第103話:和酒(?)に弱ぇー・・・
一騒動が治まった後、結局俺達もサヤ達と同じ旅館で泊まることになった。
彼女はこの街の代官だそうで、この旅館が気に入ってからは一室をずっと借りているとのことだ。
まぁ確かに、この旅館は広く、清掃も行き届いている。
それに何といっても各部屋に温泉風呂が備え付けられている。
ここに泊まっていたいのも分かるというものだ。
一旦それぞれの部屋に別れた後、サヤに誘われ大広間で食事をすることになった。
温かい料理は久々である。
八雲が内陸にあるため、料理も魚より肉がメインだ。
俺は久々の肉料理に舌鼓を打ちながら黙々と頬張る。
横目でティファニアの料理を見ると、彼女には特別に山菜や果物がメインの創作料理が並べられていた。
サヤの気遣いには頭が下がる思いである。
あらかた食事を終えると、酒が振舞われた。
珍しい米から作られ、トロッとした舌触りの飲み易い酒である。
以前の世界で飲んだ『和酒』に似ていた。
俺は横でサヤとティファニアが近況を、報告しあうのを聞きながら酒を楽しむ。
彼女達の話を要約すると、ティファニアはメデゥカディア島から出立した後、このライ皇国へたどり着き、サヤと出合ったそうだ。
それでティファニアとサヤはライ皇国を共に旅し、最後にたどり着いたのが、ここ八雲とのこと。
ティファニアがエルフの森であるリーフの森へ向かうため、再会を約束しここで別れたそうだ。
それからサヤはティファニアが戻ってくるのを待っていたらしいのだが、リーフの森の近海からエルフ族を乗せた船が出帆した情報を聞き、一旦は八雲を離れたそうだ。
それから一月も経たずして、エルフ族の船がリーフの森へ帰ってきたことを知る。
もしかしたらティファニアが帰ってくるかと思い、サヤも八雲へ戻ってきたとのこと。
ただ、いくら待ってもティファニアは現われない。
そうこうしている内に、彼女の父親であるライ皇国皇帝からサヤへ代官の任を命ぜられたそうだ。
それでまぁ、今に至るらしい。
ところどころ『移動魔法車』とか良く分からない言葉が出てきたのが気になるが。
「それで、ティファニアはこれからどうするのじゃ?」
自分のことを話し終えたサヤがティファニアへ尋ねる。
「私達は西の森、つまりリーフの森へ向かいます」
「なんと! そこから戻ってきたのではないのか?」
「そうですね。話せば長くなるのですが――――」
今度はティファニアがサヤと別れてからのことを話し始める。
別段隠すような話でもなかったため、口を挟むことはない。
他国の内情の話であるが、口止めをされたわけでもないしな。
件の古竜討伐の話になると、サヤが身を乗り出して聞き入っている。
ただ、物語が核心へ至るにつれ、サヤが俺を凝視するようになった。
どうやらその話を聞いてもまだ、俺への疑いは晴れないようだ。
「改めて確認するぞ? こやつが神の使途で、この世界の救済者だというのじゃな? で、ティファニア達は魔王を倒す旅をしていると。その過程でまずは世界樹を復活させるために戻ってきたということじゃな?」
「そうです。それが私達エルフ族の悲願ですから。セリア様ならそれを叶えていただけます」
「ふむ・・・・。また、行ってしまうのか」
「はい。今度は北部の魔王の支配領域へ向かいます」
それはつまり、今生の別れを意味する。
「嫌じゃ、嫌じゃ。わらわはもう少しティファニアと一緒にいたいのじゃ!」
サヤは駄々っ子のように首を振る。
歳相応の振る舞いであるが、サヤのことを知る人物であればこのような行動を彼女が見せたことに驚くだろう。
「おい、お主」
ん?
ほろ酔いかげんでまどろむ俺の方へ、サヤが声をかけた。
俺は自分の後ろを見やる。
――――誰もいない。
「お主じゃ、お主」
どうやら俺のようだ。
「にゃんだ?」
しまった! 既に呂律が回っていない。
「おい、ティファニア。こやつは大丈夫なのか?」
呆れた顔のサヤに対し、ティファニアは笑顔で頷く。
「全く問題ありません。仮に今、竜に襲われてもセリア様なら一撃で屠ることでしょう」
いや、それは無理だろ。
そうツッコミを入れようと思ったが、今の状態でうまく言葉を紡げる自信がないので黙っていた。
「本当かのぉ? まぁ、良い。お主、リーフの森での用が済んだら、ここへ戻ってこられぬか?」
サヤの問いかけを頭の中で反芻し、意味を理解するために噛み砕く。
それでもなお、疑問が頭に浮かんだ。
「何で?」
お! 今度はうまく言えた。
「そ、それはじゃなぁ。・・・・そうじゃ、特別に魔法移動車に乗りたくはないか? 我がライ皇国が誇る高速移動の真髄である魔法移動車。乗りたかろう?」
誇らし気に腕を組むサヤ。
ふむ、魔法移動車か・・・・。
名前から察するに、魔法で動く馬車のようなものだろう。
以前の世界でも似たような機構の車が存在した。
その速さは馬を遥かに凌駕していた。
であるなら、この世界の魔法移動車はいったいどのようなものだろうか?
気になる。
めっちゃ気になる。
「乗せてくれるのか?」
俺の問いに、サヤが勝ち誇ったような顔をする。
「もちろんじゃ。その代わり、皇都へ一緒に来てもらうが問題ないか?」
あれ? 戻ってきたら乗せてくれるって話だったが、なぜか条件が追加されている。
まぁいいかと、承諾を口にしようとしたらティファニアが険しい顔で首を振っている。
どうしたのだろうか?
更に口パクで何かを伝えようとしている。
「・・・・」
はははー、さっぱりわかんねぇ。
俺は苦笑いで首を傾げるとサヤに向き直る。
「交渉成立だ」
「おぉー、そうかそうか。これでまたしばらくティファニアと一緒に居れるな!」
心底嬉しそうなサヤを見て、俺は良いことをしたと確信した。
ただ、気になるのはティファニアの顔が若干青いことである。
飲み過ぎじゃないか?
まぁ、この酒は美味過ぎるから仕方が無いな。
それからの俺は、また和酒に似た酒を堪能する。
翌日、すさまじい二日酔いに襲われることを、この時の俺はまだ知らない。
八雲の朝は日の出と共に始まる。
皆が規則正しく活動的で、体内時計でも内蔵しているのではないかとさえ思う。
実は、これは八雲に限った話ではない。
ライ皇国自体がそういった文化である。
品行方正。
四角四面。
謹厳実直。
これらは全てライ皇国、国民を現す言葉だと万人が思うはずだ。
ただ、俺の一日は呻き声から始まった。
真面目な彼らとは正反対で、日が高く昇った頃に激しい頭痛と吐き気で目覚めたのだ。
「うぅ・・・・、誰か、水。水をおくれ!」
部屋から出るとゾンビのように廊下を這う。
くそっ。
あの酒悪魔の飲み物に違いない。
間違いなくうまい。
うまいからこそいくらでも飲める。
止められない、止まらない。
その結果これである。
「うわっ! セリアさんが死んでまーす!」
ちょうど通り掛かったリンカが大声を張り上げる。
やめろ! 頭に響く!!
もはや言葉にする力もなくジェスチャーで示すが、当然リンカに伝わるはずが無い。
「・・・・水」
最後の力を振り絞り、声を発する。
「あ! わかりましたー」
その瞬間、たらいでもひっくり返したかのように、頭上から水が降り注いだ。
服はびしょ濡れ。
床も同様。
ただ、若干頭が冴え、吐き気が治まった。
やり方は気に入らないが、それだけは感謝したい。
リンカは俺を指差して笑っている。
前言撤回。
こいつに感謝など不要だ。
絶対わざとやっているに違いない。
「おい、リンカ。さすがにやりすぎじゃないか?」
怒気を抑えながら言った。
「やっぱりそうですかー?」
リンカはそう言うと、右の手の平を頭上にかざす。
すると俺の髪から滴る水玉も、床にばら撒かれた水溜りも、水に属するあらゆる液体が収集されていく。
集まった水は見まごうことなきたらい一杯分である。
リンカは集めた水へ左手を添える。
すると水の塊は複数に別れ、それぞれ廊下の花瓶や庭の花へ注がれた。
魔力操作はさすがの一言である。
「セリア様、どうかされましたか?」
慌てたティファニアが現われる。
そして俺とリンカを見る。
しかし別段変わった様子はない。
けれど二人が纏う空気が微妙で首を傾げていた。
「おぉー。遅かったのぉ」
旅館の外へ出ると、レーアやサヤ達がいる。
馬車もあることから、準備は万端のようだ。
「すまない。昨日飲み過ぎたようだ」
平謝りしながらレーアの様子を伺う。
怒っているだろうか?
「はい」
するとレーアはポーションを差し出してきた。
今日は雨だろうか?
「えっと・・・・なして?」
受け取りながらも疑問を呈する。
「レーアもさっき起きたんですよ。それで酷い二日酔いでしたからポーションを飲んでました」
ティファニアの解説で理由が分かった。
俺はお礼を言うとポーションを一息に飲み干す。
これで完全に頭の靄が取り除かれた。
「それじゃぁ、約束通りわらわ達はここで待つ。約束を違えるでないぞ?」
サヤが凄んだ眼で俺を見るが、まったく怖くない。
俺は微笑ましく思いながら頷いた。
「もちろんだ。魔法移動車ってやつを楽しみにしておく」
「うむ」
今度はサヤが頷く。
「じゃぁ、行きましょう」
レーアが出発の号令を発する。
「ちょっと待ってくれ。これからリーフ族に会いに行くんだから、やっぱり手土産の一つでもあった方がいいんじゃないか?」
「セリア様、何かございますか?」
「ちょっと待ってろ」
そう言って俺は再度旅館へ戻る。
しばらくして、俺は手ぶらで戻ってきた。
「何をしてきたのよ?」
「これだよ。こ、れ!」
いぶかしむ皆へ向けて、マジックポーチから一本だけ瓶を取り出す。
「なるほど。これですか」
「どうだ? いいアイディアだろ??」
俺がニヤリと笑うと、つられて三人が笑う。
これで本当に準備万端である。
俺達はサヤ達に別れを告げ、八雲の街を後にした。
これから向かうリーフ族へ暴言を吐いた手前、会うのは気が引ける。
けれどこの悪魔の飲み物があれば許されるのではないかと、何故か根拠の無い自信だけが芽生えていた。