうか。
「すまない。ちょっと話があるから止まってくれないか?」
俺がティファニアへ話しかけようとした時、アナライザーが声を上げた。
警戒しつつ、俺達はアナライザーを中心として集まった。
「どうしたんじゃ?」
何度もメモ帳を取り出し、首をかしげているアナライザーへエリックが尋ねる。
「確信はないのだが、この階層の魔物はトレントだと思われる。マッピングをしているが、後ろを向くだけで木々の配置が変わっていた。これは人を惑わす森であり、ならばトレントの森が真っ先に思い浮かぶ」
アナライザーの言葉に、皆の視線が周囲の木々に注がれる。
だが、どれだけ注意深く見てもただの木にしか見えない。
「ならばいっそ、すべて燃やすか? 空気に湿気はあるが、サリーとマオなら時間をかければ燃やし尽くせるだろう」
シーラの提案に、『黒牛』の三人が同意する。
じいさん達はそれによる自分達への被害を想定しているが、概ね好意的である。
それならば、実行しても構わないだろう。
「ダメです。この森を燃やすことは私が許しません」
今まで俯いていたティファニアが顔を上げた。
その顔には強い意志が宿っている。
もし燃やすというなら力ずくでやめさせるとでも言いそうである。
だが、いったいなぜだ。
「ティファ、理由を説明してくれ」
「私がエルフだからです」
それだけではわからない。
エルフだから何だと――――そういうことか。
「エルフとトレントの盟約か」
「ご存知でしたか」
転生前の世界でもそうであった。
俺はエルフとトレントの関係を失念していたのだ。
「私には、なぜこの迷宮にトレントの森があるのかわかりません。ですが、トレントを害するというのは、エルフ族として看過できません」
「ほう、ではどうするというのだ? 我らと戦うか?」
挑発するようにシーラが言う。
ティファニアは俺の方を見て、辛そうに俯いた。
トレントを燃やすことは許さない。
人族と争いも望まない。
難しい選択肢を突きつけられ、苦しんでいる。
「シーラ、それくらいにしておけ。ティファニアも、そんな苦しそうな顔をするな。今は皆がチームだ。チームである以上、相談し、解決していくべきだと俺は思う」
ティファニアは、ハッと顔を上げ皆を見渡した。
誰も、彼女を苦しめようとはしていない。
たぶん、シーラも。
「じゃが、実際問題どうするのじゃ? トレントが何体いるのか分からんが、魔王軍を迷宮から出現させぬために、できる限りの魔物は討伐せねばならんじゃろ?」
エリックが問いかける。
それは分かっている。
そして、解決する策も俺の頭の中にはすでに存在していた。
かつて、エルフの国で生活していたことがある。
彼らのしきたりに倣い、文化や言語も共にした。
だからこそ、同じような問題に直面し、解決したことがあった。
「すべて丸く収める方法がある。ティファ、シーラ、それとレーア。三人には俺と一緒に転移してもらう」
「何で私も?」
ティファニアも、シーラも驚いていたが、一番驚いたのはレーアである。
いきなり指名され、自分がこの件を解決する役割などないと思っているのだ。
「レーアには重要な役割がある。もちろん、ティファやシーラもだ」
三人の顔を見定め、頷くのを待つ。
三人が了承したのを確認すると、俺は地面に転移の魔法陣を描いた。
「わしらはどうしたらよいのじゃ?」
「残る皆にはやってもらいたいことがある」
そう言い、魔法陣を描き終えた後、皆に指示を出した。
「どこへ行くのですか?」
「冒険者ギルドだ」
俺がそう言うと、ティファニアは小さく頷き四人を転移させた。
冒険者ギルドでは、ギルドマスターのサムウェルがカウンターに突っ伏していた。
周辺の街からの冒険者の招致、それに加えてギルドマスターの本業である街に所属する冒険者の管理と、依頼への指示を行っている。
さらに、今はレーアという優秀なギルド職員が不在である。
残業、残業、残業。
最近仕事をどれだけ片付けても終わりが見えない。
「俺、このまま死ぬんだろうか」
「あんた何言ってんだ?」
サムウェルは聞き覚えのある声に反応し、顔を上げた。
目の前には、セリアと名乗る中年の冒険者がいる。
幻だろうかと何度も目をしばたたかせるが、おっさんの顔はやはりおっさんのままである。
そして、その後ろには黄金級冒険者二人と、優秀なギルド職員が付き従っている。
「お前らこそ、なぜここにいるんだ?」
今は朝である。
まだまだ冒険者は来ないだろうと思っていたからこそカウンターに伏せていたのだ。
それにもかかわらず、迷宮へ旅立ったはずのセリア達がいる。
また面倒なことが起きそうだと心の中でため息を吐いた。
「相談があって迷宮から戻ってきた。情報室は空いているか?」
「もちろんだ。そもそも、こんな時間にここへ来るやつなんてそうそういない。なぁ、レーア」
サムウェルは意趣返しのつもりでレーアへ言う。
レーアは苦笑いを浮かべた。
「そうか。それなら好都合だ。一緒に来てくれ」
セリアは全く気にすることなくサムウェルに言う。
サムウェルは仕方なく、促されるまま情報室へ向かった。
「それで、何を探すんだ?」
情報室へ入ると、サムウェルが尋ねる。
「まずは地図だ。それと、この街は結構発展している。だからこそ、山や森の木を切って建物の材料にしたんじゃないのか?」
「それはそうだろう」
サムウェルは地図を探し出し、テーブルの上に広げながら答えた。
「では、どこかに伐採したまま植林もしていない土地がないか?」
「それはたくさんあるが・・・・」
「その中で、トレントが移住しても良い場所を教えてくれ」
「は? どういう意味だ?」
サムウェルが尋ねる。
俺は21階層の魔物がトレントであったこと、ティファニアが討伐に反対したことをかいつまんで説明した。
「だからその解決策として、迷宮のトレントの森とどこかの土地を魔法で入れ替えようと思う」
「そんなことできるんですか?」
目を見開いてティファニアが尋ねる。
「理論上は出来るはずだ。まぁ、やるのはお前だけどな」
俺が魔法陣を描くが、それだけの魔法を発動させる魔力は足りない。
ティファニアに期待するしかないのだ。
「やります。やらせてください!」
ティファニアはやる気である。
だが、サムウェルは腕を組み悩んでいる。
それも当然だろう。
さて、ここからどう転ぶか。
「ティファ、俺はお前のエルフとしての意を汲んだつもりだ。では、エルフ族は何を差し出す? 人族にとって、トレントの森の出現など害はあっても利はない。それにもかかわらず、人族の土地にトレントを移す。エルフ族代表として、エルフ族は人族へ何が出来る?」
俺はあえて、ティファニア個人ではなくエルフ族全体の問題として捉えさせた。
ティファニアは逡巡した後、その意味を理解し口を開いた。
「トレントの森ならばエルフが住めます。そこを拠点として、今はほとんど行われていない人族との交易を再開させたいと思います」
なるほど、それがティファニアの答えか。
俺はティファニアが、想像するよりも遥かに有益な提案をしたことに驚いた。
それはサムウェルも同様である。
「本当に、エルフ族との交易を再開させることが出来るのか?」
「はい。私はルーンアの族長の娘であり、エルフ族最強の戦士でもあります。それに、切り札ならここにおられます」
ティファニアはそう言って俺を見て続ける。
「聖剣の担い手であるセリア様の要請を、エルフ族は断ることが出来ません」
え? 俺が説得するのか?
「いいのか?」
サムウェルが俺を見る。
サムウェルは俺の聖剣が何を指しているのか知っているのだ。
「いいわけないだろ!」
俺は全力で否定する。
このまま突き進めばいつか俺は破滅する。
トレントの森の転移はいいことだと思ったが、話の流れがこのようになるとは予想外だ。
これなら、転移の話はなかったことにしよう。
そうしよう。
「セリア様、どうか英雄としてのお力をお貸しください。トレントの森を救い、エルフ族と人族の架け橋となるには、あなたのような英雄が必要なのです。どうか、お願いいたします」
ティファニアは両手を合わせ、祈るように懇願する。
俺はかつて英雄と言われ、さまざまな苦難を乗り越えてきた。
すべての人を救い、導く。
それこそが英雄の役目であり、俺の役目だと思っていた。
この世界に来たのもそのためである。
だからこそ、目の前に助けてほしいと求める者がいて、その手を振り払うことなどできるはずがない。
俺は覚悟を決めると、『英雄の心』を発動させる。
「わかった。俺がどうにかしよう」
俺の覚悟を感じ取ったのか、サムウェルがため息を吐いた。
何を言っても実行されると理解したのだ。
「それで、いつまでに候補地を絞ればいいんだ?」
サムウェルの問いかけに、俺はレーアへ目配せをした。
エルフ族から条件は提示した。
さぁ、後はレーアの出番である。
彼女にはサムウェルの説得をお願いしていた。
「今決めてください。そうしなければ、私達は次の階層へ進むことが出来ません」
「そうは言ってもだな、領主様の許可も取らなければならないんだぞ?」
「分かっています。その上で、今決めてください」
サムウェルは「うっ」と呻いた。
こうなった時のレーアには、何を言っても敵わないと理解していた。
レーアは事後承諾を取れと言っている。
それは、ギルドマスターの権限を大きく逸脱していた。
それでも、迷宮の攻略を考えるのであれば急いだほうが良いのは確かである。
このような情勢では、領主様へお伺いを立てても判断が下されるまで何日かかるかわからない。
「――――わかった。俺が領主様の許可を必ず取ろう。場所は・・・・ここなんてどうだ?」
サムウェルが指差したのは、街の南側にある森の外れである。
「よし、では決まりだ。ティファ、ここへ転移するぞ」
「わかりました」
俺達は急いで訓練場の控え室へ戻り、森の外れへ転移した。
そこは木の伐採をした跡地である。
切り株だらけで、これでは再利用は難しいだろう。
植林するにしても、切り株を除去しなければならない。
なるほど、都合がいい場所である。
「この土地を出来るだけ大きな円で囲まなければならない。ティファニアとシーラで手分けしてやってもらえないか? その間に俺は魔法陣を完成させる」
ティファニアはいいとして、シーラが手伝ってくれるかわからない。
それでも、この作業を早く終わらせるにはシーラの力が必要不可欠である。
予想に反して、シーラは二つ返事で了承した。
理由は、俺もティファニアも覚悟を持って行動したのだから、自分も覚悟を持ってできる限りの手伝いをするとのこと。
あれだけいがみ合っていても、認めるべき点は認めることが出来る。
そこがシーラの美点である。
二人は左右へ円を描くように走り出した。
手にはそれぞれの得物を持ち、地面に剣圧で線を描く。
俺も急いで魔法陣を二つ地面に描き始めた。
二人が戻ってきたのはそれから一時間後のことであった。
どうやら巨大な円が描けたようである。
「よし、迷宮へ戻るぞ」
地面に描いた魔法陣の一つを指差し、ティファニアへ魔力を込めるよう促す。
ティファニアが魔力を込めると、淡い光に包まれ、迷宮へ転移した。
「おぉ、戻ってきたぞぃ」
エリックがそう言うと、皆が集まってきた。
「準備は?」
「当然、完了してるぜ!」
俺の質問にダンカンが答える。
実は冒険者ギルドへ転移する前、皆にこの階層の境界線をなぞるように円を描いてもらっていたのだ。
「ティファ、トレントへの意思疎通はできるか?」
「はい、できます」
「では、描いた円の中へ集まるように言ってくれ。それと、これから転送することもな」
「分かりました」
ティファニアがエルフ語でトレントへ語りかけている間に、俺は魔法陣を描く。
対象を円の内側と設定し、例の森の外れに描いてある魔法陣と繋げた。
これで準備完了である。
「よし、いつでもいけるぞ」
俺はティファニアへ頷いた。
「ティファニア、これを。あまり効果はないかもだけどね」
レーアはティファニアへ何かの実を手渡した。
「これは、タチの実ですか?」
「そうよ。ティファニアは魔力回復ポーションを持っているから必要ない?」
「いえ、あのポーションは渋すぎて飲めないのです。タチの実も渋いですが、あれよりはましです。ありがたくいただきます」
ティファニアはそう言って、タチの実を口に含んだ。
後で聞いた話によると、タチの実は一つで魔力を5%ほど回復させるらしい。
俺の5%なら誤差の範囲内であるが、魔力の多いティファニアの5%はかなりのものである。
ティファニアは万全の状態で、大規模転送魔法を発動した。
21階層全てが光に包まれた。
次の瞬間、森は跡形もなく消え去った。
ティファニアは『千里眼』でトレントの森の状況を見て、魔法の成功を確かめた。
そして一息吐くと、晴れやかな顔をした。
「皆さん、本当にありがとうございます。エルフ族を代表してお礼申し上げます」
深々と頭を下げるティファニアに、俺達は照れ笑いを浮かべた。
これにて無事、21階層の攻略は完了したのである。
次回も迷宮が続きます。
山場まであと少しです。
皆様、飽きることなくお付き合いしていただけたら幸いです。
出来る限り多くの方へ読んで欲しいと思います。
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