第23話:黒鉄級冒険者より弱ぇー・・・
一日空きましたが、更新しました。
ドンドンドン。
激しく扉を叩く音が遠くで聞こえた。
「・・・つま・・・・・・おき・・・・・・・・」
どこからか、断片的に声が聞こえる。
そうだ、俺の妻の胸は意外と大きいかったな。
着痩せするタイプと言えばいいのだろうか。
違うな、ただ体のラインが出るような服を好んでいなかっただけだ。
だから、それを知るのはこの世で俺だけだ。
ドンドンドン。
先ほどよりも扉を叩く音が大きくなる。
うるさいな。
今は――――。
「てめぇ、いつまで寝てるつもり。早く起きろ!」
最後にドン!と大きな音を立て、ついに扉が外れた。
「はっ」
地震か!それとも魔物の襲来か!
布団を勢いよくはぐり、飛び起きた。
あれ?
なんで、ここにいるんだ?
確か冒険者ギルドで酒を飲んでて、――――記憶がない。
どうやって戻ってきた?
「やっと起きたわね。もうギルドマスターも相手も来てるんだから、早く行くわよ」
目の前には久々に登場した鬼がいた。
鬼ことレーアが腰に手を当て、俺を睨みつけていた。
大変おかんむりである。
「何でレーアさんがここに?」
「な・ん・で?ですって?ふざけんじゃないわよ。あんたがいつまで経っても来ないから、迎えに来たんじゃない」
「いっつぅっっ・・・」
レーアの叫び声に、俺の脳が悲鳴を上げる。
起きたばっかりなんだから、少しボリュームを下げてほしい。
ただでさえ、二日酔いで気持ちが悪いのだから。
「もういいわ。時間の無駄、行くわよ」
「行くってどこに?」
俺の剣を手に持ちながら言うレーアに問いかけた。
「決まってるでしょ!ギルドよ。今日の朝、昇級試験って言ったわよね?」
完全にキレているレーアは、俺の胸倉を掴むとそのまま部屋の外へ引っ張る。
「ちょっ、待ってくれ。昇級試験ってのはわかった。まずは着替えないと・・・」
「そんな時間あるわけ無いでしょ。もう皆待ってるのよ!」
鬼は俺の胸倉を掴んだまま、万力をもって外へと引きずる。
「せめて、せめてポーションだけでも飲ませてくれ。じゃないと、じゃないと――――うっぷ」
人外に懇願など通用するはずも無く、吐き気を催しながら冒険者ギルドの方へ連行される。
道行く人々に助けを求めるが、誰も救いの手など差し伸べてはくれない。
この世界には慈悲も徳もないのか。
冒険者ギルドへ着くと剣を持たされ、そのまま訓練場へ投げ出された。
そして今、俺は一人の冒険者と対峙している。
俺の服装を見てくれ。
無地のシャツに、短パンだ。
俺の顔を見てくれ。
二日酔いで顔色は青白く、無精ひげは伸びっぱなし、頭には寝癖までついている。
どう見ても戦う態勢ではないと一目で分かるはずだ。
そう、俺の準備は0%だ。
わかるだろ?
こんな格好で昇級試験を受けるやつなどいるはずが無いのだ。
だから一旦落ち着かせてほしい。
目の前の冒険者も呆れている。
気持ちは分かる。
俺も目の前にこんなやつが来たら、呆れるしかないだろう。
けどな、どうしようもなかったんだ。
世の不条理には逆らえないのだ。
ん? そういえば、この冒険者どこかで見たことがあるような・・・。
「あ! お前あの迷宮で怪我してた」
「やっぱりあんたか・・・。そんな格好してるし、別人かと思ったぜ」
目の前の冒険者は、迷宮の1階層へ続く階段で出会った若者であった。
あの時は俺が治療して、感謝しながら地上へ戻っていったはずだ。
なぜここにいる。
「あんた、あの時は上級冒険者だと思ったけど、黒鉄だったのかよ。んで、なんでそんな格好してるんだ?」
フレンドリーに話しかけてくるこの冒険者は、確かチュウと言ったはずだ。
「これには山よりも高く、海よりも深い事情があってな。で、チュウこそ何でここに?」
「チュウって俺はねずみじゃねーよ! はぁ~、俺も鋼鉄級への昇級試験なんだよ」
毒気を抜かれたように、溜息を吐き、チュウが答える。
あれ?チュウじゃなかったのか。
「くっ・・・」
思い出そうとするが、頭痛が邪魔をする。
「本当に大丈夫かよ」
大丈夫に見えるか?
逆に問いただしたい。
「あんたら、そろそろいいか?」
訓練場の脇で見ていたサムウェルが問いかける。
「あぁ、俺はいつでも大丈夫だ」
チュウが軽くジャンプし、体をほぐしながら言った。
「いいって、何がだ?俺は今から何をするかも知らないんだが」
額に手を当て、搾り出すように言った。
サムウェルはレーアを見るが、レーアはただ首を振るだけである。
もうこいつのことは知らん、とでも言いたげである。
「昇級試験は同じ黒鉄級の冒険者どうしで戦い、実力をみさせてもらう。あんたの相手は、黒鉄級冒険者シュウだ」
チュウじゃないのかよ。
俺は分かったと返事をし、剣の柄に手を触れた。
「それでは、始め」
サムウェルが宣言すると同時に、俺は剣を抜く。
二日酔いで気持ちが悪いが、負けるわけにはいかない。
いつでもかかって来いと身構えた。
「あんたは恩人だが、手加減するつもりは無いぜ」
そう言うとシュウは身を低くし、一息に加速した。
無手か。
いや、違うな。
背中に得物を隠している。
俺は努めて冷静に、そう判断した。
そして、シュウと交戦する前に肉体強化魔法を発動しようと試みる。
しかし、未だに頭の中はカーニバル状態で、魔法などとてもじゃないが使えない。
「くそっ――――うっ」
シュウが背中へ右手を回し、短剣を抜き放つ。
それを剣で受け止めるが、今度は短剣を握った左手が襲い掛かる。
短剣の二刀流か。
シュウが次第に攻撃の回転を上げ、俺は受け止めるだけで精一杯である。
何度も襲い掛かる短剣に、集中力を高めて対処していたが、準備不足の脳が悲鳴を上げた。
気持ち悪さが高まったと同時に、吐き気が催す。
そしてその瞬間、シュウの回し蹴りが腹に直撃した。
「ぐわっふぅ・・・。――――お、おぇえぇぇ」
昨日食べたものを壮大にリバースした。
その光景を、シュウを含む皆が引きつった顔で見ていた。
「あ、あんた本当に大丈夫か?」
対戦相手にまで心配される始末である。
一通り吐き終えると、幾分か楽になった。
さて、ここからが本番である。
「はぁはぁ、シュウ、結構やるな。だが、今度は俺の番だ」
口元をぬぐい、剣を構える。
ふっと一つ息を吐き目を見開くと、俺は誰にも視認出来ない速度で剣を振った。
袈裟切り、突き、斬り上げ、回転して払い胴。
目にも留まらぬ速さの剣技は、長年の鍛錬の賜物である。
それを、シュウは余裕をもって交わして見せた。
「――――なっ、はぁ?」
驚く俺の頬に、シュウの拳が炸裂した。
こいつ、何で避けれるんだよ。
フラフラの状態とはいえ、渾身の力で放った連撃だぞ。
俺は疑問を抱いたまま、シュウの連続攻撃をただ耐えるだけであった。
サムウェルはセリアとシュウの戦いを訓練場の脇で見ていた。
昨日の酒のせいで二日酔いである。
二人の戦いを目で追うだけで頭が痛い。
だからこそ、セリアがあの状態でも戦っていることに少し驚いていた。
もっとも、セリアがリバースした時は、自分もリバースしかけたのだが。
一方的なシュウの攻撃を、セリアは地面を転がりながらもどうにか避ける。
無様だと思う者もいるだろう。
だが、セリアの瞳は自分が負けると微塵も思っていない。
なぜそう思えるのか、サムウェルには全く理解できなかった。
体調も万全ではない。
身体能力でも明らかに劣っている。
さらに反撃の糸口さえないのだから、焦りや敗戦の色が見えてもおかしくはないはずだ。
しばらくすると、さすがのシュウも攻め疲れが出てきた。
当然である。
常に全力で攻撃していては、疲れが出ないはずが無い。
焦り始めたシュウの攻撃は、一撃一撃が必殺を帯びていた。
そのため、技が大きくなり隙もできる。
「なるほど、これを狙っていたのか・・・・違う、か」
サムウェルはセリアの狙いを、シュウの攻め疲れだと思ったのだが、シュウより先にセリアの方がまいっていた。
セリアの集中力、体力が限界を迎えた時、ついにシュウの蹴りがセリアの側頭部を直撃た。
セリアは2度地面をバウンドし、動かなくなった。
「勝負ありだな。勝者、冒険者シュウ。お疲れ様、さすがは期待の新人だ」
サムウェルは労いの言葉をシュウへかけ、セリアのほうを見た。
「あいつ、まさか死んだんじゃないだろうな?」
ピクリとも動かないセリアを見て、シュウとサムウェルは本気で心配し始めた。
気がつくと、そこは知らない部屋であった。
記憶がおぼろげで、なぜ自分がここにいるのか分からない。
必死に記憶を整理し、遡るが、確実なのは昨夜冒険者達とおいしい酒を飲んだことだけである。
でも、今日、何かがあったような気がする。
「痛ってぇ」
二日酔いか、はたまた他の要因か分からないが、ひどい頭痛がする。
それに、体中に擦り傷、切り傷がある。
「一体何が・・・」
「やっと起きたわね」
部屋にレーアが入ってきた。
「ここは?」
「訓練場の控え室よ。サムウェルとシュウがあんたをここまで運んだの」
それを聞いた瞬間、思い出した。
俺はシュウと昇級試験で戦ったのだ。
それで、ここにいるということは。
「俺は、負けたのか」
「そうね。ボロ負けよ」
レーアはそういて、ポーションを差し出した。
「これは?」
「私のおごりよ。とりあえず飲んで傷とか治したら」
いや、おごりって、どう見ても上級ポーションである。
この前せっかく鏡を買って返したのに、ここで金貨2枚もするようなものをもらったら、またお返しをしなければならない。
――――そうだ、お金だ。
だが、傍らにあるのは剣だけで、もちろん鞄なんて持ってきていない。
「そんな心配しなくても大丈夫よ。これは私が作ったものだから」
「え?レーアさんが作った?」
「何よ?言っておくけど、ギルドで販売しているポーションの3割くらいは私が作ってるのよ!」
そうだったのか。
まったく知らなかった。
俺は感謝を述べつつ、レーアからポーションを受け取り飲み干した。
体中の痛みが嘘のように消え、朝から続いていた二日酔いさえおさらばした。
同時に、思考がクリアになっていき、昇級試験の醜態を思い出すことができた。
レーアは昨日、「少しだけ期待している」と言った。
それなのに俺は、その期待に応えることが出来なかった。
それだけではない。
黒鉄級の昇格試験なんて楽勝だと思っていた。
どこにそんな自信があったのか。
頭では自分が弱いと分かっている。
それでも心のどこかで、かつての栄光を手放せていない自分がいた。
何が『英雄の心』だ。
そんなものはまやかしでしかない。
力が無ければ、誰も救えない、守れない、英雄にはなれないのだ。
かつての、英雄であった俺なら、たとえ体調がわるかろうが他の冒険者に後れをとるなどありえない。
俺は本当に、自分がかつての俺ではないことを理解していなかったのだ。
あれ?
涙が一粒、手の甲へ落ちた。
それを見たレーアは席を立ち、部屋から外へ出て行く。
「くっそ、何が英雄だ。何が、この世界を救うだ。鋼鉄級にさえなれない俺にそんなことできるわけがないだろ。バカか俺は」
涙があふれ、頬を伝う。
もっと真剣に戦うべきだった。
試験を甘く見ることなく、何事にも本気で挑むべきだった。
泥酔しなければシュウに勝てたのか?
それは分からない。
つまり、今の俺にはその程度の実力しかないのだ。
今のままでは、本当に誰かを救いたい時、手が届かない。
全てを救う前に、大事なものさえ救えない。
このままではダメだ。
たとえ成長が止まろうと、強くならなければならない。
どんな形でも、どんな力でもかまわない。
俺は強くなる。
必ず強くなって、全てを救わなければならない。
そのために転生してきたのだから。
レーアは部屋の外で、その嘆きを聞いていた。
彼は、お世辞にも強いとは言えない。
けれど、いつも一生懸命だった。
だから期待した。
これから強くなり、本物の英雄になると。
そして、これからも期待したいと、そう思った。
次回より新章突入します。
新たなヒロインも出ますので、お楽しみに。
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