ハッピーエンドが読者から非常に好まれる現状において、バッドエンド好きは少数派のように思われるが、私はバッドエンドが好きだ。これからも、悲惨な結末の物語が、数多く生み出されることを切に願う。
少なくとも、なろうでは、今後もハッピーエンドの人気は盤石だと思います。
なろうの小説に限らず、一般的な小説やラノベ、あるいは漫画やアニメなどの物語を楽しんでおられる方々は多いのではないでしょうか?
同時に、それらの物語の「何か」に飽きている方も、たくさんいらっしゃるのではないかと思います。
例えば、なろう小説でいうなら、転生やチートですね。
ラノベや漫画、アニメに範囲を拡大しても、最強主人公やハーレム展開に飽きた、という意見は、結構な頻度で見かけるような気がします。
まあ、そういった、いわゆる「なろうテンプレ」に含まれる要素については、飽きる以前に最初から嫌いである、という方も多いようですが……。
他にも、鈍感主人公に飽きたとか、美少女が多すぎて飽きた、といったご意見も見かけますね。
私も、世の中に数多く存在する物語の要素の中に、特に飽きているものがあります。
それが「ハッピーエンド」です。
この意見は、少なくともなろうの中では、多数派の支持を得られないでしょう。
何故なら、現状はハッピーエンドを支持する意見が優勢であるからです。
なろうの小説では、そういった現状を反映して、連載中に「ハッピーエンド」というタグを付けている作品が数多く存在します。
(2018.4.7時点で約7,600作品。ちなみに、「バッドエンド」タグの場合は、数がその5分の1程度にまで減ります)
勘違いをされないように書いておきますが、タグにハッピーエンドを付ける作者の皆様は、決して間違っていないと思います。
何故なら、娯楽性が要求される大衆小説においては、読者を喜ばせるべきだというのが私の考えだからです。
なろう読者の中には、結末がハッピーエンドだと分かっていない作品は安心して読めない、という方も少なくないようです。
そういった読者の方々の要望に応えることは、むしろ正しい選択だと言えるでしょう。
私がバッドエンドを好む、というのは、100万人以上存在するなろうユーザーの内の、たった1人の好みの話です。
賢明な作者の方々にとっては、当然無視すべき内容だと、書いている私自身が思います。
というわけで、ここから先は、全く一般的ではない個人の見解となります。
私が書いたことを参考にしてバッドエンド作品を書くと、全く人気が出ない恐れがありますのでご注意ください。
世の中でハッピーエンドと呼ばれる作品の多くは、主人公をはじめ、主要な登場人物のほとんどが幸せになる話だと思います(明確な悪役等は除く)。
なろうに話を限定するなら、結末に至るまでの展開でも、主人公は常にハッピーであることが好ましいとされているようですね。
なろう読者の皆様は、小説の主人公がハッピーになったら、どう感じるのでしょうか?
きっと、幸せな気分になるのでしょう。
私も、そのこと自体は理解できますし、ハッピーエンドでも面白いと思った作品だってたくさんあります。
しかし、私は、主人公がハッピーであることを重視しません。
おそらく、物語を好む一般的な方々に比べて、私が主人公に肩入れする度合いは低いのだと思います。
そんな私にとって、近年のハッピーエンドは、供給過剰の状態にあります。
では、私が物語に期待することは何かといえば、主に「刺激」と「驚き」です。
なので、予定調和的なハッピーエンドには、全く興奮しないんですよね……。
主人公がハッピーになっても、私がハッピーになれない。
私が抱えている不満を要約すると、そういうことになります。
世の中には、ハッピーエンドになる可能性が高い物語のパターンがいくつかあります。
例えば、スポ根や恋愛や時代劇、あるいは、敵が極悪人である王道ファンタジーなどです。
こういった作品でハッピーエンドを迎えると、私はとてもがっかりします。そこには何の驚きもないからです。
では、最初から最後まで悲劇的な話だったらどうなのか、といえば……私は、それも好きではありません。
例えば、ヒロインがあと数ヶ月で死んでしまうと分かっていて、本当に死んでしまったら、そこには何の驚きもないからです。
これは、私以外のバッドエンド好きな方とは、好みが異なる部分かもしれません。
だからといって、そのような設定の作品で、無理矢理ヒロインを助けてハッピーエンドになる話を作られたら……それはないだろう、と言ってしまうと思いますが……(伏線等がしっかりと描かれている作品なら、とても驚くと思うので、面白いと感じるだろうと思います)。
先ほど、ハッピーエンドになる可能性が高いジャンルを挙げましたが、何事にも例外は存在します。
スポ根の作品にも、恵まれない体格で努力し続けた結果、主人公が大怪我をして終わる作品があります。
恋愛の作品にも、2人の男女が紆余曲折を経て、結局別れることを選択する作品があります。
こういった作品は、本当に素晴らしいと思います。
というのも、ハッピーエンドになりやすいジャンルの作品を、無理をしてバッドエンドにすると、ハッピーエンドだった場合よりも面白くなくなる場合があるからです。
決して、ひねくれてバッドエンドを選んだわけではなく、多くの方が納得できるような作品に仕上がっていることに感動します。
ちなみに、私が理想とする作品のパターンは、昔の2時間ドラマで度々見かけたものです。
①主人公(男)は、高い推理力を持つ。
②情報収集などの過程で、事件の関係者である美しいヒロインと出会う。
③主人公とヒロインが、2人で捜査を進め、怪しい人物を追い詰めると、その人物は自殺してしまう。
④主人公1人でさらに捜査をすると、実は自殺は偽装であり、ヒロインこそが真犯人であることが判明する。
⑤ヒロインは、自らの罪を告白して自殺する。
ここで重要なのは、「ヒロインが犯人だと簡単に分かってはいけない」ということです。
この2時間ドラマのパターンが崩れたことには、表現規制の影響があったと思いますが、テンプレ的であるために、ヒロインが犯人だと簡単に見抜かれたことも理由の1つだと思います。
ヒロインが疑われない作品であるならば、これが一番私の理想に近い物語ですね。
2時間ドラマの主人公は、高い推理力を持ち、いわゆる最強主人公のような存在です。
その能力を発揮して事件を解決しているのに、全くハッピーになっていないところが、特に私を惹き付けるのではないかと思っています。
以上が、私の個人的な好みの話です。
もしも、同意していただける方がいらっしゃれば、嬉しいと思います。
※補足事項
仮に、ハッピーエンドやバッドエンドの定義が私と異なる場合、このエッセイの内容に賛同することは困難だと思います。
例えば、「勇者は魔王を倒したが、勇者自身も死んでしまった」という場合、私はバッドエンドだと解釈しています。
「それは俺にとってのバッドエンドではない」という方がいたらすいません。
物語の終わり方には様々なものが考えられますが、それら全てを二元論的にハッピーかバッドに分けるのは困難ですので、あまり細かいことは気になさらないようにお願い致します。
なお、蛇足になってしまいますが、一応書いておきます。
古典作品はバッドエンドが優勢、という話は、私も存じ上げております。
だったら、たまたま現在のハッピーエンドが優勢でも、古典作品を楽しめばいいじゃないか、と言われるかもしれません。
しかし、私が物語にバッドエンドを求めていても、愛とか人生とか、深いテーマを求めているわけではないんですよね……。
もっと俗っぽい話が好きです。
例えば、ヒロインが4人いるハーレムラノベの良さは、その内の2人が死に、1人が裏切っても、まだヒロインが残っていることだと思います。
私が言っているバッドエンドなんて、せいぜいその程度のものです。
変なことを書いてしまって申し訳ありません。