第1話:おばあさんより弱ぇー・・・
続きを投稿します。
「はぁ?」
意味不明な女神の言葉を再度聴こうと、耳に左手を当て首をかしげる。
しかし、すでにそこは神域ではなくどこかの街の一角であった。
「くっそ、意味わかん、わかりませんね」
慌てて口調を戻す。
すでに異世界、どんな些細なことでも印象を大切にしなければならない。
とはいえ、数瞬前の女神の挙動不審な行動の意味がさっぱりわからない。
辺りを見渡しても異世界への転生は滞りなく終わっているように思えた。
なぜか服装が変わっているのは些細な事である。
この世界の秩序を乱す装備は持ち込めないのだろう。
であれば、なにも問題ないなと勝手に納得した。
「さて、まずは言葉だな。私の経験上、会話だけは成立するようにしてもらっているはずだが、文字は読めないだろう」
そう独り言を呟くと、辺りを見渡す。
すると近くの建物の前に立て札があるのを見つけた。
そこに書かれているのはこの世界の文字であろうか、見たことがない模様が描かれていた。
「ふっ。この程度の文字であれば、一分もすれば理解できそうだ」
かっこよく髪を掻き上げ、立て札を凝視する。
一分が経ち、二分が経ち・・・そろそろ五分かというところで背中に衝撃を受けた。
「ぐほっ」
すぐに振り向くと、筋肉質な男性が何かを担いで走り抜けるところであった。
「おい、おっさん。そんなところに突っ立てたら通行の邪魔なんだよ。朝っぱらから盛ってるのかしらんが、いい歳して入るか、やめるか悩んでんじゃねぇーよ」
そう言った男は、最後に私を一睨みしたあと足早に去っていった。
「はぁ?誰がおっさんだよ。目が腐ってんじゃねーのか。・・・いや、待てよ。確かに俺は不老を得たから姿は若いままだが、歳はおっさんというよりお爺さんだよな。あながち間違ってはいない、ですね。それを見抜いたということですか・・・。それにこの立て札の文字、私の知力をもってしても理解することができません」
ふむ、と一度頷いた。
さすがSSランクの世界だと手放しで称賛した。
しかし、どうしたものか。
文字が読めないのは非常に困る。
ただ、さっきの男の言葉を理解できるということは、会話もできないという最悪の状況ではない。
「定石なら冒険者ギルドに向かうべきか。今回の転生は3度目と同じパターンのようですね」
1度目と2度目、そして4度目に転生(魔王討伐2度目と3度目、5度目の世界)したときは術者に勇者召喚を行われた体であった。
そのため、世界情勢といった必要事項は全て説明を受けることができた。
しかし、3度目の転生を行ったときは今と同じような状況で、どこかもわからないところに放り出された。
そのときは勝手がわからず右往左往して、どうにか冒険者ギルドへたどり着き、事なきを得たのである。
物思いにふけっていると、目の前の建物から一人の女性が姿を現した。
扇情的な格好といえばよいのか。
薄着のそれは、胸の谷間が確認できるほどである。
そして、手には桶を持っていた。
「お嬢さん、よろしければ私がその桶をお持ちいたしましょうか?」
さわやかな笑顔で女性に声をかけた。
困っている人、特に女性には格別に優しい人格者こそ、セリア・レオドールという英雄である。
「あぁ?なんだいあんた。客か?」
気だるそうに応える女性は、たぶん寝ていないのだろう。
疲れが見て取れた。
であればなおさら手伝うべきだ。
「客というのがなにかわかりませんが、あなたのような女性の手伝いをすることが、私にとっての幸福なのです」
これは落ちたな。
完璧なイケメンである俺が完璧な笑顔をし、見ず知らずの女性に優しくする。
これで落ちない女性はいない。
「い、いや、これは私の仕事だから。あ、あんた、客じゃないならどっかへ行っとくれ」
「・・・そうですか。それは残念です。ですが、もし手伝ってほしいことがありましたらいつでも言ってください。私はあなたのような美しい女性の味方ですから」
女性は気持ち悪いものでも見たような顔を浮かべながら、逃げるように去っていく。
その姿が見えなくなるまで見守ると、首をかしげた。
ふむ、私を放置してでも急ぐ用があったということだろう。
そして、若干顔を引きつらせていたのは見間違いに違いない。
もしくは、私のあまりにも完璧な容姿に照れて声が出なかった可能性もある。
というか、そうであるに違いない。
「とりあえずここにいても仕方がない。誰かに道を聞くしかないな」
踵を返し、どこへ続くかもわからない道を歩む。
転生したばかりで、ここがどのような世界であるかわからない。
であれば、ここがどのような街であるか、皆目見当もつかない。
しばらく歩いて気づいた。
どうやら先ほどいた場所は大通りから外れた、裏通りとも呼ぶべき場所であったと。
どおりで薄暗いはずだ。
ここが裏通りであるなら、大通りで誰かに道を聞くべきだな。
「そこのご婦人、すみません」
大通りに出ると、すぐに一人のおばあさんを見つけた。
優しそうな気配がするので声をかけてみた。
「はい、なんですか?」
「この街に冒険者ギルドはありますか?そこに行きたいのですが」
「迷子かねぇ?」
おばあさんが、質問に質問で答えた。
「ま、まぁ、迷子といえなくもないですね!」
「あんた良い歳してるんだから、もっとしっかりしないと」
「そ、そうですね。私ももっとしっかりしないといけませんね。あはははは」
なぜかしかられてしまった。
さわやかの仮面を顔に貼り付けているが、口からは乾いた笑い声しか出ない。
「仕事は?」
「これから冒険者になろうと思っています」
「無職かぇ」
おばあさんはあきれたように、溜息混じりに呟いた。
反論する言葉もなく、苦笑いを浮かべるしかなかった。
これからこの世界を救う男を、心底哀れんだおばあさん。
すぐに自分の間違いに気づくことになるだろう。
この世界を救う英雄が誰であるか知ることになるからだ。
「この通りをずっとまっすぐ行けば右手に噴水が見える。冒険者ギルドはその噴水の向こう側さね。一番大きな建物だから、あんたでもすぐわかるわ」
私はおばあさんが指し示す方を確認する。
「心優しいご婦人に感謝を」
胸に手を当て、礼儀正しく頭を下げた。
「作法だけは立派に見せて、中身がなけりゃ恥かくだけさ。せいぜい一生懸命はたらきなさいな」
おばあさんはひらひらと手を振って歩き出した。
その姿に感謝の意を表したまま思う。
「なんで俺は、見ず知らずのばあさんにここまで言われなけりゃならんのだよ」
悪態が口からこぼれそうなのをどうにかこらえ、教えられた方へ歩き出した。
冒険者ギルドの朝は早い。
その理由は、前日の閉門に間に合わなかった冒険者が、開門と同時に街へ入り、冒険者ギルドを訪れるからだとされている。
この街に冒険者ギルドが設立された当初から、その理念は変わらない。
もっとも、皆がこぞって冒険者になった時代ならいざしらず、街の閉門に間に合わない冒険者など皆無である。
冒険者ギルドの夜は遅い。
その理由は、冒険者ギルド内に簡易宿舎と酒場があるためである。
冒険者の不文律として、依頼を受けたら飲む。
モンスターを狩ったら飲む。
依頼を達成したら飲む。
つまり、冒険者は毎日飲むのである。
「何を?」とは言うまでもないだろう。
そうであるから、朝早くから冒険者ギルドを訪れるものなど非常に稀である。
冒険者ギルドの受付嬢であるレーアは、決まった時間に冒険者ギルドの入り口の鍵を開けた。
本日の朝の当番だと知っていたから、昨晩は仕事を残して帰宅した。
誰も来ない朝の時間に片付けつつ、眠気が消えない頭をゆっくりと覚醒させるためだ。
当番当日はいつもそうしている。
―――――いつもなら。
唐突に冒険者ギルドの扉が開かれ、一人の男が入ってきた。
男の顔は正面を見据え、胸を張り、無駄に堂々としている。
男はそのまま真っ直ぐに、レーアの前まで歩みを進めた。
レーアはその姿を見ながらこめかみを押さえ、不機嫌な気持ちを隠して、笑顔の仮面を被った。
「おはようございます。本日はいかがされましたでしょうか?」
もうしばらく、書き溜めたものがあるけど、無くなったら投稿のペースが遅くなります。
ご容赦ください。