第97話:かつての持病より弱ぇー・・・
まぁ、こうなるだろうなぁと予想はしていた。
エルフ族の里に足を踏み入れた途端、エルフ達に囲まれた。
彼らのことだ。
目に見える範囲のエルフ達は武器を抜いていないが、たぶんどこからか弓で狙っているだろう。
彼らにとって俺達は招かれざる客である。
いや、ティファニアには招かれたんだけどな。
ティファニアが馬車から降りても、その状況に変化はない。
さすがのティファニアも、眉間に皺をよせ、青筋が見えるようである。
「随分な歓迎ですね」
この状況に対し、ティファニアが怒っているのが分かる。
彼女からしてみれば、せっかく「聖剣の担い手」を連れてきたのにこんな扱いを受けたのだから。
一人の女性が歩み出てくる。
スラリとした美人で、どこかティファニアに似ているような気がする。
「ティファニア、よく帰ってきました。それで、人族に現われたという『英雄』には会えたのですか?」
その言葉には、どこか冷たい印象を受ける。
「見てわかりませんか?」
ティファニアも挑発的な物言いをする。
エルフ族の女性は俺、レーア、リンカを見るが首を傾げた。
どうやら見てもわからないようだ。
まぁ、そうだろうな。
レーアは明らかに戦闘タイプではないし、リンカは魔法使いにしか見えない。
古来より魔法に優れた種族であるエルフ族からすれば、人族の魔法使いなど見下してしかるべき存在である。
それで、俺はと言えば・・・・まぁ、あれだ。
どこからどう見てもただのおっさんである。
「分かりません。それとも、その英雄というのは可視できない存在なのですか?」
どこか嘲るような声で女性が言う。
ティファニアは一度俺の顔色を伺い、申し訳なさそうな顔をするとエルフ達へ向き直った。
「本当に無礼ですね。いいですか? こちらに居られるお方こそ、聖剣の担い手、現世の英雄であるセリア様です」
ティファニアが怒りを押し殺した声で俺を紹介した。
すると、エルフ達の間で小さくないざわめきが起きた。
しばらくして、一人のエルフ族の男が手を挙げた。
「ティファニア、あなたが偉大なルーンア族一の戦士ということを承知で言わせてもらうが、その冴えない中年の人族が、私たちが探していた『英雄』であると?」
「そうです」
ティファニアが即答する。
「強そうどころか、見るからに弱そうだが、本当に『英雄』なのですか?」
今度は別のエルフ族の男が言う。
「そうです」
「そのおっさんはこの里へ来る道中、馬と会話するほどやばい奴だぞ?」
「そう・・・・・え?」
ティファニアが俺の方を見る。
いやー、だって誰も話し相手いなかったし、暇だったから仕方がないだろ!
俺は引きつった笑みを浮かべるだけであった。
「ティファニア、本当にその人が『英雄』で間違いないのですね?」
先ほどの女性が改めて尋ねる。
「はい。それは間違いありません」
ティファニアの返事の「それは」という言い方は気になるが、とにかくこの微妙な空気をどうにかしなければ話が前に進まない。
チラッとレーアを見ると、彼女は死んだ魚のような瞳で俺を見ていた。
どうしようか思案している間に、エルフ族の女性が俺の目の前へ歩いてきた。
「今はまだ、にわかに信じられませんが。ようこそ、エルフの里『ルーンア』へ」
女性は僅かに笑みを見せる。
その姿は本当にティファニアを彷彿とさせるものであった。
この女性はどう考えてもティファニアの親族だろう。
普通の人族ならば見分けられないかもしれないが、俺くらいエルフ達と交流を深めた者にしてみれば容易くその特徴を掴むことができるのだ。
さて、ということは、だ。
エルフ族は成人まで成長したら、そこから人族のように歳相応に老けることはない。
彼の種族は長寿であり、さらに言えば成人の期間が異常に長いことが特徴だ。
だからこそ、以前いた世界でもエルフ達の年齢を当てることは不可能に近かった。
それゆえ、「お姉さんだと思ったらお母さんだった!」ということが多々ある。
もはやこれはお約束のパターンだ。
一拍の後、俺は自身の経験と思考から導き出される答えを口にした。
「もしかして、ティファニアの母君でしょうか?」
できるだけ紳士に、英雄のように尋ねた。
その瞬間、世界が凍った。
ティファニアも、目の前の女性も、その後ろに控えるエルフ達全員が固まった。
唯一息をしているのはレーアとリンカくらいである。
あれれ?
これはもしかして間違ったのか?
「セリア様、こちらは私の母ではなく、姉のエーレミアです」
やはり間違ったようだ。
うーん、エルフ族はやはり見た目ではわからんな!
「改めて、エーレミア、よろしく」
エーレミアは光のない目で一度だけ頷くと、肩を落としてエルフ達の元へ戻っていく。
去り際、「私は老けて見える・・・・私は老けて見える・・・・」と、呪文のように呟いていたのが聞こえたような気がした。
なんだか申し訳ないことをしてしまった。
「セリア様、レーア、リンカ。長旅で疲れたでしょう? 私の家で少しゆっくりしてください」
ティファニアが先頭に立って歩き始める。
他の世界ではエルフ族の里など、いくつも見て来た。
しかし、この世界では始めてのことなので興味はある。
俺は自分の見識との差異がどれほどあるか気になる。
「おい、待てよ!」
俺達の行く手を一人の男が立ちふさがった。
エルフ族にしては筋肉質で、その眼光の鋭さから間違いなく戦士だと分かる。
「何ですか?」
「何ですか? じゃねーよ。そんな奴が英雄だとは到底信じられねー。そうだろ? 皆!」
そこにいるエルフ族全員ではないが、多くが男の言葉に賛同する。
「それならどうしろと?」
「決まってるだろ。俺とそいつで力くらべをしようや」
どうやら男は俺と戦いたいらしい。
また、面倒なことになった。
「どうしてあなたが?」
話にならないとでも言うように、ティファニア首を振る。
「当然、婚約者であるエーレミアを馬鹿にされたんだから黙っちゃいられねーよ」
男は射殺すような視線を向けてくる。
いや、馬鹿にしたわけれはなくて、裏をかいたら間違えただけなんだがなぁ・・・・。
どうしようか思案している間に、エルフ達の中では戦うことが規定路線となっているようだ。
いや、今の姿ではどう考えても勝てないだろ・・・・。
どうにかして戦いを回避できないか考えを廻らせる。
「セリアさん、がんばってくださーい」
あほの子リンカが元気な声で応援する。
くそ、こいつは人の気も知らないで。
レーアを見ると、まったく興味を示さない。
最後の頼みであるティファニアを見る。
彼女は大きくため息を吐いたあと口を開いた。
「お手を煩わせますが、軽く捻ってしまってくださ」
余裕のある笑みを浮かべるティファニアは、俺の勝利を確信しているのだろう。
くそっ。
最早後には引けそうにない。
「悪いが模擬剣の使用といったような手加減はできないが、それでもいいか?」
後に引けないのであれば、前へ進むのみ。
強気な発言をしながらも、俺はこっそりと魔法のポーチから強化の指輪を取り出し、全て装着した。
よし、誰にもばれていない。
これならば一合での敗北は免れるだろう。
後はこの『真なる闇』の力により、不意を着くしかない。
それが唯一の勝ち筋である。
「おうよ。望むところだ。このダルタール様がてめぇの鼻っ柱を折ってやるぜ」
男は不敵な笑みを浮かべる。
「ところでティファニア。あのおいしいソースみたいな名前のやつは強いのか?」
「おいしいソース? が何かはわかりませんが、ダルタールは私の前のルーンア一の戦士です」
おいおい。
それってかなり強いんじゃないか?
不安をスキル『英雄の心』で覆い隠し、ダルタールに続いて里の中央にある広場へとたどり着いた。
「いつでもいいぜ?」
自信満々な笑みを浮かべるダルタールは、どうやらティファニアの『英雄』という言葉を信じていないようだ。
そうでなければあそこまで大胆に挑発などできるはずが無い。
もしくは、例え『英雄』であろうが、人間風情に負けるはずがないとでも思っているのだろうか。
だとするなら、勝つチャンスは十分ある。
俺は軽く剣を振り、型を確かめるような素振りをしながら小声で肉体強化魔法の詠唱を行った。
そしてそれが完了すると同時に、体を傾け、ダルタールへと疾走を開始した。
まったく攻撃をする素振りも見せることなく、自身が出せる最高速を持って突撃する。
卑怯?
勝てばいいのだよ、勝てば。
走りながら更に魔法の詠唱を早口で行う。
俺とダルタールの間に砂埃が巻き上がる。
俺は素早いステップで体を捻じ曲げ、軌道をずらす。
これで完全に死角を衝ける。
最早ダルタールが握る剣で受けることは不可能だろう。
後は魔法による防御だが、それさえもこの漆黒の剣の前では無力。
勝利を確信して剣を振り上げた。
瞬間、ピキッーンと俺の全身を稲妻が駆け巡った。
「うっ!?」
剣を振り上げたまま固まった俺へ対し、追撃をかけるように腰から強烈な痛みが発生した。
その痛みは久しく忘れていたあの痛みである。
「うっ・・・・うぅぅっっ・・・・・」
俺は情けない声を出しながら地面へと崩れ落ちた。
くそっ。
そういえば、腰痛は薬で治ったのであって再発しないとは聞いていなかった・・・・。
驚いた顔で俺を見下ろすダンタールの姿が見える。
だが、俺にできることと言えば、ただひたすら痛みに耐えるしかなかった。