第10話:荷運びのおっさんより弱ぇー・・・
日付変わってしまったけど、投稿します。
今回は少なめの話にしようと思っていたのに、予想以上に長くなってしまった。
早朝の街は、いつもとは違う景色を映し出している。
日中は人通りが多い道も、この時間はあまり人がいない。
そういえば、この世界へ転生してきたときもこれくらいの時間だった。
俺は昨日レーアと待ち合わせ、一緒に向かった鏡屋への道を歩いていた。
ベンさんには昨夜、二日連続で清掃の依頼を休む旨は伝えている。
優しいベンさんは怒ることなく、笑顔で許してくれた。
本当に頭が下がる思いである。
鏡屋に近づくと、昨日のレーアとの事を思い出していた。
普段つんけんしている彼女だが、あの鏡は本当に気に入ってくれたようで、店を出てからも終始機嫌が良かった。
これなら、いままでは行き難かった冒険者ギルドへも少しは行き易くなるだろう。
そんなことを考えていると、背中に衝撃を受けた。
「ぐほっ」
たたらを踏んだが、どうにか転倒だけは耐え切り、俺は後ろを振り返った。
そこには筋肉質の男が立っていた。
ちょうど曲がり角を曲がったところで、俺の背中へタックルする形になったのだろう。
「あぶねぇだろ、ぼけっとするな」
男はそう言い捨てて鏡屋へ向かうと、入り口の扉を開いて中へ入っていた。
「あぶねぇのはそっちだろ・・・。って、あのおっさんどこかで会ったような気がする」
どこだったかな?と悩みながらも、俺は男に続いて鏡屋へ入っていた。
鏡屋にはすでに、小太りの店長が来ていた。
店長は俺を見定めると、どこか安心したように胸を撫で下ろした。
俺が借金?を踏み倒すとでも思ったのだろうか。
まったくもって心外である。
「もう少しで港に船が到着する頃だと思います。まずは馬車で港へ向かいましょう」
鏡屋の裏手の搬入口から外に出ると、そこにはいわゆる幌馬車と呼ばれる馬車が2台用意されていた。
荷運びのために集まったのは4人で、馬車には2人ずつで乗り込むことになった。
俺が乗り込んだ馬車には、あの筋肉質の男がいた。
やはり見覚えがある。
どこだったかな。
「なんだおっさん。あんたも同業者だったのかよ。そんなやわな体つきだからまったく分からなかったぜ」
おっさんにおっさん呼ばわりされて、複雑な気分になった。
仮に、若者からおっさんと言われるなら甘んじて受け入れよう。
それだけの度量は俺にもある。
けど、目の前のおっさんは違う。
どう考えても、おっさんと呼ばれる年齢に差し掛かっているのだから。
「そうかい。でもな、おっさんのように筋肉だけあってもダメじゃないか?今日の仕事は、馬車での運搬だろ?やっぱり効率よく、頭を使ってすべきだと思うんだよ」
おっさんという部分を強調しながら返事をした。
筋肉質の男は面食らったようで、俺の顔をこれでもかと見つめる。
そこうしている内に馬車は港へ向けて出発した。
「なぁ、俺よりあんたのほうがおっさんだよな?」
馬車に揺られながら、目の前の男が尋ねてきた。
「さぁな」
なんと答えて良いか分からず、曖昧な返事で場を濁した。
正直に、本当は19歳だと言えば―――いや、130歳代か。
だったら俺はおっさんじゃなくおじいさんだな。
だからもう、俺は自分が良く分からない。
「そう怒るなって、これから力を合わせようって仲じゃねーか」
どんな仲だよ。
つか、怒ってねぇし。
「俺は荷運びのディーンだ。仕事は荷運び専門でやっている。よろしくな」
ディーンは自己紹介しながら、俺に手を差し出した。
俺も大人である。
いろいろ言いたいことはあったがぐっと我慢し、ディーンの手を握った。
「俺はセリア・レオドール。駆け出しの冒険者だ。今日はいろいろあって荷物の運搬を手伝うことになった。まぁ、よろしく」
お互い自己紹介が終わると、世間話に突入した。
なんでもあの店長はこの度、新しい店舗を構えるそうで、今日の荷物はそのために取り寄せたものらしい。
新しい店舗はこの街の中央からやや北東にあるとのことだ。
だから今日の荷物の大半は、高価な装飾品や貴金属、宝石関係だろうと教えられた。
なるほど、富裕層向けの店なのだろう。
荷物が貴重であるから、よほど身元がしっかりした人間か、もしくは冒険者へ荷運びを依頼したらしい。
冒険者ならば、冒険者ギルドが身元を保証するし、もし荷物を盗んだりしたら窃盗容疑で指名手配されるだろう。
もう一方の馬車に乗っている人たちは、2人とも冒険者とのことだ。
「ん?じゃあ、あんたは身元がしっかりしてる人ってことか?」
「あったりめぇだろ?荷運びのディーンといえば、運搬のスペシャリストだぜ。この業界ではもっとも信頼がある男だろ?」
いや、疑問を質問で返されてもわからん。
荷運びの業界事情など知ったことではないし、ましてこの街に来てからまだ一ヶ月かそこらである。
でも、あの小太りの店長は抜け目が無さそうだから、あながちディーンの言うことは間違っていないのだろう。
などと考えている間に、馬車は港へ到着した。
港には、すでに船が何隻か到着していた。
馬車はその内の一隻へと近づいていく。
おそらく、あれが件の船なのだろう。
馬車は船から適度な距離をとって止まった。
今から、船より荷物を降ろし、馬車へと積み替える作業が始まる。
「今日ってどのくらい荷物があるか聞いてるか?」
「結構多いって聞いてるが、正確には知らねぇな」
知らねぇのかよ。
あんた、荷運びのスペシャリストだろ?そんなんで大丈夫か?
「お~い、今から荷物を降ろすけどいいか~?」
船の上から、一人の男が大声を上げた。
男は手を振って、こちらに確認を求めている。
「おう、大丈夫だ。降ろしてくれ」
ディーンは勝手知ったるようで、手を上げて答えた。
荷運びのスペシャリストも伊達ではない。
荷物が降ろされるだろうと船を眺めていると、船の先端に一人の女の子が現れた。
女の子は小さな杖を手に持ち、それを軽く振った。
すると、船から荷物と思われる木箱が浮かび上がる。
俺はその光景をあっけにとられてみていた。
俺が清掃依頼を浄化魔法で片付けようとしたように、大概のことは魔法を使ったほうが楽である。
だから、荷運びも魔法が使えるならその方が早いし楽である。
それは分かっているのだが、目の前の女の子は無詠唱で、5つの木箱を同時に空中に浮かび上がらせてみせた。
魔法を扱う人間であればわかる。
火や水の放射といった簡単な一つの命令よりも、いくつもの命令を同時にこなすほうが難しい。
先ほどの女の子は、5つの浮遊魔法と、空間制御魔法、移動魔法を同時に操っている。
しかも無詠唱でだ。
それだけで、この女の子がどれほどの技量かわかる。
「あの子、まだ15、6歳ってとこだよな?」
俺は感心しながら、女の子を凝視していた。
しかし、女性としての膨らみは遠目から見ても結構なものである。
いったい、何歳なのだろうか。
「あのな、お前のそれは犯罪だからな」
ディーンが俺の肩に手を置き、首を左右に振った。
「はぁ?そんなんじゃねぇよ」
「まぁまぁ、人の性癖はそれぞれだからな。それよりも、今日はラッキーだぜ。あの船に魔術師が乗っていたんだからな。おーい、そこの魔術師さん、荷物は地面じゃなくて、直接馬車に載せてくれないか?」
俺の性癖を勝手に決め付けながら、ディーンは女の子へ手を振りながら叫んだ。
女の子はその言葉に大きく頷くと、もう一度杖を軽く振った。
木箱はまるで意思があるかのように、俺達の方へゆっくりと向かってくる。
そして馬車の上へ集まると、5段重ねで馬車の上に載った。
その光景を俺達は唖然として見ていた。
馬車はいわゆる幌馬車である。
つまり天井があるわけで、木箱はその天井の上に5段重ねで載っているのだ。
俺は二つのことに感心していた。
一つは木箱が5段、綺麗に重なっていることに感心した。
もう一つは、よく幌の天井が壊れないなと感心していた。
「ち、チガーウ。木箱を幌の中へ入れてくれってことだ」
真っ先に、我に返ったディーンが大声で女の子へ言った。
あれ?最初変な発音になってなかったか?
「すみませーん」
なんとなく間違いには気がついていたのだろう。
女の子は慌てて杖を振った。
木箱は再度空中に浮き上がり、幌の中へ入ろうとする。
しかし、幌の高さに対して木箱5段重ねのほうが明らかに高い。
それでは入るはずがなかった。
「すみませーん。入りませーん」
「「えぇぇー?」」
俺達は度肝を抜かれた。
木箱5段重ねの縛りとかあるのかと、本気で思った。
ディーンなんて、驚きすぎて口をぱくぱくさせている。
「いや、木箱を3段と2段に分けて、まず3段を最初に入れて、次に2段を入れてくれ。そしたら入るから」
ディーンはもう使い物にならない。
俺はすばやく木箱の高さと幌の高さを目視で測り、指示を出した。
「あっ、なるほどでーす。了解しましたー」
女の子が杖を振ると、木箱は3段と2段に分かれ、幌の中へと入っていった。
その様子を見ながら、「あぁ、あの子は『あほの子』だな」と心の中で思った。
馬車がいっぱいになると、俺とディーンは荷受先の店へ向かった。
ディーンは道中、今回は楽だなとか、魔術師様々だとか言っていたのが鼻についた。
本来の俺なら転移魔法で一瞬だし、別に無詠唱とか戦闘中でもなければ意味ないし、俺のほうが魔法に関しては絶対上だし。
荷受先の店は、なるほど、真新しく改装された見るからにお金持ち向けの店であった。
とりあえず中に入ると、すでに店長がいた。
「早かったですね。とりあえず、木箱はこの辺りに運んでくれたらいいですから」
店長が指さしたのは、倉庫として使われるであろう広い一室である。
搬入口からは比較的近く、これならすぐに終わると思えた。
「よし、じゃぁはじめますか」
ディーンは木箱を担ぎ上げると、搬入口から店へ入っていく。
俺も続いて木箱を担ぎあげようとするが。
「ぐぉ、なんだこれ。重すぎだろ」
木箱は意味不明に重かった。
これを持ち上げるのは辛すぎる。
悪戦苦闘していると、木箱を置いてディーンが戻ってきた。
そして、持ち上げるのに苦労している俺を鼻で笑い、自分は他の木箱を担ぎ上げ店の中へ消えていく。
カチンときた。
本来の俺であれば、これくらい片手で持てる。
だからこそ、誰かに嘲られることなどこれまでほとんどなかった。
こうなったら、やるべきことは一つである。
「我が内に秘めし魔力よ。今、その姿を我が力に変え、我に万物を超える糧になれ。ファルザー」
体内にあるわずかばかりの魔力を使って、初級魔法である肉体強化魔法を発動した。
初級であるので、そんなに多くの魔力は消費しない。
しかし、この体に宿る魔力では、いつまで維持できるかわからない。
省エネを心がけ、オン、オフの切り替えを利用してだましだましやっていくしかない。
強化された体で、木箱を持ち上げた。
木箱は軽々と持ち――――上がることはなく、持てるギリギリであった。
使用したのが初級魔法であったことと、そもそも込めた魔力が少なすぎるのだ。
それでも木箱を持てるのだから、文句は言うまい。
ディーンに負けないよう、木箱を担いで搬入口から店へ入った。
店の倉庫で俺を見たディーンは感心したように頷いた。
「そうこなくてはな。俺も負けないぜ」
ディーンは無駄に張り切って、馬車へ戻っていく。
つか、こっちは魔法というドーピングをしてやっと持てているのに、筋肉だけで持つとかあいつどうなってんだよ。
冒険者でもないのだから、経験値で肉体を強化したわけでもないだろう。
単純に、日々の運搬で鍛えたということか。
「勝負をしているわけではないが、負けたと見られるのは我慢できない。俺には魔法もあるのだから、楽勝だ」
急いで木箱を倉庫に置くと、馬車へ小走りに向かった。
その間は肉体強化をオフにしている。
節約がこの勝負の鍵になる。
馬車は一度に9個の木箱を載せることができる。
俺達は9個全てを倉庫へ移動させると、また馬車に乗って港へ移動した。
すれ違うように、もう一台の馬車が店へ向かう。
馬車が港に着くと、女の子がまた木箱を馬車へ載せてくれた。
積み終わると、また店へ向かう。
そして、店に着くと木箱を倉庫へ降ろす。
この作業は実に4度続いた。
「これが最後でーす」
女の子は木箱を馬車に載せ終わるとそう言った。
女の子はペコりと一度お辞儀をすると、船の中へ戻っていく。
どうやら、あの船に雇われているようだ。
船は荷物を降ろし終えたので、出向の準備を始めた。
俺は店へ向かう馬車から、その様子を眺めていた。
「さて、俺は木箱を20個運んだわけだが、あんたは何個だ?」
木箱をすべて運び終えたとき、ディーンが言った。
こいつわかっているのに、ニヤニヤと。
「はいはい、俺は15個ですよ。俺の負けでいいよ、もう」
4度目の木箱は8個であったので、俺とディーンが運んだ木箱の合計は35個である。
もう、俺の完敗である。
そんなことよりも、魔力欠乏症に片足を突っ込んだ状態であるから、吐き気がする。
さらに、腰だけでなく、節々が痛い。
もう一度言う、節々が痛いのだ。
「皆さんお疲れ様でした。こちらが本日の給料と、依頼完了届けになります」
店員と検品を終えた店長が、お金が詰まっているであろう袋と紙切れを持ち上げながら言った。
どちらも俺にとっては不要の産物である。
「お疲れ様」
「あぁ、お疲れ様です」
店長への義理として挨拶だけは行い、俺はとぼとぼと帰路に就いた。
何度も休憩し、どうにかこうにかベンさんの元へたどり着いたときには、辺りは暗くなっていた。
ベンさんは晩御飯を準備してくれていた。
食事を終えた後、腰と節々が痛い俺を心配して、またまたポーションをもらってしまった。
ベンさんへの恩はどうやって返せばいいのだろうか。
次回は明日か明後日の投稿になると思います。
皆さんお待ちかねの魔物の討伐を行う予定にしております。
美人の受付嬢へのファンレター及び、この小説の感想をお待ちしております。