異世界にラノベが転移したらこうなる
神秘に包まれた森
自然を愛し、無益な殺生をせず、変化を求めず、ただ一つの木を守り抜く。
排他的で閉鎖的で無関心を貫く、それが森で生きるエルフという種族。
世界を守っている世界樹を守ることを使命とし、その長い寿命は世界樹に捧げているといっても過言ではありません。
森の外には出ず、世界樹を守る。そんな掟を守る平凡な少女がいました。
両親や周りの人に教えられ育った彼女にとってそれらは疑う余地もありませんでした。
ある日の朝、果物を取りに一人で出かけている彼女の前に一冊の本が落ちていました。
森に落ちているには不自然なほどきれいであり、色鮮やかであり、めくるとぎっしりと書かれた文字にところどころある挿絵。
文字は書いたとは思えないほど一定の間隔で書かれており、一つ一つの文字も驚くほど整っている。絵は綺麗で繊細でもあるけど時折可愛く、絵を見ているだけでも引き込まれるような本でした。
「きれい」
少女がそう呟いてしまっても仕方のないことでした。
なぜならばその本のジャンルはファンタジーで、異世界の本だったからなのです。
剣と魔法の空想の物語。勇者やお姫様、魔物や魔王、そして愛と友情の物語。
少女は不思議とその本を読むことができました。
「いせかいてんせい……ちーと……いけめんひろいん…………はーれむ……わたしつえー……」
その小説はあまり褒められた内容ではなかったのかもしれません。ですがこの多感な年頃の少女の考え方を変えるには十分なものでした。
「……外ってすごい! こんなにも楽しそうなことがあるなんて! 」
上り始めた日はいつしか傾いており、文字が読みにくくなって初めて少女は気が付きました。
「大変! もうこんな時間! 」
瞬く間に少女にとって大切なものとなった本を大事に抱え走りました。幸いにもそれほど遠い場所ではなく、十分もあれば村へ帰りつくことができる距離でした。
「この物語だとこういう時に魔物に襲われるのがせおりーって書いてあったけど、ふふっそんなことあったら楽しそう」
もしくは窮地に立たされた時に何かに目覚めるかもしれない、彼女の思考は確実にある方向へ変化していました。
ですが、立ってもないフラグは回収されるはずもなく、少女は無事に集落へと戻ることができました。
両親は娘が戻ってきていないことに気が付き、大勢で探しに行こうとしていたところでした。
「よかった」
「心配していたのよ」
両親に怒られるわけでもなく、泣いて安堵した表情を向けられ少女は申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。先ほどまでの浮かれた気分はなくなりました、少女は何かに憧れるお年頃でありましたが純粋だったのです。
集まっていた大人たちは迷惑そうな表情もせず、口々に「見つかってよかった」、「無事でよかった」など言い、少女の頭に手を置いてそれぞれ帰っていきました。
少女は胸が熱くなり泣いてしまいました。
両親は困ったように見つめあい、少女を抱きしめました。
しばらくすると少女は泣き止み、かわりに可愛らしい寝息が聞こえてきました。
「困った子だ」
「ホントに。でも幸せよ」
「ああ」
父親は大事に少女を抱えます。すると少女から何かが落ちてしまいました。
「何かしら」
母親はそれを拾います。それは少女が森で拾った本でした。エルフが住んでいるこの森にも本はたくさんあります。ですが簡素なものが多く、表紙はくすんだ色のものがほとんどでした
「なんだった? 」
「本のようだけど……とても上質な紙で……色彩が素晴らしもの……だけどなんて書いてあるのかしら? 」
その本は両親には読めませんでした。文字は読むことができず、絵は理解することができなかったのです。
「起きたら聞いてみようか」
「おなかがすいているでしょうし、すぐに起きるかもね」
読めない本に両親の興味はすぐに逸れ、家路につきました。
エルフたちにはある習慣があり、代々本を受け継ぐことでした。その本の内容はエルフの掟と、いかに世界樹が素晴らしいかをまとめたものでした。世界にとって必要不可欠なものであり、それはエルフにのみ管理できる。
それは教育の本であり、掟が書かれている本であり、ある意味洗脳の本でもありました。
エルフにとっての世界は森の中だけ。外は外界と呼ばれ世界の外である。外の様子が書かれた本はなく、その他の書物は図鑑のみ。
外界からの情報は意図的に切られており、長だけがそれを管理していた。代々操作しているといっても過言ではないでしょう。
母親が晩御飯である山菜のスープを煮込んでいると、匂いにつられて少女は目を覚ましました。
「おなかすいた」
少女の発言と同じくして、おなかから可愛い音が聞こえます。
「目が覚めたか」
「おなかすいたでしょ? ご飯にしましょ」
小さなテーブルにほんのり明るい照明。お椀が三つに匙も三つ。
両手を組み、食前の祈りをささげる。
「「世界樹様に感謝の祈りを捧げます」」
そう言って食べ始めた両親は少女を見ました。
すると少女はまだ食べていませんでした。
「どうした? 」
「どこか悪いの? 」
何も咎めてこない両親に申し訳なさがあふれます。
「ごめんなさい」
少女はまた泣いてしまいました。
ですがそっと、やさしくその頬に何かが触れます。
「無事でほんとよかったよ」
「いいのよ、無事だったんだから」
両親がやさしく涙を拭いてくれたのです。いい子にそだった、と両親のつぶやきは泣いている少女には聞こえませんでした。
少女は安心すると食事に手を付け始めました。
そこからはいつもと同じように会話がはずみます。
「果物を取りに行ったら本が落ちてたの。不思議な本で気が付いたら夜だったの! 」
両親は合点がいったように目を合わせます。
「見慣れない文字に不思議な絵、確かに珍しいよな」
「めったに本なんて見ないし読めなくても珍しいもの、しょうがないわねー」
少女はその言葉に違和感を持ちました。
「お父さんたちは読めなかったの? 」
「ああ、あんな文字見たことないし、なんか絵のようなものがあるのはわかるけど意味はわからなかった」
「ええ、そうね。長老なら何か知ってるかもだけど……あの本そんなに面白かったの? 」
少女は言葉に詰まってしまいました。抱いた違和感は消えず、何かの気持ちが大きくなっていきます。
「なんか不思議な感じがして面白かったの! 」
胸が少しチクチクとしますが少女は嘘をついてしまいます。先ほど両親や村の人に迷惑をかけ申し訳ない気持ちでいっぱいだったのに、正直に話せば本が取られると思ってしましました。
ですが一度吐いてしまえばあとはすんなりと言葉が続きます。
「いつかその本の意味が分かるように勉強する! 」
これにて本のことについての会話は終わり、少女の手に無事に本は戻っていきました。
こんな森に人間が来るハズもなく、落としたものにしては綺麗すぎる。仮に落とし物であったとしてもエルフのものならばまだしも、人間に返すどおりはありません。
エルフとはそういった傲慢で暴慢な生き物だったのです。他種族を見下し、エルフこそ唯一にて至高の種族。そのように洗脳されて生きていました。
食事を終え、自室へと戻った少女は一人不敵な笑みを浮かべていました。
「私だけが読める本。特別な本! 私は選ばれた……? 」
どうやら何かの病気を患ってしまったようです。
「とりあえず全部読む」
目次を見ると多くの物語がありました。短編集といったものです。王道的な魔王を倒しに行く物語や偏りまくった物語。チートものやハーレムもの、ざまぁや砂糖たっぷりのものなどジャンルは多岐にわたりました。
少女は夜なべして読みふけりました。先ほど少し寝てしまったからでしょうか、元気です。
その日は夜遅くまで変な笑い声が聞こえたとか聞こえなかったとか……。
本を拾って以来、少女の生活は一変しました。
ある日は剣の練習をし、ある日は弓の、そしてある日は魔法の練習をしました。
その本には多くの武器の扱い方が記載されていたのです、かなり大雑把に。
侵入者と戦う必要も出てくるエルフにとって戦闘能力が高いことは好ましいことです。誰も少女のことを不自然に思わず「迷惑かけたことを気にして強くなろうとしているんだな、えらい」くらいしか思っていませんでした。
少女の狙いを知っている人は誰もいませんでした。
次第に非凡な才能が開花していきます。
それは本のおかげなのか、少女の努力の賜物かわかりません。弓を射れば思い通りのところへ刺さり、剣を振れば大人をも打ち負かす。魔法を使えば並ぶものがいないほどに。
残念ながら邪悪な王の炎で殺す黒い龍の波動は使うことはできませんでしたが、それなりの魔法を使えるようになりました。
風貌も少しづつ大人びていき、齢に経験を重ね、そして十六歳になったある日、事件は起こったのです。
これは異世界に人ではなく本が転移し、どのような影響がおきるかを考えたifストーリーである。
お読みいただきありがとうございました。