第107話:露天風呂に弱ぇー・・・
ティファニアの道案内で、俺達は森の最奥へと移動する。
迷いなく歩む道筋を一列になって進む。
ティファニアと違って夜目が効かない俺にはただ森の中を進んでいることしかわからない。
そもそも見えるのは木々だけなのだからなおの事である。
追っ手の気配はない。
どうやらティファニアは道案内をしながら千里眼を発動しているようだ。
まったく器用なものである。
そういえばリンカが妙に静かだ。
気になって様子を伺うが、暗闇の中ではよく見えない。
それでも目を凝らし、耳を澄ますと、小さな声でぶつぶつと何か独り言をつぶやいている。
「エルフ族の魔法は・・・・」
とか言っているので、どうやら先ほどの討論で何か参考にでもなったものがあったようだ。
森の中を進んでいるのに思考を止めようともしない。
こちらも器用なものである。
突然空気が変わった。
同時に目の前に石段が現れる。
「着きました。以前はここに古竜の亡骸がありました」
石段の頂上、祭壇を指さしてティファニアが言う。
なるほど。
古竜とは先日撃ち落としたやつのことだろう。
つまり、リーフ族は亡骸を媒体に古竜を復活させたのだろう。
改めて周りを見渡す。
「魔素が濃い」
「やはりわかりますか」
「これだけ濃いと、さすがにな・・・・」
魔素が濃いことは魔法を行使するのにうってつけである。
ただ、あまりにも濃過ぎると並みの魔法では思わぬ作用を働くことがある。
故にここだけ結界を張っていないのだろう。
「もう転移できましたが、ここどこだよ? ってところには行きたくないぞ?」
「転移魔法に影響があるかもしれませんか?」
「そうだな。せめてもう少し魔素を減らしたい」
ティファニアにしては詰めが甘かったようだ。
魔素が転移魔法にそこまでの影響があるとは思わなかったようだ。
さて、どうしたものか・・・・。
「はい、はーい。私に考えがありまーす!」
リンカが背伸びをしながら右手を上げる。
「できるのか?」
「はいー。要するに周辺の魔素を使ってしまえばいいんですよねー?」
「あぁ、まぁそうだが・・・・まさか」
言うより早くリンカは杖を取り出し魔法を発動させる。
リンカの杖を中心に、冷気が辺りを包む。
次第に地面も木々も凍り始めた。
「おい!」
「あ、大丈夫ですよ。ここだけは凍らないようにしてますから」
ここというのは祭壇である。
確かに祭壇には魔法の影響はない。
魔法の影響は・・・・だが。
森を凍らせるということは、生態系をぶっ壊すということである。
当然、エルフ族達にも俺達の居場所などもろバレである。
「大丈夫です。きっと明日になれば溶けてますよー」
何が大丈夫なのかさっぱりだが、リンカがしれっと言う。
俺もドン引きであったが、さすがにレーアもティファニアも少し引いていた。
まぁ、もう始めてしまった手前どうしようもないのだが。
そもそも周囲の魔素を取り込むなど高等技術である。
内包できる魔力量が多くなければ一瞬で魔力超過が起きれば昏倒する。
集める技術とそれを使う技術の両方が均等に配分できる卓越した技術の持ち主でしか成り立たない技法である。
相変わらず魔法に関しては無茶苦茶高性能だ。
しかしだ。
うー、寒い。
俺はもうあきらめ、かじかんだ手で地面に魔方陣を描く
そんな俺へレーアが手を差し出した。
どうやら温めてくれるようだ。
「すまない」
そう言ってレーアの手を握り返す。
「え!?」
「え?」
レーアが素っ頓狂な声を上げ、驚いた。
「あんた何すんのよ!」
我に返ったレーアが俺の手を振り払う。
「いや、手を温めてくれようとしたんじゃないのか?」
「ちっがーう! 毛皮のコートを預けてたでしょ? それを出して。早く!!」
ああ、アレね。
俺は魔法のポーチへ無理やり突っ込んだ毛皮を取り出した。
そういえばリンカのってあったかな?
まぁいいか。
既に魔方陣は書き終えている。
「いつでも行けるぞ」
俺は毛皮を二人に渡しながら告げる。
「準備できたそうです。急いで転移しなければリーフ族が来ます」
寒さに声を震わせながらティファニアが言う。
「はーい。思いっきり魔法が使えて大満足」
語尾に音符でも付きそうである。
「では八雲へ転移でいいですか?」
そういえばサヤと約束したんだったな。
ティファニアは皆が頷くのを確認すると魔方陣に魔力を込める。
魔方陣が一際輝きを放つ。
準備万端である。
「さっさとこんな寒いところとはおさらばでーす」
一人毛皮を羽織っていないリンカが一番に魔方陣へと足を踏み入れる。
そして、お前が言うなというツッコミ待ちの言葉を残して転移した。
「さてと、転移したら鱈腹肉を食べるとするか」
想像しただけでニヤけそうになる。
俺はリンカへ続いて魔方陣へと向かう。
そんな様子を見て、レーアが呆れたように言う。
「えらく楽しそうだけど、ミュレットから見ればあんたって最悪よね。せっかく召喚した古竜は撃ち落とすし、以前は暴言吐いたらしいし、今度は眠らせて盗みを働くし。私なら地の果てまで追って殺したいって思うわ」
え? っと思ったと同時に、俺の視界は森から街へと移った。
どうやら無事転移できたようだ。
振り返ると、レーアが現れる。
続いてティファニアが姿を現す。
「レーア、さっきの件だけど、やっぱりまずいことした?」
「もう転移してしまったし、今更戻ったところでどうにもならないわ。諦めるしかないわね」
レーアが良い笑顔で肩に手を置く。
同罪だろうと思ったが、何となくミュレットが恨むとしたら俺のような気がする。
・・・・うん。
とりあえず忘れよう。
そうそう出会うことはないだろう。
「あ! かえって来おった」
どうやら転移したのは以前泊まった宿の前だったらしい。
サヤは突進するようにティファニアの胸に飛び込んだ。
「サヤ、こんな夜遅くまで起きてて大丈夫ですか?」
「たまたまじゃ。何となくティファイアが現れるような気がして外を見ていたんじゃよ」
サヤは嬉しそうにティファニアの手を引き、宿へ入る。
俺達もそれに続いた。
どうやら宿の心配はないようだ。
「ご無事で何よりです」
女子と別れた俺を案内するのはサヤの護衛、確か名前はソウエンだったか。
苦労がわかる眉間に皺のある真面目そうなおとこである。
「ありがとう。泊まるところもありがとさん。ついでに肉料理なんて食べられたりしないよな?」
「さすがにこの時間は難しいです」
「ですよねー」
軽口をたたきながら以前泊まった部屋へたどり着く。
俺はソウエンに別れを告げて部屋に入ると勢いをそのままに全裸になった。
もちろん露天風呂に入るためである。
八雲にあるこの旅館は、なんと言っても部屋ごとに露天風呂が備え付けられていることである。
魅力以外の何物でもないこの旅館の特徴を過不足なく満喫するつもりだ。
「ふ~」
湯船に浸かった途端、極楽の吐息が漏れた。
「あ~、生き返る~」
貸し切り風呂で大の字になると、疲れが吹き飛ぶようだ。
本当に今日は忙しっかった。
決闘し、宴で酒を呑み、闇夜の森を逃避行。
挙句に晩夏だというのに極寒を体験し、やっと転移して八雲についたのはもう深夜をとっくに過ぎた頃であった。
それでも疲れがお湯に溶けていくように癒されるのが分かる。
しばしゆったりとした後、何の気無しに大の字の体を見ると、貧相な体とは不釣り合いなアイツが目に入った。
本当にこいつは一体何だろうか?
他の世界でもここまでのものはお目にかかったことがない。
プルン、プルン。
プルン、プルン。
手持無沙汰を解消するようにアイツをプルンプルンさせた。
なんとなく楽しくなってしばらくそうしていると、いつの間にか俺の意識は遠のいていった。