第12話:黒牛達より弱ぇー・・・
今回は2部構成です。
次回は明日か明後日更新予定。
悔しさと痛みで枕を濡らした翌日、俺は平原に伏せ、身を隠しながら獲物を探していた。
時間はやっとお日様が昇り始めた頃で、朝露が服にしみこむ。
それでも息を殺し、目の前に集中しているのは、ひとえにプライドゆえであった。
見つめる先には、赤狐の集団があった。
数は40~50匹といったところだろう。
当然、無謀な戦いを挑むつもりはない。
ただ、あわよくば集団を離れる個体がいないかと様子をうかがっているのだ。
「ここもダメか」
発見した赤狐の集団は、本日2つ目である。
転生前の俺であれば、魔法一発で蒸発させることができた。
しかし、この体では一匹倒すのが限界である。
考えても仕方がなく、今持ちうる手段を最大限生かすしかない。
今日の目標は二匹である。
昨日獲れなかった分も今日挽回してみせる。
驕りもなければ、甘く見ることもない。
慎重に狩りを行えば達成できる、現実的な目標である。
足音を殺し、平原を移動する。
非常に懐かしい感覚であった。
最初に転生をする前は軍にいた。
その頃は、何も考えることなくひたすら命令されるままに動いていた。
軍の訓練の一つに、音を立てずに忍び寄って魔物を殺すものがあった。
今は、その時のことを思い出しながら、当時をなぞるように動いている。
「あの時は、13、4歳だったが、今よりも強かったような気がする」
今の現状に対して、自嘲気味に笑う。
でも、本当にそうだろうか。
確かに身体能力でいえば今のほうが劣っている。
だが、これまでの経験を加えれば、あるいは今のほうが強いのかもしれない。
比較しても結論はでないが、少なくともあの時と比べることができるほどの力は、今この手にあるということだ。
そうであれば、本当の絶望的な状況ではない。
遠くに赤い魔物を見つけたのは、それからすぐのことであった。
今度は単体で、おそらく群れからはぐれたのだろう。
どちらへ行こうかきょろきょろする姿は、まさに待ち望んだ獲物である。
できる限り気配を殺し、赤狐へ近づく。
あの頃と同じように、手に汗が滲む。
焦る気持ちを抑え、一歩一歩確実に距離を縮めていく。
なるほど。
これまでの強くなりすぎたがゆえに、この高鳴る鼓動、緊張感を久しく忘れていた。
初心に戻ることも悪くはない。
ゆっくりと背後に回りこみながら、様子をうかがう。
警戒はしているのだろうが、気づいた様子はない。
じりじりと距離を詰めていく。
魔物の勘によるものだろうか。
あと少しというところで、赤狐は俺に気づいた。
気づかれる前に、飛び掛るべきだったと後悔してももう遅い。
赤狐が遠吠えをするために顎を上へそらす。
まずい。
とっさに腰の剣を引き抜くと、腕を引き絞って投擲した。
剣は見事に赤狐の喉を貫き、一撃で絶命させた。
とりあえず、一匹目の討伐は成功である。
「っつ」
赤狐から剣を引き抜いたとき、肩にわずかな違和感を感じた。
俗に言う40肩の始まりだとは、この時はまったく思ってもいなかった。
穴を掘り、すばやく血抜きを行った。
首以外の外傷はないため、毛皮は良質間違いなしである。
赤狐を担ぎながら、次の獲物を探す。
先の戦いで、赤狐の警戒範囲はおおよそつかんだ。
更に、喉を先に潰せば遠吠えで仲間を呼ぶこともできないことを学んだ。
それから赤狐の集団を1つ見つけたがスルーし、単体を探した。
この時の俺は、なかなかはぐれ個体が見つからず、運が悪いと思っていた。
しかし実際は、赤狐の集団を一日に3つも見つけることは非常に運が良い。
冒険者でパーティーを組めば大儲けだからである。
もちろん、そんなこと考えもしなかった。
「いた」
小さくガッツポーズを作る。
周りに仲間の気配がないため、間違いなく単独である。
ゆっくりと音を殺して近づき、先ほど気配を察知されたギリギリのところで待機する。
焦る心を落ち着かせ、剣を抜き放って駆け出した。
赤狐はビクッと反応したが、どうすればよいのか混乱している。
次の行動が定まる前に、一気に距離をつめて喉を切り裂いた。
鮮血を避けつつ回り込むと、側頭部を剣で突き刺した。
絶命を確認すると、先ほどと同じように穴を掘り、血抜きを行った。
二匹の赤狐を担ぐと、悠々と街へ向けて歩き出す。
冒険者としてやっていく自信がついた瞬間であった。
朝の冒険者ギルドに、レーアとキャロルの二人がいた。
今日はキャロルが早朝の当番であったが、後輩思いのレーアも早めに出社していた。
二人で軽く建物内を清掃し、昨日の仕事の残りを処理し終えた。
今は、ちょうど一息ついたところである。
レーアは引き出しから鏡を取り出した。
来訪してくる冒険者や依頼人から、自分がどう見えるか確かめる。
「あー!先輩が新しい鏡を持ってますー」
キャロルはレーアの持つエメラルドグリーンの手鏡を指差す。
「見てみる?」
うらやましそうにしているキャロルへ手鏡を渡した。
キャロルは嬉々として鏡を眺め、満足するとレーアへ返却した。
「ずいぶん高そうですねぇー。先輩、自分で買ったんですかー?それとも、誰かからのプレゼントですかー?」
「うっ・・・」
もちろんこの手鏡はセリアに買ってもらったものである。
けれど、キャロルにそれを話しては、妙なうわさが流れかねない。
いや、キャロルはほわほわしているが、年頃の女の子である。
うわさをたてられるに違いない。
「そ、そんなことよりも、昨日、赤狐の活動が活発化しているって報告が近隣の村からあったわよね?そのことについてギルドマスターから何か対策を聞いてる?」
レーアがあからさまに話題を逸らしたことで、キャロルは何かを確信したのだろう。
レーアには悟られないように笑みを浮かべ、逸らされた話題にのった。
「何も聞いてないですよー。でもでも、この時期に大量発生ならラッキーなんじゃないですかー?」
この街より更に北部にある街では、すでに冬の到来に向けて準備が進められている。
赤狐の毛皮は安価で温かいため、需要は日に日に増えている。
「ちょっとキャロル、赤狐の被害にあっているのは近隣の村なのよ?不謹慎な発言は慎みなさい」
「そうでしたー。すみませんー」
レーアが優しく嗜めると、キャロルは自分の拳で軽く頭を叩きながら謝った。
そんなあざとい姿を見せながらも、キャロルが優秀であると知っているレーアは、それ以上何も言わなかった。
ギルドの扉から冒険者達が入ってくると、二人は気を引き締め、笑顔を作る。
「「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」」
二匹の赤狐を担ぎ、冒険者ギルドの中を覗き込む。
時間は昼を過ぎ、ちょうどティータイムといったところだろう。
冒険者ギルドの一番のピーク時間が過ぎているとはいえ、2番目のピーク時間への小休止とも言える時間帯でもあるから、ギルド内にいる冒険者の数は非常に多い。
前回の失敗から、どんなに人が多くてもレーアの列へ並ばなければならない。
さもなくば、鬼が現れるからだ。
しかし、どうやら今日は。レーア様は休みのようだ。
「まぁ、レーアが休みなら仕方ないよな。うん、仕方ない」
そう独り言い訳を呟き、キャロルの列へ並んだ。
昨日の失敗を糧に、今日の成功をつかんだ。
だから、今の俺に必要なのは癒しである。
キャロルは癒し系である。
「おい、なんかドブの臭いがしなか?」
そろそろ俺の順番が回ってきそうな頃、誰かの言葉が聞こえた。
鼻をくんくんさせるが、ドブの臭いなどどこからもしない。
首を傾げつつ、順番を待つ。
「あぁ、確かにドブの臭いがする。あいつじゃないか?あのドブ攫い野郎」
「間違いない。あいつだよ。いつもドブ攫いしてるから、臭いが染み付いてやがんだ」
冒険者の一人が俺を指差し、嘲るように笑った。
「ドブの臭いがあの赤狐にも移ってるようだし、売れるわけないよな」
「ちがいない、ちがいない」
どうやら俺を愚弄している冒険者は一人ではないようだ。
何人の冒険者が加担しているのかしらないが、例えこの建物中の冒険者が嘲り、陰口を叩いても、俺の心にはさざなみ一つ起つ事はない。
順番が回ってきたので、赤狐をカウンターの上に置いた。
「ドブ攫い」
「ヘドロ野郎」
「なめし皮野郎」
んん?今のは違うくないか?
「つか、あのドブくさいベンさんと一緒にいるから、こいつも臭いんじゃねぇか?」
はぁ?こいつ今なんて言いやがった?
皆のために、あえてあんな臭い仕事を30年もしているベンさんに向かって、こいつふざけんな。
俺の心は大洪水で、その水はすでに沸騰するほどに熱せられている。
もはや我慢の限界であった。
「お前ら、ふざけやがって。いいぜ、この、かつては聖剣の担い手と謳われたこの俺が、直々に相手してやるよ。文句があるやつはかかってこいや」
喧騒の中を俺の怒号だけが轟く。
しばし沈黙の後、周り中の冒険者がニヤりと笑って俺の方を向いた。
は?まさかこれ全員か?
そりゃ、反則だろ。
俺のこめかみを、冷たい汗がしたたる。
それでも後に引くつもりはない。
内心焦っていたが、それをおくびにも出すことなく、上等だと余裕の笑みを浮かべてやった。
次回は対人、対冒険者になります。
楽しんでいただけたら幸いです。
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