第93話:険悪なムードに弱ぇー・・・
更新遅れて申し訳ありません。
オリンピックに見入っていました。(笑)
あれから数日が過ぎた。
バンドーンへはティファニアを派遣し、交渉の席へと着かせることに成功した。
多少であれば力を誇示することを許可したが、ティファニアがどんな方法を使ったのか分からない。
ただ、予想以上にすんなりと交渉の場所、日時が決まったことは僥倖である。
理事長であるグラン・シュタットフェルトを中心としたメデゥカディア島へはリンカを説得に当たらせた。
こちらも彼女の知名度と、グランの孫という肩書きが作用し、終戦へ向かうということで意見を一致させた。
俺はというと、コンラートへ簡単な尋問を行ったが情報は出てこなかった。
まぁ、年若い少年へひどいことなどできはしないし、コンラートがバンドーンの手先であることは疑いようが無いのだから、本気で口を割らせようとはしなかった。
交渉の日まで、俺には考えることが多くあった。
特に、ティファニアからもたらされた情報については真剣に考える必要がある。
例えば、エルフ族が幻想召還を発動することができたのは、俺の転移魔法陣によるということだ。
こう聞けば、なんだか俺の責任のように聞こえるが断じて違う。
けれど何かしら対策を考える必要はある。
そもそも、転移魔法はこの世界に存在しないのだから。
さてどうしたものか・・・・。
――――何てことを考えたかったのだが、今俺はレストランで皿洗いをしている。
あの日、怒れるレーアをなだめるには弁償するしか手が無かった。
だから弁償を約束したのだが・・・・。
あの『聖剣』という酒は尋常ではないほど高価である。
しかもほとんど手に入らないと言うことで、お金と運も必要とのこと。
とりあえずお金を稼ぐために急遽面接を受けたのだが、採用されたのは皿洗いだけであった。
コウ達はそんな俺を笑いに、毎日このレストランで食事をしている。
こいつはボンボンだったようで、働かなくてもお金があるそうだ。
実にうらやましい話である。
「こんな時に皿洗いをしたいだなんて物好きだな。俺は助かるからいいが、見ろよ。皆、もう戦争が終わった気でいやがるから、連日連夜、どこでも宴が催されてるんだぜ!」
レストランのオーナーが一生懸命皿を洗う俺を哀れみの篭った瞳で見ている。
島を妙な空気が覆っているのは感じていた。
結界魔法がないのだから、普通はもっと戦々恐々、バンドーンの攻撃におびえるのかと思っていた。
だが、巨大な竜を一撃で屠るほどの英雄が現われ、彼がバンドーンとの終戦を仲介するという噂が流れてからは、誰もが浮かれている。
まぁ、無理やり不安を忘れようと騒いでいるだけなのかも知れないが・・・・。
「手に入れなければならない物があるんだから仕方がないだろ?」
「『聖剣』だったか? まったく、お前さんのように酒のために皿を洗うやつがいると思えば、片や竜を倒し、終戦のために尽力してくれる『聖剣の担い手』様のような方もいる。お前さんも少しは見習ったらどうだ?」
「ハハハッ・・・・・」
乾いた笑い声が口から出る。
まさかその『聖剣の担い手』様が目の前にいて、皿を必死に洗っているとは夢にも思わないだろう。
仕事が終わったのは夜も更けた頃であった。
このレストランも例に漏れず、満員御礼である。
そのため洗う皿も山のようにあった。
手もしわくちゃである。
「おつかれさん。それじゃぁ、今日の給料だ」
俺はオーナーから封筒を受け取る。
ちなみに今日まで5日間働いたが、酒『聖剣』を買えるほどのお金は貯まっていない。
「今日で最後だったんだよな?」
「あぁ」
「そうか、残念だ。お前さん真面目に働いてくれるし、丁寧だから良い皿洗い士になってくれると思ったんだがな・・・・」
いや、なんだよ皿洗い士って。
そんな職業聞いたこと無いわ。
「まぁ、仕方がないか。明日がバンドーンとの会談の日ってことだから、終戦すれば他にも仕事がいっぱい出てくるだろうしな。がんばれよ」
「あ、あぁ、ありがとう」
俺は曖昧に笑いながら差し出されたオーナーの手を握った。
家への道中、今日まで貯めたお金を数える。
う~む、レーアはこれで許してくれるだろうか?
こんなことになるならば、あの倒した古竜の所有権を主張すべきだった。
そうすれば爪一つでもしばらく遊んで暮らせるほどのお金を手に入れることができただろう。
古竜の被害を受けたこの島の復興のため、古竜の亡骸の所有権を放棄したことを激しく後悔した。
「あんた、そんな格好で行くの?」
こいつマジか? とでも言いたそうな渋い顔をしているのはレーアである。
俺が着ているのは学院のローブでもなければ、冒険者としての装備でもない。
昨日まで皿を洗っていたのと同じような服、つまりこのメデゥカディア島民の誰もが着ているような服である。
なぜこうなったかと言えば、俺自身が学院の代表として今日の会談へ出席するわけではなく、以前着ていた冒険者の服も、しばらく放置したためすごいことになっていたからだ。
「そうは言っても今から買いに行く時間もないし、金もないからな」
両手を上げ首を振る。
皿洗いで得た給料は全てレーアへ渡している。
合計しても酒『聖剣』を買うほどにはならないが、この数日間の頑張りを評価してくれたため、溜飲を下げてくれた。
なんだかんだ優しいレーアである。
「やっぱりそんなことだろうと思ったわよ。はい、これ」
レーアが綺麗に畳まれた服一式を手渡してくる。
どういうことだ? これを着ろということか?
「だが、そうなると、これも借金追加の陰謀か何かか?」
「心の声が漏れてるわよ?」
しまった。
途中から口に出してしまっていた。
俺は恐る恐るレーアの顔色を伺う。
しかし、今日のレーアはいつもの鬼のような顔をしていない。
「ほら、さっさと着て。今日だけは堂々としてないと、まとまるものもまとまらないわ」
「お、おう。ありがとな」
素直に礼を言い、服を受け取る。
その様子に満足したのか、レーアが部屋から出る。
レーアからもらった服はサイズもぴったりで、見た目も国の代表が集まる会談に出ても恥ずかしくないものである。
どうやらレーアは服のセンスもいいようだ。
着替え終わり、リビングへ行く。
そこにはいつものメンバーが準備万端で待っていた。
「行くか」
「そうね」
「わかりました」
「はーい」
港まで来た俺達は、準備されている船に乗り込む。
向かう先はメデゥカディア島に属する諸島群の一つである。
本当は転移すれば早いのだが、バンドーンが信用に足るか分からないため、見せるべきではないと考えたのだ。
まぁ、そのせいで目的地に着いたときには、俺達皆青い顔をしていたのだが。
会談が行われる島は非常に小さく、半径1kmもない。
俺達が島に着いたときには、バンドーン、メデゥカディア島の両代表は既に到着しており、用意された椅子に腰掛けている。
さすがに数日前まで戦争をしていただけあって険悪だ。
仕方がない。
ここは一つ場を和ませるか。
「ウィース。ちょっと遅れたか? けど、俺達が時間通りで、あんたたちが早いだけだろ?」
片手を上げ、フランクに挨拶する。
その様子に、両陣営とレーアの顔が険しくなる。
ちなみにティファニアは俺が何をしても肯定してくれるし、リンカはそもそも気にしない。
「いくら貴殿が聖剣の担い手だとしても、こういう場には早めに来るものだが?」
ギロリと鋭い眼光で俺を射殺さんとする男は、おそらくバンドーンの傭兵王と呼ばれるレギオス・ヴィッテンベルグだろう。
「では、次回からそうする。さて、さっそく本題に入ろう。お前らこんな状況下に、人族同士で戦争を行うなどどういう了見だ?」
まずは戦争に至った理由を聞かなければならない。
俺はメデゥカディア島の代表としてここにいるグラン・シュタットフェルトを見る。
「わしらはバンドーンが攻めてきたから応戦したまでだ」
それを聞き、頷く。
非があるとすればバンドーンだと目でレギオスへ問いかける。
「いかにも、先に宣戦布告したのは我らである。だが、我ら傭兵をないがしろにしてきたのは貴殿達魔法使いだ。ゆえに、我らは兵を起こした。この状況を変えるために」
「どういうことだ?」
俺はレーア、ティファニア、リンカの三人はわかりませんという顔をしている。
仕方なく、レギオスへ問う。
「傭兵と魔法使いは共に他国へ戦士を派遣している。その際の報酬が、傭兵に比べて魔法使いは10倍もある。加え、傲慢な彼らは我ら傭兵を軽んじた態度を見せている」
「仕方がなかろう。魔法使いの方が希少であり、一撃の火力が段違いだからな」
呆れたようにグランが言う。
恐らくこういう態度のことをレギオスは言っているのだろう。
けれど、この程度の理由で戦争までするということは、相当に根深い想いがあるのだろうか?
「仮に魔王軍と戦うとして、傭兵だけで対処できるのか?」
俺の問いにレギオスが渋い顔をする。
「無理だな」
レギオスの答えを聞いたグランの顔は「それ見たことか」とでも言いたそうである。
「グラン・シュタットフェルト。魔法使いだけで魔王軍と戦うことはできるか?」
俺の問いに、グランが目を見開く。
「魔法使いは全体数が少ない。いずれ物量に負けるだろう」
それを聞いて一度頷く。
「傭兵も、魔法使いも、単独では魔王軍に打ち勝つことはできない。それが分かっているのに、お前達は無駄な争いをするのか?」
沈黙がこの場を支配する。
俺の問いかけこそが真実だと物語っているのだが。
「だが、事実として魔法使いは傭兵に比べて一人で10倍の敵を屠れる。ならば、賃金も10倍、権威も10倍であることの何が間違っている?」
それでもグランは魔法使いとして譲れないのだろう。
彼は盲目的に魔法使いこそが上位種であると信じているのだ。
それはつまり、彼らが信仰する魔道教そのものである。
「では聞くが、シュタットフェルト魔法学院を卒業したばかりの者と、こちらの傭兵王であるレギオスと対人、対軍戦ではどちらが有用だ?」
「それは、彼だろう」
「ならば考え方が違うだろ? 魔法使いと一くくりにすることなく、その人個人個人の力量で賃金も、権威も与えられるべきだ。あんたは何でもかんでも魔法使いが上と言うが、そういう間違った考えがこの戦争の引き金になったことを自覚しろよ」
俺の物言いに、グランはただ黙り込むだけである。
その光景を意外そうな表情でレギオスが見ていた。
「レギオス、魔法使いの意識をすぐに改めさせることは難しいが、今後努力させるということで手を打ってくれないか? 今は人族同士が争い合う時ではないとあんたもわかっているだろ?」
俺の問いにレギオスも黙り込む。
彼もまた、傭兵達の代表としてここにいる。
今回の戦争で、少なくない犠牲も出している。
すぐに決断することは難しいのかもしれない。
またもや微妙な空気がこの場に流れる。
お互いに終戦したいが、後一歩足りない。
その時、レギオスの後ろで俺の方を見る人物に気がついた。
無表情であるが、その瞳はどこまでも冷たい。
そして、彼の服は全身黒装束である。
「あぁ、なるほど」
俺は彼の姿を見定めた時、この戦争の裏舞台に気がついた。




