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有巣倶楽部(ありすくらぶ)  作者: 美月 純
8/10

第七話:報復

 

 仕事を終えて、社を出たのは九時を回っていた。

 

 昨日のツケが、今日の仕事に回っていたため、仕方なかったが、今日はその足で「有巣倶楽部」に向かった。

 

「おかえりなさい・・・。」

 

 いつもと違うトーンでアリスは僕の顔も見ずに声をかけてきた。

 

「ん?どうした?何かあった?」

 僕が聞くと、アリスはうつむいたまま何も応えない。

 

「どうしたの?アリス、具合でも悪いのか?」

 そう言って、おでこの熱を計ろうと手を伸ばすと、その手を勢いよく払われた。

 

「なんだ、アリス、夕べ来なかったから怒ってるのか?」

 僕が少しからかって言うと、顔を上げてキッと僕を睨んだ。

 その睨んだ目には涙がいっぱい溜まっていた。

 

「俊ちゃんひどい!夕べは俊ちゃんの誕生日でしょ。そう思って色々用意して、ずっと待ってたのに。俊ちゃんを驚かそうといっぱい準備したのに・・・。」

 そういうと、大声で泣き出した。

 

 リビングに行くと部屋には大きく

 

 《俊ちゃん!誕生日おめでとう!!》

 

 の模造紙が張られていて、昔幼稚園や小学校の誕生日会で飾り付けていたような、折り紙を切って輪にして繋いだ鎖とか、色のついたティッシュのような素材の、薄い紙でつくった花びらとかが、めいっぱい飾られていた。

 

「アリス・・・。」

 

 僕は泣き喚いているアリスが本当に愛おしくなって、荷物を放り出してアリスの身体をギュッと抱きしめて、体中をさすって、ごめん、ごめんと何十回と謝った。 

 謝っているうちに僕も、涙が出てきて、アリスの思いに対して、心から悪いと感じた。

 

 泣き疲れたアリスは、そのまま僕の腕の中で眠ってしまった。 

 まだ、その愛らしい目元に一筋の涙が残っていた。

 

 

 

 

「おっはよう!」

 

 アリスの大声で、たたき起こされた僕は、目の前で、にっこりと微笑みながら立っているアリスの姿を見て、自分の居所が店にいることを自覚した。

 

「おはよう、元気になったみたいだね。よかった。」

「えへへ〜、いつまでも怒っててもしょうがないもん。」

 

「はは、その明るさがアリスの良さだよ。ホッとする。」

「そうぉ?なんか褒められてるのかバカにされてるのかわかんないけど・・・。」

 

「ばかになんかしていないよ。」

「まっいっか、それにもう、ちゃんと片付けもしたし。」

 

「片付け?」

「ううん、なんでもない。お食事できてるよ。ちゃんと食べていってね!」

 

「うん、ありがとう。」

 そういうとダイニングに向かい食事をした。

 

 食事を済まし、出かける準備をして、いつものようにアリスに送り出されて出社した。

 

 

 

 会社に着くと、何だかオフィスの雰囲気が違っていた。

 

 いつもの朝の喧騒がなく、皆一様に押し殺したように静まり返っていた。

 

「どうしたんだ?」

 隣に座っている同僚に、小声で話しかけた。

 

「知らないのか?」

 その同僚は呆れたという顔で、僕の方を見返した。

 

 その時、課長が、どこからか戻ってきて、全員が起立したので、釣られて僕も起立した。

 

「あー、もうすでに、ニュース等で知っているとは思うが、同僚である木村真由美さんが、不慮の事故で亡くなられた。」

 

「はぁ!!」

 思わず大声を上げてしまった僕に、周りが驚いて視線を向けた。

 

「んん!」

 課長は、咳払いをすると続けた。

 

「正直、彼女の死は、事故なのかどうか、まだ警察でも捜査中で、場合によっては、関係のあった方に任意で事情を聞きたいとの要請もある。その場合は、できるだけ協力をいただきたい。」

 

『いったい真由美の身に何があったんだ。』

 僕の頭は、混乱していた。

 

「また、もしかすると、マスコミからも何らかの取材を受けるかもしれない。その場合は、絶対に取材を受けないこと。これは上からの命令なので厳守するように。以上。それでは、今日の仕事を始めてくれたまえ。」

 そういうと、課長は再び席を後に、どこかへ出て行った。

 

 皆がざわつくと突然、真由美の同僚だった女子の一人が泣き出した。

 

 釣られて数名の女子も嗚咽を漏らし始めた。

 

 僕はすぐに、隣の同僚に、どういうことなのか説明を求めた。

 

 同僚は『本当に知らないのか?昨夜のほとんどのニュース番組で取沙汰されたのに。』と前置きを言った後、説明をしてくれた。

 

 それによると、真由美は、昨日退社後、帰りの電車に飛び込んだというのだ。

 

 それで課長が『事故なのかどうか』と言ったことに納得がいった。

 

 つまり、自殺の可能性もあるということなのだ。

 

 でも、当然、そんな可能性がないことを、僕が一番知っていた。

 

 その前の晩に、少なくとも真由美からすれば『思いを遂げられて、幸せの絶頂にいた』はずなのだから。

 

「絶対、真由美は自殺なんかしない!」

 突然同僚の泣いていた女子が叫んだ。

 

「だって、だって、真由美は今幸せだったはずだもの!」

 そういうと僕の方へ視線を向けた。

 

 恐らく、真由美と親しかった彼女は、僕とのことを真由美から聞いていたのだろう。

 

 他に事情を知っている二、三人の女子がこちらを悲しそうに見ていた。

 

 

 

 

 その日は、ほとんど仕事にならず、六時過ぎに退社した。

 

 もやもやした気分を晴らそうと、今日も有巣倶楽部に向かった。

 

 その道すがら、昨日アリスが言った言葉を、フッと思い出した。

 

「それにもう、ちゃんと片づけもしたし。」

 

 僕は、一瞬歩みを止めた。

 

 まさか・・・。

 

 

 

 

 有巣倶楽部に着くと、いつものように、門番の初老の男が案内をして、自分の部屋に戻った。

 

「おかえりなさいませ。」

 

 これも、いつもの通り、アリスが三つ指をついてお出迎えをしてくれた。

 

 そして、にっこり笑った後、僕に飛びついてきて、今日の食事の説明をしだした。

 

 

 食事を始めると、これもいつもの通り、アリスは、僕が食べている姿をうれしそうに覗き込んでいた。

 そして、その間、たわいもない話を続けていた。

 

 食事が終わりリビングで寛いでいる時に、それとなくアリスに聞いた。

 

「今日、うちの会社の同僚の女子社員が亡くなったんだよ。」

「・・・・・・。」

 

「明るくて、いいコだったんだけど、残念な話だよ。」

「そうなの?その人は俊ちゃんと親しかったの?」

 

「え?ああ、仕事では、良くしてくれたんで。」

「そう。仕事では・・・ね。」

 

 その言い回しを聞いて、僕の背筋に悪寒が走った。

 

「俊ちゃん、私のこと愛してる?」

 突然アリスが尋ねてきた。

 

「もちろん。僕にとってかけがえのない存在だよ。」

「そう・・・。ならいい。お風呂に入る?」

 そういうと、振り返りざまフッと笑みをこぼしてアリスは風呂場に向かった。

 


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