第31話:ティファより弱ぇー・・・ part7
ここで一つ区切りになります。
また、次回更新は明後日になります。
文体の修正などを行う予定ですので、あしからず。
筋道は変わりませんので。
松明の光が揺らめき、鬼達を照らし出す。
鬼は人型で、その額には大きな一本の角が存在した。
肌は赤褐色で、口元には長い牙が見え隠れしている。
身長も2mは優に超え、無駄のない筋肉は戦闘に特化しているようである。
鬼達は10階層に存在する広い空間のちょうど中央に並んで立っていた。
俺達の姿を見ても襲ってくるようなことはないため、これまでの魔物とは違い、確かな知性を垣間見ることができた。
「あれは鬼人です。私たちエルフが聖であれば、鬼人は魔。私たちとは対を成す存在です」
ティファニアがそう言った。
「鬼人・・・あれがのぉ」
「初めて見たわぃ」
じいさん達はどうやら初めて見たようだ。
だが、俺は違う。
これまで転生してきた世界では、必ずと言っていいほど鬼人が存在した。
鬼人達の力は各世界でも非常に強力で、魔王の右腕という者までいた。
また、鬼人達の中には人族の言葉を話すことが出来る者もいるなど知性も非常に高く、ゆえに戦術、戦略両面で厄介な存在である。
俺達は警戒しながら鬼人達の方へ向かった。
ある程度まで近づくと、鬼人の一体が右手を前に突き出した。
掌を向けるそのポーズは、どうやら止まれということだろう。
俺達はおとなしくその場に止まった。
鬼人は俺達が止まったのを確認すると、今度は指を三本立てた。
そして自分達を示し、次に俺達を示す。
それから指を一本立て、先ほどと同様に自分達と俺達を指し示した。
「鬼人は、とても規律正しい種族と聞いています。おそらく、自分達が三体なので、私たちにも三人出せと言っているのではないでしょうか。そして――――」
「そして、一対一の決闘をするといったところかのぉ」
ティファニアの言葉にエリックが付け加えた。
俺も同意見である。
だとするなら、さて、誰が適任だろうか。
俺達は互いの顔を見つめる。
まぁ、一人はティファニアだろう。
そしてもう一人は・・・。
「わしは出るぞ!」
だよなーっと、案の定参加を表明したのはリゲルである。
さて、二人は決まった。
最後の一人だが、戦闘スタイル的には俺かエリックだろう。
ルーカスは弓のため、一対一の決闘には向かない。
ジンの戦い方は、支援が必要なところへ駆けつける遊撃型で単独戦闘を得意としているものではない。
だから、俺とエリックはお互いを見合った。
「あの、どうして鬼人に合わせないといけないのでしょうか? こちらが数的有利ですので、このまま皆で戦いを仕掛ければ楽に勝てると思います」
あんた鬼か!
俺達はティファニアの合理的な意見に目を見開いた。
確かに、決闘になった場合どちらかが死ぬまで戦うだろう。
戦闘に長けた鬼人が相手であれば、ティファニアを除く誰もが死ぬ可能性はある。
ティファニアの言うように皆で戦えば、そのリスクは極端に減るだろう。
けれど、それではあまりにも敬意を欠いているのではないか?
俺の『英雄の心』がそう訴えかけている。
「ティファ、お前の言うことも分かる。だがここで鬼人の提案にのらなければ、一対一では勝てないということになるぞ」
それはお前も嫌だろ? と続ける。
ティファニアは少し考えたあと、短く了承の言葉を口にした。
ただ、俺の言い分に納得したのではなく、俺が言ったから従ったような気がして、そこに少し引っかかった。
「それでは、私が先鋒でもよろしいでしょうか?」
ティファニアの意見に俺達は頷いた。
「では、わしが次じゃな」
「リゲルはいいとして、最後は誰が出る? 聖剣殿行くか?」
エリックが俺に聞いてくる。
ふむ、っと顎に手を当て考える。
正々堂々と戦って、俺はあの鬼人に勝てるだろうか?
目の前の鬼人はこれまで出会った鬼人と比べても高位ではない。
高位の鬼人であれば人族の言葉を理解し、意思の疎通が可能である。
更に言えば、纏う空気もまったく違う。
では、勝てるのか? と再度自分自身に問う。
答えは分からない。
確実に勝てるとは思えないのだ。
そこまで思考して、考えるのをやめた。
だめだな、俺はこの迷宮に潜る前、何を決意した?
どんな方法でも力を手に入れると決めたのではないのか?
それなのに、ここまではティファニアに任せ切りであった。
俺は何もしていないし、何もつかめていない。
「――――俺が行く」
決意し、エリックに告げた。
「良いのか?」
「あぁ、問題ない。そもそも、あの程度の鬼人に勝てないようでは、これから先へ進むことなんて出来ない」
俺の決意を見て取ったエリックは大きく頷き、ルーカス、ジンへ確認を取る。
彼らも頷き、俺が最後の一人に決定した。
ティファニア、リゲル、俺という順で前に進んだ。
その姿に鬼人は満足そうに頷いた。
先ほどから俺達に手で合図を送ってきた鬼人が前に出てきた。
こちらからはティファニアである。
戦闘開始直後に、魔法の原初の炎を使用すればティファニアの勝利は間違いない。
けれどそれではなんとも味気ない。
鬼人は間違いなく魔法など使わず、己の身体能力と技量のみで勝負してくるだろう。
「なぁ、ティファ。攻撃魔法はなしで、剣で相手してやることは可能か?」
前へ行こうとするティファニアに声をかけた。
ティファニアはこちらへ振り返ると、うれしそうに微笑みかけた。
「もちろんです。それでは、私がセリア様と並ぶに足る女性だと証明して見せます!」
ティファニアは意気込んで前へ進んだ。
「ティファちゃんは良い子で強いのじゃが、聖剣を受け止めるにはいろいろと経験不足じゃと思うがのぉ」
あんた、こんな状況で下ネタかよ!
ポツリと呟くリゲルに心の中でツッコミを入れた。
最初の鬼人は青髪で隻眼であった。
かつては目があったであろう部分を通過して、傷が顔を縦断していた。
体躯は三体の中でも一番しっかりしており、得物は幅広の長剣である。
仕草や立ち振る舞いから、三体の中でも一番の兵であるように感じる。
こちらもティファニアという最大戦力が相手をするのだから、実質大将戦のようなものである。
もっとも、戦いになるかはわからないが。
鬼人が長剣を正眼に構えると、合わせたようにティファニアが細剣を抜き放った。
8階層、9階層で見たときは、ここで風魔法を纏ったはずである。
しかし、ティファニアは風魔法どころか、諸々の強化魔法さえ行使しようとしない。
マジかよ、攻撃魔法はなしでと言ったはずだ。
本気で剣術のみの戦いを挑むつもりか。
体格からして力という点においては鬼人が勝っている。
あとは、技量の勝負になる。
鬼人は地面を蹴って、一気にティファニアの間合いに入った。
そのまま剣を横に薙ぐ。
ティファニアはそれを跳躍でかわし、剣を振り下ろした。
カンっという甲高い音と共に、ティファニアの剣は受け止められた。
ティファニアは更に連撃を繰り返すが、鬼人はそれを長剣で捌ききる。
俺は驚いていた。
ティファニアの技量もであるが、それと真っ向勝負をしている鬼人の技量にも。
更に手数を増やすティファニアは、まるで舞いでも踊っているかのようである。
洗練された突き、払い、袈裟切りは次第に鬼人に傷を負わせていく。
それでも鬼人は、ティファニアの攻撃の合間にカウンターの一撃を放つ。
ティファニアが斬り降ろしをかわすと、長剣が地面をえぐった。
鬼人はうれしそうであった。
時折り口から牙が見えるが、それは笑っているからに他ならない。
強者と戦えて嬉しそうな鬼人とは対照的に、ティファニアは努めて冷静である。
鬼人は傷が増えていくと、明らかに動きが鈍くなった。
ここへ来て、技量の差が明確になった。
ティファニアは必死に攻撃を捌く鬼人を尻目に、淡々と剣を振るう。
狙いは関節、急所、筋である。
徐々に追い詰められている鬼人は、起死回生に渾身の一撃を放った。
しかしそれは苦し紛れのようにも見え、ティファニアは細剣で受け流すと、返す剣で鬼人の右腕を切り落とした。
決着である。
そこに鬼人の逆転の芽は存在しない。
鬼人は小さく何度も頷いた。
そして長剣を放り投げると、ティファニアに首筋を示した。
ティファニアがそこへ剣を振るうと、鬼人の首が地面に転がった。
満足そうなその姿に、ティファニアはチッと舌打ちした。
残る鬼人は二体である。
「すみませんが、私が残りも倒します」
ティファニアは俺とリゲルの返事も聞かないまま、残る鬼人へ左手を向けた。
そして、誘うように指を動かす。
礼節を欠いたその仕草に、二体の鬼人が激昂した。
それぞれ、片手剣と手斧を握りティファニアへ突撃する。
「あぁぁ! わしの相手が・・・」
リゲルの叫びも空しく、ティファニアと鬼人達との戦いが始まった。
もっとも、今回は戦いにすらならなかった。
二対一と不利な状況であったにもかかわらず、ティファニアはすべての攻撃を受けきった。
驚き動揺する鬼人へ対し、一瞬で間合いを詰めると細剣を横へ薙いだ。
一体の鬼人の首が宙を舞う。
残った鬼人は片手剣を構え、捨て身で突貫した。
しかし、それさえもティファニアには無意味である。
片手剣を受け流すと、そのまま手首をはね、横腹を切り裂き、返す剣で喉をかき切った。
ティファニアは返り血を浴びないように注意しながら止めを刺した。
その光景を見ながら、俺の覚悟はなんだったのかと虚しくなった。
というか、ティファニアのやつ相手を横取りしても何にも言わない。
どういうつもりだ?
ティファニアは俺の方へ振り向くと、どうですか? と言わんばかりに胸を張った。
くっそ、こいつ悪気もないようだ。
「おぉ、階段が出現したぞぃ」
エリックの言葉に前方を見ると、11階層へと続く階段が音もなく現われていた。
「いや、実に見事だ」
突然渋い声がして振り向くと、入り口にアナライザーが立っていた。
その後ろには『月下の大鷹』の面々もいる。
どうやら先ほどの戦いを見ていたようだ。
「エリック殿、貴殿達はこれからどうされる?」
シーラがエリックに問いかけた。
下の階層へ行くかということだろう。
「いや、わしらはこれで戻るつもりじゃ」
「そうか。我らもここで戻るつもりだ。今回の探索は散々な目にあって、皆も疲労が溜まっている」
シーラの言葉に『月下の大鷹』の面々を見ると、疲労困憊といった様子である。
ミミリアなんて、やさぐれて目が据わっている。
その他の人達も服は擦り切れ、座り込んでいるものさえいた。
シーラとエリックが話している間、シーラを除く他の『月下の大鷹』のメンバーとエリックを除くじいさん達も会話をしていた。
主に、ここまでの道程についてであったが、中には角猪が空から降ってきたという話や、巨鬼に追いかけられながら城塞都市を疾走した話もあった。
という、ティファニアのやつは個人的な恨みをこっそり晴らしていやがった。
「それでは戻るとするかのぉ」
話は終わったのか、エリックが戻ってきた。
戻るのはいいが、また9階層へ行かなければならないと思うと非常に憂鬱である。
もう巨鬼との鬼ごっこはこりごりだ。
じいさん達も気だるそうな様子だなと思っていると、ティファニアが簡潔に解決方法を提示した。
「転移しましょう」
なるほど、転移か。
それなら一瞬で戻れるし便利だ。
俺はさっそく転送魔法陣を地面に書き始めた。
対象は俺とティファニア、じいさん達である。
その様子を見ていたシーラが俺に近寄ってきた。
「これは何の魔法陣ですか?」
「あぁ、転送魔法陣だ。これで戻ろうと思ってな」
「え? そんなことが出来るのですか?」
「まぁな。ただし魔力が潤沢にあるティファニアにしか使えないが」
そう答えたのと魔法陣を書き終わったのは同時であった。
俺はティファニアへ完了の合図として頷いて見せた。
ティファニアもそれに頷く。
「もしよろしければ、我らのパーティーも転送していただけないだろう?」
シーラが心底申し訳なさそうに言った。
俺は快く了承を口にしようとしたが、突然転送魔法陣が輝きだした。
ティファニア、お前への合図の頷きは、さっさと転送しろという頷きではないぞ。
「おまっ、ちょっと待て」
しかし、一度発動した魔法は止まることはなく、俺達の体は光に包まれた。
そして次の瞬間には視界が切り替わり、冒険者ギルドのホールにいた。
冒険者ギルドにいた職員、冒険者は、突然現われた俺達に驚いていた。
じいさん達も突然転移させられたのだから、一瞬何が起こったのかわかっていなかった。
しかし、そこが勝手知ったる冒険者ギルドであると理解すると、安心したのかいつもの飲食スペースの椅子へと座り込んだ。
俺も無事戻ってこれたことに安心したが、それ以上にティファニアとシーラとの今後が不安で不安で仕方がなかった。
どう考えてもさっきのあれはまずいだろう。
未だに困惑するキャロルと、また厄介ごとを持ってきてと眉間に皺を寄せるレーアを見ながら、心の中で溜息を吐いた。
次回は幕間になります。
あの角猪はどうなったのか、ティファニアとセリアは今後どうするのかなど。
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