悪魔の王と一人の賢者
遥か昔、人が暮らす村の近くに、一人の悪魔がいました。
悪魔は不思議に思っていました。何故、人は争うのだろう、と。
人は土地や食料を求めて、争う。土地や食料を求める気持ちは分かる、それは分かるのだが、何故争うのか。
それが悪魔には分かりませんでした。
悪魔は七二体いました。
他の七一体の悪魔はこの悪魔とは違い、破壊や混乱を求めていました。それに人の争いはとても都合が良かったのです。七一体の悪魔は人々を争わせました。
悪魔には特別な力がありました。炎を操る力、雷を落とす力、幻を見せる力などです。
一人目の悪魔は炎を操る力を人々に見せつけてこう言いました。
「お前達の欲しいものは何だ?もしそれを他者から奪おうとするならば、力を貸そう」
人々は悪魔に力を借りました。他の村の家々を燃やしたのです。
二人目の悪魔は雷を落とす力をもってして、人々にこう言いました。
「我が力をもってすれば、お前達の命などいともたやすく消せるぞ。命が惜しいか?敵を殺せ。さすれば平和が訪れるだろう」
人々は敵を殺しました。自分達の土地を脅かす者達です。
三人目の悪魔は人々に幻を見せて、こう言いました。
「北へ逃げよ。六日後、お前達は東の村の者達から襲撃される。」
人々は、悪魔の言うことを聞いて、北へ逃げました。北には、東の村の者達がいました。
逃げた人々は、東の村の者達に殺されてしまいました。
悪魔は他の七一体の悪魔の様にはなれませんでした。平和を望んでいたからです。
過去、現在、未来のあらゆる事が分かる力を悪魔は持っていました。この力を使い、人々が平和に暮らせる様に国を作ろうと悪魔は考えました。
国には国民が必要です。なので悪魔は人々を集めました。
人々の過去には争いが刻まれています。争いは悲しみを生みます。悪魔には人々の過去が分かるので、的確に人々の心を掴む事が出来ました。
悪魔は争いを無くそうとしている事を人々に伝え、共感させる事で人を集めました。
国には土地が必要です。なので悪魔は土地を手に入れました。
出来るだけ誰もいない土地を手に入れ、人々を住まわせました。悪魔は未来が分かるので、他者からの侵略も上手く避ける事が出来ました。
こうして、悪魔は国を作りました。
悪魔はある時、ふと気づきました。今のままではただの村と変わらない、いつか誰もいなくなってしまうと。
その時、人々の中から一人の若い男が現れました。男は言いました。
「悪魔よ、このままでは、この国は廃れるばかりです。」
その通りです。ですが、悪魔はどうすればいいのか分かりません。
「では、どうすればよいか。この国を守るには何でもしよう」
悪魔は男に訊きました。それに、男はこう答えました。
「人々で協力しましょう、仕事を分担するのです。一人ひとりが支え合って生きるのではありません、集団で生きてゆくのです」
悪魔は納得しました。それぞれが同じ様な働きをしていれば、それは停滞と同義だと悟ったのです。
悪魔は男を賢者と呼びました。賢い者、男にふさわしい名でした。
賢者は考えていました。集団で生きていこうとしても、あくまでそれは個の集合体であると。個である限り間違いは起こるのだと。間違いは、国を滅ぼす事になりかねない、と。
長い時間悩み、考え続けて賢者は一つの答えを出しました。
「――王が必要です」
賢者の答えはこうでした。ただの『国』ではない、『王国』を作るべきだと。
「個の集団ではいつしかこの国の中で争いが起きるかも知れません。王が、皆を導くのです」
ただ一人の王が、皆を導く。これが賢者の考えです。
「……誰を、王にすべきか」
悪魔は賢者に問いました。本当は、自分でも分かっているのです。
「貴方様です、悪魔よ」
「私が、王、か……」
悪魔は戸惑いました。建国こそすれ、それ以降悪魔は表舞台に立つ気は無かったからです。
悪魔は王になりました。賢者は王を補佐する者となりました。
悪魔の国は、とても良い国となりました。人々が幸せでいられる、そんな国になりました。
王国として、悪魔の国は永らく栄えましたとさ。