第94話:ヴィオレットより弱ぇー・・・
黒装束。
彼らと最初に邂逅したのはエルアルドの宿屋だったか?
あの時は命を狙われた。
今思えば、標的は予想通りリンカで間違いない。
メデゥカディア島に縁のあり、強力な魔法を操るリンカはバンドーンからすれば邪魔でしかない。
暗殺しようとするのも納得できる。
次はコンラートである。
彼はシュタットフェルト魔法学院に密偵として入学していた。
その目的は結界魔法の解除だろう。
最も重要な局面でその目的を達成して見せた。
その次は、ティファニアからもたらされた情報である。
西のエルフ族へ俺の転移魔法陣の写しを渡したのも黒装束とのことだ。
それにより、西のエルフ族は幻想魔法を確立し、古竜を召還して見せた。
最後に目の前の男である。
レギオスの真後ろに立っていることから、バンドーンでもそれなりの地位だと予想される。
以上のことを踏まえると、黒装束はバンドーンに所属する暗部ではないかと思うかもしれない。
だが、とある一点がそれを否定している。
それは古竜の召還の際に発生した被害である。
実は古竜が召還された際、古竜によってバンドーンの船が2隻沈められたと報告を受けている。
これはおかしい。
エルフ族と手を結んだバンドーンへ、エルフ族が召還した古竜が攻撃する。
通常ならば、バンドーンへ被害が及ばないようにするはずだ。
もっと言うならば、そもそもあの日、バンドーンとメデゥカディア島の海戦さえ必要ない。
古竜という切り札があれば、わざわざバンドーンが船で前線へ向かう意味がないのだ。
メデゥカディア島の殲滅ならば、古竜だけで事足りたはずだ。
まぁ、俺がいなければ、だが。
以上のことから導き出される答えは、バンドーンはエルフ族が古竜を召還することを知らなかった、ということになる。
目の前のレギオスがバンドーンの傭兵王であり、黒装束の男が彼の部下であるなら、最大戦力となりうる古竜について報告しないなどありえない。
俺の直感がレギオスの後ろに立つ男こそ、この戦争のシナリオを書いた黒幕であるとささやく。
ならば、一つ試してみるか。
グランへ目配せする。
それだけで察したのだろう、グランが頷いた。
グランは後ろにいる魔法使いへ何事かささやき、指示を出す。
しばらくして現われたのは、憔悴したコンラート少年であった。
コンラートがこの場に現われた時のレギオスの反応を見る。
しかし、彼は若干の驚きを見せただけである。
まるでコンラートのことなど知りもしないような表情である。
対して、レギオスの後ろに立つ男の表情は能面のように無表情である。
「レギオス、あんたさっきは魔法使いが傲慢だとか言っていたな? だが、俺に言わせればこんな10歳になったばかりの少年をスパイとして送り込んだお前達傭兵のやり方に腹が立つ。お前らには戦士としての矜持はないのか?」
俺の言葉を聞き、レギオスは眉間に皺を寄せる。
「この少年が、我が国が送った密偵だと?」
レギオスの様子は芝居ではないようだ。
その証拠に、レギオスからは怒りのオーラが滲み出ている。
「フィスト。誠か?」
レギオスは振り向くことなく後方に立つ黒装束の男へ問う。
「・・・・はい」
フィストの返事を聞き、レギオスの怒りが更に膨れ上がる。
両肘を突いていたテーブルに亀裂が入る。
「なぜ言わなかった?」
「聞かれませんでしたので」
ゴーン! という衝撃音と共に、テーブルが二つに割れた。
「年端もいかない少年を密偵として送り込むなど言語道断。貴様、相応の覚悟はできているのだろうな?」
さすが傭兵の王と言われるだけのことはある。
レギオスから発せられる圧は、黄金級冒険者であるシーラのそれに比肩する。
黒装束の男はそんな圧を全身に受けても微動だにしない。
純粋に、その胆力に感心する。
本当に、何者だろうか?
「王よ、申し訳ありません。他に適任者が居らず、独断で決めてしまいました」
黒装束の男が頭を下げる。
「あんたがしたことはそれだけではないだろ?」
男は謝罪で話を終わらせようとしたのだろうが、そうは問屋が卸さない。
俺の問いかけに、男は表情を変えることなく視線だけ俺へ向けてくる。
「どういう意味だ?」
「その男がもたらした魔法陣によって、エルフ族は古竜を召還させることができた」
「なに?」
やはり知らなかったか。
レギオスの驚き方を見て、俺はそう確信する。
「そいつはエルフ族が古竜を召還すると知っていた。あんたの様子を見るに、知っていて何も言わなかったようだな」
「フィスト、誠か?」
レギオスの問いかける口調には、怒りを超え、明確な殺気が含まれている。
「――――はい。ですが・・・・」
フィストの言葉を聞き、レギオスは目を閉じ、深く息を吐いた。
そして目を見開いた次の瞬間、俺達では反応出来ないほどの速さで抜剣し、振り向き様にフィストの首を刎ねた。
仲間への被害は余程腹に据えかねてのことだろう。
フィストと呼ばれた黒装束の男の首を、レギオスの剣は確かに捉えていたはずだ。
しかし、剣が通過した所には黒い靄がかかり、フィストは何事も無かったかのように、そこに立っている。
その姿にレギオスが目を細める。
彼もまた、確実に斬ったと思っていたのだろう。
「ここまでですか・・・・。計画通りには行かぬものだな」
フィストの口調が変わる。
表情は相変わらず読めないが、雰囲気が一変する。
同時に、フィストより濃密な死の気配が漂う。
「貴様何者だ?」
レギオスはフィストの変わりように驚いているようだ。
「我は魔王軍第6師団隊長、『眼』を束ねるメフィスト・ファーラス」
メフィストの体を闇が包む。
「魔王軍だと? 貴様、裏切りの人族か!?」
裏切りの人族。
彼らは魔王軍が侵略を開始した初期に占領された街に住んでいた者である。
地理的に不遇があったと擁護する者もいるが、抵抗らしい抵抗をしなかったことから、率先して魔王へ従った人族と言われている。
見た目も他の人族と区別できないことから、一定数が各国や街に潜伏しているとまことしやかに噂されていた。
「その呼び方は好きではないな」
メフィストが左手を払う。
その瞬間、闇がレギオスへ襲い掛かる。
レギオスはとっさに身を捻り、跳躍してかわすが、闇はどこまでも追ってくる。
「くっ・・・・」
とっさにレギオスは闘気で障壁を展開する。
だが、闇は彼の障壁を侵食し始める。
「ティファニア、リンカ!」
「はい」
「はい?」
ティファニアがレギオスの前に魔法で障壁を張る。
遅れてリンカも追随する。
これで障壁は3枚。
そうそう壊されることは無いだろう。
さて、どうするか・・・・。
俺の考えがまとまる前に、メフィストの後ろにいた傭兵達が攻撃を開始する。
その動きは洗練されており、さすがレギオスがこの場に連れてくるだけのことはある。
しかし、メフィストの前にはあまりにも無力であった。
攻撃はメフィストを通り抜ける。
変わりに、彼らを闇が包み込む。
闇は彼らの生気を吸い上げ、一瞬にして無力化した。
「貴様許さぬ!」
「待てっ!」
レギオスが攻撃に移ろうとした時、俺が声を張り上げ制止する。
俺はチラッとコンラートを見る。
彼は驚愕と共に、メフィストの力に魅せられている。
「こいつの力は闇属性の魔法だ。あんたの物理攻撃では分が悪い」
「いかにも。さすが聖剣の担い手と言われる男だな。どうだろう、ここで聖剣を使ってみては?」
メフィストが挑発するように言う。
「必要ない。ここにいるのは最高峰の魔法使い3人だぞ? お前こそ逃げられると思うなよ?」
俺はティファニア、リンカを見る。
そして最後にグランへ視線を送った。
グランは、え? 俺?? といった顔をしていたが頷いてみせる。
恐らくレーアを除く誰もが、3人の魔法使いはティファニア、リンカ、そして俺自身だと思ったことだろう。
だが、俺にそんな魔力はない。
この戦いで俺にできることなどないのだ。
「なるほど。自分は出る幕もないということか。甘く見られたものだな」
メフィストが呆れたように呟く。
「当然です。あなた程度では、セリア様の手を煩わせるなどありえません」
ティファニアが両手に原初の炎を宿す。
「では、試してみようか。闇よ。全て喰らいて、世界を染めよ!ダークテリトリー」
辺りが一瞬にして闇に包まれる。
隣も見えない漆黒の闇。
ここで攻撃されては一溜りも無いだろう。
特に、まともな防御手段を持たない俺はイチコロである。
「ティファニア! 闇には光だ。原初の炎を最大限まで燃やせ!!」
叫ぶ声は虚空に消える。
この闇は声さえかき消すようだ。
これはまずい。
同士討ちもありえる状況だ。
それでも、俺にはできることがある。
「グラン。あんたが頼りだ。声を心へ届ける魔法、あれを使って皆に炎の魔法を発動するよう指示してくれ」
俺はグランが使った魔法を応用し、グランへ直接声を届ける。
「わかった。やってみよう」
グランから了承の声が聞こえる。
「皆、闇を恐れるな。闇には光、炎系統の魔法を発動せよ!」
グランの周囲を落ち着かせる声が聞こえる。
同時に、ポツポツと闇の中に光が灯された。
その数は次第に増えていく。
周囲が見渡せるようになると、闇の魔法が解除された。
そして、メフィスト・ファーラスの姿は跡形も無く消えていた。