旅路1
街を出た私たちは港町を目指して歩いてた。街道が整備されていたのは先ほど出発した街までで、ここからは森の中を進むしかない。そのうえ港町にたどり着くには大きな山脈を越えないといけないので、普通の人ならとてつもなく厳しい道のりだろう。
「さて、ここから第Ⅲ大陸に向かっていくんだけど、シフィアナにはそれまでに自分の中にある力を制御する方法とそれを使う訓練をしてもらうね。そこでこれ。」
そう言いながらシフィアナに一本の剣を渡した。シフィアナがどこからこの剣を取り出したのか聞きたい顔をしていたが、取りあえずそれは後で説明するとして剣を受け取ったシフィアナに一つのクリスタルを渡した。
「あの、これは?」
「そのクリスタルは特殊でね。それを持った人が神に近い力を持っていると反応するの。多分シフィアナも天使長と同じ風を司る力だと思うけど確認だけ。」
シフィアナがわたしの手からクリスタルを受け取ると、その瞬間クリスタルは真っ二つに綺麗に割れた。力に反応しやすいとは言えここまでとは思っていなかったわたしは、溢れた力によりクリスタルを渡した手が手首から切れた。
「あらら、予想より強いですね。まさかこのクリスタルが綺麗に真っ二つになるとは。」
切れて落ちたクリスタルの半分を拾いながらそう言った。改めてシフィアナに向き直ると何故か青ざめたような顔をしていた。シフィアナが見ている先を見ると先ほど手首が切れてなくなったての方を見ているのに気がついた。
「どうしました?」
わたしがそうシフィアナに聞いてみると一瞬体を震わせてから絞り出すように言った。
「あ・・の、手が・・・。」
そう言われて改めて切れた手を見てみると切れた手首からは赤い血がボタボタ溢れるように流れ出ていた。確かにこれは外から見ると大変なことになっているように見えるだろう。私たちは痛覚がないのでこうなっても特に気にならないし、普段は肉体を持たないのでこういうのもなじみがないからね。
「ああ、これ?気にしなくていいよ。別にくっつければ直るしね。」
そう言いながら地面に落ちた手を拾って元々繋がっていた場所にくっつけた。すると、切れ目がみるみる繋がっていきすぐに何事もなかったように元の状態に戻った。しっかり繋がっていることを確認するように指を動かしながらシフィアナに見せた。
「ほらこの通り。基本的に神の力を上手く使えれば肉体的な傷は無効化できるから。それに人間をやめれば肉体すら必要なくなるしね。」」
「そう・・・なんですか・・。痛くはないんですか?」
「基本的にはね。ただ肉体を持っている間は痛いよ。今のわたしみたいに半分だけ肉体を持っちゃうと、さっきみたいなことになっちゃうけどね。」
そんな話をしながら森の中を進んでいると一つの気配を感じた。それもどうやら何かを探しているような動きをしている。少なくとも人ではなさそうだ。シフィアナにもそう伝えて気配のするほうに近づいていった。木の陰からのぞき込んでみるとそこには必死に地面を掘り返している一匹の獣がいた。
「ちなみに聞いておくけどあれって何か分かる?」
声を潜めてシフィアナに聞いてみると、多分この辺りに生息する大型のネズミに近い動物だろうとのこと。味はあまりおいしくないそう。おいしくないなら倒す必要もないが、ネズミなら丁度いいと思い少し時空間を開いた。
「多分今から少しでかい蛇が出てくるけど出来るだけ声を出さないようにしてね。」
開いた時空間からはすでに蛇に頭が見え始めていて、シフィアナもそれが目に入ったのだろう両手で口を押さえて頷いている。シフィアナから目線を戻すと時空間からは八つの頭を持った蛇が出てきていた。それも首の一つ一つはわたしと同じくらい大きい。
「オロチ~出来ればもう少し小さくなってくれるとありがたい。あとそこにいるの食べていいよ~。」
少し声を張って現れた蛇、オロチに聞こえるように言った。すると八つの頭の一つが未だに土を掘り返しているネズミにかみつくと一瞬で丸呑みにした。ネズミを食べ終わった蛇が少し光ったかと思うと形を変えながら小さくなっていき、最終的に人型になった。
「お久しぶりです。ずいぶん長いこと会っていませんでしたが元気でしたか?」
光が収まって完全に人型を取ったオロチはわたしの目を見ながらそう言った。
「ごめんって。こっちも忙しくて帰れなかったんだから。」
「そうですか。まぁ仕方ないですね。」
すると突然オロチが自分のお腹の辺りを押さえた。何かあったのかと思い近づこうとすると、オロチはわたしを手で制すようにした後再び光を放って元の蛇の姿に戻った。蛇に戻ったオロチは八つの口の一つから先ほど丸呑みにしたネズミを吐き出した。ネズミは半分ほど消化されて所々骨が見えている。ネズミを吐き出したオロチは再び人の姿に戻ると手の甲で口元を拭いながら近づいてきた。
「少し土が多すぎますね。さすがにあれは食べられません。」
「そう・・・選ぶようになったんだ。美食家になったかな?」
「美食家ではありません。それに主がおいしいものばかりくれるからでしょ。それで?どうしてわたしを呼んだんですか?まさか、理由もなしに呼んだわけでもないでしょう?」
そう話すオロチの二つの目はわたしの方を見ているが、恐らく今見えていない他の十四つの目はわたしの後ろにいるシフィアナの方をじっと見ているだろう。そのうえでわたしに呼んだわけを聞くのだからあからさまに面倒くさがっているんだろう。わたしが腕を組みながらオロチの目をじっと見つめていると諦めたように息を吐いた。
「はぁ、分かりましたよ。そこにいる人のことですよね。何ですか?鍛えればいいんですか?」
「理解が早くて助かるよ。と言ってもオロチの出番はもう少し先だけどね。」
わたしがそう言うとオロチはあれ?と言う顔をして見つめかえしてきた。
「あの子はシフィアナって言ってね。この世界の天使長の直系の孫に当たるの。だけでまだ力を使えないからまずはシフィアナ自身の力を使えるようになってからオロチの出番って訳。それまではシフィアナの護衛として動いてよ。」
「なるほど。そういうことでしたか。でも一つだけ。この姿だと動きづらいので普通の蛇の姿でいい?あと移動するときは主に巻き付かせてもらうよ。」
オロチの言葉に分かったというと、オロチは姿を蛇に変えわたしの腕に巻き付いた。それを確認した段階でシフィアナの方に向き直るとシフィアナもわたしの方を見てきた。
「今の通りだから。取りあえずこの森を抜けるまでには力が使えるようになるぐらいまでにするつもりだから。頑張ってついてきてね。」
「分かりました。」
再び森の中を進み始めた私たちはその一晩で出発した街からかなり離れた場所まで進むKとが出来た。オロチが吐き出したネズミが後々私たちの事を助けることになったのだが、それを私たちが知ることはなかった。