第33話:英雄という甘美な響きに弱ぇー・・・ part2
誤字脱字の件、活動報告にて謝罪申し上げます。
それと、報告ありがとうございます。
清々しい朝日を浴びて目が覚めた。
昨日に引き続き、完全オフである。
やることが未定というのは最高だな。
井戸へ行き、顔を洗う。
さっぱりすると、ベンさんが現われた。
「おぉ、おはようさん」
「ベンさん、おはよう」
二人顔を見合わせると笑顔になる。
昨夜は贅沢の限りを尽くした。
美味いものを食べ、美味い酒を飲む。
これからはたまにでも、いや、毎日贅沢できるように稼ごう。
部屋に戻ると、昨日買った魔鉄の服を着た。
うむ、サイズもぴったりで良く似合っている。
次に剣を見た。
あまりというか、まだまったく使っていない。
それでも愛剣であるから、手入れをしようと思った。
ベンさんに聞くと倉庫に研石と拭い紙があるそうで、好きに使ってよいとのこと。
さっそく倉庫から研石と拭い紙を拝借した。
剣を研いでいると、懐かしい思い出が蘇ってくる。
転生前の世界では、仲間と武器の手入れをしながらバカ話をしたものだ。
彼らとはもう住む世界が違うのだから会うことができない。
というか、この姿を見せたくないな。
くっそ、あの女神のせいでこんな姿になった。
その上、力も能力も酷すぎる。
だんだんと女神への怒りがこみ上げてきた。
どうにかして女神と連絡は取れないだろうか。
転生前の世界では、女神アスラムリスを崇めている教会から連絡を取ることができた。
この世界にもあのクソ女神を崇めている教会があるかもしれない。
連絡さえ取れれば、元の姿に戻ることもできるのではないか?
これまでお金を稼ぐために必死だったため、そんなことを考える余裕もなかった。
よし、今日は女神アスラムリスを崇める教会を探すことにしよう。
手早く剣の手入れを終わらせると、冒険者ギルドを目指した。
手がかりも、何もないのだからまずは聞き込み調査である。
冒険者ギルドに着いたのは、まだ昼前であった。
これならさすがに混んではいないだろう。
扉を開き、中へ入ると真っ先にレーアと目が合った。
「いら・・・ちっ」
あからさまに視線を逸らされた。
そして、舌打ちのコンボである。
俺、何か彼女に悪いことしたか?
「レーア、ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「何よ?」
「いや、まずはそのつんけんした態度を改めてほしい。今日はまだ、何もしていないだろ?」
「――――まだって、今から何かするつもり?」
「いや、するつもりはないが」
「それなら何?早く言ってよ、忙しいんだから」
俺は辺りを見渡す。
ギルド内にいるのは、レーアの隣に座ってこっちに手を振るキャロルと、数名の冒険者だけである。
まったく忙しいようには見えない。
「何?」
「いや、なんでもない。実は、聞きたいことがあって来た」
「さっき聞きました」
「あ、あぁ、それで聞きたいことというのは、女神アスラムリスを崇めている教会や神殿がどこかにないか?」
「女神アスラムリスねぇ。聞いたことあるような、ないような・・・。キャロルは聞いたことある?」
レーアは、さっきから興味津々でこちらを見ているキャロルに尋ねた。
「先輩、北の方にそんな名前の女神を信仰している街があったはずです。確か、アスララムリッス?」
「あぁ、そういえばあったわね。けど、アスララムリッスじゃなくて、アスラスよ。いったい何が無理なのよ?」
レーアの言葉に、キャロルは「てへっ」っと頭に拳を当てて可愛らしく首を傾げる。
本当にキャロルは癒しである。
「そこは近いのか?」
「うーん、確か情報室に世界地図があるから、そこに載っていたはず。ついて来て」
レーアは受付をキャロルに任せると、俺を情報室へ案内した。
情報室に入ると、ティファニアがいた。
「ティファ、一昨日ぶりだな」
「そうですね。セリア様は何かお探しですか?」
「まぁな。ティファもか?」
「いえ、私は人族の歴史や文化などが書かれている文献を読んでいるだけです。よろしければ、手伝いましょうか?」
「いや、大丈夫だ。レーアが手伝ってくれるからな」
「そうですか・・・」
若干悲しそうに、ティファニアは読書に戻っていった。
「地図があったわ」
レーアはそう言うと、テーブルの上に地図を広げた。
なるほど、これがこの世界か。
この世界の最も大きな大陸は、大まかに言えば太い三日月形をしていた。
その周りに小さな島がいくつも点在している。
三日月形の大陸の北にも大陸が存在し、三日月形の大陸とつながっているようだ。
しかし、北の大陸の詳細は載っておらず、地図が途中で切れているような描き方であった。
「ここは?」
「そこは魔物発祥の地とされているわ。魔王の根城もそこにあるらしいの。もっとも見たのはヴァン・フリードとそのパーティーだけだけどね」
また、ヴァン・フリードか。
すごいなヴァン・フリード。
「これは何だ?」
地図には赤線が引かれては消され、赤線が引かれては消され、最後に一本赤線が三日月形の大陸を横断している。
「これは魔王領と人族領の境よ。赤線が書き換えられているのは、どんどん魔王領が拡大している証拠」
三日月形の大陸の北から三分の一に赤線が引かれている。
それだけで、人族が苦境に立たされていると理解できた。
「それで、今私たちがいるリェーヌがここ」
レーアが指差したのは、三日月形の大陸の西側で、南北の中間やや南くらいにある半島のようなところであった。
「で、王都がここね」
次にレーアが指差したのは、リェーヌより東で、やや北に位置する三日月形の大陸のほぼ真ん中であった。
「リェーヌと王都はわかった。それで、アスラスの街は?」
「えっと、アスラスの街は・・・・ここね」
レーアが指し示した場所は、三日月形の大陸の北東である。
これはどう見ても・・・。
「魔王領かよ!」
「そういうこと。100年くらい前に滅ぼされた街だったはずよ」
くっそ、これじゃあどうしようもないじゃないか。
俺は頭を抱えた。
「あの、セリア様。どうかされましたか?」
俺の叫び声を聞いて心配になったのか、ティファニアが話しかけてきた。
「どうもこうもあるか。これじゃぁ、あのクソ女神と連絡とれないじゃねーか! どうやって元の体に戻るんだよ。この体を鍛えようにも成長限界だし、アスラスまではどうやってもたどり着けねーよ。やってらんねーな、まったく」
一通り叫び終わるが、イライラが収まらない。
元の体なら、むしゃくしゃして魔王を殺しに行っているところである。
まぁ、元の体ならイライラもしないのだろうが。
「黙れ。情報室では静かにしろ!」
レーアが俺の襟首を掴み上げた。
そうされることで、どうにか冷静さを取り戻した。
レーアさん、本当にすみませんでした。
レーアは俺が冷静になったことを確認すると、手を離した。
しかし、眉間に皺が寄っているため、まだ怒っていることが良く分かる、
おそらく俺の命も、あと一回怒らせたら花と散るだろう。
とにかく、今は話題を変えるしかない。
そういえば、ティファニアが世界樹がどうのと言っていたな。
「ところで、お前の言う世界樹ってどこにあるんだ?」
ティファニアは一瞬眉を顰めたが、笑顔で俺に世界樹の場所を指差した。
そこは三日月形をした大陸の東北東である。
ここも魔王領かよ! どうりで聖剣の担い手を求めているわけである。
世界樹を魔王から奪還してほしいって事か。
どう考えても無理・・・・まて、ここはアスラスからほど近い。
もし、――――もしもだ、アスラスへどうにか行ければ体を取り戻し、世界樹の奪還だってできるのではないか?
そこまで俺に行けるだろうか?
ティファニアを見ると、すでに自分の読書へ戻っていた。
俺も考えることが出来たため、今日は帰るか。
街を歩きながら考えていた。
といっても、アスラスを目指すなら方法は一つである。
「旅・・・か・・・」
俺のか細い言葉は虚空に漂い、誰の耳に届くこともなく消えていった。
次の日、俺はベンさんの手伝いとして久しぶりに下水道掃除をしていた。
鼻につく匂いは、やはり臭い。
あの時は毎日していたため、感覚が麻痺していた。
今思えばよくやったなと思う。
自分をほめてやりたい、いや、ほめてやる。
よくやった、俺!
今日は夜まで予定がない。
だからこそ、世話になったベンさんの手伝いをしたいのだ。
今朝、ベンさんにそう言うと、嬉しそうに微笑んでくれた。
その笑顔を見ると、俺もうれしくなる。
時間の許す限り掃除を手伝った。
夕方に差し掛かった頃、井戸水で身を清め、魔鉄の服を着た。
腰に剣を差し、いつもの鞄を肩にかける。
向かう先は冒険者ギルドである。
冒険者ギルドに到着し、扉を開いてホールに足を踏み入れた。
すでに、じいさん達は飲食スペースの椅子に座っていた。
その周りにはやたらと冒険者が多い。
というか、周りにいるのは見知った顔ばかりである。
『月下の大鷹』達、アナライザー、ティファニア、それと『黒牛』? もいる。
一同勢ぞろいである。
「おう、やっと来たか。ちょっと来てくれ」
飲食スペースへ行こうとした俺をサムウェルが呼び止める。
そのまま腕を取られ、引きずられるように個室へ連行された。
そういえば前にもこうやって個室へ連れて行かれたことがあったな。
あの時はレーアだったが、なぜ引きづられていたんだったかな。
個室に入ると、サムウェルと向かい合って椅子に座った。
サムウェルは両手を組み、テーブルの上に両肘を乗せている。
なんだかいつもとは違った雰囲気である。
「どうした?」
「あ、あぁ。さて、どこから話したらいいのか・・・。そうだな、まずはこの世界の情勢から話そう。もっとも、もう知っているかもしれないがな」
サムウェルはそう切り出すと、語り始めた。
人族の領土が魔王軍によって侵略されていること。
領土の境では常に人族と魔物が激戦を繰り広げていること。
優秀な人材のほとんどが前線にいて、人族領の野生の魔物の討伐がおろそかになっていること。
この街は前線への補給基地として、海路にて物資を輸送していること。
「それでだ、昨日王都から使者が来て、ある情報がもたらされた。それはな、魔王軍が進路を変えたというものだ。どうやら目標を王都から、この街リェーヌへ変更したようだ。おそらく、あの迷宮があるからだろう。そう考えるなら、迷宮から魔王軍が溢れてくるのは時間の問題のような気がしている。昨日『月下の大鷹』と共にアナライザーも帰ってきたが、彼が言うには、本来ならあの迷宮はAランクとのことだ。しかし、ティファニアのおかげで今のところランクはBに設定することになるらしい。ただ、あの迷宮は魔物が増殖する階層を多数抱えていることも報告を受けている。つまり何が言いたいかというとだな、11階層以降も魔物が大量発生する階層があるんじゃないかということだ。ここまでで何か質問はあるか?」
俺が首を振ると、サムウェルは頷いた。
「ここからが本題なのだが、この街へ高ランク冒険者が来るのにまだ時間がかかりそうだ。しかし、迷宮は待ってはくれない。そこで、この街の実力者を集め、一つのチームとして迷宮へ挑んでもらうことになった。行けるところまで進んでもらうが、少なくとも30階層は踏破してもらう。メンバーは白銀級パーティー『月下の大鷹』、『栄光の残滓』、『黒牛』と」
「ちょっと待ってくれ。白銀級のパーティーはこの街に2つだけじゃなかったか?」
「先日、『黒牛』も昇級試験に合格したのだ」
あいつらすげーな。
「話を続けるぞ。白銀級パーティーと黄金級冒険者であるティファニア」
え?
「ちょ、ちょっと待て。ティファが黄金級?」
「そうだ。昨日特別昇級試験に合格した」
いや、まあ実力的には分かるけど。
分かるけど、昇級が早過ぎじゃね?
「それから、アナライザーとギルドからはレーアが選抜された」
「レ、レーア? どうしてレーアが迷宮へ行くんだ?」
「彼女は薬学を修めている。今回の迷宮探索で次に戻ってこられるのがいつになるか分からないため、ポーションやその他の薬を調合できる彼女が同行する」
大丈夫かよ。
俺はレーアのことが心配になった。
「しかし、ここで一つ問題が起きた。参加要請している黄金級冒険者二人が、それぞれあんたの参加を希望した。何でも、『この街最大戦力である人を呼ばないのでは、迷宮探索の本気度が見えませんね』と、『このような危機にこそ聖剣の担い手を中心とし、選抜された冒険者が一枚岩になって探索すべきだ。それがわからない貴殿らの頭はかぼちゃか?』と言われたよ」
うわ、どっちがどっちか分かり易い。
しかもこんなときだけ息ぴったりで逆に怖いわ。
「そこで改めてあんたに、迷宮探索への参加を要請する。それも冒険者をまとめるリーダーとしてだ」
「無理だ。まずリーダー以前に、そのメンバーに入りたくない」
「そこを何とか頼む。あんたが参加し、まとめないとこの探索チームはスタートすら出来ない」
「無理無理無理無理無理無理」
手を振り、全力で拒否した。
「そもそも、ティファニアは油で、シーラが水。混ぜたら危険なところへ、レーアという火炎を投入したらどうなると思う?」
「どうなる?」
「爆発だよ、爆発。何にも残らねーよ」
だから絶対嫌だと力説した。
サムウェルは一度息を大きく吸い込むと、真剣な目でこちらを見た。
「セリア、あんたが聖剣で揶揄されていることは知っている」
あんたがその一端を担っているけどな。
「その上で、真の英雄になる気はないか? あんたの力で、真の英雄としてこの街を救ってほしい。頼む」
サムウェルは深々と頭を下げた。
真の英雄か。
この世界に転生する際、俺は英雄として世界を救うと決めた。
その気持ちをいつの間にかどこかへ置き忘れていたようだ。
ここで断っては、何が英雄だ。
何が勇者だ。
何のために転生したのかさえわからない。
「わかった。その申し出、俺が受ける」
「おぉー、ありがたい。そう言うわけだ、レーア、彼を皆のところへ連れて行ってくれ」
え?
サムウェルがそう言うと、レーアが扉を開けて入ってきた。
もしかして、聞いていたのか?
「何してるのよ。早くこっちに来なさい」
促されるまま、レーアに続いて部屋から出た。
そして皆が待つホールへ向かう。
その道中、レーアが呟いた。
「私が火炎・・・ねぇ・・・」
引きつった笑みを唇に、青筋を額に浮かべたレーアは本当に鬼のようであった。
ホールに着くと、皆を見渡した。
ティファニアとシーラは、お互いにメンチを切りあっている。
今後、その二人の中へレーアが入るかと思うと、リーダーを引き受けたのを心の底から後悔した。
次回は明後日更新予定です。
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