第32話:英雄という甘美な響きに弱ぇー・・・
明日も投稿する予定です。
がんばります!
朝日が昇る頃、ティファニアはゆっくりとベッドから起き上がった。
普段より起きるのが遅くなったのは、昨晩久々に酒を飲んだからだろう。
エルフの集落では、お祝い事など特別な日にしか酒は飲まない。
そして、エルフ族のお酒は葡萄酒が主で、柑橘酒などはほとんど手に入らない。
初めて飲んだが、非常に飲みやすくおいしかった。
ティファニアは昨日の宴とも呼べる飲み会を思い出していた。
人族の冒険者は、皆気さくで面白い。
周り中笑い声に包まれ、絶えることがなかった。
その光景を思い出すと、自然と笑みがこぼれてくる。
身支度を手早く済ませ、冒険者ギルドに併設されている宿から外へ出た。
すでに太陽は高く、街は活気に満ちていた。
その中を、ゆっくりと一人で歩く。
見るもの見るもの珍しく興味を引かれたが、ティファニアはそれ以上に、自分が奇異な目で見られていると感じていた。
それはどこへ行っても同じことである。
街を一周すると、視線が煩わしくなり冒険者ギルドへ戻ってきた。
「いらっしゃいませ、ティファニア。何か御用でしょうか?」
冒険者ギルドの中へ入ると、仕事中のレーアが笑顔で出迎えた。
しかし、どうにも違和感があるとティファニアは感じた。
笑顔なのだが、眉間の皺が消えていないのだ。
「レーア、何かあったのですか?」
そう言うとレーアの顔が引きつった。
「さっきセリアが来たのよ」
「――――そうですか」
レーアの一言だけですべてを理解した。
ティファニアは昨夜の様子を思い出していた。
ティファニアにとってセリアは理想的な聖剣の担い手である。
強さをおごることもなく、偉そうでもない。
エルフ族に対しての偏見もない。
さらにエルフ族と同様、見た目以上に老練だと感じさせることがあった。
そんなセリアは酔っ払い、レーアに怒られていた。
なぜ怒られているのか良く分からなかったが、レーアの言葉にへらへら笑っていた。
レーアは酒が進むと共に、セリアへの怒りが増大していくようであった。
仕舞いには笑顔でセリアの襟首を掴み、腹や頬を殴っていた。
笑いながら殴るレーア、笑いながら殴られるセリアの構図に、私達は恐怖しか感じなかった。
このことに関して、私達は金輪際口にすることはないと固く誓った。
「それで、ティファニアこそどうしたのよ?」
「私は、街を見て回ったのですが他にやることもなく・・・」
「それなら情報室があるから、好きに使っていいわよ。あそこなら古い文献や伝説なども保管してあるし、人族の歴史を知るのは退屈しないと思うわ」
ティファニアはレーアの勧めに従い、情報室へ赴いた。
本棚から何冊か気になる本を手にとり、読み始める。
確かに面白いと思った。
エルフ族の視点と、人族の視点では考え方、感じ方が異なる。
時に感心し、時に首を傾げながらティファニアは一心不乱に本を読み漁った。
次の日もティファニアは情報室で本を読んでいた。
魔物の生態系や、エルフ族にはない魔法の応用など様々な知識を吸収する。
そこへ、レーアとセリアが入ってきた。
セリアはレーアから世界地図を受け取ると、何かを尋ねた。
そしてレーアがその場所を示すと、一言叫び、頭を抱え込んでしまった。
ティファニアはどうしたのか心配になり尋ねた。
しかし、セリアの話は意味がわからない。
「ところで、お前の言う世界樹ってどこにあるんだ?」
ティファニアはセリアが世界樹の場所さえ知らないことに驚いた。
そんなことはおくびにも出さず、笑顔で世界樹の場所を指し示した。
セリアはそれを見ると、何かを考え込んでしまった。
セリアはどこか上の空で、会話を投げても捕ってくれない。
投げ返しても来ないのだから、諦めて本の続きを読み始めた。
セリアが情報室から退出し、しばらくしてからティファニアも部屋から出た。
ちょうどその時、冒険者ギルドのギルドマスターであるサムウェルがティファニアへ話しかけた。
「おう、ティファニア。ちょうど良かった。さっき『月下の大鷹』達が帰ってきたんだが、アナライザーがあんたを黄金級冒険者に推薦するって言うんだ。通常ないことだが、アナライザーが考えもなく推薦するはずもなくてな。それで、俺が昇級試験をしてやろうと思ったが、どうだ? やってみるか?」
「黄金級冒険者になるメリットは何ですか?」
「迷宮や立ち入り禁止区域などの規制がなくなる。それと、リェーヌではシーラに続いて2人目の黄金級だという栄誉かな」
ティファニアは栄誉とか、迷宮や立ち入り禁止区域の規制より、シーラが黄金級で自分が違うということが許せなかった。
「お願いいたします」
ティファニアが答えると、サムウェルは小さく頷き演習場へ来るように促した。
演習場へ来ると、サムウェルが剣を抜き放つ。
その剣は刀身まで漆黒で、明らかに通常の剣ではなかった。
さらに、サムウェルの構えには一切の隙が見られなかった。
「なるほど、相当な実力者でしたか」
それならばと、魔法の詠唱を開始する。
「顕現せよ、エンシェントノヴァ」
原初の炎が両手に宿る。
ティファニアは口角を吊り上げ、両手を一つに重ねた。
「ギルドマスターの実力、見せてください」
そう言うと、より一層圧縮した原初の炎をサムウェル目掛けて打ち出した。
「ちょっ、マジかよ」
迫り来る原初の炎は、サムウェルがこれまで見たどんな炎より高温であった。
サムウェルは避けようと身を翻すが、ティファニアの誘導により追尾してくる。
「こりゃ、本格的にやばいな」
サムウェルは逃げ切れないと判断すると、原初の炎を漆黒の剣で斬り裂いた。
左右に分かれた炎が地面に落ちると、地面が灼熱により溶けた。
「やりますね。では、これでどうでしょうか?」
いつの間にか魔法の詠唱を終わらせたティファニアは、5つの原初の炎を宙に浮かべていた。
その光景をサムウェルは冷や汗を流しながら見つめていた。
「待て待て待て待て待てー!!!わかった、もうわかったからやめてくれ」
試験をしているつもりが、試されているのは自分のように感じ、サムウェルが終了を宣言する。
「ティファニアの実力は良く分かった。文句なし、黄金級冒険者だ」
「ありがとうございます」
ティファニアは微笑んで返事をした。
リェーヌの街に2人目の黄金級冒険者が誕生したというニュースは、すぐに街中の噂になった。
しかし、セリアの耳に入るのはそれから一日以上先のことであった。
朝、目が覚めると自分の部屋にいた。
例のごとく昨夜の記憶がない。
よっこらせと体を起こすと、わき腹と頬が痛い。
酔っ払ってどこかへぶつけたのだろう。
とりあえず井戸へ向かい、顔を洗った。
二日酔いで気持ちが悪い。
それでも冷たい水で顔を洗うと、少しはマシになった。
そういえば、金貨5枚はどこへいったのだろうか。
ポケットを探しても、どこにも見当たらない。
またやっちまったか・・・。
それでも今回は、頼りになる御方にお金の大半を預けている。
抜かりはない。
俺は学習する男である。
建物内に戻り確認するが、ベンさんはもう仕事へ向かったようだ。
すでに太陽はほぼ真上に昇っているのだから、当然である。
俺はいつもの鞄を肩にかけると、冒険者ギルドへ向かった。
先立つものがなければ何も出来ないからだ。
冒険者ギルドに到着すると、レーアを探す。
レーアはいつものようにカウンターの向こう側にいた。
しかし、最も混む時間帯のため、レーアの前には行列が出来ている。
しかたなく、俺もレーアへと続く列に並んだ。
やっと順番が来たとき、俺はもう座りたかった。
二日酔いの上、長時間立たされたのだ。
気持ちは分かってもらいたい。
「いらっしゃいませ、本日はどういった用件でしょうか?」
事務的なレーアの態度は気になったが、今は一刻も早くお金を回収してポーションを買いたい。
「レーア、昨日のお金を渡してくれ!」
さっそく金銭を要求すると、レーアの片方の眉毛が上がった。
あ、やばいキレそうだ。
「あんたさぁ、いきなりここへ来て金を渡せってありえないわ。今は一番忙しい時間なの。わかるでしょ?」
「いや、分かるんだけど、お金がないと何も出来なくて」
「預けてきたのはあんたなのよ。まったく、なんであんたの都合に合わせないといけないのよ」
レーアはぶつぶついいながらも、カウンターの下から俺の袋を取り出した。
「ほら、返すわ。だからさっさとどっかへ消えてよ」
レーアも二日酔いだろうか、気分が悪そうである。
「ポーション買って来ようか?」
「何で、自分で作ったポーションをあんたにおごってもらわなければならないのよ。邪魔だからどっかへ行けっていってるのよ!」
周りに聞こえないように押し殺した声は、ドスが聞いていた。
さらに腹が立ったのか、何度もカウンターの下を殴っている音が聞こえる。
レーアさん、あんた最近簡単にキレ過ぎだろ。
もちろんそんなやぶ蛇なことは言わず、お金を受け取るとレーアの前から姿を消した。
ギルドでポーションを買った後、俺は武防具屋へ向かった。
道中ポーションを飲むと、二日酔いが嘘のように回復した。
歩きながら袋の中のお金を確認すると金貨25枚と銀貨40枚、銅貨少々が入っていた。
いや、レーアを疑ったわけではない。
武防具屋に着くと、真っ先に防具を探した。
さすがにいつまでもなめし皮野郎でいるわけにはいかない。
しばらく店内を見て回るが、めぼしい物はなかなか見当たらない。
そもそも、甲冑や、胸当てといった鋼の装備をして動ける自信がない。
この貧弱な体では、やはり皮が最適解なのかもしれない。
「おぉ、聖剣使いじゃねぇか」
奥から現われたのは、最近店主へ昇格した元従業員である。
そういえば、こいつに一言言ってやらなければならなかった。
「おい、ミミへ聖剣について話しただろ?」
「おぉ!やっぱり食いついたか。それで、ミミも手篭めにしたのか?」
「も」ってなんだよ「も」って。
他に誰がいるんだよ。
どうせくだらないだろうから、聞きたくもないが。
「手篭めになんかするつもりはない。というか、変な噂を流すな」
「まぁまぁ、そう言うな。そうだ、つい昨日入荷した商品があるんだが見てみないか?」
俺が頷くと、店主は店の奥から一着の服を取り出した。
「これは魔鉄の粉末を繊維に織り込んだ服だ。魔鉄って知ってるよな?」
不安そうな店主に俺は頷いた。
確か鬼人の武器が魔鉄で出来ていたはずだ。
「じゃぁ、この価値がわかるだろ? ズバリこの服は上下セットで金貨15枚だ」
金貨15枚! それはあまりにも高くないか?
そう思いつつ、服を持ってみるとその軽さに驚いた。
「驚いただろ? しかも、十分防御力のある品物だ。さらに、魔力を通せば一段階防御力が上がるぜ」
マジかよ。
俺は店主の了承を得て、服を着てみた。
確かに、通常の防御力だけでもなめし皮よりは強力だ。
魔力を通してみると、強度が上がる。
これは、俺にこそおあつらえ向きである。
魔力消費はそこまで多くない。
いや、魔力を注ぎ込めば注ぎ込むほどに強度を増すと言ったほうがいい。
俺のように必要な時だけ注ぎ込めば魔力を省エネできる。
これは買いだな。
「毎度あり」
俺はさっそく新品の服を着ると、商店街へ繰り出した。
まだまだお金には余裕がある。
まずは肉屋で角猪の肉を買った。
どうやらこれは俺達が倒したやつのようで、自分が買い取るのは微妙な気がした。
次は果物、野菜と買い込み、屋台で美味そうな串や、揚げ物などを衝動買いした。
さらに、酒屋でも高級な蒸留酒を買った。
夕方、ベンさんが帰宅してくるのを待った。
帰ってきたベンさんに、金貨を5枚差し出す。
「ベンさん、これまで本当に世話になった。俺も今では立派な冒険者だから、家賃として受け取ってほしい」
そう言うと、ベンさんは困った顔をした。
「わしが好きでやったことじゃ。それに、わしも誰かと一緒に住むと言うのは楽しいことでのぉ、お金は受け取れん」
もちろんベンさんならそう言うだろうと思っていた。
だから俺は料理と酒をテーブルに並べた。
「じゃぁ、一緒に食べよう。それならいいだろ?」
「もちろんじゃ。しかし、これは二人で食べきれるかのぉ」
笑顔のベンさんにつられ、俺も笑顔になるがさすがに買いすぎたと後悔した。
それでも、貧乏の苦しみを知った俺が食べ物を粗末にするはずがない。
俺とベンさんは楽しく食事をし、酒を飲んだ。
後半、あの時と同じような苦しみを覚えたが、すべて食べ切ってやった。
書ききれませんでした。
次回もまだまだ導入部分です。
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