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ヒーローズブリーダー 最恐回復師と最凶空間師の訓練日誌 英雄?勇者?聖女?魔王?なりたきゃ走れ!

作者: くまっどさん

初投稿です。

 「遅いっ!ちんたらするなっ!”ピーッ”豚野郎!」

 「走ってるだろうがあああ!!!!」

 「どこがだっ!鈍足”ピーッ”がっ!全力で走れっ!!」


 凛とした声で紡がれた罵声が響くとある空間で俺はその様子を離れた位置から黙って眺めている。

 ここは俺、タケル・ミネカワが魔法で生み出した訓練専用の空間だ。訓練用の地形として山、平原、沼、川、湖、砂漠等々取り揃えてある。その空間の平原にて仁王立ちをしている女性、リョウコ・ミネカワが前の状況を眉間に皺を寄せつつ睥睨しながら叫んでいる。


 肩甲骨ぐらいまで伸ばした黒髪をフワリと靡かせている。かわいい寄りの整った顔立ちを、今は眉根を寄せて黒目に意思の強さを宿らせている。Cカップの胸を張り、締まった腰に手を当て、プリっとしたお尻にスラっとした健康的な足で大地を踏みしめる。その魅力的な161センチの体を包むのは軍隊時代のときと同じく黒のタンクトップ、迷彩のミリタリーパンツ、黒のブーツだ。


 なんで服を着ているのに裸を見たかのようにわかるのかって?名前で気づいているだろうが彼女は俺の妻だから。最高で最愛の妻。元上官にして現在は訓練教官をしている。


 んで、誰を訓練しているかというと絶賛罵られながら走っている男。ある地域に居座っている魔物の王を退治するべく集められた戦士たちの中から勇者候補として選ばれた王子である。王族による出来レースじゃなければいいんだけどな。まぁ今回、その王子のいる国から勇者育成の依頼を受けて、普段素行の悪い王子の根性を叩きなおし勇者とするべく訓練を施している。金色の短髪を汗と泥で濡らし、青い瞳の整った顔を苦痛と疲労で歪めてまた勝手に足を止めている。


 名前を・・・なんだったか。ウァ・・・ウィ・・・ウェ・・・ッカ!ウェッカである。


 「はぁ、はぁ。至高の、勇者、ウェッツェルっと、はぁ、呼ばれてる俺が、なんでこんな、目に」


 ・・・ウェッツェルだったか。なんだっていいか。

 まぁ基本から叩きなおさないといけないほどの貧弱さと惰弱な精神だったので、キョウコの監視の下で基礎の体力作りと”心折な言葉の投げかけ”からやっているのだ。


 「だまれっ!勇者候補止まりのゴブ”ピーッ”面が!まともに走れなくてどう戦うというのだ!魔物の王は強い!王というぐらいだから体長もでかいだろう!走り回らないとまともな戦闘にならん!なのに、魔物に襲われず、ただほんの二日走るだけ!・・・なのに根をあげるとか。はぁ・・・男のくせに貧弱すぎるな。”ピーッ”がついていんだろう?どこぞの娼館かママのところに落としてきたのか!」

 「くっ!うっせえええ!二日とかありないだろうが!ババアっ!!」


 ビキッ!


 「・・・ふふふ。よし。無駄口叩く余裕があるんだ。もっとやりがいを与えてやろう。少佐、あいつらを呼んでくれ」

 「はっ!了解です、大佐!」


 大佐からの絶対命令である。笑顔なのに笑っていない目で青筋立ている大佐には誠実であるべきである。怖い。

 ちなみに少佐は俺のことで大佐はキョウコのこと。仕事中は昔の階級で呼ぶようにしている。普段と仕事を区別してメリハリをつけるためにな。

 さて命令を実行するか。俺は目の前の空間にメキメキッと音を立てて穴を作り出し、それを別の空間と繋げる。そうすると穴の中から大型の狼が5匹飛び出して、キョウコの元へ行き甘える。


 「「「「「グルア!グルルゥ」」」」」

 「はぁっ!?」

 「よーしよし。みんないい毛並みだな。早速だが、あそこにいる”ピーッ”のケツに噛み付いてやれ。できるか?」

 「「「「「グァ?・・・クゥーン」」」」」


 大型の狼達は喚いている男を一瞥し、しょんぼりする。そして、5匹のうち、2匹のみ前に出て尻尾を振ってやる気をみせる。


 「ん?なに?子供たち、二匹で十分?」

 「「ガゥ!」」

 「そうかそうか。では・・・行けっ!」

 「って待て!?な、なんだよそれっ!?そいつらはなんなんだ!?」

 「やりがいだ」

 「うぉいっ!!!!そいつらクラスAのハングリーウルフじゃねえかっ!!」

 「食欲旺盛でかわいい奴等だぞ?ちなみに群のボスは私だ」

 「おい!ババアっ!てめぇ人間じゃねぇだろ!?」

 「あっはっはー。まだ余裕があるみたいだ。おまえたちー腕なら食べていいぞー治せるからな」

 「「ガアアアアアッ!」」

 「がああっ!いってえええ!?マジで噛んできたあああ!?くっそったれええええっ!!!」

 「あっはっはー無駄に頑丈だな、ゴブ”ピーッ”面」


 「くそっ!くそっ!」と吐き捨てながら走って逃げるウェッツ・・・呼びにくいのでうえつるくん。おまえはアホだな。俺の妻をババアと呼ぶとは。

 武器も魔法も使えないようにしてある空間で、強さを手に入れる前に地獄行きのチケットを手に入れそうだな♪


 「おーい。少佐、じゃなくてもいいか。タケルー。ご飯できたー?」

 「ああー。いつでも食べれるぞー」

 「よし。タケルの手料理を堪能しよっ♪おい!”ピーッ”野郎!目障りだから森で走りながら何か食べてろ」

 「ひぃああああああ!!!!」

 「はぁ。仕方ない。おまえたち!面倒だがそいつを森へ追いたててやれ」

 「「ガウウッ!」」


 うえつるくんは食べるより食べられそうだ。あ、爪が尻を掠った。まぁなんとかして森にいけば果物あるから。がんばれ。

 俺はキョウコと自分の食事の準備をして一緒に食べ始める。食べているときのキョウコは小動物のように可愛い。また惚れ直してしまった。罪作りな女だ。

 ちなみに本日の献立はカレーとナンにサラダ。


 「美味しそ。今日はカレーだ♪カレーはいいよね。いただきます。はぐっ」

 「いただきます。月1だけカレーの日だけど、つい毎日食べたくなるよな」

 「もぐもぐ♪はぐはぐ♪もぎゅもぎゅ♪」

 「惜しむとしたらライスがあればなー。ナンでもうまいんだがなー」

 「んぐっ。ふぅ。そうだね。こっち来てから350年。ご飯を口にしてないし」

 「まぁ、キョウコと一緒の食事なら何を食べてもおいしいけどな」

 「・・・そんなこというと仕事終わりの夜は寝かさないぞ」

 「是非お願いします」


 とまぁ、そんな感じで甘くイチャイチャと食事をしている俺たち。

 仕事中のキョウコは燐としていて見惚れるぐらいカッコいい女だが、仕事以外だと可愛い女の子なのだよ。そのせいでもあるが、何年たっても新婚気分が抜けない。残念なのはこの世界ガルガードネッツに来たときに変質しただろう体のせいで子供ができないことか。


 この世界に来たと言ったのは、俺たちが別の世界から来た来訪者だからだ。約350年前、吉崎京子はある国の軍隊に所属していた。周りからは”鬼女”とか”魔女”とか”実写版:某7つの玉を集める有名漫画に登場する人造人間の奥さん”といわれていた。言葉はキツめで行動は苛烈。それで美人で優秀な兵。あっという間に大佐までのぼり、当時は軍の訓練教官をしていた。

 そこで訓練を受けに来たのが俺。峯川猛。まぁ目つきが悪いが顔立ちは整っている。と思う。キョウコと同じ軍に所属し優秀なほう。であったらいいな。階級は少佐。訓練初日の挨拶のときに教官として来た京子と出会い、俺が一目ぼれ。猛アタックの末、付き合って半年で結婚をした。

 それから新婚旅行を楽しんでいたが旅行中に襲撃に会い、撃退したものの敵の自爆に巻き込まれた。そして気がついたらどういうわけかわからないが、この世界に来ていたのだ。


 「ぷふー。ごちそうさま。さて、あいつはどうなったかな」

 「んー。あ、生きてるわ。ちゃんと森の中で果物とって食べながら逃げてる」

 「お?順調だね。じゃー休憩させるか。私たちも食休みしたいし」

 「そうだな。あのままだと勇者じゃなく密林の王者だ」


 ぴゅぃーーーーー


 キョウコが口笛を吹くと森からハングリーウルフ2匹がダダダッと戻ってくる。


 「よーしよし。お前たちーいい仕事だったぞーみんながご飯を一緒に食べようと待ってるから。食べておいでー」

 「「ガウッ」」


 キョウコに”褒めもふ”されたハングリーウルフたちは待っていた仲間と一緒に俺が準備しておいた魔物の肉に向かっていった。その後、戻ってきたのはズタボロのうえつるくん。


 ふらふら・・・


 「・・・・・・」


 ぱたっ


 うえつるくんは光りの消えた目をしている。いい感じだ。そのまま倒れこみ寝始める。気絶かな?キョウコは怪我の具合をみて、うえつるくんに近づくと手を翳して回復魔法をかけ傷を治す。


 「これでよしっと。こいつも寝たし、私たちも食休みにのんびりしようか?」

 「オッケー。お茶とソファーが用意してあるからそこでゴロゴロするか」


 俺たちは草原にぽつんと置いてある机とソファーのある場所へ向かい食休みをした。

 ちなみにこの空間は訓練用に俺が魔法で作り出したもので、空間の中は俺の思いのままにできる。外と時間の流れも変えてあり、外での1日は空間内での1年になっている。


 そう、ここで今更だがこの世界には魔法があるのだ。

 この世界に来てすぐのこと、キョウコが自分の今の状態はと確認をし始めたとたんに光の板が目の前に浮かび、ゲームのように自分の状態が表示されたのだ。俺もすぐにやってみる。

 キョウコの光の板には当時こう表示されていた。


 名前:キョウコ・ミネカワ

 年齢:−−−

 種族:人?

 状態:健康、不老

 能力:回復魔法EX

 称号:異界の来訪者


俺の当時の表示はこう。


 名前:タケル・ミネカワ

 年齢:−−−

 種族:人?

 状態:健康、不老

 能力:空間魔法EX

 称号:異界の来訪者


 名前はOK。問題ない。

 年齢・・・どゆこと?って思った。

 種族も人?ってなっている。

 その二つは次の状態が関係していると推測した。


 状態は当人の体の状態が表されている。

 健康は文字通り健康なんだろう。問題ない。

 問題は不老。これもまた文字通りで老いないのだ。年齢と種族もこれが理由だろう。実際に350年という年月も生きてきたし。ただ不死とは書いてないので、死ぬような攻撃や状況にあえば死んでしまうと思われるので注意が必要だ。


 能力はこの世界では持つ者はそれなりにいて、一般的なものらしい。

 剣術、火炎魔法、流水魔法、鍛治、剪定、料理などなど多数ある。能力名の数字はその能力の熟練度であり、最高は99。

 しかし、EXについては見たこともないそうだ。効果としては破格で規格外。


 キョウコの回復魔法の場合、生きていれば何でも治る。

 この世界の回復魔法では腕が生えるほどの効果を出すには最高位のものが全魔力を注ぎ込んでやっとらしい。普通の回復魔法では対応していない病気も対応しているし。浄化もできる。EX恐るべし。

 俺の空間魔法の場合、それ自体が稀少な魔法。

 個人的に亜空間を作り出せるし、亜空間内のルールも自在。荷物も作った亜空間に放り込めば手に持つ必要がない。どこにでも転移できる。特定の場所を覗き見ることも繋げることもできる。いまある空間に干渉、位相をずらせば壁にも切断にも使える。あえてもう一度、EX恐るべし。

 しかし、そこまでの能力でも元の世界には戻れなかったが。


 ただし、普通は能力に魔法があっても使えるはずの他の魔法は一切できなかった。EXの弊害なのか。残念でならない。キョウコもそれが判明してから「空を自由に飛べないんだ」としばらく落ち込んでいたぐらい。


 称号は、条件をクリアしたものが手にするもの。称号自体に効果があるものもある。俺たちの称号”異界の来訪者”の効果は、なぜか元から知っていたかのように理解できた。

 内容は、この世界の文字や言葉を理解し使用できることと称号の持ち主が魔力を利用できるようになることだった。


 とまぁそんな感じで自身の能力を認識した後は、情報収集しつつ世界を旅して回った。

 旅をするのに際して必要となるのがお金。こればかりはどこの世界も変わらないようだ。お金が必要なら仕事をすればいい。なら何をするか。そこで色々な仕事をやってみた中、俺たちの魔法と知り得た情報と前職の経験を生かして何かできないかと思いつきによって始めたのがの訓練・育成業。


 対象は戦士や騎士、冒険者だけでなく、勇者、英雄、聖女、王、商人、メイド、執事、狩人などなど。

 冒険者は、強さだけでなく文字を読めたり計算力が必要で、貴族の相手もできないと永くやっていけない。

 勇者、英雄、聖女は称号を得てなることはできる。できるが能力に物を言わせて力まかせになっている者が多いし、称号を得て態度が大きくなり周りに迷惑をかける者もよくいる。なので、ちゃんと精神から技術までしっかりと訓練して、称号に見合うだけの人物に育成する必要が出てくる。

 そこを仕事として請け負っているのが俺たち”ヒーローズブリーダー”だ。


 依頼者の多くは本人よりもその周りの人たち。大体はギルドの管理者や国のお偉いさんだ。おかげで、支払いは確実で額も大きいのでお金に困ることはない。一応言うがちゃんと適正料金でいただいておりますですよ、はい。ぐへへ、がっぽりがっぽり。


 今回も依頼者は国の王様で、勇者はその国の第三王子。内容は勇者としてだけでなく、将来のことも考えてしっかりと教育してほしいとのことだ。なのでしっかりと血反吐も血尿もなく、心をへし折って、精神から肉体までを改造・・・鍛えている。訓練内容は事前に国の人たちと打ち合わせで決定しているので問題ない。ケアもしているし。まぁ訓練実施の際に細かい変更はしているけど。

 ・・・いまのところ血尿は出てないと思いたい。


 「タッケルー?どうしたの?ぼーっと遠くを見てさ」

 「色々と思い出してな。来た頃のこととか」

 「んー。ビックリすることが多かったけど、思ったより早く順応したわよね」

 「あぁ。まさかキョウコがファンタジーが好きだとは思わなかったしな」

 「ふふふ。でしょー?私ってよく筋トレマニアとか人の生き血を啜って生きているとか言われてたんだけど、ちゃんと普通だし、子供の頃は魔法使いになりたかったの。まぁ今なれているかっていうと子供の頃に想像したものとはちょっと違うわね」


 あははーと笑いながら話すキョウコ。俺にとっては本当に意外だったんだよ。付き合って結婚してからもそんな話は聞いてなかったし。実家にはファンタジー系の小説も結構あるらしい。人の生き血うんぬんはスルー。

 あ、そろそろ時間だ。訓練再開しますか。


 「では、大佐。そろそろ定刻です。訓練を再開しましょう」

 「ああ。わかった。始めよう」


 俺の膝枕でゴロゴロしながらキリッと大佐モードされても困るんだがね?起きよ?



○○○



 それから空間時間で半年。

 うえつるくんは詰めに詰め込まれた訓練を乗り越えた。

 色々やって、それはもうがんばってたよ。血尿は・・・察して。


 基礎体力向上のための走りこみをこなせるようになったら、俺の監視下で魔力量の向上のための特殊な鎧を使い、野山を使用した匍匐や障害物走破訓練。


 「重っ!動けねぇえええ!」

 「魔力を意識して的確に操作しないからそうなる。その鎧は魔力的に全部つながっており、必要な箇所に必要なだけの魔力を流さないと全体が激しく重くなる。繊細な魔力操作が養えるぞ。その状態で普通に訓練をこなせるようになったら次の訓練に移る」

 「ぐおおおおおおお!」

 「そこまで行ったら、次は匍匐で移動するぞ」


 普通に生活できるようになったら、次は俺たちと一緒に罠の構築や探索に解除、薬草、食べ物の確保や魔物の解体に地形の把握や追跡術を学ぶ二ヶ月サバイバル教習。さっきの鎧は着たままでだ。

 森の中を散策中には・・・


 「痛っ!刺されたっ!痺れっ!ど、毒っ!」

 「そいつらはアサシンビー。こっそりと近寄って毒針を刺してくる」

 「ああ、あああ、あ、ああ、あ」

 「そいつらの毒は即効性の麻痺毒だ。麻痺している間に巣へ持ち帰る」

 「だ、ずげ、で」

 「わかった。次からは対策しておけよ」


 昼の食事中には・・・


 「ぐううううう!腹があああああ!」

 「採取では食べれるものと食べられないものを見分けないといけない」

 「集中が!重くて動けねええ!」

 「見分けるには実際に食べて学ぶのが一番早い。まぁ見分けられないとそうなる」

 「薬をくれえええっ!」

 「あっはっはー。そこに生えてるのが解毒のできる薬草だ。そのまま食べるとめっちゃ苦いけどな」


 サバイバルの次はキョウコに武具の扱いを、俺からは武具の手入れを学ばせた。


 「もうこんな訓練やってられるかっ!いままで借りを返してやるっ!聖剣召還!」

 「ほう。”ピーッ”の分際で聖剣を呼ぶことだけは一人前だな」

 「だまれ!これでなにもかも終わりだっ!くたばれやっ!!」

 「ふんっ!!!」


 呼び出された聖剣でキョウコに斬りかかるうえつるくん。

 振り下ろされた聖剣を腰につけていたカイザーナックルをすばやく装備し上段正拳突きで迎撃、粉砕したキョウコ。粉砕された聖剣が破片と共に光りになって消えていく。


 「なあああっ!?聖剣がっ!?」

 「よーしよし。殺意をもって刃を向けたならば!その逆も覚悟してのことだろう」

 「ちょ!?待て!俺は」


 どんっ!どんっ!どごっ!めきっ!


 「ぶべっ!!ぼばっ!!ぐへっ!!どおっ!!」

 「打ち込みのやり方一つで吹き飛ばさないようにも吹き飛ばすようにもできる。つまり、極めれば衝撃のみを鎧の向こうにある体内に伝えることもできるというわけだ。その体で味わえ。ふんっ!」


 ずどんっ!


 「ごっ!!」


 殴られた瞬間、大砲の発射音と似た音が響くと同時に、うえつるくんが口から何かを吐き出して飛んでいき、数度地面を跳ねてから転がり止まった。

 手加減されているとはいえ、ご愁傷様です。


 「ごほっ。おげぇっ・・・げぇっ。ふぅ。ふぅ」

 「ふぅー。いい準備運動だったな。おい、”ピーッ”まみれ。明日はどう訓練に望むか決めて態度で示せ。本日は以上」

 「ばび、ずびばぜんでじあ(はい、すいませんでした)」


 アンデットと間違えそうな様相で目や口や鼻から何かしらの液体が滴り、ぐちゃぐちゃのうえつるくん。まだ続きがあるので俺は彼の首根っこを掴んで引きずっていく。


 「さぁ大佐の訓練が終わったから、これより武具の手入れだ。やるぞ」

 「・・・・・・」


 武具の扱いと手入れを一通り教えたら、俺から気配の消し方と探り方を学ぶ。


 「そこっ!」

 「ぎゃあああっ!」

 「ちゃんと気配を消せないからナイフを投げられるんだ。ちゃんと消せ。またはナイフを避けるなり受け止めるなりしろ」

 「ぐうう。そんなの簡単にできるわけないだろう!」

 「できないならナイフが刺さるだけだ」

 「無茶苦茶いいやがって!もう我慢の限界だ!!あの女には負けたがおまえには負けん!聖剣!」

 「ほう。ならこいよ。教えてやる」

 「貴様で溜まった鬱憤を晴らしてやる!はああああっ!」


 俺はブンブンと矢継ぎ早に振り回される聖剣をひらひらと避ける。


 「くっそおおお!避けんなっ!」

 「町のゴロツキレベルだな。それでよく勇者と口にできたもんだ」


 実際には一般の騎士では勝てない速さで振られる聖剣。しかし、俺の相手をするには遅いし拙い。うむ、使用者の身体能力を向上させる聖剣の能力に振り回されている感じがするな。避けるのは止めて、次は聖剣の刃に触れるとナイフが斬れてしまうので剣の腹にナイフを添えて受け流す。


 「うおっ!」

 「そこ」

 「いっ!」


 受け流しによって体勢を崩したうえつるくんの膝に投擲されたナイフが刺さる。


 「そらそらそらそら」

 「あああああっ!」


 そこから追い討ちで、ナイフを連続投擲。聖剣を持つ手の親指が切断されて聖剣を落とし、関節の各所に刃が刺さり動けなくなる。このままだと訓練が続けられないので、読書中のキョウコを呼ぶ。


 「大佐。訓練生の回復をお願いします」

 「あー。わかった。しかし・・・流石、私の旦那。ふふ。容赦なくてカッコいい」


 「しかし・・・」以降は聞き取れないほど小さい声で呟いていて気になるが、うえつるくんは切断した指も刺し傷も一般的にはありえない早さと効果で回復した。


 「さぁ。回復したら訓練再開だ。定位置についたら気配を消して俺の腰にある布を盗りに来い。それかナイフの気配を読んで避けるなり受け止めるなりしろ」

 「くっそ。化け物夫婦が」

 「褒めるな。照れる。それにやり遂げられると思っているからやっているんだ。根性はあるみたいだしな。がんばれよ。うえつるくん」

 「・・・わかったよ・・・あと、名前はウエッツェルだ、です」


 ツンデレ?妻以外のはいらんのだが、まぁいいか。


 寝る前の時間には日課にさせている服の修理で裁縫をさせる。

 今はそれなりに形になったが初めはひどかったな。別の意味でも色々とひどかった。


 裁縫と料理を教える初日の日、俺は簡単な料理も教えるための準備をしていたので、キョウコにうえつるくんへ裁縫の道具を渡すことと伝言を頼んだ。結果、料理の準備を終えた俺の元にキョウコがボロボロのうえつるくんを引きずって来た。詳細はこういうことらしい。


 「傾聴。少佐より伝言だ。これより以降は自分の着る服を自分で直せ。明日にはまたボロボロになるぞ。道具はこれだ。訓練終了まで服を維持できないなら裸で王都に放り出すからな」

 「ぐっ。わかっ、た」

 「あと、料理は少佐に学ぶように。以上」

 「ぷっ。できないのか。女のくせに」

 「・・・よし。魔物の王の前に貴様を討伐してやろう、女の敵め!」

 「ちょ。待」

 「貴様の”ピーッ”は”ピーッ”で”ピーッ”を”ピーッ”して”ピーッ”だ!」

 「ぎゃああああっ!死っ!ぐげっ!死んじゃ!すぼっ!すいまっ!」


 懲りないやつ。

 あと訓練の合間に俺とキョウコから交渉術、礼儀作法などのマナー研修、戦術戦略の知識、商人、王族としての思想や思考、魔物の知識、薬の知識など必要そうなものを片っ端から学ばせた。


 「一通り習っているだろうが、学びなおすつもりで望め」

 「はっ!了解であります」

 「・・・一応聞くが、礼儀作法や計算は昔に学んだんだよな?」

 「・・・はい。でも、あの、いえ、覚えておりません」

 「・・・大佐の拳こみで覚える?」

 「少佐殿!自分は大佐の拳なしで覚えて見せます!」


 シュシュッ!ぶんっ!ぶんっ!


 キョウコ、いい音させてるね。


 「いつでも拳をごちそうするから言ってくれ」

 「りょ、了解であります!大佐殿!」


 そう返事をしたうえつるくんは真っ青な顔をして生まれたての小鹿のように足が震えていたな。それから必死にやったけど覚えられずに大佐の拳を喰らったのはいい思い出になってほしい。

 それ以外だと訓練中の食事は栄養から強化に必要なものまで的確に摂取させたことか。


 「しょ、少佐殿。実は昔からこの野菜が苦手でして・・・」

 「大丈夫だ。食べろ」

 「あ、あのー苦くて」

 「大丈夫だ。食べろ」

 「・・・はい」

 「食事を残すやつは例え神でもぶっ飛ばすからな。大丈夫だ。食べろ。」

 「・・・はい」



○○○



 こうして、肉体的精神的に調教・・・洗脳・・・じゃなくて鍛え抜かれてラ○ボーの如き勇者がほぼ完成したのだ。

 あとは旅で経験を積んでがんばって魔物の王を倒してくれ。


 「よし。これで”ピーッ”を卒業し勇者として一歩を歩むことになる。よく乗り越えたな」

 「はっ!大佐殿そして少佐殿のおかげであります!ありがとうございました!」

 「うむ。では本日現時刻を持って勇者育成訓練を終了とする!今後、旅にでることになるが決して油断はするな。内心は隠し悟らせるな。背をあずけられる者をみつけろ。訓練を乗り越えたおまえなら必ず成し遂げられる。信じているぞ」

 「うぅ・・・ばっ!りょうがいであじまず!!!」


 バッと音がするほどきれいな敬礼。泣かないように上を向いて耐えるも耐え切れず涙を流す。いつもこのときは感動するんだよな。訓練を乗り越えた者の旅立ちはいいもんだ。そこに鬼教官の優しい言葉が。あ、俺もジーンとしてる。

 キョウコ、締まらないからもらい泣きして出た涙と鼻水を吹きなさい。ほらハンカチ。それと名前も呼んでやるといい。うえつるくんだ。


 違ったかな?


 そんなこんなで空間から出て、夕日に照らされた王都の近くに出る。すぐに王城へ向かった。王城へ到着した俺たちはそのまま謁見の間へ通された。

 うえつるくんの姿を見た王様たちは目を見開いて驚いた。


 「お、お、王子、なのか?」

 「はっ!父上、いえ陛下!第三王子にして勇者ウェッツェル、訓練を終えて戻ってまいりました!」

 「あ、お、よ、よく戻ったな。ふぅー。以前とは違い言葉使いも変わって、凛々しく立派になった。まさに勇者と言われるにふさわしいぞ」

 「ありがとうございます。しかし、まだまだということは身に染みております。今後は旅にて更なる研鑽と共に戦うもの達を得て、魔物の王を討伐してまいります」

 「そ、そんなに急ぐことはないぞ。ちゃんとした準備は必要だからな。それにどれほどの力を得たのかこの目で見ておきたいのもある。なにより、厳しい訓練を乗り越えたのだ。今日はゆっくりと休むがいい」

 「はっ!了解であります!いま、思い返しても、とても・・・とても厳しい・・・訓練・・・でした。いまだに乗り越えれたのが信じられません」

 「だ、大丈夫か?目の光が消えているようにみえるが」

 「はっ!問題ありません、陛下。今ならどのような苦境も散歩するが如く超えて見せましょう」

 「はぁぁ・・・なんとなく、心配な部分もあるが頼もしい限りだな?宰相」

 「そのようですな。これは騎士の者たちも訓練してもらうか検討が必要かもしれませぬ。主に予算的な意味で。んーギリギリ、なんとか、できるやも?」

 「そ、そうだな。宰相ならやりそうだな。まぁ今それはよい。先に話すべき者たちがおる。キョウコ殿、タケル殿。勇者育成訓練でここまでの成果をだしてくれたこと、礼をいう」

 「いえ仕事ですので」


 王様とキョウコが話している中、俺は黙って周りの様子を伺っている。みんなうえつるくんを見て、驚愕!って顔してるな。まぁ初めはくそ生意気なガキ、じゃなくてヤンチャな王子だったし。それに空間内では半年だが外では約半日で、この成果ってのもあるだろう。


 「うむ。では、宰相より今回の依頼料を受け取ってくれ。このあとはどうするのだ?」

 「はい。あとはー・・・どうしようか、タケル」

 「そうだな。しばらくはのんびりだな。まずは飯」

 「ん。ってことで、ご飯食べてのんびりします」

 「そうかそうか。こっちで食事をしていかぬか?」

 「んー・・・いや今回は遠慮します。王都を散歩しながら屋台で食べますので」

 「そうか。残念だが、またの機会にしよう。宿はこちらで取ってあるので、場所は宰相から聞くといい。ではな。王都を楽しんでくれ」

 「「はい」」


 それから俺たちは数日間王都で食べ歩きや色々見て回った。その間、疲れた顔の俺がやけに艶々したキョウコと腕を組んで歩いているのを王都で何度も見かけられたことだろう。詳しくは語らないが、俺は超がんばったとだけ言っておく。

 そして、王都を堪能した俺たちは別の街へ向かった。



○○○



 その後、噂に聞いた話では、うえつるくんは旅で得た仲間たちと共に魔物の王を討伐したそうだ。帰ってきてからは、いままで迷惑をかけた者たちへ謝罪へ回ったり王子として精力的に活動し、当時の仲間の一人と結婚してからは辺境領の公爵として仲間たちと共に暮らしてるらしい。


 俺たちはというと、別の国で仕事の真っ最中。


 「いやああああああ!!」

 「グルゥアアアアアアッ!!!!」

 「こらぁっ!”ピーッ”!前を見て目標へ向かって走れっ!聖女になるんだろうが!聖女っていうのは癒す力で怪我を治す!つまりは衛生兵のようなもんだろう!なら癒す対象まで走っていくのが最善だ!怪我人がくるのを待っていたら救える者も救えなくなる!結論として走るのが必須!」

 「きゃあああっ!こないでえええっ!」

 「この訓練は設置された目標を怪我人として、指定された順番にそこへ目掛けて走るだけだろうが!それなのに目標に向かわず走り回っては意味がない!説明は聞いていたのかっ!?”ピーッ”だから理解する頭がないのかっ!?」

 「理解!できて!ますけど!なんで!ランクAの!クロコダイルランナーに!追いかけさせてるのおおおお!?」

 「速いから?」


 ガチンッ!


 「疑問系!?危なっ!」


 お、いい回避。

 さて、俺は食事の準備だな。聖女候補の子、名前はなんだったか。まぁがんばれ。


読んでいただき、ありがとうございました。

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