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第9話:美人の笑顔に弱ぇー・・・

更新遅れて申し訳ないです。

あまりの睡魔に完全敗北しておりました。

できたら今日もう一話更新したいけどできるかな~。



 その日、冒険者ギルドの早朝当番はレーアであった。

普段誰もいない時間に、眠たい目をこすりながら、相変わらず昨日の残りの仕事を片付けていた。


 大きな欠伸をしながら、書類整理に勤しむ。

誰にも見られることのない、ゆったりとした時間を一人楽しんでいた。


 やつが来るまでは。


 突然「ドン」っとギルドの扉が開かれた。


「いら・・・・」


 反射的に業務スマイルへと顔を変化させたのだが、現れたのが()()()であったため、笑顔から一転、無表情へと切り替わる。


「―――イラするわ、あんたの顔を見るとさぁ」


 レーアは来訪者への挨拶を、器用に自分自身の心情を吐露する言葉へと変化させた。

そして同時に、ある予感が頭を支配する。


 今日一日が最悪になるであろうと。






 下水道の清掃依頼を受注してから、1ヶ月強が経過した。

その間休むこともなく、毎日、毎日下水道を掃除して周った。


 その成果として、すでに10区画(最初の第8区画をあわせると11区画)の清掃が完了していた。


 目標としていた銀貨300枚(=金貨3枚)を溜めることにも成功した。

それが昨日のことである。


 まだ早朝という早い時間にもかかわらず、冒険者ギルドは営業を始めていた。

最初に冒険者ギルドへ赴いた時と同じである。

それ以外にも同じことがもう一点ある。

今日の早朝当番がレーアであるということだ。


 実は先日、冒険者ギルドの受付(男)にレーアの早朝当番の日を教えてもらった。

普通教えてくれないだろうと思ったのだが、その受付はこっそりと教えてくれたのだ。

実に話の分かる男である。


 冒険者ギルドの扉に手をかけ、その度に手を離す。

それをもう3度も繰り返している。


 正直に言おう。

レーアが怖いのだ。


 レーアが美人であるのは間違いない。

男であれば誰でも放っておかないだろう。

だがそれ以上に、彼女はキレ易いのだ。


 そもそも、女性があそこまで怒り、顔が鬼のようになるのはありえない。

俺の妻も、あそこまで怒ったことは―――、一度あるな。

でも、妻は俺に怒ったのであって、他人に怒りをあらわにしたことはない。

だから、キレる女性は苦手である。


「よし」


 冒険者ギルドの扉を握ったのは、実に4度目である。

俺は小さく自分を鼓舞すると、勢いよく扉を開いた。


「いら・・・・、―――イラするわ、あんたの顔を見るとさぁ」


 ただ、扉を開いて冒険者ギルドへ入っただけでこの言い草である。


 無表情に、疲れたように言うその姿は心底嫌そうで、俺は泣きそうになった。


 勇気と覚悟を持ってここまでやってきた。

その心情は、かつて魔王へ挑むときと同じである。

それにもかかわらず、心が折れそうになった。


 冒険者ギルドの入り口に立ったまま、足を動かすことができない。


「何しに来たのよ、もう。ほんっっっとに勘弁してよ。ね、謝るから今日は帰って、また明日の私ではない担当のときに来てよ」


 無表情からまたまだ一転、半ばヒステリック気味にレーアが言う。


「い、いや、今日は君に用があって」


 上ずった声でどうにか言葉を紡いだ。


 しばし沈黙が辺りを支配した。


「―――私?」


 レーアはあからさまに嫌そうな顔をする。


 もうベンさんのところへ帰りたかった。

ベンさんの優しい笑顔に癒されたい。

それでも、男が一度決めたことは果たさなければならない。

一度した約束は守らなければならない。


 かつてどんな苦境でも諦めなかった。

どれほどの絶望でも、俺の心を折ることはできなかった。

ゆえに英雄、だからこそ英雄である。

 

 ここで俺は、秘儀『英雄の心』を発動した。

自身が理想とする英雄を思い浮かべ、それを自分の内に降臨させる。

たとえ見た目がおっさんでも、俺は俺である。


 俺は堂々とした足取りでレーアの前にたどり着くと、胸に手を当て、美しくお辞儀をした。


「仕事中すみません。実は君にお願いがありまして、よければ今度の君の休みですが、私に付き合っていただけませんか?」


 さすがにイケメンスマイルはしなかったが、できるだけ愛想の良い顔で伝えた。


「はぁあぁぁあああ???ふざけないでよ、何で私がせっかくの休日にあんたなんかと一緒にどこか

行かないと行けないわけ???」


 レーアが若干過呼吸気味にまくし立てた。


 だが、今の俺は動じない。


「これには訳がありまして」


「嫌」


「実は買い物に」


「嫌」


「君には世話になったし」


「嫌」


 取り付く島がないとはまさにこのことである。

しかし、『英雄の心』を発動している俺のメンタルは、まだまだ揺るがない。


 英雄はあらゆる手段をもって目的を達成させる。

それが正しく、達成する方法が他にないのなら躊躇することなく実行する。

例え他人から後ろ指を指されようが、成し遂げるからこそ英雄なのである。


 俺は最後の手段に出た。

床に膝を突き、両手も床につける。

頭を床につけるように下た。


 これぞ拒否を許さない、英雄の覚悟のポーズである。


「ご迷惑だとは重々承知しております。ですが、どうしても買い物に付き合ってほしいのです」


「えぇえぇぇー、ちょっと、やめなさいよ大の男が」


 レーアが焦ったような声を上げる。


 しかし、レーアが頷くまでやめるつもりはない。

一時間でも、一日でも、このままの姿勢でいる覚悟があった。


 英雄の辞書に根負けという文字はない。

ゆえに、先に折れたのはレーアであった。


 渋々といった感じで了解の返事を受け取った俺は、レーアの次の休みが明後日だと聞きだした。

そして明後日の午前中に、街の北西にある『英雄の像』で待ち合わせをすることに決めた。


 どうにか目的を果たした俺は、意気揚々と冒険者ギルドを後にするのだが、悲しいかな、レーアの顔はあまり冴えていない。


 でもきっと、明後日は喜んでくれるはずだと納得するしかなかった。






 街の名前が『リェーヌ』だと知ったのは、ここへ転生してから一週間後のことだった。

教えてくれたのはベンさんで、何も知らない俺を嘲ることなく、懇切丁寧に街のことを教えてくれた。


 リェーヌは北と東側が海に面している。

街の入り口は西と南の2ヶ所であるが、主要な門はいつも俺が通過している西門とは反対の南側とのことだ。


 街でもっとも広い道路が南門から北へ向かって、街を両断するように伸びている。

おおよその括りではあるが、その道路から東側が居住区で、西側は商業区や商店街、果ては歓楽街といった建物が乱立している。

ちなみに、冒険者ギルドや行政府などの主要施設は街の中央(そこに噴水がある)にあり、メイン道路を挟んでそれぞれ建っている。

 

 東側は南から北に向けて貧富の差があるそうで、北に行けば行くほど豪邸が立ち並ぶ。

なんでも、特に金がある人の家は海を一望できるらしい。


 西側には街のメイン通りと平行したそこそこ広い道が2本と、メイン通りへ垂直に延びた道が3本ある。

それぞれ道には名前があるのだが、ここでは割愛させてもらう。

もちろん、先に述べた道だけでなく小道であれば多岐にわたるため何本あるか分からない。


 今日、レーアと待ち合わせをしているのはそんな西側である。

街のメイン通りと平行した2本目の道を少し北に行けば、道の側に一つの銅像が建っている。

かつてこの世界を魔王の侵略から防いだとされる英雄を模したもので、ガッチガチに鎧を着飾った誰かもわからないような像である。


 場所は昨日ベンさんへ聞き、下見をしていたので間違うことはなかった。

待ち合わせ時間より幾分か早く着いたのだが、すでにレーアは到着していた。

 

 レーアの服装は薄茶色一色のワンピースで、腰に巻かれた黒いリボンがアクセントになっている。

リボンに合わせたのだろうか、靴は黒色で、少しヒールが高くなっている。

肩にかけた鞄はかわいらしいデザインの紺色をしていた。

彼女の装飾品の一つ一つが、スタイルの良いレーアを際立たせている。


 対する俺は、なけなしの金で買った白いシャツとダブついた古着のズボン。

ベンさんの物置にあった使い古されたなめし皮の鞄である。

もちろんシャツとズボンは洗濯したてで、今日は無精ひげもそったし、髪も水でなでつけできる限りのお洒落をしたつもりである。


「いやー、これはあまりにも釣り合いが取れないな」


 たぶんレーアは特別お洒落したわけではないのだろう。

もっと言えば、彼女なら何を着ても似合いそうである。


 苦笑しつつ、レーアに近づき声をかけた。


「すまない、待たせたか?」


「別に、さっき着いたところだからそんなに待ってないわ。それよりも早く買い物をすませましょうよ」


 さっさと行くぞというレーアは、一度上から下まで俺の服装を見ていた。

きっと嫌味の一つや二つ言われると思ったのだが、彼女は何も言わなかった。

拍子抜けである。


「それで、今日はどこのお店へ行くの?言っておくけど、冒険者の装備品とかなら他の人を当たった方がいいから。私、ギルドに勤めてはいるけど、それ以外のことはさっぱりだし」


「実は、行く店はもう決まっているんだ」


「あら、そうなの?それなら一人で行けばいいんじゃないかしら?」


 怪訝そうなレーアをどうにかなだめ、目的の店へ向かった。


 到着したのはおしゃれな鏡屋さんである。

後に知ったのだが、実はレーアが持っている割れた手鏡を買ったお店はここだったそうだ。


 驚いているレーアを促し、開店したばかりの店へ入る。


「この前壊してしまったから。やっとお金がある程度溜まったから弁償しようと思って」


「なーんだ、覚えてたんだ」


 レーアの声色はいつものつんけんしたものではなかった。

どこか優しく、嬉しそうでもあった。


「それで、予算は?」


「金貨3枚くらいまでなら」


「それって、これまでの稼ぎのほぼ全部じゃん」


 レーアはくすっと笑う。


 彼女は、俺の下水道の清掃が何区画まで終わっているのか正確には把握していない。

けれどだいたいの予想はできてしまう。


レーアは真剣に、色とりどりでかわいらしい手鏡を手にとっては選んでいた。


 今日会ったときは、早く買い物を終わらせて俺と別れたいという雰囲気をありありと漂わせていたのだが、今はもうそんなことは念頭にないのだろう。

手鏡の種類が多いのも分かるが、選んでいる時間はすでに一時間を越えている。


 女性の買い物が長いことを俺は知っている。

転生前の妻も買い物が長かったし、黙って待てる男こそイケメンだと思っている。

それに、いつも眉間に皺を寄せている鬼のようなレーアが、嬉しそうにしているのは眼福でもあった。


「何か変なこと考えてない?」


 俺の視線に何かを感じ取ったのか、レーアがにらみながら言う。

俺は音速のスピードで首を左右に振った。


「これにしようかな?」


 レーアが持ってきたのは、金貨1枚、銀貨50枚の手鏡だった。

確かにいいものではありそうだが、レーアをずっと見ていた俺は知っている。

本当は別のものがほしいのだということを。


 遠慮したのだろう。

彼女はキレ易いが、基本良い人である。

俺の財布を気遣って選んだことは明白であった。


 しかし・・・と俺は考える。

レーアが本当にほしい手鏡は、縁をエメラルドグリーン色に加工したもので、白い花びらが彫刻されている。

全体的に、水の流れのように波打ったようになっており、上部には透明なクリスタルがいくつか埋め込まれている。

クリスタルは裏のエメラルドグリーン色を映し出しているため、まるで緑のクリスタルのようにも見える。

裏面も細工に凝ったつくりをしていた。

これだけの物であるのだから、安いわけがない。

金額は金貨3枚と銀貨40枚である。


 お分かりいただけると思うが、予算オーバーである。

俺の全財産は銀貨300枚(=金貨3枚)と銅貨12枚しかない。


 仕方がない。

俺は腹を括ると『英雄の心』を発動した。


「レーアさん、私のことは気にしないで、本当にほしいのはこの手鏡じゃないですか?」


 さっきからレーアが何度も見てはほしそうにしていた手鏡を指差す。


「ま、まぁそうだけど。でも、さすがにそれは・・・」


「大丈夫。私もせっかく送るのですから、あなたが一番ほしいものを送りたい」


 一度頷き、レーアを手で制してから、件の鏡を持つと店長らしき男の方へ向かった。


「いらっしゃいませ。その手鏡を購入ですか?」


 少し小太りな店長は、愛想よく笑って話しかけてきた。


「そうなのですが、実は今、銀貨300枚しか持っていないのです。どうにかこれでお譲りいただくわけにはいきませんか?」


 俺は小声で店長へ商談を持ちかけた。


 店長は眉をひそめると、俺とレーアを見比べる。


「お客様はもう後がなく、一世一代だとは思いますが、その金額ではあまりにも・・・」


 後がない、一世一代ってなんだよ。

バカにしてんのか?とは思ったがなんとか堪える。


「そこをなんとか」


「といわれましても」


「実は今、とある依頼を受けている最中で、近日中には必ずお支払いできると思います。ですから」


「それなら、そのときに来てくださいよ」


 この店長、俺にあわせて小声で話してくれるあたり悪いやつではないようだ。


「男に恥をかかせないでください。店長なら分かってくれますよね?」


「分かります、分かります。ですが私も商売人ですので」


「分かりました。それなら何か手伝いをしよう。清掃でもなんでもやりますよ」


 俺の提案に店長は「ふむ」と考え込んだ。

何か思惑があるのだろうか。


「私には他にも経営している店があるのですが、実は明日、そこへ港から荷物が大量に届くんですよ。何人か荷運びを雇ってはいるのですが、何分量が量ですので。あなたが手伝ってくださるというのなら、今回は銀貨300枚に負けてもかまいませんよ?」


「了承した。私に任せてください」


 俺と店長はがっちりと握手を交わした。

これでどうにか面目は保たれそうだ。


「お買い上げありがとうございます!」


 店長がレーアへ届くよう、大きな声で購入を伝えた。


 俺が頷くと、店長は店員を呼び寄せ、梱包するよう指示を出す。


「本当にいいの?」


 申し訳なさそうなレーアに、問題ないと告げる。


 しばらくすると、梱包された綺麗な箱を持った店長が現れた。

箱を俺に渡すとき、明日の早朝、この店に来るよう告げられた。


 俺は小さく頷くと、箱を受け取りレーアへ手渡す。


「改めて、この間はすまなかった。それと、正直もうどうしようもない状況の俺が今、こうしていられるのは君のおかげだ。本当に感謝している」


「ありがとう」


 箱を受け取ったレーアは少し照れたように笑った。

その笑顔はこれまで見たこともないほど晴れやかで、いつまでも眺めていたいほどであった。


 俺は今日まで、一生懸命下水道の清掃をしてきた。

それが報われたような気がして、明日からも清掃がんばろうと思った。


 いや、明日清掃できないじゃん。

美人の受付嬢へのファンレターを募集しています。

ついでに感想もいただけたらありがたいです。


よろしくお願いします。

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