異世界
久しぶりに言葉通り羽を伸ばして飛んでいる。先ほどふと思いつきクリスタルを呼び出された女の子に向けて放っておいたので、いつでも向こうの状況が分かるようになった。取りあえず見つからないように呼び出された場所から離れた場所を目指して飛んでいる。この世界の地形は分かっているので、どこに行けば街があるかも分かる。この世界には大陸が大きく分けて三つある。と言っても大陸のうち二つは山脈で分かれているだけだが。呼び出しを行った国があるのはその中でも一番小さい大陸で、今回わたしが向かっているのは大陸の端にある街だ。その街は港町として発展しており、広大な海を挟んだ向こうにある大陸がわたしの目的地だ。確か天使達が下界で暮らすために建てた街がその大陸にあったはずなので、戦場もそこなのではと思い向かっている。
「取りあえず、目的地は決まったけどそれまでに動かれたら面倒だな。一様変装しておくか。」
かなりの速さで飛んでいたこともあって相当離れたところまで来ていた。ここからは怪しまれないように近くの街から陸路で向かうことにする。人目につかないように森の中に降りたわたしは肉体を再構築した。肉体自体は変えることができないので、服装と髪の色を変えて変装することにした。服装は背中には人の背丈ほどある両刃の剣を背負い、膝上までの丈があるコートと腰には投げナイフと一冊の本と簡単な野営道具が着いているベルトをコートの上から巻いて、コートのしたには胸部分を守る黒色の鎧を着けているので、端から見れば旅をしている人に見えるだろう。
「よし、これならばれないだろう。さて、ここから近い街だったら歩いて2日ほどだろうしささっと行くかな。こうやって飛ばずに歩く方が新鮮で楽しいし。」
身だしなみをもう一度確認すると森の中から出た。出るときに一様周りを確認しながら街道に出たがどうやら周りには人はいない様子。そのまま街道を歩いて行く。
「ん~っ、自然の中をのんびり歩くのも久しぶりだしこの際思いっきり楽しんじゃおうかな。どうせ、元の空間に戻るにはわたしのせいで出来た影響を消してからやらないといけないし、それに神の力を使っちゃったら余計影響与えちゃうからな~。メイドが来るのもまだまだ先になるだろうし。」
周りの青々とした草木や綺麗な青空を見ながら独り言のように呟いた。上から見下ろすことはあってもこうやってのんびり歩くのはそうそう多くはない。いつも下界に行くときは遠くまで行くことはないので、見慣れた景色ばかりな事もありこういうことも感じなくなってきたのだ。そのタイミングで巻き込まれたので丁度よい気分転換になった。
「この世界はさすがだよな~。これだけ青々とした自然が誰の手も加えられることなく存在してるんだもんね。それに静か「ドガッ!!」・・・じゃないか。」
突然街道の横にある森の中から重量のあるものが木にぶつかったような重低音が響いた。折角ゆっくり出来そうと思ったところにこれなので、少し不機嫌になる。とはいえ、このまま無視するのも違うと思い気配を消して音の鳴った方に向かっていった。森の中は光を木が遮っているので、あまり視界がよくない。そのうえ地面から生える草が顔近くまで伸びているものが多くあることで、余計視界を遮っている。
「これは邪魔だな。今回ばかりは耳がよくて助かったな。」
音と動く気配を感じながら森の中を進んで行くと、普通に音が聞こえるような距離にまで来た。木の陰に隠れながら少しずつ進んで行くと、何やら大きな動物と人が戦っているのが見えた。木の陰から周りを見てみると人が二人ほど血を流して倒れていて、一人は生きているようだが足から血が出ているので、動けないのだろう。残る一人は先ほどちらっと見えたイノシシみたいな奴と戦っているようだ。すると、戦っていた男が体勢を崩した。イノシシはそれを見逃すことなくその巨体を男の体にぶつけた。男の体は吹き飛ばされ、わたしが隠れている木のすぐ近くの木に鈍い音と共にぶつかって、男の体から飛び散った内臓やら肉片やらがわたしの足下にまで飛んできた。
「あらあら、ここの世界も人間は弱い部類みたいね。あの子も死んじゃうか。」
そうつぶやきながらまだ生きている女の方を見ると、わたしは一瞬驚いて固まってしまった。驚くべき事に女の体から流れた血の中に天使の力を感じたのだ。それも天使から加護を受けたものが持つ力よりも強い、どちらかというと天使本来の力に似たのを感じた。
「これは、いったいどういうこと・・・。取りあえず天使の力を持つ子を見殺しにする事は出来ないな。」
イノシシの化物は一直線に女に向かって突進していく。わたしはその間に割って入るように乱入すると、背中の剣を抜いた。普通に抜くと剣が鞘に引っかかるので、片方の手で剣を抜いているときもう片方の手で鞘を持ち、剣を抜く方とは反対に向けて抜いている。そのためわたしは剣と鞘を両手に持ち、その両方を武器として使う戦い方をしている。タイミングを合わせて鞘を化物イノシシの顔を横から引っぱたく。それだけで体勢を崩した化物イノシシは木々をなぎ倒しながら派手に転んだ。起き上がる前にとどめを刺すためにイノシシの上に飛び上がると、心臓のある部分にめがけて剣を深々と突き刺した。イノシシは一瞬大きく痙攣すると動きを完全に停止した。それを確認すると剣を抜いた。傷からは大量の血液が滝のように溢れイノシシの体とわたしの靴を赤く染めていく。剣についた血を手で綺麗に拭い取りる。勿論そんなことをすれば拭った手は真っ赤に染まってしまう。その真っ赤に染まった手からポタポタ垂れている自分の口の上に持っていき舌を出して垂れてくる血を体の中に送っていく。しばらくその状態でいると、手についた血は全てわたしの体に流れ込んだ。
「味は・・・あんまりかな。まぁそこまで期待してなかったけど。」
口についた血をなめとりながらイノシシの体から飛び降りると未だに動けないでいる女の近くに行った。女の目線に会わせるように屈むと、突然女が泣き始めてしまった。まさか泣くとは思っていなかったのでどうすればいいか分からず、取りあえず泣き止むのを待つためにそのままの状態で待っていた。しばらくすると落ち着いたのか泣き止んだ。
「大丈夫?」
「はい、助けていただきありがとうございます。」
女は座り込んだ状態でお礼を言った。女の装備を見てみると、鎧を胸や太ももに着けてはいるがどう見ても防御力に乏しい安物だと分かる。わたしの着けているものは見た目は防御力があるようには見えないが、この鎧は神の力で生み出したものなので並の攻撃は全てはじき返してしまう。そのうえ全身を守る結界を出しているのでどこを攻撃されても変わりはない。
「偶然通りがかっただけだから。それよりも、あなたはその力をどこで手に入れたの?」
わたしは立ち上がりながら女にそう聞いてみたが、女は何を言っているか分からないというような顔をした。改めて考えてみると、先ほどの化物イノシシによってケガしたのだとしたらあいつは天使の力を使える奴に傷を負わせるぐらい強いと言うことだが、わたしにはそう感じなかった。
「そういうことか。つまり、力を持っているだけで使いこなせているわけじゃないんだな。」
「あの・・・。」
「ん?あぁ何でもないよ。こっちの話だから。」
女は立ち上がろうとしたが、足に力を入れると痛むようですぐに崩れるように膝をついてしまった。さすがにこのまま放置するわけには行かないので、軽く治療してから動くことにした。