第24話:じいさん達は美人に弱ぇー・・・
昇級試験で、心を散々に打ち据えられた俺であったが、悲劇はそこで終わらなかった。
家へ戻り、鞄の中から財布代わりの袋を取り出しひっくり返す。
コロンという音と共に、金貨が1枚転がり出てきた。
「え?何でだよ??」
ただ呆然と金貨を見つめる。
そもそも、銀貨や銅貨といった小銭も数枚入っていたはずである。
それに加え、報酬である金貨5枚を確かに袋に入れたはずだ。
それらは一体どこへ消えたのだろうか。
考えられるとしたら、昨夜の酒の席だろう。
だとするなら、金貨1枚でも残っていたことに感謝すべきかもしれない。
「とりあえず、明日に必要なものだけでも買ってくるか」
すばやく服を着替え、鞄を担いで部屋から出た。
「おぉ、帰っておったか」
家から出ると、ちょうど戻ってきたベンさんに出会った。
ベンさんの顔を見て、岩狼の肉を思い出した。
あのおみやげもどこかへ消えてしまったようだ。
「さっき帰ってきた。明日からまた迷宮へ潜るから、その準備のため買出しに行って来る」
「そうかそうか。いってらっしゃい」
相変わらず優しい笑みを浮かべるベンさんに、俺はいつも甘えている。
「ベンさん、家賃さえ払ってない俺にいろいろ世話してもらって本当に感謝してる。必ず、ベンさんには恩返しするから、待っててくれ」
「そんなことを気にする必要はない。わしが好きでやっておることじゃ」
ベンさんは、変わらず笑顔のままでそう言った。
そんな姿を見て、必ず恩返しをする、恩返しが出来る人間になると心に誓った。
それから俺は、乾物屋、肉屋、服屋、雑貨屋、武防具屋などを巡り、明日の準備を整えた。
家へ帰る頃には、すでに日が暮れていた。
そして、ベンさんがおいしそうな晩御飯を用意してくれていた。
久々に、二人きりで近況報告をしながら食事を味わった。
次の日の朝、忘れ物がないか何度も確かめ冒険者ギルドへ向かった。
今回の迷宮探索では、今の俺でも力を得る方法、戦える方法のヒントだけでも持ち帰ると心に決めていた。
ギルドに着くと、すでにじいさん達は到着していた。
俺の顔を見ると、手を挙げる。
俺も手を挙げながら、じいさんのほう足を向けた。
「ちょっといい?」
横合いからレーアが声をかけてきた。
「どうした?」
「昨日の昇級試験の結果を伝えないといけないの。ちょっとついてきて」
「いや、結果なら分かりきっているだろう」
「いいから、こっちに来なさい」
連れてこられたのはいつもの個室であった。
向かい合って椅子に座ると、レーアが冒険者タグを取り出した。
黒鉄よりも輝く、鋼鉄で出来たそのタグは、鋼鉄級冒険者の証である。
「昇級試験は合格だそうよ。おめでとう、今日からあんたは鋼鉄級冒険者よ」
「――――なして?」
さっぱり意味が分からない。
あの醜態を晒し、さらに完膚なきまでの敗北を期したにもかかわらず合格?
何の冗談だと、眉を顰めた。
「私もね、おかしいと思うわよ。で、ギルドマスターに確認を取ったら、迷宮攻略の最前線にいるやつを黒鉄級のままにしておくわけにはいかんだろう、だって」
つまり、俺は俺の実力で昇級試験に合格したわけではない。
じいさん達、『栄光の残滓』とたまたまパーティーを組んだから鋼鉄級になれたということだ。
「情けないな」
「え?」
「情けないだろ、俺は。自分の力じゃ黒鉄級に勝つことさえ出来ない」
「あれは、二日酔いだから」
「例えそうだとしても、負けたことに変わりはない」
沈黙が二人の間を支配する。
先に耐え切れなくなったのはレーアだった。
「じゃあどうするの?言っておくけど、受け取り拒否とか出来ないわよ?」
「そう言う決まりか?」
「違うわ、私が許さないのよ。いい?本当に悔しいと思ってるなら、見返してみなさいよ。自分が鋼鉄級に、いえ、もっとすごいんだぞと私達を見返してみなさい」
レーアの言葉は少し怒気を含んでいたが、それはいつものキレた感じではなかった。
どこか温かく、俺の背中を押してくれるような、そんな気がした。
「君は、いつも俺がどうしようもない時に、最後の一押しをしてくれるな」
「はぁ?なんのことよ?」
「いや、こっちの話だ。・・・うん、そのタグを受け取る。君の言うとおり、俺はこれから自分の強さを証明していく」
「なんだか分からないけど、納得してくれたのなら良かったわ」
レーアはそう言うと椅子から立ち上がった。
「今日からまた迷宮に潜るんでしょ?」
「そのつもりだが」
「そう。まぁ、せいぜいがんばりなさい」
それだけ言い残し、レーアは部屋から出て行った。
俺はしばらく、鋼色に輝くタグを見つめていた。
これで一端の冒険者である。
「さて、俺も行くか」
そう呟き、部屋の外へ続く扉を開いた。
「あぁー!忘れてたわ」
レーアの叫ぶ声が聞こえた。
何事かと、冒険者ギルドのホールへ向かう。
するとそこには、昨日道を聞いてきたエルフの女性がいた。
エルフの女性は俺を見定めると、おもむろに近づいてくる。
そして、目の前まで来ると突然跪いた。
「お初にお目にかかります。私はエルフ族、ルーンアの族長の次女、ティファニアと申します。あなたを聖剣の担い手だとお見受けいたします。どうか、私の、エルフ族の願いを叶えるために力をお貸しください」
おかしい、今日はじいさん達と合流して迷宮に行くだけのはずだ。
それが、レーアはまあいいとして、こんなエルフにまで絡まれるとは、いったいどういうことだ。
どうにか平静を装っているが、頭の中は完全にフリーズしている。
レーアのほうを見るが、肩をすくめるだけで助けてはくれないようだ。
「なんだか、面白そうな話をしておるのぉ」
「麗しの鷹の次は、エルフの女子とは、さすがは聖剣殿じゃわい」
エリックに続いて、ルーカスが言った。
どうやら、じいさん達の興味を惹いてしまったようである。
「あなた方は?」
「わしらはそこの聖剣殿と臨時のパーティーを組んでるものじゃよ。今日もいまから迷宮へ潜る約束をしておってな、悪いんじゃが、先約はわしらじゃよ」
エリックが微笑みながらティファニアに答える。
ティファニアが俺の方を見るので、俺は頷いて見せた。
「そう、ですか・・・。ですが、私の問題は私だけでなく、エルフ族全体の問題なのです」
懇願するようにティファニアが頼むと、若干じいさん達の溜飲が下がった。
美人の頼みに弱いのは、どこの世界のじいさんでも同じようだ。
「それを言うなら、迷宮の出現、攻略は、人族全体の問題です。彼らはその迷宮の最前線で戦う冒険者です」
「では、私はどうしたら・・・・」
レーアが口を挟んだおかげで、一時膠着状態となった。
ティファニアのあまりの必死さに、じいさん達は何とかしてやりたい気持ちもあるようで、顔を見合わせてはお互いに問いかけていた。
「そうじゃのぉ。結局最後に決めるのは聖剣殿じゃて」
たまりかねて、ルーカスが俺に決断をぶん投げた。
くっそ、やっぱ俺になるんか。
「はぁ~、ティファニアと言ったか、悪いが君の希望に沿うことはできそうにない。今日俺たちが行く迷宮は最近出現したばかりで、まだまだ下の階層へ到達していない。このまま下の階層の探索が進まなければ、迷宮内の魔物の数が規定値に達し、ここへ攻め込んでくるかもしれない。君がどんな事情を抱えていようと、力を貸すことはできない」
「どんな事情でも・・・ですか」
「どんな事情でもだ。悪いな」
ティファニアに謝罪しながらも、今の俺の力では彼女の役に立てないだろうと考えていた。
そもそも、彼女は聖剣を誤解している可能性がある。
かつての聖剣の英雄のような活躍を期待されるなら、お門違いもはなはだしい。
というか、誰か彼女に聖剣について説明してやれよ。
ティファニアは顎に手を当て、なにやら考え込んでいた。
そして、考えがまとまったのか、一度大きく頷くと口を開いた。
「分かりました。そういう事情でしたら、私もその迷宮探索に加わります。ですので、迷宮探索が終わったら、私達に力をお貸しください」
彼女の頼みを、全力で拒否したい。
理由は先ほどと同じで、どう考えても俺では力不足である。
俺は助けを求めるようにじいさん達を見た。
「悪いがのぉ、わしらはお主の力量を知らんのじゃ。それに、人となりも知らんのじゃから、連れて行くわけにはいかんのぉ」
エリックが代表して拒否を示す。
俺は内心ガッツポーズをしてエリックを応援する。
「力量を示すのは簡単です」
そう言ってティファニアは手を上へ向けると、詠唱を開始する。
「顕現せよ、エンシェントノヴァ」
そう言うと、圧縮された炎が掌に出現する。
その大きさは人の頭程度であるが、温度が異常に高く、術者以外の全てを溶かそうとするかの様である。
この魔法だけで、ティファニアの力量は十二分に理解できた。
「ティファニアさん、冒険者ギルド内での魔法の使用は禁じられています!」
レーアの注意に反応し、ティファニアは魔法を解除した。
「それは、申し訳ありませんでした。ですが、これで分かっていただけたと思います」
誰もが力量に関しては文句をつけることが出来ない。
それでも、エリックは難色を示してくれた。
迷宮探索は数日に及ぶので、気心の知れた、信頼の置ける仲間と行うのが常だからである。
「力量は分かったが、やはりわしらはお主を連れて行くことはできん」
「そこを何とか、お願いいたします」
丁寧にお辞儀するティファニアに、心が揺さぶられそうになりながら、それでもエリックは首を振った。
さすが俺たちのリーダーである。
これではダメだと理解したのか、ティファニアは片膝をついた。
これは、エルフ族では最上級の所作である。
転生前の世界のエルフ族が、同じような姿勢をするのは見たことがあった。
あの時は俺たちへの謝罪であったが、今回は懇願のようだ。
しかし、エルフ族はプライドの高い種族ゆえ、このような姿勢を見せることは非常に稀だ。
興味深そうに俺たちはティファニアを見ていた。
「お願い、します」
その破壊力は異次元であった。
片膝をついたティファニアは、じいさん達よりも目線が低くなっている。
その状態で顔を上げお願いしては、完全に上目遣いのそれである。
ただでさね、ティファニアの美しさは人族とは違い神秘的である。
その彼女が上目遣いでお願いをすれば、落ちない男はいないとさえ思われた。
「ま、まぁ、お主がどうしてもと言うのであれば、仲間に相談して見ようかのぉ」
エリックがルーカス、ジン、リゲルを見て問いかけるが、彼ら三人もすでに虜になっていた。
何も言わず、ただ顔をだらしなくさせて、頷くだけである。
「皆、賛成のようじゃから、お主をパーティーに加えよう」
俺は賛成してなけどな。
「ありがとうございます」
嬉しそうなティファニアを尻目に、このパーティー大丈夫かよと、心配になる俺であった。
次回、迷宮探索に入ります。
ティファニアが大活躍する、かも。
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