第29話:ティファより弱ぇー・・・ part5
1話で2階層くらい進もうと思っていましたが、なかなか進みません。
申し訳ないですが、今しばらく迷宮攻略に付き合ってください。
結局俺達と『月下の大鷹』達は、8階層の入り口から左右に分かれて探索することになった。
最後まで俺を勧誘するシーラに、ティファニアは本気で殺気を込めた視線を送っていた。
俺達は別れの挨拶もそこそこに、急いで二人を引き離すことだけに専念した。
さて、いよいよ狩りの開始である。
獲物は角猪という高級食材。
エルフのティファニアがいるが、是非とも今日は肉を食いたい。
「エリックじいさん、狩りが終わったら焼肉だよな?」
当たり前だよな? と問いかければ、当たり前だと返された。
俺達は思いを一つに、角猪の群れへ向かって「ひゃっはー」と走り出した。
もう角猪の群れは肉にしか見えない。
俺達のテンションはMAXである。
崖を滑り降り、草原を駆ける。
しかし、目指している角猪に近づくにつれて俺達の進む速度が鈍くなっていく。
テンションも下がり、角猪を目前に捉えたときには1名を除く皆の顔が引きつっていた。
「これは、どうやって狩ろうかのぉ・・・」
エリックがポツリと呟く。
それもそのはずで、角猪の大きさが想定よりも倍以上大きかったからだ。
以前倒した角猪でさえ、立派な大きさだとあの村人達に言われた。
しかし、目の前の角猪はそれよりも3倍以上は大きく、片足の高さだけで俺達の身長くらいある。
どうすんよこれ?
呆気に取られていると、背中を温かな光が照らす。
何事かと振り向くと、ティファニアの手には原初の炎が宿っていた。
おい、こいつ滅ぼす気かよ。
「ま、待つんじゃ!」
エリックが急いでティファニアを制止する。
他のじいさん達もそれに続く。
「角猪だけは、角猪だけは勘弁してくれ」
「貴重な肉なんじゃ。頼むから消し去らないでくれ」
「ここは迷宮の補給階層になりえる。後生じゃから、殲滅魔法はやめてくれ」
もう半泣き状態で追いすがる。
もちろん俺もそこに便乗し、ティファニアに制止を訴える。
「魔物じゃないですか。さっさと倒さなければなりません」
それでもやめようとしないティファニアに、俺達は魔物への慈悲を口々に訴え続けた。
さすがのティファニアも、俺達の絶え間ない口撃に嫌気が差したのか引きつった顔で頷いた。
「それで、どうするんじゃ? あんなデカぶつを狩るのはちと骨じゃぞ?」
「それにのぉ、あの数を一斉に相手するのは不可能じゃのぉ」
ジンに続き、リゲルさえも弱音を吐く。
「ここはやはり、ルーカスが一頭を弓で釣るしかないのぉ」
エリックが当然だというようにルーカスを見る。
まぁ、そうなるだろうな。
この中でティファニアを抜けば、まともに遠距離攻撃が出来るのはルーカスしかいない。
ルーカスにもそれは分かりきっていたのだろう。
溜息を一度吐くと、矢を構えた。
角猪との距離は近く、ルーカスであれば余裕で命中させるだろう。
それでも慎重に狙いを定め、振り絞って力強く矢を放った。
ヒューッという音と共に、矢は狙い通り真っ直ぐ角猪の側頭部を捉えた。
コン。
鈍い音がして、矢が地面に落ちる。
角猪は何事もなかったように、地面からカブのような植物を引っ張り出して食べていた。
「目じゃ、目を狙うんじゃ!」
エリックの指示で、もう一度ルーカスが矢を放つ。
しかし、直前でまぶたを閉じた角猪には全く効果がなかった。
これどうすんよ?
俺達が腕を組んで、首をかしげていると角猪の群れの一頭が明後日の方向へ走り出した。
すると、その他の角猪も追いかけるように走り去っていく。
舞い上がる砂埃に手で目と口を押さえ、ただ角猪達を見送ることしか出来なかった。
「あ~ぁ、肉が。高級食材が」
俺の一言に、じいさん達もがっくりと頭を垂れた。
「まぁ、あれだけの巨体であるし、またすぐに見つかるじゃろうて」
エリックがそういい終わる前に、前方から地響きが聞こえてきた。
目を凝らすと、角猪の群れがこちらへ疾走してくるようだ。
「ど、どうする?」
「どうするって・・・」
そうこうしている間にどんどん角猪が近づいてくる。
俺達は仕方なく、角猪に道を譲った。
目の前を角猪の大群が通過していく。
俺達には全く目もくれない。
以前地上で見た角猪は俺達を狙ったきたのだがなぁ。
「あぁ、それはじゃな、わしがあやつの巣をつついたからじゃ。角猪は怒らないと襲っては来ないんじゃよ」
なるほど、そういうことか。
つまり、怒らせればいいんだな。
「一つ考えたことがある。試してもいいか?」
俺の言葉に、じいさん達が頷く。
ちなみにティファニアは完全に蚊帳の外で、黙って突っ立っている。
笑顔を浮かべているが、こめかみがピクピク痙攣しているため感情を隠せていない。
でも、俺達にはそんなの関係ない。
「我が魔力を糧として、我に従え。ボルダーイス」
魔力を地面に流し込み、穴を作った。
広さはちょうど角猪の足が2本分で、深さは俺の腰ぐらいである。
これなら最低でも角猪の片足が引っかかって転ぶだろう。
「いや、お主この広大な草原のここをピンポイントで角猪が通過するわけがなかろう」
エリックが呆れたように言うが、それを言い終わる前に、前方から砂埃が舞った。
「お! どうやら来たようだぞ」
「へ?」
俺達が少し離れたところで眺めていると、先ほど作成した罠の上を角猪が通過した。
そして、一頭の角猪の両足が見事に穴に引っかかり、壮大にすっ転んだ。
「あははは、見たか! 俺の罠の威力を」
「はっはっはっは、さすがは聖剣殿じゃな」
「それにしても、あの角猪の無様なことじゃわい」
「確かに、あのこけっぷりは見事じゃ」
「違いない違いない。まさか両足ともひっかかるとは、ぷっくっく」
俺達が転んだ角猪を指差して笑っている間に、他の角猪はそのまま水平線の彼方へ走り去った。
残された角猪は、誰がこの罠をしたのか周囲を見渡し探していた。
そして、腹を抱えて笑う俺達を見つけ、こいつらかと確信したようである。
目を充血させ、怒り心頭で俺達へ向けて突進してきた。
「の、のぅ。それでこの後どうするんじゃ?」
「どうするって、狩るんだろ?」
「どうやってじゃ」
「そこまでは――――考えてなかった・・・」
ものすごい速度で接近する角猪を見て、おびき寄せた後のことを考えていなかったと後悔した。
俺達は角猪に背中を向けると、一目散に逃げだした。
それでも角猪との距離はどんどん縮まっていく。
そもそも一歩の大きさが違うのだから、スピードが比較にならないのだ。
「や、やばい」
「わしらが餌食になりそうじゃわぃ」
エリックが笑えない冗談を言う。
「仕方ないですね」
ティファニアはそう言うと、角猪の前に立ちふさがった。
そして細い剣を抜き放つと、迫り来る角猪の巨大な角を受け流して見せた。
そのまま舞うようにすれ違い、地面に着地した。
ドン! と大きな音を立てて角猪が地面に横たわった。
ティファニアは剣を一度振り、血を飛ばすと鞘に収める。
その所作は見事なもので、彼女の剣がいかに洗練されていたかがうかがえた。
ただ、俺には角猪を倒したときの剣捌きは全く見えなかったが。
俺達はさっそく角猪を焼肉にしようと思ったが、いかんせんあまりの大きさに食べきれないと悟った。
「どうするかのぉ」
俺達は腕を組んで唸った。
まず、こんな大きいものを担いで地上まで戻るのは不可能である。
では、食べれるだけ食べるのはどうだろうかと考えるが、非常にもったいない。
なんといっても高級食材である。
地上にもって帰る方法はないだろうか。
そもそも、転生前に迷宮に潜っていたころは、魔法鞄や転移魔法を使用していた。
そうか、転移魔法か!
俺は試しに、地面に転移魔法の魔方陣を書き始めた。
「聖剣殿、何をしておるんじゃ?」
ルーカスが俺に尋ねる。
「転移魔法の魔方陣試してみようかと思ってな」
「転移魔法!?」
一際驚いたのはティファニアであった。
先ほどまで、お世辞にも機嫌がいいとは言えない様態であったのだが、転移魔法と聞いて目を輝かせ始めた。
「あ、あぁ。転移魔法の魔方陣だ」
「すごいです。さすがセリア様ですね。転移魔法については秘匿されていてほとんど情報がないんですよ。人族では巻物が出回っているそうですが、作成できる人は一握りだと聞いたことがあります」
俺がそうなのか? と尋ねると、ルーカスは頷いた。
なるほど、この世界では転移魔法は珍しいのか。
そう思いつつも作業を進めると、程なくして魔方陣が完成した。
しかし、当然のことながら俺の魔力では発動させることは不可能だろう。
よって試運転をすることもなく、ティファニアに発動は委ねた。
「対象の設定はこの角猪にしてるから、後はティファニアが思い描くところへ転送できる。あまり距離がありすぎると魔力消費が激しいが、迷宮の外へ送るだけなら問題ないはずだ」
ティファニアは「う~ん」と可愛らしく唸った後、手をポンと叩いて何かを思いついた。
「まずは実験してもいいですか?」
俺が頷いて見せると、ティファニアはニヤリと口角を上げた。
おいおい、何をする気だよ。
ティファニアは周囲を見渡し、ある一点の方向を見つめた。
そして何かを確信すると、魔方陣に魔力を込める。
転送は送りたい先のイメージだと伝えていたからティファニアは目を閉じた。
魔力が一定数値を超えた瞬間、魔方陣が光り輝き、角猪も光に包まれた。
「成功したようじゃのぉ」
じいさん達が感嘆の声を上げる。
するとどこか遠くで、「ぎゃーーー!」という悲鳴が聞こえたような気がした。
「おい、どこに送ったんだ?」
「内緒です」
ティファニアは人差し指を唇に当て、可愛らしく言った。
「さて、実験は終わりましたから私が責任を持ってもう一体を狩ります」
ティファニアがそう言ったとき、ちょうどタイミングよくすぐ近くを角猪の群れが通過した。
ティファニアはその最後尾の角猪に狙いをつけ、地面に突起を出現させた。
突然のことに角猪は避けようとしてバランスを崩し横転した。
そこへティファニアが跳躍し、上から剣を突き立て絶命させた。
俺達はティファニアの好意を受け取り、角猪の一番おいしい腹の部分を切り裂き、霜降り肉のブロックを切り出した。
そのブロックの大きさだけでも相当なもので、俺達だけで食べれるか疑問符がつくほどだ。
その後、切ったところは俺が魔法で凍らせ、エリックが紙に伝言をしたため貼り付けると準備が整った。
転送魔方陣の対象を目の前の角猪に切り替え、ティファニアに転送を依頼する。
「問題はどこに飛ばすかだが、出来るだけ人がいないところにしろよ。この大きさは下敷きになれば死人がでる」
「大丈夫です。私は『千里眼』というスキルが使えますから、遠くのところの光景を見ることが出来ます。迷宮の外から内は見えませんでしたが、迷宮の内から外は見えましたので、見事に街の門近辺に転送して見せます」
『千里眼』とは、うらやましいスキルだな。
転生前の俺は知覚拡張や、視力強化、視力共有などの魔法を組み合わせて遠くの様子を探っていた。
そんな工程が不要なのは本当にうらやましい。
そんなことを考えてると、角猪が光に包まれて目の前から消えた。
しばらくティファニアはその様子を確認すると、俺達に問題なく転送できましたと報告してきた。
さて、やることはすべて終わった。
ここからはお楽しみタイムである。
草を集め、すばやく火をおこした。
さらに、近くに生えている小さな木から枝を採取し燃やすと、焚き火が完成した。
俺達は取れたて新鮮な霜降り肉をスライスし、炙りながら食べ始めた。
味はもう、最高である。
角猪は以前より大きかったから、その分大味になるのではと思ったがそんなことはない。
むしろ以前よりも美味く、ジンが持ってきていた香辛料をかけながら食べると、また格別であった。
ティファニアは肉を食べないため、一人離れたところに座っていた。
申し訳ないから、俺が持ち込んだドライフルーツをすべてあげた。
「ありがとうございます」
ティファニアはそう言ったが、俺達とのテンションの差は歴然である。
よし、今度はティファニアが喜ぶものを食べさせてやろうと心に決めた。
ひたすら食べ続けた俺達は、程なくして食いすぎという嬉しい苦しみを味わうことになった。
結局、探索開始はそれからしばらくしてからということになり、階段を見つけたのは更にそれから時間が経過してからであった。
次回は9,10階層を予定しています。
今後どうなるか、是非是非楽しみにしてください。
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感想、本当にお待ちしております。(切実に)




