第27話:ティファより弱ぇー・・・ part3
迷宮6、7階層になります。
6階層は木々に囲まれた、美しい湖のある階層である。
気候も穏やかで、透き通るようなスカイブルー色の湖の真ん中には小さな島が存在し、さながらリゾート地のようだ。
最初、6階層に足を踏み入れたときは、また森かよと思った。
しかし、すぐに美しい湖が見えてきたのでその考えを改めた。
「とりあえず、湖の周囲をぐるっと回ってみようかのぉ」
エリックが方針を決め、俺達は頷いた。
周囲を警戒しつつ、木々を避けながら前進する。
いつもは前を歩き、率先して魔物を狩るティファニアがなぜか後ろを歩いている。
どういうことだ? と首を傾げながら歩いていると、我慢できなくなったようにティファニアが声を発した。
「あの、湖の周囲に魔物はいませんよ。いるのは湖の中だけです」
なるほど、だからティファニアは警戒を解いて歩いていたのだ。
「生命探知かのぉ?その情報は非常に助かるわぃ」
エリックはティファニアにお礼を言ったが、一向に警戒は解かない。
他のじいさん達も同様で、俺達は相変わらず慎重に進んだ。
どうやらティファニアはその進度に不満があるようで、顔には出さなかったがイライラしているのが態度で分かった。
半分くらい進んだところで、ティファニアの我慢にも限界が来たようだ。
「あの、周囲に魔物はいませんから、早く進みましょう」
「すまんのぉ、これがわしらの性分なんじゃよ」
エリックはそう言うと、これまで通り慎重に足を進める。
「――――これだから人族は」
ん? ほとんど聞き取れないような声で、ティファニアがそう言ったような気がした。
俺が驚いてティファニアを見ると、彼女はかわいらしく「何ですか?」と、微笑むだけであった。
どうやら俺の勘違いのようである。
湖の周りを探索するのに、3時間を要した。
案の定、7階層へ続く階段は発見できなかった。
いや、皆なんとなく分かっていた。
どう考えても湖に浮かぶ、あの島が怪しいと。
湖の半径は2~3kmほどである。
湖の中ほどにある島は、目算ではあるが半径200~300mくらいだろう。
もっとも、島も木々が生い茂っているし、綺麗な丸い島ではないのだから正確にはわからない。
「さて、どうやってあそこまで行くかじゃのぉ」
「いや、その前に湖の中にいる魔物を把握するのが先じゃろう」
ルーカスはそう言うと、頭を悩ませるエリックをよそに鞄から干し肉を取り出し、湖に向かって放り投げた。
バシャッという音と共に、一匹の骨だけの魚がまだ空中にある干し肉をキャッチした。
「骨魚じゃ!」
そう叫んだジンを見ながら、そのまんまじゃねーかと思う。
というか、消化器官が無さそうなこいつらって、食べたものはどこへ消えるんだ?
「ジンじいさん、骨魚っていうのは?」
「骨魚は広く一般に知られる魚でのぉ。釣りとかいくとよく釣れるんじゃわい。大きさは大体これくらいで、肉や稚魚などを食べる魚じゃ。これが釣れるとハズレでのぉ、皆地面にこいつを叩きつけるんじゃ」
ジンはそう言いつつ、手で骨魚の大きさを表した。
いや、30cmくらいを示しているけど、さっきの骨魚の大きさとは明らかに違うだろ。
俺が言いたいことをジンもわかっていた。
「おそらく迷宮産ということじゃろう」
首を捻りながら、ジンがそう言った。
ちなみに、さっき海面に飛び出してきた骨魚は俺達の身長よりも大きかった。
「あんなのがいたんじゃ、下手に湖に入ったら、わしらが骨にされてしまうわぃ」
エリックがウケを狙って冗談を言うが、まったく笑えない。
「それでも行かなければならんのじゃから、いかだでも作って渡るしかないのぉ」
諦めたようにルーカスがそう言うと、今まで黙っていたティファニアが口を開いた。
「私に考えがあります」
そう言って一人湖のほとりまで近づくと、右手を天にかざした。
「我が魔力を糧とし、万物の時を止めよ。フローズンワールド」
ティファニアが魔法の詠唱を唱えた瞬間、湖が一気に凍りついた。
「な・・・・」
なんて魔力だよ。
湖すべて凍らせるとか、正気の沙汰ではない。
転生前の完璧になった俺なら可能だが、魔力の限界突破をする前なら確実に真似できない。
こいつの魔力はいったいどれだけあるのだろうか。
じいさん達もさすがに声が出ないようである。
パクパクと魚のように口を動かすだけだ。
あまりの驚きように、誰か昇天するんじゃないかと本気で心配になるほどだ。
「さぁ、行きましょう」
何事も無かったかのようにティファニアが先を促す。
そして、氷の硬さを自分が証明するかのように、湖の上を歩き始めた。
その光景は非常に幻想的で、美しいエルフと凍った湖で絵が描けそうである。
もっとも、そのエルフ本人が湖を凍らせたとは誰も思いはしないだろう。
俺は転生前に、氷の世界を旅したことがある。
だから、凍った湖の上を歩くなどまったく苦にはならなかった。
しかし、年の功を拠りどころにしているじいさん達でも、氷の上を歩いたことはないようで、滑っては転び、起き上がっては転んでいた。
俺はさっさと湖を渡りきり、じいさん達に手を振った。
じいさん達は次第に学習したのか、エリックを先頭にし、前の人の両肩を後ろの人が持つというやり方でバランスを取ることに成功した。
そして掛け声と歩調を合わせ、見事に島へ到達した。
一仕事終えたように汗をぬぐうじいさん達は楽しかったようで、お互いに労いの言葉をかけては笑っていた。
「ティファ、エルフって皆そうなのか?
俺は先ほどルーカスへ尋ねた問いを、本人であるティファニアへしてみた。
「そう、とはどういうことですか?」
「いや、湖を凍らせたり、魔物を一瞬で殲滅したり、太陽を作ったり。要するに、エルフ皆が魔力が異常に豊富なのか?」
「いえ、私がエルフ族一の戦士ですからできるのであって、他のエルフにはなかなか出来ないと思います」
自信満々に答えるのではなく、ただ淡々と答える姿が、それを事実であると物語っていた。
つまり、人族でいう勇者とか英雄というのと同列に語られる実力が彼女にはあるということだ。
そんなエルフがなぜこんなところにいるんだろう?
そういえば、彼女の事情をちゃんと聞いていないことに気がついた。
迷宮探索が終わったら、今度は真剣に話を聞いてみるか。
「おぉ、こんなところにいかだがあるぞ」
リゲルが木々に隠れたいかだを発見した。
それはつい最近作られたもののようで、しかも激戦に耐えたように傷だらけである。
考えられるのは、俺達以外の冒険者が先にここへいかだで来たということだ。
まぁ、十中八九『月下の大鷹』と他1名だろう。
そして、ここへ来たはずの彼女達の姿が見えないということは・・・。
「7階層への階段があったぞぃ」
俺達はエリックの下へ集まり、休むことなく下の階層への階段を降り始めた。
7階層へ続く階段で、じいさん達はティファニアを褒め称えていた。
実際、ここまでティファニア以外戦っていない。
というか、俺達必要ないんじゃないかと感じていた。
7階層へ足を踏み入れると、そこは辺り一面お花畑であった。
色とりどりの花が咲き乱れ、花びらが舞っている。
天を見上げれば雲ひとつない青空が広がり、甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「これは、なんとも」
「すごいのぉ」
じいさん達も声にならないようだ。
それだけ美しい景色であった。
ここが迷宮でなければ、きっと素晴らしい観光スポットになっただろう。
「来ました!」
唐突にティファニアが声を上げた。
俺達はその声に反応して臨戦態勢を取る。
ブーン、ブーンと耳障りな羽の音が当たりに響き渡ると、人の頭くらいあるデカイ蜂が姿を現した。
「象蜂じゃ! 一撃刺されただけでは死なんが、二撃でお陀仏じゃ」
エリックが怒鳴るように言った。
数は次第に増えていき、先ほどまでとは打って変わって象蜂の大群が空を覆っているために真っ黒である。
こんな数が一斉に襲ってきたら一溜まりもない。
冷や汗が背中を流れる。
まさか、このお花畑があの世へ続いているとは予想もしていなかった。
象蜂は一塊になると、一度弧を描いき突撃を開始した。
俺達は盾を持つエリックを前方に配置し、その右後方をリゲル、左後方をジンそして俺、ティファニアと続き、最後尾はルーカスであった。
ルーカスは矢に火をつけ、突撃してくる象蜂目掛けて矢を放った。
矢は一体に命中するが、周りの象蜂に飛び火することはなく、象蜂の大勢に影響を与えることは出来なかった。
「我が魔力よ、業火となりて敵を燃やせ。ヘルフレア」
ティファニアが魔法を放つと、象蜂の大群を穿った。
象蜂は陣形が崩されたため、一度空に集まり再度突撃してくる。
「ちっ」
ティファニアが舌打ちを鳴らす。
「あぁ、もう、鬱陶しいですねー!」
そう言うと両手を上へ向け、再度魔法の詠唱を開始した。
「原初の炎よ、今その楔を解き、我が意に従え。魔力を糧とし、万物を焼き尽くせ。顕現せよ、エンシェントノヴァ」
詠唱が終わった瞬間、炎が一気に膨張し、広がった。
炎は象蜂の大群を無慈悲に炭化させ、なおも勢いを増してお花畑さえも飲み干した。
俺達はそのあまりの高温に、灼熱地獄で釜茹でにされるかと気が気でなかった。
炎は燃えるもの全てを焼き尽くした。
空は一面、煤と煙が舞い踊り、お花達は真っ黒に焦げている。
さっきまでしていた甘い香りは、今では香ばしく焦げた臭いがしている。
「どうやら助かったようじゃのぉ」
果たしてそれは、象蜂の大群からなのか、それともティファニアの放った魔法からなのか、エリックの心中を察することはできない。
「これでこの階層も終わりです。では、先を急ぎましょう」
破壊神ティファニアは何事もなかったかのように振舞っている。
そこへ突然、怒号が響き渡った。
「こっらぁあぁぁ! 我がパーティーごと燃やそうとした不届き者はどこのどいつだ!!」
顔を真っ赤にし、怒りに打ち震えながら麗しの鷹が飛んできた。
その後ろから、彼女のパーティーである『月下の大鷹』のメンバーとアナライザーが姿を現す。
彼女達の服は煤で汚れ、アナライザーに至ってはトレードマークのカウボーイハットが真っ黒に焦げて煙を上げている。
「私ですが、何か?」
「な、なな、何か? だと、貴様、自分が何をしたのか分かっておるのか?」
「魔物を屠っただけですが」
「ふざけるな! 花畑に火を放つなど、我らのように他の冒険者がいたらどうするつもりだ?」
「どうもしません。そもそも、無事だったから良かったじゃないですか。何をそんなに怒っているのです?」
ティファニアは心底どうでも良さそうであった。
その態度に、シーラは完全にキレてしまった。
「貴様のような耳長族には力ずくで教えなければわからないようだな」
耳長族とは、エルフを侮蔑する呼び名である。
「み、耳長族ですって! この、醜顔族のくせに、偉そうですね」
いや、醜顔族は豚獣人に対しての侮蔑用語だからな。
「貴様、その首今すぐに叩き落としてやる」
シーラはそう叫ぶと、剣の柄に手をかける。
もう、いつ殺し合いになってもおかしくない雰囲気が二人の間を覆っている。
見かねたじいさん達が止めるための相談を開始した。
「ここはリーダーであるエリックが仲裁をすべきじゃろ」
「は? これまでリーダー扱いしてなかったじゃろうが。それを今さら言うのはずるかろう。だったらいつも、強いやつと戦いたいと言っていたリゲルが行くべきじゃろうて」
「わしは自ら死地へと赴くような狂人ではないわい」
「じゃぁ、ルーカス!」
「わしが得意なのは援護射撃じゃわい」
「ジン!」
「わしは気配を消すのが得意じゃから、役にたたんわい」
じいさん達は醜くも誰が止めるのか押し付け合いをしていた。
「やはり、ここはあれじゃのぉ」
「そうじゃな」
「それしかないわい」
「最終兵器じゃ」
じいさん達は揃って一度大きく頷くと、一斉に俺の方を見た。
「「「「「聖剣殿!」」」」
いや、無理だろ。
あの二人を止めれるのは、それ相応の実力者だけである。
どう考えても、俺には無理だ。
無言で首を横に振る。
「なぁに、最後は聖剣を召喚すればいいじゃろ?」
いいじゃろ? じゃねーよ。
「こんなところで聖剣を召喚なんてしたら、死人がでるぞ」
主に俺が。
「その時はその時じゃ」
じいさん達は俺の肩に手を置いたり、背中を叩いたりとにかく俺に行けと促す。
仕方が無い。
まぁ、無理なら無理で諦めるだろうと、俺は二人に近づいた。
「二人ともそこまでだ。ティファ、巻き込んだのはこちらに非がある。シーラ、侮蔑用語は言いすぎだ」
ダメもとで仲介に入ると、ピタッと争いが止まった。
おいおい、マジかよ。
俺ってすごくないか。
「ですが聖剣殿、我らは謝罪さえ受け取ってないのです」
「セリア様、下等な人族が悪いですよね?」
二人が同時に言った。
ティファニア、下等な人間って・・・。
やっぱりお前猫被っていたな。
しかも、俺もお前が言うところの下等な人間なんだが。
「ティファに代わって、俺が謝る」
俺はそう言って、シーラに対して頭を下げた。
シーラはその姿にひどく狼狽し、許してくれた。
何とかこの場を収めた俺だったが、この二人を二度と同じ空間に立たせないと心に決めた。
水と油、犬と猿である。
混ぜるな危険である。
8階層へ続く階段はすぐに見つかった。
本来であれば、花が階段を隠していたのだろうが、今は障害物などなにもない。
ティファニアは8階層へ行きたそうであったが、俺達は今日の探索をこの階層までと決めた、
『月下の大鷹』も同様のようである。
彼女達は魔物の脅威が過ぎたため、7階層で一泊するとのことだ。
確かに、階段で休むよりは横になれる分、疲労は回復するだろう。
そこで俺達は8階層へと続く階段で休むことにした。
「階段で泊まるのは嫌です」
ティファニアのわがままにより、俺達も急遽7階層で泊まることになった。
今さら『月下の大鷹』に階段で寝てくれとは、とてもじゃないが言えない。
仕方なく、お互い不干渉とし、ティファニアとシーラだけは絶対に近寄らせない規約を定めた。
俺達は見張りの順番を決め、夕食を食べたら各々横になった。
さっきまで美しいお花畑であったにもかかわらず、今では草も焦げ付いた大地だけがそこにある。
たぶんもう、ここのお花畑が再生することはないだろうと確信していた。
では、この階層の魔物である象蜂は戻ってくるのだろうか?
そんな疑問を頭に浮かべつつ、眠りについた。
次回も迷宮が続きます。
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