三度目の笑顔
「この程度ならばサーディルならば簡単でしょう。」
講師の先生が私を指名する。登板された問いは明らかに習っていない内容だった。
「サーディル?」
「はい、その問いは…」
私が答えれば講師は忌々しそうに私を見てくる。この人はあの噂を信じているんだろうな。なんて漠然と思う。だから、私に劣等生というレッテルを張り付けて追い出したいのだろう。
なんだかもう、疲れたな…。ペンを投げ出して頬杖を付く。
「サーディル様。次の講義の時間、自分に手解きをお願いしたいのですが」
私の前に一人の男性が立ちはだかる。
黒髪。
「申し訳ありませんが、手解きをできるほど優秀ではありませんので。」
「そんな、ご謙遜を。黒髪持ちではありませんか。ぜひともお願いします。」
「ですが、」
「なら、私にもお願いいたしますわ。」
「私も、お願いいたします」
一気に囲まれてしまう。誰一人として髪色がわからない。
「私はっ」
「さ、サーディル様。参りましょう」
有無を言わさない勢いで連れていかれる。逃げようにも、左右を固められてしまえば逃げ出せそうにない。魔術を使えば…。
「最初は自分からお願いします。」
演練場に着けば、中央に押し出され男子生徒と少し離れて向き合う。
何の魔術を使えばいいかなんてわからない。けれど開始の合図は高らかに響く。
彼は合図ととも魔術を放つ。黒い塊が私に向かってくる。
この魔術が水なのか風なのか土なのかわからない。けれど、私にはもう火属性しか使えない。
「『燃え上がる焔よ、焼き尽くせ』」
黒い塊に向かって手をあげる。しかし、反応しない。
まさか…。
迫りくる黒い塊を避けようとするが、追尾魔術も組み込まれていたのか、あっという間に黒い塊に追い付かれ、肌を焦がすような熱さに包まれる。
「『かの呪を無力化せよ』」
光属性の魔術を唱えることで巻き付く炎を無力化する。けれど、火傷を負った身体では立っていることすら難しい。じくじくと刺すような痛みが体中を襲う。
「あら、優秀なサーディル様がどうなされたのですか?」
「黒髪持ちの方はこんなに弱いわけありませんもの、手加減してくださっているのですわ」
「まぁ、優しいお方ですわ」
好き勝手言う女生徒。私を囲むように立つ同級生。
「…リリー様の痛みはこんなものではありませんもの。」
「もっと苦しんで貰わなければ」
その言葉に全て悟る。この人たちは妹の取り巻きの子たち。手解きなんて嘘だったのだと。最初から、仕返しをするつもりだったのだと。
なんてバカバカしい。なんて愚かだろう。
くだらなさすぎる。そんなことのために魔術を使うのか。
それを見抜けなかった私は、なんて、無様なのだろう。自嘲の笑みが零れる。
じくじくと刺すような痛みは愚かな私を責めるようだ。
あぁ、もう、いっそ…。
「『我が身に宿りし…」
「サクラ!?お前たち、何をしている!」
大きな声とともに人垣が払われる。
「酷い…。誰か、先生を…いや、俺自身が行った方が早いな。」
マントにくるまれたかと思えば浮遊感とともに近付く声。
「お前たち、覚悟していろ。」
聞き慣れた声なのに、冷たい。
「すぐ連れていくからな。…俺が光属性の魔術が使えれば…。」
マントに擦れる皮膚が痛い。けれど、それよりも懺悔するような声の方が胸に刺さる。
あなたが謝る必要などないんですよ。
グレン様。
「これは…すぐ手当てする。」
患部に先生の手を当てられて光が私を包み込む。ゆっくりと傷が癒えていく気がする。けれど、刺すような痛みは取れない。
「なんでここだけ…」
「先生、もう構いません。」
足の付け根を見れば爛れた痕。おそらく、最初に魔術が当たった部分。だから魔術の効きも悪いのだろう。なおも治癒魔術をかけようとする先生の手を制止する。
「だが、」
「いいんです。気にしてません。それに、こんなところ見ようとしなければ見えませんから」
まだじくじくと刺すような痛みを放つ痕を撫でる。不快感は残るものの幾分かましだ。
「サクラ。それは誰がやった。言え。」
「……言えません。」
「言え。」
「言えません。」
「言えっていっている。」
「言えません。そんな…今にも人を殺しそうなグレン様の顔を見て言えるわけありません。」
瞳孔の開ききった瞳。私が名前を言えば今すぐにでも殺しに行きそうなグレン様。そんな彼を見るのは、シュラ殿下が毒殺されかけたあのとき以来だ。
「……殺すなんて、そんなことはしない。」
「グレン様。」
「死ぬよりも苦しい…生き地獄を味合わせてやる。サクラにそんな目に合わせた奴だ、当然だろう。」
「よくありません!」
「おい、落ち着け。サクラ、火属性の魔術は使えたんじゃなかったのか」
「えぇ、その筈です。けれど…」
チラリとグレン様の方を見る。
「もしかして…」
「えぇ、先生の考えている通りです。」
また、私の色は失われた。そのせいで、火属性の魔術も使えなくなったのだろう。
「見えている色は?」
「見えない色を言う方が早いですね。」
自嘲をしながら手を翳す。ほとんど真っ黒な世界。
「ちょっと待て、なんの話だ?」
怪訝そうなグレン様の声。
「あ?何って…」
「先生。」
制止の声をあげる。けれどそれは間に合わなくて、
「サクラの病気の話だ。」
「サクラが、病気…?」
「……もしかして、言ってなかったのか?」
「えぇ…」
「どういうことだ!そんなこと、一言も!」
私がけがもしていなければ掴み掛られていただろう。それほどまでの剣幕だった。
「……先生、どうしてくれるんですか。」
「いや、言ってなかったなんて思わないだろ?お前たち、幼馴染みだろ。」
「そうですけど…」
「詳しく話せ。包み隠さず全部だ。」
幼馴染みという言葉に触発されたのか語尾を強めるグレン様。こうなってしまうと隠し通すのは無理で、大人しく全てを話す。
「つまり、色がどんどん消えていってると…」
「えぇ。」
「治る、のか?」
「治療法はわかりません。治る見込みも極めて低いと思います。」
「先生の他に知ってる奴は?」
「ジェイド様が病気なのは知っています。」
「ユージンやシュラには言ってないのか」
「えぇ。二人の…特に殿下の気を揉むようなことしたくありませんもの。それに、殿下は今、」
私が言い淀むと、グレン様は察したのか頭をかいた。
「あのバカは…。サクラ、あいつはな」
「いいのです。あの子が好かれるのは当たり前ですから。」
グレン様の言葉を遮る。言葉の続きを聞いてしまえば、認めなくちゃいけなくなる。他の人から見ても、二人は…。
その事実に、私は堪えられる自信はまだない。もう少しだけ、夢を見させて欲しい。
シュラ殿下は私の婚約者なんだって。
「サクラ。お前は…幸せか?」
一瞬何を言われたのかわからなくなった。
幸せ?
そんなの…。
「さぁ、どうなのでしょうね。グレン様にはどう見えますか?」
そう笑った私をグレン様は刺されたような顔で見ていた。