第104話:一発触発に弱ぇー・・・
馬車に揺られて2日間。
森の小道を馬車はひたすら進む。
ルーンアの森と、このリーフの森の違いが俺には良く分からない。
多分木の樹種も違うのだろうが、全く興味がないので同じにしか見えない。
ただ、ルーンアの森と違うのは外気温である。
暑い。
くそ暑い。
考えてみれば、俺がシュタットフェルト魔法学院を出た頃は初夏であった。
あれから一月経てばそれはもう、夏真っ盛りである。
森の中は木々が生い茂っているため、直射日光を受けることはない。
ただその分、風の通りも悪いため篭った熱が逃げることはない。
つまり蒸し焼き状態である。
俺は御者台に座りながら、目の前の健気に進む馬を見る。
適度に休憩を取らせ、冷たい水を捧げる。
それでも体力は徐々に弱くなっているのが分かる。
もう一度言う。
今日で2日目だ。
「お前も大変だな」
語りかけながら、手を伸ばし、馬の首筋へ魔法による冷気を送り込む。
俺の魔力では常時使用することができないため、これも状況を見極めて行っている。
ちなみに、魔改造された馬車には浮力を操作する魔法も付与されている。
これにより、馬車自体も俺達も馬に重さはかかっていない。
そう考えれば、すこぶる良い働き先のような気もする。
そんなことを考え、俺は再発し鈍痛を伴う腰をさする。
「セリア様、そろそろリーフ族の結界に入ります」
馬車の窓が開き、ティファニアが声をかけてくる。
同時に、涼しげな清風がそこから流れ出てきた。
くそ!
馬車の中は冷房完備かよ。
釈然としないながらも手を挙げて答える。
やっとリーフ族の領域に入ったか。
早く用を済ませて馬車の御者から解放されたい。
ゆっくりとため息を吐く。
その瞬間。
木陰から木陰へ何者かの影が見えた。
集中して気配を探れば、辺りに何者かがいる。
「囲まれたか・・・・」
元々彼らの勝手知ったる森である。
地の利が向こうにあれば仕方が無い。
ティファニアが何も言ってこないのだから問題ないだろう。
そう結論付けて馬車を駆る。
「止まれ!」
怒声と共に、馬の前を二人のエルフが立ちふさがった。
たずなを引くと、けたたましい声と共に馬が止まった。
危うく轢くところである。
エルフ族の二人は共に男である。
人族の基準で言えば、超絶イケメンといったところか。
本当にエルフ族はどこでも美男美女の集まりである。
「下等な人族が何故我らの森へ足を踏み入れる」
うわっ、いきなり下等とか言ってきやがった。
というか、こいつ見たことがあるような気がする。
確かリーフ族の族長の隣にいたやつだよな?
でも、こいつは俺のことに気づいていない。
たぶんエルフ族から見れば人族なんて区別がつかないのだろう。
「相変わらず、あなたは相手の力量を測ることができないようですね、フーリエ」
呆れた声と共に、ティファニアが馬車から姿を現した。
「き、貴様は裏切り者のティファニア!」
ティファニアの姿を見定めると、フーリエは激昂し剣を抜く。
「本当に、愚かですね」
ティファニアが両手に『原初の炎』を宿す。
フーリエともう一人のエルフがたじろぐ。
彼らも魔力に長けたエルフ族であるため、その魔法がどの程度のものであるか測れてしまったのだ。
「セリア様に感謝しなさい。あの方がその気になれば、あなたたちなんて灰も残りません」
侮蔑の視線を向け、ティファニアが両手を下ろす。
フーリエは俺とティファニアを交互に見ると、忌々しげな表情を浮かべる。
「ついて来い。用があるのは族長だろう?」
そう言うと踵を返し、森の奥へと歩き始める。
「いいのか?」
いきなり印象悪くして大丈夫か? と問う。
「問題ありません。礼は尽くしますが、卑下する必要はないでしょう。そもそも、セリア様によって世界樹を復活させていただけるのですから平身低頭こそすれ、高圧的な態度で接せられるのは許容できません」
相変わらず思考が極端である。
処世術というものがこの世にはあってだな・・・・と、小一時間説明してやりたくなった。
だが、俺より世渡りに長けたレーアが何も言っていないのだから問題ないのだろう。
問題ないよな?
俺達はフーリエについて森の奥へと進む。
他のエルフ族は見当たらない。
だが、もうわかっていると思うが既に周りは囲まれている。
これもまた、どこのエルフ族でも同じである。
しばらく進むと森が拓け、リーフ族の村が現われた。
その入り口には、あの時の族長がいる。
確か名前はミュレットだったはずだ。
俺達は馬車から降りると彼女と対峙する。
「ティファニア、よくここへ来ることができましたね」
ミュレットの口調は穏やかであるが、内容は純粋な皮肉である。
「私は間違ったことをしたつもりはありませんので」
真っ向からミュレットを見つめるティファニアに、後退の二文字はない。
しばらく睨むように見つめる両者であったが、先に折れたのはミュレットである。
「それで、何の用かしら?」
「セリア様へ世界樹の子葉を渡して欲しいのです」
「セリア様?」
そこでようやくミュレットの眼が俺を捉える。
顎に手を当て、一瞬思案すると瞳を見開いた。
「あなたは、あの時の無礼な人族!」
これまで表面上は穏やかを演出していたミュレットの表情が変わる。
怒りの篭った顔で、眼は親の仇を見るようである。
やっぱり怒っているよなー。
そりゃそうだよなぁ。
だが次の瞬間にはミュレットの表情に怒りは無かった。
変わりにあったのはこれでもかと言わんばかりの嘲笑である。
「あなたは一ヶ月前に自分が何と言ったのか覚えていないのですか? それとも人族というのはそんな寸瞬前の言動さえ覚えていないほど愚かですか?」
ミュレットが半笑いで言う。
「覚えていないはずがないだろ」
「ではもう一度言ってみなさい。えぇ? あなたは何と言いました?」
くっそ。
だから嫌だったんだよ。
こいつ完全に俺のこと馬鹿にしているだろう。
最早黙って下を向くしかない。
ティファニアが口を開こうとするのを手で制す。
彼女の言葉は火に油を注ぐだけにしかならないからだ。
ここは耐えるしかない。
「何があろうと、お前らの助けなど借りないし、必要もない! でしたか? そこまで言っておいて世界樹の子葉をくださいとは、厚顔無恥も甚だしい。そもそも、私たちにとっての心の拠りどころは古竜と世界樹の子葉の二つです。その内の一つである古竜を奪っておいて、今度は子葉を寄越せとは片腹痛い」
ミュレットが片手を挙げる。
すると、家や木々の陰から十数人のエルフ族が姿を現す。
彼らは一様に眼が血走り、殺気だっている。
こりゃ、一戦しなければ収まらないかもしれない。
それだけは勘弁して欲しいということで耐えていたのだが。
「リーフ族、族長ミュレット。あなたが先ほどから馬鹿にしておられるのは古竜さえ一撃で屠った真の英雄にして神の使いであらせられるセリア様ですよ? それに私が加わり、レーアやリンカまでいます。そもそもあなたに選択肢はありません。こちらとしては力ずくで子葉奪ってもよかったんですから」
ミュレットを睨み付けるティファニア。
同族殺しを厭わない、覚悟があった。
「なんだか良く分かりませんが、私も戦えばいんですよねー?」
リンカも杖を出し、臨戦態勢を取る。
俺はチラッとレーアを見た。
彼女は険しい顔をし、拳を握り締めている。
額には汗が滲んでいた。
どうやら開戦反対は俺だけではなかったらしい。
そういえばレーアも俺と同様脳筋ではなく、頭脳派だったな。
睨み合い、一発触発する状況の中、忍び足でレーアへ近づいた。
ここは交渉担当であるレーアの出番だ。
「レーア、ここをどうにか穏便に済ますことはできないか?」
小声で問いかける。
「無理よ。と言うか、あんたが余計なことをしたからこんなことになったのよ? 私だけその場にいなかったから分からないけど、あの怒り様は相当なものよ?」
「だよなー。頭を下げれば収まるか?」
「それだけじゃ無理よ。・・・・そうねぇ、私が小声で言うからその通りに言ってみて」
了解したと、大きく頷く。
「族長、ミュレット様。その説は愚かな私めが不快な言動をしてしまったこと、大変申し訳なく思います。全面的に私が悪く、もし、煮るなり焼くなりしていただいて溜飲が下がるなら好きにしていただいて構いません。――――え?」
えぇ?
何てこと言わせるんだ、こいつは!
俺の言葉に皆が驚き、俺を見る。
それ以上に言った本人である俺が驚愕し、レーアを見た。
「そうですか。ではお言葉に甘えさせていただきましょう」
そう言うと、ミュレット手を前に向かって振り下ろした。
その瞬間、一本の矢が俺の心臓目掛けて飛来した。
とっさのことで反応できなかった俺の脳裏に浮かんだのは、煮るでも焼くでもねぇじゃねーか! というツッコミであった。
カーン!
甲高い音と共に、寸でのところで矢を剣で叩き落としたのはティファニアであった。
ミュレットが悔しげな表情を見せる。
おいおい、状況は全く改善されていないのだが。
相変わらず一発触発状態である。
そんな状況で、レーアが初めてミュレットへ声をかけた。
「あなた方の怒りも最もだと思うわ。だって、この人はいつも先のことまで考えらず行動するし、愚図で冴えないおっさんだから。でも、そんな彼に私達は頼るしかない。この人しか、魔王を倒して世界を救うと本気で考えている人はほかにいないのだから。ルーンア族の方々もそれが分かったからこそ未来を託して彼らが持つ子葉を渡したのよ。だからリーフ族の皆さんも、将来についての建設的な話し合いをしましょう」
途中まで泣きそうになりながらレーアの言葉を聞いていた俺であるが、彼女が俺のことをそんな風に思っているとは思わなかった。
ちょっと感動した。
「建設的な話ですか?」
相変わらず人族を下に見ているような節があるミュレットだが、レーアの言葉に少しは興味をそそられたようだ。
「はい。決して悪い話ではないはずよ」
レーアが一瞬だけニヤリと笑った様な気がした。
どうやらここからはレーアのターンになりそうである。
俺はいつでも援護できるように、魔法のポーチにある酒瓶の数を確かめた。