第91話:古竜より強ぇー!!!
リンカが収束した魔法の完成と、古竜の咆哮は同時であった。
「さすがに気がついたか」
間もなく、というかすぐにでも古竜はここへ攻撃してくるだろう。
だが、勝ったのは俺達だ。
ユイ達はしっかりと役目を果たしてくれた。
後は、この魔法を確実に古竜へ当てるだけである。
「ティファニア、砲台の制御を代わってくれ」
「わかりました」
俺は魔法陣の上から移動し、場所をティファニアへ譲る。
もう、ティファニアからの魔法の供給は必要ない。
「魔力を適度に砲台へ送ればいい。お前ならできる。俺は地上で照準を合わせてくる」
「わかりました。御武運を」
ティファニアは砲台へ魔力を送るが、まだまだ魔力量の底が見えない。
本当に大したやつである。
「リンカ、引き金を引くのはお前だ。この島を守り、皆を救うのはここに住んでいたリンカこそがふさわしい。できるか?」
「・・・・はい。大丈夫だと思います」
リンカへ頷き、理事長を見る。
彼は展開された二つの魔法を茫然と見上げている。
俺は危機感がないなと苦笑した。
「リンカ、2つの魔法を同時に使えるんだから、俺を上へ上げることはできるだろ?」
「はい」
「やってくれ。俺が上で照準を合わせる」
「わかりました」
リンカは右手で既存の魔法を制御すると、左手を俺に向ける。
彼女の左手に魔力が集まり始める。
本当に、仮想領域システムというのはすごいな。
あれほどの魔力を収束するのにどれほどの魔法の技術が必要か。
同時に他の魔法を発動するなど、やはり彼女は天才で間違いない。
「では、行きまーす!」
そう言ったリンカだが、さすがに疲れが見える。
当然だ。
彼女が行っているのは常人には不可能な芸当だからだ。
リンカが魔法を発動させると、俺の体がゆっくりと宙へ浮く。
そのまま加速し、上昇を続ける。
古竜の攻撃で開いた穴へ向かって一直線。
その精密な操作も含め、改めてリンカの卓越した魔法技術はすばらしいと再認識する。
・・・・でも、ちょっと待て。
俺の体は地上へ出ても更に高度を上げる。
「おい、おい、おい! ふざけんな! あいつどこまで俺を飛ばす気だ!!」
ようやく上昇が終わったのは、あのそびえ立つシュタットフェルト魔法学院の校舎よりも高く上がった頃である。
――――そして、目の前には巨大の双眼が俺を完全に捉えていた。
「愚かな人族よ。汝らの罪を自覚し、懺悔せよ。今宵、我が汝らを罰する。人も、物も、島も、全ては灰燼に帰す」
レーアは空へと伸びる光の柱を見ていた。
古竜はそれが現われたと同時に、光の柱へ向けて針路を変える。
直感的に、セリアが何かしらとんでもないことをしようとしていると感じる。
「ふふっ・・・・」
自然と笑みがこぼれる。
彼は見た目はおっさんで、普段はポンコツである。
しかし、いざと言う時は本当に頼りになることを知っている。
そして、今がそのいざという時である。
レーアは古竜を追うように、学院へ向けて駆け出した。
彼女が行ってもできることはないかもしれない。
それでも、彼女もまた、セリアの仲間である。
レーアが街の大通りを走っていると、古竜の咆哮が聞こえ、前方へ何かが墜落してくるのが見えた。
何が墜落したのか不思議に思いながらも、足を動かす。
ちょうどレーアと学院の間に落ちたこともあり、次第にそれが何であるか分かった。
どうやら落ちてきたのは二人の人である。
恐らく古竜に戦いを挑んだ勇気ある魔法使いだろう。
ただ、遠目でも焼け爛れた服装と、動かない姿から重傷であることだけは分かる。
レーアは走りながら上級ポーションを取り出した。
「大丈夫?」
動かない二人に駆け寄り、声をかける。
二人ともぐったりし、意識がない。
しかも、一人はレーアと面識があった。
「確か、ユイだったかしら?」
レーアは彼女を抱きかかえると、無理やり口を開き、そこへ上級ポーションを流し込む。
「ごほっ・・・・」
ユイは一度咳き込み、徐々に意識が回復する。
レーアはそれを見定めると、すぐに横たわる青年へ駆け寄り、上級ポーションを口から流し込んだ。
「うっ・・・・、ごほっ、ごほっ」
青年も同様に意識を取り戻し始めた。
レーアは一命を取り留めたことに安堵する。
しかし、そんな彼女の脳に古竜の荘厳な声が響き渡った。
「愚かな人族よ。汝らの罪を自覚し、懺悔せよ。今宵、我が汝らを罰する。人も、物も、島も、全ては灰燼に帰す」
古竜の言葉を、メデゥカディア島に住む全ての人が聞いていた。
これまで魔法使いという特別な存在であると信じていた者達。
そんな彼らは絶望し、無気力な瞳で古竜を見上げた。
彼らは一様に刮目することになる。
古竜と共に目に入るのは、空へと伸びる光の柱である。
そして、その前には何者かが古竜の真正面で対峙している。
その者に恐れはない。
誰もが絶望するその状況であっても不敵に笑い、尚且つ古竜へと宣戦布告する。
「魔王ランクでいうとA程度で人を裁くだと? 笑止。あまり人をなめるな!!」
怒り狂った古竜が息を吸う。
それと同時に、魔力が古竜の体内をめまぐるしく循環する。
魔力は胸へと集まる。
これまでの比ではない一撃を放とうとする。
男は漆黒の剣を構える。
切先は寸分の狂いなく古竜へと向けられている。
「今だ! リンカー!! 撃てーーー!!!!」
男が叫ぶと同時に、地下から魔力で作られた巨大な砲台が出現する。
次の瞬間、爆音と共に高密度の魔力の弾丸が放たれた。
古竜は野生の勘により、それが危険なものであると瞬時に見抜く。
そして、男へ向けようとしていた攻撃を砲台へ放った。
高出力の魔力と魔力のぶつかり合い。
放った一発の弾丸に対し、古竜の放つ魔力は息が途切れるまで続く。
だが、その一発の弾丸を押しとどめることも、軌道をずらすこともままならない。
拮抗すらすることなく、魔力も、障壁も、全てを喰い破って古竜の胸を貫いた。
俺は胸に大穴が開いた古竜を見る。
息も絶え絶えで、致命傷であることは疑いようがない。
「あ、ありえぬ。我が人族ごときに・・・・」
「ごときなんて、侮ったのが敗因だ。後悔して冥府へ落ちろ」
同時に落下を開始した俺を、古竜は死ぬ直前まで凝視していた。
あたかも、自分を倒した者を目に焼き付けるように。
まぁ実際には、引き金を引いたのはリンカであり、魔力を供給したのは教祖である少女だ。
もっと元をたどるのであれば、魔力はこの島民達由来であるから、実質彼らの勝利と言っても過言ではない。
俺は古竜の瞳の色が消えたことを確認すると、安堵のため息を吐いた。
とりあえずの危機は去った。
被害が大きいとはいえ、この程度で済んで幸いである。
後は、魔法使い達が自力で復興させていくだろう。
そんなことを考えていると、ふと気づいた。
俺の危機はまったく去っていない。
自由落下する俺の体には、着地するだけの魔力はない。
どう考えても地面に激突し、ぺちゃんこになる。
「お、おい。誰か――――」
助けを叫ぼうとした時、ふわっと優しい風が俺を包み込む。
落下の速度を減速させ、羽毛のようにゆっくりと降りていく。
そして、俺は誰かに受け止められた。
見上げるとティファニアの顔がある。
「お疲れ様でした。さすがセリア様です。あの、古竜を倒すなんて、やはり真の英雄です。私は本当にあなたを敬愛いたします」
ティファニアが頬を上気させ、笑顔を見せる。
自分の状況を確認すると、どうやらティファニアにお姫様抱っこされているようだ。
・・・・絵面として、本当に気持ちが悪い。
いい歳したおっさんが女性にお姫様抱っこされるとか、誰得だよ。
俺は引きつる笑みを浮かべ、降ろしてくれるよう懇願するのであった。