第102話:ロリっ子より弱ぇー・・・
「ここはどこだ?」
辺りを眺め驚愕する。
この世界で立ち寄ったどの街とも違う。
街並み、文化、服装。
以前いた世界でも似たような街を見たことがあった。
独特な文化も、変わった慣習もそこと瓜二つである。
「そういえば、和服はコウも着ていたな」
ならば、ここは彼の出身国だろうか?
「セリア様、どうかされましたか?」
俺の呟きにティファニアが尋ねる。
「どうか? というか、ここはどこだ?」
当たり前の疑問を口にする。
先ほどまで俺以上に辺りをきょろきょろと見渡していたレーアとリンカがこちらへ視線を向ける。
「ここはライ皇国の街です」
「ライ皇国!?」
反応したのはレーアであった。
俺はやはりといったように頷く。
リンカは・・・・こいつは分かっているのかいないのか、よく分からない。
「ライ皇国といえば、メデゥカディア島と海路で繋がっている国だよな? ティファはそこへ向かったのだから、当然と言えば当然だな」
俺の言葉にティファニアが頷き、肯定の意を表す。
「ここがリーフ族の森に一番近いライ皇国の街の『八雲』です」
八雲、八雲、八雲・・・・と、レーアが小声で繰り返す。
どうやら聞いたことがある地名のようだ。
「あのー、そろそろ移動した方がいいですよー。なんか、注目されてるみたいですー」
のんびりというリンカの言葉を受け辺りを見渡すと、確かに視線を感じる。
それも一人や二人ではない。
街中の人々から視線を向けられている。
しかも、俺達に悟らせないように横目で見ている節がある。
まぁ、バレバレだが。
「なんだ、この街? 気分悪いな」
俺は眉を潜める。
そもそも、突然転移してきたのだから不信に思うのは当たり前である。
それを差し引いたとしても無言で監視されるのは不快である。
せめて騒ぎ立てるとか、話しかけてくるとかしてくれた方がまだマシだ。
「いえ、この街だけでなく、この国がそういう国です」
ティファニアが、まったくフォローになっていないフォローをする。
「とにかく、さっさと宿を探しましょう。ティファニア、お勧めはあるの?」
早くこの場を去りたいのだろう。
レーアがティファニアへ問いかける。
「はい。一軒だけ知っています」
そう言ってティファニアが歩き出す。
俺達は彼女に続いて歩き始めた。
もちろん、馬も間改造された馬車も一緒である。
着いた先は大きな旅館であった。
庭は手入れされ、純和風といった外装をしている。
「ほう・・・・」
思わず感嘆の声が漏れた。
俺にとっては懐かしくもあったが、それ以上にセンスが良いように思えたからだ。
「では、さっそく」
「突然現われたという異邦人とはお主らのことか?」
俺の言葉を遮って、旅館から一人の少女が現われた。
美しい黒髪に、整った顔。
何となく誰かと似ているような気がしたが、ここまで人形みたいな人は見たことがないので勘違いだろう。
「サヤ!」
「ティっ、ティファニアではないか!!」
ティファニアにサヤと呼ばれた少女は、靴もはかずに旅館から飛び出すとティファニアに飛びついた。
「おー、おー、おー。ティファニアじゃ。本物のティファニアじゃ」
サヤは嬉しそうにティファニアの胸に顔を埋める。
ティファニアは優しくサヤの頭を撫でた。
「おい、ティファ。その子は誰だ?」
ぞんざいな言葉に対し、サヤが俺へ鋭い眼差しを向ける。
「お主こそ誰じゃ? わらわのティファニアにティファなどと愛称で呼ぶとは!」
どうやら怒っていらっしゃるようだ。
同時に、強烈な殺気を感じた。
見るといつの間にかティファニアとサヤの側らに一人の女中がいた。
強烈な殺気は彼女からである。
これは、只者ではないな。
今の俺ではまず勝てないだろう。
俺の背中を嫌な汗が伝う。
「サヤ、彼はセリア様です。神が使わしたこの世界の救済者であり、魔王を倒す英雄です」
ティファニアの言葉に、サヤが俺を上から下、下から上へと推し量るように見る。
「こやつが英雄だと? ただの冴えないおっさんではないか。ティファニアにしてはつまらない冗談だな」
サヤが半笑いで首を振る。
レーアとリンカはもうこの反応に慣れたのか、まったく興味なさそうに馬車で荷物の整理を始めている。
かく言う俺もこの反応にはもう慣れた。
訂正するのも面倒だし、別に誰かに英雄だと認められたいわけでもない。
俺は俺自身が何者か知っている。
それで十分だ。
だからもう、どうでもいいから早く旅館で休みたい。
「ふーむ、ふーむ・・・・は!? まさかティファニアよ。まさかとは思うが、こやつがそなたの想い人ではなかろうな?」
疲れと腰痛で腰をさすりながら黙っている俺に対し、サヤが言う。
「えぇっと・・・・その・・・・、まだ想いを伝えてはいませんが・・・・」
頬を赤らめるティファニア。
は? こいつマジか?
確かに慕われている感じはしたが、さすがに豚に真珠、月とスッポンである。
そもそも、イケメンの俺であればモテモテだが、このおっさんの姿に好意を寄せるものなどいるはずがないと思っていた。
「ティファニア!! あんた、本気だったの?」
今度はレーアが驚きを表す。
どうやら荷物の整理は終わったようだ。
レーアは、ティファニアのこれまでの態度は英雄である俺をたてているだけだと思っていたようだ。
「・・・・はい」
顔を真っ赤にしたティファニアが俯きながら答える。
その姿を見ていると、なんだか俺も恥ずかしくなる。
その瞬間、周囲の空気が凍った。
いや、実際に凍ったわけではないが殺気が満ちたと言ったほうがいいだろう。
これまでの経験から、俺は自分の身が危ないことを悟り身構えた。
「遅いわ!」
先ほどまで数メートル離れた位置にいたサヤが、一瞬で俺の懐に飛び込んでいた。
俺の体はそれに反応できない。
どうにか眼球で彼女の動きを捉えるのが精一杯だ。
サヤの手には一振りの短剣が握られている。
いつ抜いたのかも分からない音速の動き。
明らかに俺の腹を掻っ捌く気満々である。
これはさすがに死んだか?
それともギリギリ、レーアの最高級ポーションで回復できるだろうか?
などといった考えが脳裏を駆け巡る。
「なりません!」
瞬間、側頭部に衝撃が走った。
誰かが俺の側頭部を殴ったのだろう。
ものすごく痛かったが、それによってサヤの短剣を間一髪のところで逸れた。
「うっくっ」
痛みに呻きたたらを踏む。
どうにか踏ん張ろうとしたがダメだった。
踏ん張りきれない右足がすべり、反動とは逆に倒れ込んだ。
つまりさっきまで俺がいた場所へ・・・・。
不幸は続くものである。
目の前にはサヤがいて、俺は彼女を押し倒すように倒れ込んだのだ。
誓って言う。
これは不可抗力であると。
一瞬時が止まった。
静寂が辺りを支配する。
俺の目の前には作り物のような大きな黒い瞳が二つ。
俺の両手は彼女の両腕を押さえている。
これは・・・・まずくないか?
やばいと思いレーアの方を見る。
すると、般若のような顔で俺の方へ駆けて来るのが見えた。
殴られる。
そう思った俺は完全に油断していた。
「きゃーーー!!!」
歳相応の可愛らしい悲鳴と共に、サヤが足を蹴り上げた。
彼女の足は俺の巨漢の息子・・・・つまり『聖剣』へクリーンヒットした。
「がはっ・・・・」
俺は肺の中の空気を全て吐き出した。
俺の手が緩んだと見るや、サヤが素早く抜け出す。
彼女は『聖剣』を両手で押さえる俺を見下ろすと、短剣を振りかぶる。
サヤの腕を今度はティファニアが掴む。
その一連のやり取りを気にする余裕など俺にはなかった。
痛い。
とにかく痛い。
まるで芋虫のように地面に這い蹲り、両の手で股間を押さえる。
「うぅっ・・・・うぅ・・・・・」
どうにか痛みに耐えようとするが、自然と涙が出てくる。
この時ほど巨漢の息子を恨めしく思ったことはない。
さすがのレーアも追撃を諦めたのか、芋虫の俺を見下ろすだけであった。
しかも顔は気持ち悪そうに引きつっている。
ティファニアはサヤの腕を握ったままオロオロと右往左往している。
ここまでは仕方ない。
しかし、リンかだけは違う。
彼女は俺を指差して笑っていやがる。
くそっ。
こいつだけはユルシガタシ!!
涙目で悶絶しながら、恨みの矛先はリンカへ向かうのであった。