闘いの裏
吹き飛ばされた上半身と下半身からは止めどなく赤い液体があふれている。氷でできた体からは出るはずのない"液体"が。そんな違和感には気づいていない妖狼はその様子を見ながらうれしそうな顔をしている。
「ようやくだ!ようやく勝てた!」
妖狼は今までわたしに勝てなかったのが相当悔しかったようで、四本の尻尾を見たことないくらい振っている。それを見ながら手をたたくと、音に反応して妖狼がこちらに振り向いた。
「まさか、勝つとは思ってもいませんでした。闘い初めて丁度7日目。ふむ、以外と早く決着が付きましたね。」
わたしが一つの氷の上で足を組んで座っている姿を目にした妖狼は、明らかに動揺した。それもそうだろう。今し方死んだと思った奴がなにごともなかったように自分の目の前にいるんだから。
「なぜだ!?なぜ生きている!?では先ほどのは!?」
妖狼は信じられないといった状態でそう聞いてきた。落ち着いて見ればすぐに理解するだろうが、そんなことが出来たなら闘いが終わった時点で気づいているはずだ。
「そんなに叫ばなくても。よく見なさい、あなたが吹き飛ばした体を。すぐ違和感に気づくでしょ?」
妖狼はわたしの言葉に促されるように地面に転がる体を見た。体からは未だに赤い液体があふれている。しばらく体を見つめていた妖狼はあふれるはずのない液体に気がついた。それと同時にわたしがどうやったのかを見抜いたのだろう。
「なるほど・・・。偽神化か。上手くだまされた。」
「ふふ、八分正解かな。偽神化ともう一つ幻想の組み合わせね。」
偽神化とはその名の通り偽の神を作り出したり、化けたり出来る力だ。ただその分力も弱いので囮としての使い方が一般的だが、そこに幻想というわたしの固有能力を組み合わせると偽神化で作り出したものも、強く見せることが出来る。
「いつ、作り出したんだ?まさか最初からか?」
「そんなわけないでしょ。さすがに偽神化と幻想を組み合わせても時空をゆがめての攻撃なんて出来ないわよ。まぁ、最初の方ではありますね。あなたが自らを囮にしたとき、わたしは空に回避しました。けど、その時点でもう偽神化で作ったわたしに入れ替わって本体のわたしはあなたが作り出した氷の影に移動したってわけ。理解した?」
妖狼は見るからに落ち込んだ様子で顎を地面につけた状態で見つめてくる。
「仕方ないでしょ?ここで本気でやりあったら世界が崩れるでしょ。またいつか安全なところでね。」
しょぼくれる妖狼に目を合わせるように近づいたわたしは、妖狼の鼻に手を置いた。すると妖狼もわたしのことをじっと見ると大きく息を吐いた。
「その言葉絶対に忘れるなよ。」
そう言い残すと妖狼はわたしの中に戻っていく。数十秒後妖狼は完全にわたしの中に戻り、わたしの目は赤い色を取り戻した。
「さてと、まだしばらく時間もあるだろうし、いったん帰るかな。」
時空間を開いたわたしは時空神の空間に戻った。時空間を出ると、目の前にメイドが立っていた。恐らく近くにいたのだろう、わたしが時空間を開いたことを察知して待機していたのかな。
「お帰りなさいませ。以外とお早い帰還でしたね。」
「そうだね。しばらくはこっちにいるつもりだから。仕事の方はどう?」
メイドと廊下を歩きながら仕事のことについて話した。メイド曰く一人対応に困っている人がいるらしく、契約神から預けられたそう。わたしの仕事部屋に入るとメイドから渡された書類を空中に放り投げた。紙は空中を漂うと一枚一枚が整列し始め、少し待つとすべての紙が空中で列をなして留まっている。
「さてと、何があったのかな?」
紙を読み進めていくと、その人物についてがだんだん分かってきた。性別は女性、年齢は二十五歳。死亡した原因は災害による関連死だそう。ただ、わたしが一番悩まされたのは契約神が書いたのであろう直筆の書類に書かれていた一言。「前世の記憶を保持すること。」という文言だ。故意に前世の記憶を保持させることは、あまりよろしいことではない。それを契約が知らないはずもないので、わたしはその紙を持って契約のところに向かった。
契約のところに着いたわたしだったが、予想通りそこには契約はいなかった。相変わらずわたしが渡した世界の結晶を選別している守護神はいたが。
「ダメ元で聞くけど、契約がどこ行ったか知らないよね?」
「そう聞いてる時点で分かっているでしょう。分かるわけないでしょう。」
「だよね。仕方ない、あれ使うか。」
そう言ってわたしが取り出したのは、一冊の本だ。この本は契約がずっと前からわたしに貸してほしいと頼んでいた本で、わたしの書庫の中を含め全世界で一冊しかない。その理由はこの本を書いたのがメイドだからだ。
「あー、こんなところに契約がずっと読みたがってた本があるぞー。」
かなり棒読み気味にそう言うと、契約が飛んで帰ってきて目の前に現れた。
「うそ!ほんと!?どこにあるの!」
契約はわたしが探しているだろうことなどすっかり忘れて、わたしのすぐ前に来た。わたしは契約の顔を正面から覆うようにして鷲づかみした。
「さて、契約あれはどういうことかな?場合によっては少しお話しすることになるけど。」
契約は必死にわたしから逃げようと暴れていたが、六神の中でも2番目に純粋な力が強いわたしからは逃げることは不可能だった。契約もすぐに諦めておとなしくなった。
「それで?どういう流れでああいうことになったの?」
契約の顔をつかんだままそう聞くと、契約は経緯を話し始めた。
その女性とは初対面らしく、お酒の席で仲良くなったらしい。女性は人生に絶望していて生きる意味がないと一人でお酒を飲みながら泣いていたらしい。契約はその女性の愚痴を聞きながらお酒を飲んでいたら、いつもよりまわってしまいお酒の席の冗談でやってしまったらしい。
「まぁ、別にどうにかなるからいいけどさ。」
「そうですか。あと、離してくれません?わたし今足浮いてるんですけど。」
契約よりも身長の高いわたしが腕を持ち上げると、必然的に契約は足が浮くことになる。契約がわたしの手の中でモゴモゴ何か言っているが、気にせず対応を考えていると一つの案が浮かんだ。
「ねぇ、契約。前世の記憶さえ有ればいいんだよね。魂までやらなくてもいい?」
手の中で宙ぶらりん状態の契約にそう聞いてみると、そこまで詳しく契約していないので記憶さえ有れば成立するとのこと。
「わかった。じゃあ、反省として守護神がやってるのを交代すること。」
「はーい。」
契約との話を終えたわたしは自分の空間に帰った。




