第106話:エルフ達でも酒に弱ぇー・・・
リーフ族の宴はルーンア族でのものとは全く違うものであった。
明らかに我々を歓迎していない雰囲気があり、非常に味気ない。
俺は目の前に並べられた山菜や果物を見ながら、苦笑いを浮かべていた。
会場は他の家に比べ比較的大きな建物の中だ。
居住している様子は見受けられないことから、おそらく集会場か何かだろう。
始まりこそ見張りの者以外、すべてのエルフ族がこの場に集まっていた。
しかし、いざ宴が始まると乾杯の音頭と共に酒を一杯飲むといつの間にか消えていた。
今では10名のエルフ族と我々4名だけのささやかなものになっている。
酒を一口飲む。
同じ果実酒ではあるが、ルーンア族のものと比べると数段劣っているように感じる。
初めはレーアとミュレット以外で会話をしているのはごく少数であった。
リンカはといえば、その少数に分類される。
自身の魔法論を実演と共にエルフ達へ披露している。
さすが腐っても魔法の民と言われるエルフ族である。
この場に残っている彼らは人族の魔法にも興味があるようで、リンカの言葉に耳を傾け、時折口をはさむ。
それは次第に熱を帯び、いつしか討論が開始された。
ふむ、ここまでくるとこれはリンカの意外な才能であるのかもしれない。
そんな感想を抱きながら、俺とティファニアは黙って宴を過ごした。
「それで、いつごろ子葉を受け取ることができそう?」
レーアの問いにミュレットは小さく息を吐いた。
「正直、そうしなければならないことは皆がわかっていると思います。ですが、規模は小さくとも一族でありしがらみというものは存在します。選択肢はなくても、自分たちが決めたのだということを知らしめたい方々もいますので協議は必ず必要になります。早ければ一週間ほどで結論は出るでしょう」
「一週間・・・・」
周りに聞こえないよう小声で話したミュレットより、さらに小さなつぶやきでレーアが言葉を吐いた。
聞き耳を立てていた俺も心の中で同様の言葉をつぶやいていた。
正直、こんなアウェーの地に一週間も居たくはない。
敵対心むき出しの目で見られるし、何より肉が食えない。
辟易しているとミュレット胸元から子葉を取り出す。
「これを手放す日が私の代で来るとは思いませんでした」
ミュレットは何かを想い出すように袋に入れられた子葉を眺める。
「大きさも色も同じなのね」
その子葉を見て、ティファニアがそっと漏らす。
「二つとも同じ樹のものですから」
ミュレットはそういうと袋を胸元に戻した。
なるほど。
世界樹の子葉はあそこにあるんだな。
そう思ったとき、一つの考えが浮かんだ。
俺はおもむろに魔法のポーチから酒瓶を7つ取り出した。
もちろん、酒はあの時の和酒である。
「これはライ皇国の和酒だ。めちゃくちゃうまかったから持ってきた。よかったら一緒に呑まないか?」
そういいながら酒瓶の蓋を開ける。
仄かに漂うフルーティーな香り。
米から作られたと聞いたが、どうしてここまで香りが良くなるのかまったく不思議である。
俺は残りの果実酒を一息に煽ると、空いた器に和酒を注いだ。
するといつの間にかレーアが空の器を差し出す。
どうやら自分のにも入れろということだろう。
俺は黙って和酒を器に並々と注いだ。
二人で顔を見合わせ、器をわずかに掲げる。
コツンと小さな音が響いた。
改めての乾杯である。
とろりとした滑らかな和酒が喉を通る。
途端に体が火照る。
果実酒とは違い、度数の高い本物の酒。
「やっぱりおいしいわね」
レーアが俺にはあまり見せてくれたことがないような笑顔を向ける。
一瞬ドキッとし、ごまかすように和酒を飲み干す。
レーアも同時に呑み終わったようで、俺はレーアと自分の器に和酒を注ぐ。
注いで酒瓶の口をミュレットに向ける。
ミュレットは物珍しそうに、しかし躊躇するかのようにゆっくりと器をこちらへ差し出す。
俺はこれでもかと、並々と和酒を注いだ。
ミュレットは匂いを嗅ぎ、少しだけ口へ含める。
そしてわずかに頬を高揚させながら目を見開く。
「あら、本当においしいです」
俺はレーアと顔を見合わせると、続きを促す。
ミュレットはそれに従い、和酒を味わうように呑み続ける。
その様子を見ていた他のエルフ族達も、興味深そうにこちらを伺っている。
「皆もどうだ?酒はまだまだあるぞ」
そう言って空になった器へ和酒を注ぐ。
ついでにまだ酒が入っている酒瓶を3本彼らの方へ置いた。
エルフ族達も最初は恐る恐るといったようであったが、一口呑むとその旨さの虜になり口々に和酒を褒めながらおいしそうに呑んでいた。
ここまでくれば、もうこっちのものである。
エルフ達は普段飲まない度数の高い酒を遠慮なく呑み干している。
彼らは知らない。
この酒が旨くて呑み易いと思ったが最後、予想以上に強い度数で一気に酔いが回るということを。
数刻後。
本当に和酒の栓を抜いてから数刻でエルフ達はダウンしてしまった。
なんと言うか・・・・、本当に予想通りの光景を目の前にして逆に驚いたくらいである。
「さて、これからどうする?」
俺の問いかけより早く、レーアがミュレットの胸元をまさぐっていた。
「確かこの辺に・・・・、あったわ」
レーアが笑顔で世界樹の子葉が入った袋を掲げる。
こいつマジか。
躊躇なく盗みを働きやがった。
袋の中身を確かめるレーアを、呆れ半分、驚き半分で見つめる。
「これでもう、後戻りはできんな」
小さくため息を吐く俺に対し、レーアが何言ってんだこいつ?といった顔で俺を見る。
「この作戦を思いついて実行したのはあんたでしょ? 酒を出した瞬間から後戻りなんてできないのに、何言ってんの?」
「え? 俺のせいなのか?」
「当ったり前でしょ? 目配せまでしといて、あんたが主犯。私は共犯よ」
さも当然といったようにレーアが言い切る。
これはあれだな。
もし捕まったら、トカゲのしっぽ切よろしく、躊躇なく俺の責任にされそうだ。
是が非でも捕まるわけにはいかない。
「セリア様、レーア。まだ見張り達はまだこちらの様子に気が付いていません。ですが、それも時間の問題だと思われます」
俺とレーアが生産性の無い掛け合いをしている中、ティファニアは周囲の様子を千里眼で確認していたようだ。
「このまま森を強行突破する・・・・っていうのはできると思うか?」
「難しいですね。土地勘もありませんし、今は夜ですから。間違いなく追いつかれ戦闘になります。もちろん、セリア様が全力を出してエルフ族を滅ぼすというなら可能だと思いますが・・・・」
いや、さすがに無理だろ。
全盛期の俺ならいざ知らず、今の俺ではティファニアとリンカと力を合わせても滅ぼせるとは思えない。
仮に滅ぼせるとしても、酒を呑ませて酔わせ、盗みを働いて追っ手を殲滅って、そんなのは鬼畜過ぎるだろ。
「さて、どうしたものか・・・・」
腕を組み、考える。
我ながら計画性の無さに呆れてしまう。
「なぁ、ここってやっぱり転移はできないんだよな?」
「はい。森を抜けないとできません。・・・・いえ、森の中でもできるところが一か所ありますが・・・・」
「うん? どこだ?」
「森の最奥。彼らの聖域です。一度行ったことがあります。魔法を阻害するような仕掛けは感じられませんでした」
「最奥か。まさか森から出るのではなく、奥へ向かうとは思わないだろうな。よし、ではそこへ行こう。で、見張りはどうする? 数は?」
「数は5人ですね」
「5人か。騒ぎが大きくなれば人も増えるだろうし、どうにか秘密裏に無力化したいな。それかバレないように欺くでもいい」
「それなら私に考えがあるわ」
俺達は顔を見合わせ頷き、この場はレーアに任せることにする。
「じゃぁ、任せる」
俺がそう言うと、レーアは徐に建物から外へ出た。
「どうせ見張っている人がいるんでしょ?出てきなさいよ」
少し大きめの声で発する。
マジか。
見張りをこちらから呼ぶとは思わなかった。
大丈夫かよ?
俺の心配をよそに、見張りの一人が姿を現した。
暗闇の中、よくよく見るとフーリエである。
「何のようだ?」
敵意を隠そうともせず、フーリエが問う。
「私達が持ち込んだ和酒を振る舞ったら、皆寝てしまったわ。もう今日はお開きだろうから、あんたどうにかしなさいよ」
レーアが芝居がかったように呆れた態度を見せる。
「まさか!」
フーリエは驚きの表情を浮かべ、急いで建物の中へと入る。
そこにはレーアの言葉通り、エルフ族達が倒れている。
「貴様ら、まさか薬でも盛ったのか?」
怒気をはらんだ声を上げ、フーリエは今にも剣を抜きそうな勢いである。
「あんたバカ?盛った人間がわざわざ誰かにこの状況を知らせると思う?」
ため息交じりにレーアが言葉を発する。
反論の余地のない言葉に、フーリエが言葉を詰まらせる。
「いいから、早く皆をどうにかしなさいよ。いくらまだ暖かいとはいえ、こんなところで寝てたら風邪でおひいてしまうわ」
フーリエが再度周りを見渡す。
エルフ族達は、皆思い思いの格好で寝ている。
そこには警戒心など皆無で、フーリエは額に手を当てため息を吐いた。
「わかった」
そう言うと、一旦外へ出て合図を送る。
すると残り4人の見張りが姿を現した。
「族長達が酔いつぶれた。私はこいつらを見張っておくから、お前達はそれぞれの家に事情を説明してこい。セビ爺とアーロン、それとクレックもか。彼らは家に誰もいないから、家まで連れていけ」
フーリエの指示に見張り達が頷き、すぐに行動を開始した。
指示は的確だった。
仮に2人で酔いつぶれたエルフ族達を対処し、残り2人で見張りを続行した場合、そこそこの時間を有する。
4人で行えば、ものの数分で事足りる。
だが、この数分が彼らにとっては命取りであった。
「ティファ!」
レーアが告げると同時に、ティファニアが動いた。
油断していたフーリエの背後に回り込み、手刀で無力化する。
彼は叫ぶ暇も無く、紐が切れた人形のように地面へ倒れた。
「さて、私達も行きましょう」
元気よくそう言ったレーアを前に、ただただ恐ろしさを感じるだけであった。