A1 召喚された者
わたしがその人を見て最初に感じたのは違和感だった。
その人は誰が見ても美人以外の言葉が見つからないぐらい綺麗な人だった。わたしよりも高い身長に腰辺りまで伸びた透き通るような空色をし、部分的に濃い青色をした髪をロールさせている。服から出た手や指は白くほっそりとしている。
いつの間にか現れ、手を叩きながら段々と姿を現したその人はそんな見た目をしていた。顔に浮かべている笑顔はほとんどの人が安心するような微笑を浮かべている。
だけどわたしには拭いきれない違和感があった。陛下に向けられている微笑は目も口も表情を表すもの全てが笑っている。「愚かな」という言葉を発しながらも見下したような顔ではない純粋な何かを楽しむ子供のような笑顔を。
陛下の言葉に反応するように片手をあげた。それに反応するように騎士団長が陛下を守るように動く。わたしには何が何だか全く理解できていない。でも分かるのは陛下と会話をするその人はこの部屋にいる誰よりも強い。
私たちの脇を通ったその人は軽く自己紹介をする。その際私たちの方を見たその人に身体を硬直させた。ふと目に入った騎士団長がその人から離れろと言う仕草をしているのを見て、動かない身体を必死に動かして距離を取った。その人が発したのは私たちがこれから戦わなければいけない相手からの言葉と、その人自身の言葉を。その言葉を静かに聞いていた陛下が言葉を発すると、この部屋に気配が増えるのを感じた。
いつの間にか現れた男達はその人を囲むように立った。しかし、その状況になっても顔に浮かべた微笑は変わっていないが片手をあげその手から何かが放たれたとき、一瞬だが片側の口角が上がった。斜め後ろから見ているので見間違いかもしれないが。勝負は一瞬だった。勝負とは言えない一方的な戦い。それに胸の中心を剣で貫かれたはずなのに何事もなかったように貫いた剣を抜いて捨てた。陛下はその戦いを黙って見つめていたが、その人にそれ以上何かを言うつもりはないようだ。
わたしはこの世界に召喚されたくはなかった。今でも元の場所に帰れたら、朝起きたら夢だったのではと思い続けている。そんなのはただの現実逃避にしかならない。わたしと一緒に来た同級生二人はどんどん才能を付けていってるのにわたしはどれだけ頑張っても力は伸びない。そんな中でわたしはやる気など起こるはずもなく、二人とは別の小さな一人部屋に籠もっていることが多かった。
いつ自分がお荷物認定され殺されるかも分からないため常に警戒していたら人の気配にものすごく敏感になってしまった。一様自分の力も理解している。何度も部屋を出るように言われたが、それには聞く耳を持たずひたすら自分の力を磨き続けた。食事も城を抜け出して城下で食べるようにしている。
他の二人は色々と教えてもらい、いつの間にか城の中でもかなり位のある人しか与えられない部屋に移っていた。逆にわたしは城から少し離れた位置にある建物に部屋を移された。特に不便もないので、今まで通り籠もって過ごしていたとき呼び出しとして集められた。そこで見たのはその人という存在だった。
わたしは二人の少し後ろで警戒をしながらその人を見つめていた。そのひとにわたしの前にいる人が話しかけた。するとそのひとは目を閉じて話し始めた。話す前に笑ったその人の顔には今までと同じようで全く違う笑みが浮かべられていた。わたしはその顔のせいでその人の話が本当のこととは思えなかった。だからだろう、わたしは話が終わったときに思わず口から飛び出していた。
「嘘つき・・・」
その人はわたしの声に反応するように目を半分開けた。とわたしが認識した瞬間近くから声が聞こえ、わたしの顎を誰かが触るような感覚があった。そのまま顔を上げさせられると目の前に先ほどまで少し離れた位置にいたはずのその人の顔があった。わたしは今の状況に全く理解が出来ていない。わたしが動けずにいるとその人はわたしの目を見ながら
「いい目してる。」
といいながら半分しか開いていなかった目を開いた。その目を見たわたしは何故か口から途切れ途切れに声が出ていた。自分でも何を言ったか覚えていないが、わたしの声を聞いたその人が何か言っていたがそれを聞く余裕はわたしにはなかった。わたしの顎を支えていた指はわたしのおでこに移動し、おでこを隠す髪をその人はかき上げた。顔を近づけたあとその人は自らの額をわたしのおでこにあてた。それによりわたしの目の前にその人の顔が来ることになり、自然とお互いの目を見つめるような形になった。その人の目は吸い込まれるような綺麗なめをしていて、その目を見ていると何故か落ち着くことが出来、とても安心することが出来た。その人は優しい声で語りかけるように
「あなた、わたしのところに来ない?」
と言った。。最初はその言葉の意味が分からず、しばらく考え込んでしまった。すると、男の人の声が聞こえ、数人が近づいてくる気配がした。その人も気がついている様子で、否定の言葉を発すると指を鳴らした。私たちの周りにパキパキという音と共に顔降りの壁が形成された。一瞬でできた氷の壁は外の景色が全く見えないようになっている。
「さて、これで邪魔は入らないしゆっくり話そうか。」
そう言いながら当てていた額を離したが、わたしの顔に触れていた手を頬に移動させてさっきの答えは今じゃなくてもいいと言った。わたしのことが知りたいと言ったその人にわたしは自分のことを話した。しかし、わたしの口から出たのはなぜか自分が見ようとしなかった本当の自分についてだった。自分で言いながらどんどん傷ついていき、最後の方はほとんど声が出なかった。自分がなぜそんなことを言ったのかは分からないが、その人はわたしの言葉が終わると優しく抱きしめてくれた。
その人は優しい声でわたしに語りかけながら頭を撫でてくれた。わたしはその言葉に今まで力が入っていたわたしの身体から力が抜けていくような感覚あった。
「わ、わたしの名前は井理。野内井理です。」
わたしは自然と自らの名前をその人に教えていた。その人には伝えておきたいという思いがわたしの中にあったのだ。
「ありがとう井理ちゃん。」
その人は先ほどと同じような優しい声でそう言ってくれた。思わずギュッと抱きしめてしまうと、その人も同じように抱きしめてくれた。その時わたしの中で貯まっていたものが全てあふれ出てくる。わたしはその人の胸に顔を埋めて声を上げて泣いた。わたしの涙には不安や悲しみなどが混じり合っている。
この世界に来た時私たち三人への期待はとても大きかった。だけど私たち、特にわたしはその期待に応えることが出来ていないだろう。恐らくあの人達は気がついていないだろうが、私たちの力が弱いと気がついたとき私たちに付いていた侍女さんの対応が一時期変わったのだ。それに気がついたのもわたしが周囲を警戒していたからこそだろう。それ以降わたしは部屋を別れたので、どうなったかは知らないが。一人になってからは時々家族のことを思い出したりもした。その時自分でも気がついていなかったが精神的に弱っていたんだろう。貯まっていたものを全て吐き出して落ち着いたわたしはその人に先ほどのことについて聞いた。その人はわたしの願いを叶えられるという。だけど今すぐは出来ないから、待っていてほしいとのこと。わたしはその人の目を見て何度も頷いた。わたしの目元が熱くなるのが分かる。先ほど全ての涙を出してしまっていたので再び出すことはなかったが、残っていたらまた出ていただろう。
「ふふ、ありがとね。」
わたしを抱きしめながらそう言ったその人は霧のように溶け消えた。それと同時に私たちを囲っていた氷の壁も消えた。




