第20話:月下の大鷹より弱ぇー・・・ part5
迷宮探索3日目の文が長くなったので、次回も3日目の続きです。
「つぅ・・・」
3日目の始まりは、頭への衝撃から始まった。
昨日は疲れ果て、3階層と4階層の間にあるセーフティエリアの階段へ到達すると、食事もそこそこに眠りに就いた。
階段での睡眠だというのに、予想以上に爆睡していたのだが、体勢が変わったことによる姿勢制御失敗で、頭を階段の角で殴打したのである。
辺りを見渡すと、じいさん達は未だに眠っている。
アナライザーもたぶん眠っているのだろうが、階段に腰掛け、カウボーイハットを目深に被っているためよく分からない。
皆を起こさないよう慎重に、階段を降る。
もう言わなくても分かると思うが、相変わらず腰も節々も痛い。
早く平らなところで眠りたい。
しばらくすると階段が終わり、4階層が姿を現した。
そこは2階層と同じように木が鬱蒼と茂る森であった。
違いといえば、廃墟の城は無いことと、4階層の入り口に冒険者がいないことであった。
「本当の意味での、未開の迷宮探索はここから始まるということか」
もちろん俺達よりも前を行く『月下の大鷹』がいるのだから、未開という意味には語弊がある。
しかし、情報共有もしていないのだから、手探りでの探索になることに違いはない。
セーフティーエリアである階段から顔を出し、様子をうかがう。
特に生き物の気配は無く、この階層にはどのような魔物が生息しているのか、ヒントになるようなものもない。
ただ、左のほうを見れば、小高い丘のようなものがあるので、まずはそこへ行き、このエリアがどのようなところか、一望できればとは思う。
さすがに、一人では危険なので行くことができない。
やることもなくなったので、鞄の中身を確認する。
ポーションは使わなかったため、3本残っている。
しかし、買い込んだ食糧はもうほとんど残っていない。
昼と夜に食べれば終わりである。
1階層の赤狐の肉は食べられる。
2階層の小鬼は言わずもがな、3階層の岩狼はどうだろうか?
もし岩狼の肉が食べられるとしたら、1階層と3階層では食糧の確保ができる。
だが、赤狐も岩狼も、そこで火など焚いていたら集まってくるだろう。
赤狐ならばまだ対処はできるが、あのサイズの岩狼が殺到してきた場合、食事どころではなくなるのは目に見えている。
願わくは、この4階層も食糧となる魔物のエリアであり、物量に頼るような魔物でないことを祈るだけであった。
「もう起きているとは、早いのぉ」
エリックの言葉に振り向くと、彼の後ろにはリゲルがいる。
どうやら二人とも起きたようだ。
「やっぱり階段での寝つきは悪くて、頭を打って起きてしまった」
「なるほどのぉ」
微笑んでいるエリックの顔にも、疲労の色が浮かんでいる。
さすがに2日も平らなところで寝ていないと、じいさん達にはきついだろう。
俺は自分のことを棚に上げてそう思った。
「それで、何かわかったかのぉ」
「いや、ここからだと、この階層の魔物が何なのか分からない。さすがに一人でセーフティエリアから出るのも危険だから、何もわかっていない」
「そうか」
リゲルの問いに答えた。
「左のあそこ。あそこへ行けばある程度このエリアの状況が分かると思うが、どうだろう?」
エリックとリゲルへ、左の丘を指差し提案する。
「そうじゃな、皆起きて準備ができたら行ってみるかのぉ」
それからしばらくたわいの無い話をしていると、アナライザー、ルーカス、ジンの順で階段を降りてきた。
皆、一様に疲労が蓄積されているのだろう。
休んでも、どこか疲れが抜け切れていない顔をしている。
「さぁて、まずはあの丘へ行き、この階層を見てみるぞぃ」
エリックはわざと元気の良い声で、明るく振舞っている。
皆、それが分かっているのか、元気良く頷き、軽快に歩き出した。
丘に着くと、そこからこの階層を見渡すことができた。
といっても、広大なこの森林の先の先まではとても見ることはできなかったが。
「あそこと、あそこ。それとあっちもじゃが、煙が上がっとるのぉ」
ルーカスが指差す先には、確かに大なり小なり、煙が上がっている。
煙の発生源に目を凝らして見ると、村とか、集落とかその類のものが見て取れた。
「なんの集落かのぉ」
「行ってみるしかないわい」
エリックを先頭に、俺達は一番近くの集落を目指し、森に入った。
周囲を警戒しながら、森を進む。
この階層の魔物が分からない以上、どんな襲撃にも対応できるようにしなければならない。
エリックは時折り、集落の位置をアナライザーに確認を取りつつ前進した。
森が突然拓けると、そこには確かに集落があった。
俺達は森の端からその集落の様子をうかがう。
「小鬼の集落かのぉ」
「それにしては様子がおかしくないか?」
確かに集落には小鬼がいる。
しかし、ここを本当に集落と呼んでもいいのだろうか?
集落を囲う木の柵は破壊尽くされ、家(?)は所々燃えた後のように崩壊している。
小鬼達の様子も変で、活気も無い。
なんというか、哀愁さえ漂わせている。
「どうやら、何者かに集落を襲撃されたようだ。それも、極々最近に」
アナライザーは冷静に分析していた。
そして、俺達は極々最近、襲撃したであろう何者かの可能性について思い当たる。
「もしかして、彼女達かのぉ」
ルーカスの呟くような声に、皆が同意する。
もちろん、彼女達とは『月下の大鷹』である。
俺達にはそれしか思い当たる者がいなかったのだ。
「この階層も小鬼どもの階層とは考えづらいがのぉ」
すでに2階層が小鬼の階層であった。
4階層も小鬼の階層であるなら、そこには明確な違いが存在するはずである。
今のところ、それらしいものは見当たらない。
それにしてもと、俺は小鬼の集落を観察する。
小鬼にとっては、嵐のような自然災害が襲ってきたようなものだろう。
『月下の大鷹』が突然現れて、集落を破壊し尽くす。
逆の立場ならたまったものではない。
「どうする?我々も攻め込むか?」
アナライザーの人でなしな発言に、俺達は顔を見合わせる。
言いたいことは分かる。
小鬼は魔物で、狩る対象である。
今、集落に防衛設備はなく、戦闘意欲もない小鬼たちなら、簡単に殲滅できるだろう。
しかし、それでいいのか?
「やめておこう。まずは先へ進むべきじゃな」
エリックは肩をすくめ、皆に先へ進もうと提案する。
正直、疲労はあるのだから無駄な戦闘はしたくない。
俺達は頷き、エリックに続いて森の奥へと向かった。
アナライザーは的確に次の集落の方向を指示する。
彼曰く、あの丘から確認できた集落の位置は七つとのこと。
ただ、見渡せた森の更に先からも煙が上がっていたのだから、集落が全部で何個あるかは分からないらしい。
「5階層への階段を見つけるのが先決であるとはわかっているが、俺としては、集落が全部でいくつあるのか、どこにあるのか、そしてどれくらいの小鬼がいて戦力はどの程度かを把握しておきたい。」
アナライザーの希望を聞くかどうかは、じいさん達に任せることにした。
そもそも、5階層への階段がどこにあるかなど分からない。
それこそ、どこかの集落の中にあっても驚きはしない。
そうなった場合、片っ端から攻め込む必要が出てくる。
非常に面倒な話である。
じいさん達は小声で相談したあと、一つの結論を出した。
まず、『月下の大鷹』に襲撃されていない集落を発見した場合、戦力を知るための偵察を行うこと。
そして、俺達で制圧できそうなら制圧するということだ。
次に、集落の数を全て把握することは不可能だが、5階層への階段を探す過程で、できる限り集落の情報を集めることにした。
俺達で制圧する理由だが、どうやらこの階層が小鬼だということが引っかかるらしい。
ここで、この階層を見誤れば、5階層の階段を見つけても、5階層から1階層へ戻る時に、この4階層で思わぬ襲撃に晒される可能性がある。
そしてもう一つは、2階層の城もそうであったが、小鬼の住処には宝物がある可能性が高いそうだ。
せっかく迷宮へ潜っているのだから、何かしら金になるものを得なければ赤字である。
そんなわけで、俺達は先ほどとは別の集落を、またもや森の端から観察していた。
どうやらここは、『月下の大鷹』に襲撃されてはいないようだ。
集落の大きさもそこそこで、これなら小鬼の数も百匹以上はいるだろう。
「それじゃぁ、わしの出番かのぉ」
ジンが短槍を担ぎ、集落へ向かう。
どうやら、偵察などはジンが担当のようだ。
「俺もついて行く」
「仕方が無いのぉ。ついてくるがよい」
俺とジンは足音を忍ばせて集落へ向かう。
このようなことは、転生前の世界では何度も行ってきた。
それでも緊急事態に備え、魔法による肉体強化がいつでも発動できるよう、準備だけはしておいた。
ジンを先頭に、俺達は集落の中を移動する。
小鬼達は非常に警戒心がゆるく、物陰に隠れれ見つかることなく移動できた。
「けっこう数がおるのぉ。じゃが、小鬼しか見当たらぬ。わしらの思い過ごしかのぉ」
「ジンじいさん、あの建物、なんだか一際大きくないか?」
俺が指差す建物をみて、なるほどとジンは頷いた。
もし、この集落に何らかの秘密があるのであれば、やはり一番大きな建物が最も怪しい。
俺とジンは早速建物に近づき、中を覗いた。
中には、身の丈が俺達の倍以上ある巨鬼が三体いた。
なるほど、こいつらが小鬼を統べているのか。
「まずいのぉ。普段小鬼は無秩序に動いておるから討伐は比較的楽であるのじゃが、巨鬼に統率されておると、その戦力は通常の倍以上になるぞぃ」
ジンが手を振り、戻ろうと合図を送る。
俺達は小鬼にばれないよう、慎重に森へ移動した。
戻ると、皆に巨鬼のことを知らせた。
皆、渋い顔をしている。
「1階層から4階層まで、物量による魔物の階層か。これは厄介な迷宮だな」
アナライザーでさえ、渋い溜息を漏らしている。
「この集落を攻め滅ぼすのは、今のわしらの人数ではちと骨じゃのぉ」
できないとは言わない辺り、さすがリゲルである。
「もしかしたらだが、『月下の大鷹』もそう判断したのではないか?」
「どういうことじゃ?」
「先の殲滅された集落に最も近い集落がここだ。だが、ここを『月下の大鷹』が攻撃した形跡は無い。つまり、彼女達も最初の集落を攻撃し、割に合わないと判断して集落を迂回したのではないか?」
「そうかもしれんのぉ」
アナライザーの仮説に、エリックは同意する。
「だったら、俺達もいけるところまで集落を避けて進むべきだ。もし、集落の中に下への階段があるのであれば、『月下の大鷹』が攻撃した後がみつかるはずだ。そうでないなら、そもそも集落ではない森のどこかに下への階段があるか」
「もしくは、階段を見つけることができず、彼女達も森を彷徨っているかじゃのぉ。それならそれで、共同戦線でも提案してみるかのぉ」
俺の推察に、エリックが意見を加える。
考えても、これ以上の方針など見つかるはずも無かった。
「おい、あの小鬼達、どこへ行くんだ?」
集落を見張っていたルーカスが、集落から出て行く五匹を指差して言った。
「どこって、狩りとか?」
「いや、そんな感じでは無さそうじゃぞ?もし狩りであるなら、獲物は岩狼か、赤狐しかおらぬ。そやつらを探すのであれば、もっと周囲を注意深く観察するはずじゃ」
「でも、小鬼だしな」
「わしが言いたいのは、何か目的の場所があって、そこへ一直線に向かっているように見えるということじゃよ」
「つけて見るかのぉ」
ルーカスの予想が間違っているとしても、何かがあるから集落を出たはずである。
その何かが分かれば、この状況を打開することができるかもしれない。
期待は薄いが、このまま闇雲に森の中を歩いて階段を探すよりも幾分かましである。
俺達は十分な距離をとり、慎重に尾行を開始した。
この後、ある推論を裏付ける驚愕すべき現象を目撃するとは、夢にも思わなかった。
記念の第20話です。
え?序章を入れたら第21話だって?
細かいことは気にしない。
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これからも何卒、よろしくお願いします。




