第92話:酒の恨みに弱ぇー・・・
古竜はその巨大な胴体を、学院の上に横たえた。
幸い生徒達は、皆講堂にいたため被害は無い。
俺とティファニアは地下へと降りたった。
俺達を迎えてくれたのは、疲労の色が隠せないリンカと、いつ機能不全を起こし消滅してもおかしくない教祖の少女達である。
「セリアさん、ティファニアさん、やりましたねー!」
リンカは皆を守った達成感と、自分自身に良く似た者達を犠牲にした後悔が入り混じった表情をしている。
複雑な感情を押し殺し、気丈に笑顔を浮かべる姿は胸に響くものがある。
俺はその原因を作った張本人を見る。
グランは空を見上げたまま放心状態である。
本当に、こいつ大丈夫か?
竜を倒しても戦争が終わったわけではない。
ここから戦争が継続されるのか、一時中断されるのか、終戦するのか俺にはわからない。
ただ、戦争を終えるタイミングは今しかない。
バンドーンは古竜を屠れるだけの魔法があると警戒しているはずだ。
もちろん、もう二度とあそこまでの魔法を発動することはできないが。
「あっ・・・・」
そんなことを考えていると、教祖の少女の一人が地面に膝を着いた。
どうやら、ほぼ全ての魔力を使い果たしたせいで体に異常をきたし始めたようだ。
猶予はない。
俺が彼女達にできることは少ない。
けれど、無いわけではない。
俺は英雄だ。
ならば、約束は果たそう。
「ティファニア、悪いがあそこで寝ている少年を連れてきてくれ」
「わかりました」
ティファニアへコンラートのことを頼み、俺は素早く地面に魔法陣を描く。
この世界に来てから、転移の魔法陣を描く比率が高い。
ゆえに、慣れたものである。
「連れてきました」
ティファニアが担ぐようにコンラートを連れてきた。
様子を確認すると、間もなく目覚めそうな気がする。
その前に他の魔法具などを持っていないか確認しなければならない。
「転移の魔法陣を描いた。お前もきついだろうが、学院の裏手にある丘へ繋げてくれ。彼女達を連れて行きたい」
「きついだなんて労わりの言葉ありがとうございます。ですが、心配は無用です」
ティファニアはコンラートを地面に降ろすと、『千里眼』を発動させ場所を特定する。
そして魔法陣に魔力を注ぎ始める。
俺はコンラートのローブを剥ぎ取った。
他に、害になるような魔道具などがないか体中を確認するためだ。
そこで、ふと気づいた。
コンラートの服装は全身が黒装束である。
これってどこかで見たような・・・・。
どこだっただろうか?
「セリア様、魔法陣の準備ができました」
俺は頷き、先ほどから地面に座り込んでいる少女を抱え上げる。
「この魔法陣は転移の魔法陣だ。皆、俺についてきて欲しい。苦しい者は手を貸すから言ってくれ」
少女達は頷いただけで、手を貸して欲しいとは言わない。
どうやら、今はまだこの少女だけ体調が悪いようだ。
俺は手本を見せるように魔法陣へ進む。
その中へ入ると、次の瞬間にはいつか見た景色が目の前に広がっていた。
「ここは、あの時の・・・・」
俺は驚いて腕に抱える少女を見つめる。
どうやら、この少女こそ以前ここへ連れてきた少女だったようだ。
教祖の少女達が次々に姿を現す。
皆、驚きとその景色の美しさに目を奪われている。
次に、リンカと彼女に手を引かれたグランが姿を現す。
グランは景色よりも初めての転移に驚き、そのままの表情を俺へ向ける。
つい先ほどまでの威厳に満ちた佇まいとは無縁である様子に、俺は内心苦笑した。
最後にコンラートを抱えたティファニアが姿を現す。
薄暗闇の中から日の光が多分に降り注ぐここへ転移したことにより、コンラートが目を覚ます。
「ここはどこ?」
コンラートには状況がまるでつかめていないようだ。
本来であればここから尋問などしたいところだが、今は時間がない。
俺は教祖の少女達を見る。
彼女達が揃って学院以外の外へ出ることはこれまでなかったはずだ。
その証拠に、声を失うほど見入っている。
皆、自然と涙が頬を伝っていた。
「約束、守ってくれたんですね」
「あぁ、英雄は約束を必ず守るからな」
「ありがとうございます。本当に・・・・」
「礼なら俺達も、ここに住む全ての島民も君たちにしたいはずだ。君たちはそれだけの事をしたのだから」
俺の方へ二人の少女が近づいてくる。
そして手を伸ばし、腕の中の少女の手を取った。
腕の中の少女は二人の少女の力を借りて立ち上がると、皆のほうへ歩いていく。
これまで思い思いの方を見ていた彼女達が一斉に俺達のほうへ顔を向ける。
「「「「ありがとう」」」」
声をそろへ、笑顔を向ける。
表情が乏しかった彼女達が満面の笑みを浮かべた最初で最後の瞬間である。
一陣の風が吹く。
同時に、彼女達の姿は太陽の光と共に虚空へと消え去った。
「彼女達に悔いはないのでしょうかー?」
いつの間にかリンカが隣に立っていた。
俺と同じように彼女達が消えた虚空を眺めている。
「悔いが無いという人はいないんじゃないか? 誰でも何かしらある。彼女達だってもっと外の世界が見たいとか、誰かと話したいって思ってたんじゃないか?」
「それなら、私は、私達は彼女達に何をしてあげればいいのでしょうか?」
「・・・・難しいな。彼女達はもういない。だから、彼女達のためではなく、彼女達ができなかったこと、見れなかったものを代わりにしていけばいいんじゃないか?」
リンカが珍しく真剣な表情で俺を見る。
「セリアさんは不思議な人です。いつもはずぼらでダメダメなおっさんなのに、ここぞの時は本当に頼りになります」
「それは、褒めているんだよな?」
「もちろんです」
リンカが二カッと笑顔を見せる。
俺としてはリンカへ「お前が言うな」と言いたかった。
リンカこそ普段はあほの子なのに、こと魔法に関してはすさまじく優秀である。
「さて、これからどうするか・・・・」
「そのことなんですが、セリア様へお伝えしなければならないことがあります」
俺の独り言を聞き、ティファニアが神妙な顔つきで近づいてくる。
大方、エルフ族の件だろう。
「分かった。とりあえず、あの竜のところへ行きながら話してくれ」
俺達は学院へ落ちた古竜の方へ歩き出した。
今頃学生達が大騒ぎしているころだろう。
歩きながら、ティファニアから古竜のこと、エルフ族とバンドーンの関係を聞いた。
ティファニアは「まさかエルフ族が古竜を復活させてここへ向かわせるとは思わなかった」と言っていた。
そして、自分が彼らを止める事ができなかったと悔やんでいた。
古竜の前には、案の定学生達が集まっている。
俺達は彼らの後ろから巨大な古竜を見上げていた。
「なぁ、ティファニア。今後エルフ族はどうするんだ?」
「そうですね。恐らく西の森へ戻ると思います」
そうか。
それならばこの戦争を終戦させる方法はある。
それができるのは、やはり理事長であるグランしかいないだろう。
「おい理事長。今の状況を聞いていたか?」
グランは古竜を倒したことに放心し、教祖の少女達が消えたことで自分の行いを悔やみ、そして今は改めて目の前の古竜を見て驚愕している。
こう数分間で感情が激しく揺さぶられては、精神が壊れるのではないかと心配になった。
「あ? あぁ、どうした?」
「どうしたじゃねーよ。あんた、これからどうするんだ? まだ戦争を続けるのか? それともやめるのか?」
「それはこちらが決めることではないだろう」
「決めれるんだよ、今ならな」
グランが眉を潜める。
この人、切れ者ではなかったのか?
「いいか? こちらには古竜さえ倒せる魔法があるとバンドーンは思っているんだぞ? それに、エルフ族がもう協力しないのであれば、あの魔法を止める術はないと考えているはずだ」
まぁ、あんな魔法はもう使えないけど。
「なるほど、それを交渉材料にし、終戦とするか。だが、こちらから終戦の打診をするつもりはない」
この期に及んでまだそんなことを言うのか。
まぁ、一国のトップであれば仕方ないのかもしれない。
終戦の打診をするということは、負けを認めるようなもので不平等な賠償を求められかねないのだ。
「じゃぁ、俺が交渉のテーブルを用意すれば終戦に同意するか?」
「それならば従おう」
グランの確約が取れたことで、これからの方針が決まった。
あとは、先ほどから黙ってついて来ているコンラートの事情聴取がある。
さて、どうするか?
まだ幼い彼に拷問などできない。
だからと言ってこのままにはできない。
「おぉー! これはすごいでござる」
「驚嘆」
「ほんとにねー、誰がこんなの倒したんだろ?」
後方で声がしたので見てみると、『ござる』、『鉄火面』、そして『女帝』がいる。
どうやら無事だったようだ。
「やや、これはこれはセリア殿と、理事長先生ではありませんか!」
『ござる』の大げさな物言いで、俺達一行は一気に注目を集める。
「理事長先生が倒したんですか?」
『女帝』の質問に、グランが渋い顔をする。
説明しようにも、説明し辛いのだろう。
仕方がない。
助け舟を出してやるか。
「お前達こそ、無事だったんだな」
無理やり話題を変える。
「おぉ、どうにか無事だったでござる」
「間一髪」
「この竜によって防衛拠点は大破したんだけど、幸い死人は出なかったわ」
心底良かったと思う。
この島にどれだけの被害が出ているか分からないが、このクラスの魔物の被害では少ない方だろう。
そんなことを話していると、遠くで声がした。
「おいおい、本当に倒したのかよ!」
街の方角からユイ、コウ、ユーヤ、イッキ、シア、そしてレーアがこちらへ歩いて来る。
それを見て安堵する。
どうやらこいつらも無事だったようだ。
「無事だったか」
「あぁ、ちょっとやばかったけど、この姉ちゃんが助けてくれた」
コウが後ろにいるレーアを親指で示す。
レーアは一番後ろにいる。
彼女もまた、自分の戦場で戦っていたのだろう。
レーアは巨大な古竜を見上げていた。
元ギルド職員であっても、これだけの魔物を見たのは初めてだろう。
視線に気づき、レーアが俺を見る。
その瞳は、「あなたが倒したの?」と聞いているようであった。
だから俺はニヒルな笑みを浮かべて答えた。
・・・・何が気にくわなかったのだろうか。
レーアはなぜか鬼のような表情をし、俺に向かって歩いて来る。
「あんた、私の『聖剣』どうしたのよ?」
胸倉を掴むような勢いで迫ってくる。
「は? え??」
突然のことにレーアが何を言っているのか一瞬わからない。
けれど、どうにか俺が盗んだ酒のことだと理解できた。
だが・・・・。
「おい、あの女の人の聖剣だってよ」
「まじかよ。おっさんなのに」
「くそっ、うらやましいでござる」
これはやばい。
この学院では俺の『聖剣』がナニを指しているのか皆知っている。
「おい、レーアちょっとそこまでで・・・・」
「あぁ? あんた『聖剣』絶対に返してもらうからね」
レーアの宣言を違う意味に捉えた学生達は、俺へ羨望と嫉妬の視線を送ってくる。
特にコウなんて、親の仇でも見るような顔をしている。
マジで勘弁してくれよ・・・・。
俺は怒るレーアを尻目に、盛大にため息を吐いた。
この後の俺がどうなったのかは、もはや語る必要もないだろう。