それが大切だったのに
加筆修正を行いました(5/28)。
謹慎が解け、1週間ぶりの学院。
相も変わらず私の視界は黒だらけで、魔術も使えなくなっている。
「まぁ…あの方どんな顔で…」
「あの方のせいで…」
「リリー様もお気の毒に…」
学園に入れば突き刺さるような視線と噂話。魔力を暴走させたことで私は学院で遠巻きにされていた。耳をすませば聞こえてくるのは1つの噂話。
『サクラ・サーディルはリリー・サーディルを故意に怪我させた。そのために多くの人を巻き込んだ。』
勿論そんな噂話は無実無根だ。故意に魔力を暴走させるなんてことは出来ないし、させる必要もない。
“そんなことしていない。”何度も繰り返し言い返した。なぜ私がそんなことをしなければいけないのか。私は、魔術を人を傷付けようとするために使っていない。
けれど、学院の人達はそうは思わなかったらしい。
魔術の才能に溢れた妹と魔力を暴走させるような劣等生の私。誰にでも好かれる…神の愛娘と呼ばれるような妹と人付き合いの下手な私。二人を比較しても、愛されるのは誰かなんて火を見るより明らかだった。
「あんな人、学院にいらないわ。」
「先生方も、早く退学にされればいいのに…。」
「しっ…聞こえてしまっては、今度は私たちが怪我をさせられますわ」
だれが、人を傷付けようとなんかするもんか。魔術はそんなことのために使うものじゃ…。
『サクラ、魔術は人を幸せにするために使わなくてはいけない』
「お姉様!」
「リリー様?危ないですわ」
妹の取り巻きの女生徒が声をあげる。
まるで私が妹を襲おうとしてるような。さも獰猛な生き物のような言い方だ。
「何故ですか?お姉様はそんなことなさいません」
「リリー様…。なんてお優しい方なのでしょうか。」
「申し訳ないけれど、リリー。私行くところがありまして、後でもいいかしら?」
「え…わかりました…」
悲しげな雰囲気の妹を慰めながら、取り巻きの子達は私を睨み付けた。その視線から逃げるようにその場から立ち去った。
逃げるように訪れたのは空中庭園。前のように色彩溢れた場所ではなくなってしまったけれど、この場所は私にとって大切な場所でしかない。
「それも、私だけかもしれないけれど…。」
私の椅子を撫でながら小さく呟く。
突き刺さるような視線と口さがない噂話。事実無根なのだからと気にしないようにしていたけれど、思ったよりダメージを受けていたのかもしれない。
苦しい。
辛い。
もう嫌だ。
なんで私が。
そんな答えのない問いが私につきまとう。今、私はきっと酷い、醜い顔をしていることだろう。そんな私は見せたくなくて机へと顔を押し付ける。
「サクラ?」
「あ、サクラちゃん。」
上から降ってくる声に肩が揺れる。会いたくなかった。今は一人にして欲しかった。
どうか、このまま…。
けれど、私の願いは届かない。
「サクラ?」
「眠っているんじゃないか?」
「えー…久し振りに会ったから話をしたかったのに」
椅子を引く音と共に人が留まる気配。
「ねぇ、あの噂どう思う?」
今一番聞きたくなかった話題。
「噂って言うと、サクラが故意に魔力を暴走させたってやつ?」
「そう。サクラちゃんに限ってそんなことしないと思うんだけど…」
「リリーも巻き込まれたとしか言わない。リリーが言うならばそうなのだろ。」
彼らの会話に冷水を浴びせられた様だった。彼らは私のことを信じていなかった。
幼い頃から共にいたのに、
私の言葉より妹の言葉を信じるのですか…?
「サクラがそんなことするわけないだろ。妹を傷付けようとなんかする奴じゃないのは俺たちが一番わかってる筈だろ!?」
「グレン。まぁ、そうなんだけどさぁ…最近のサクラはおかしくない?」
「それは…「んんぅ…ふぁぁ…」
ジェイド様の言葉を遮るように声をあげる。少し態とらしかったかもしれない。でも、そうでもしないとジェイド様は話してしまうだろう。私の病気について。そんなこと望んではいない。こんな病気を知られたくない。
「サクラ?」
「ユージン様…?ジェイド様、グレン様。シュラ殿下まで。どうかなされたのですか?」
「たまたまサクラを見かけたからさ。起きるまで待ってようかなぁ。なんて」
「え、恥ずかしいです。変な寝言は言ってなかったでしょうか…」
今起きましたよ~なんてアピールすればミッションクリア。
「大丈夫だ。それより、額が赤くなってる。」
「顔を伏せていたからでしょうか」
額に手を添える。小さく光属性の魔術を唱えれば赤みも直ぐに治まるだろう。
「サクラの魔術は相変わらずスゴいな。」
「そんなことありません。」
黒髪なら当然のこと。それに、もう私には火と光と闇しか使えない。
もういっそここで泣きわめいてみようか。色が失われてるのだと、魔術がどんどんなくなっているのだと…。
妹を見ないで私だけを見ていて欲しい。甘い言葉も優しい手も、全部私だけにしてって喚いて…。私だけを愛してるって、そう言って欲しい。
全てを曝け出して…。
そこまで考えて誰にもわからないように自嘲する。
そんなこと出来るわけない。いい子にしていなければ。求められるようないい姉、いい妹分、………いい婚約者でいなきゃいけないのに。
ロストカラーシンドロームを発病してから、私は弱くなってる。力でも、精神的にも。
「サクラ?」
「あ、申し訳ありません。そろそろ教室に戻らなければ。」
「あ?そうか。」
「サクラ、途中まで送っていく。」
「グレン様、大丈夫です。」
「いい。行くぞ。」
グレン様が私の手を引いて歩き出す。記憶よりも大きくて、剣たこが出来た男性の手。懐かしいような気恥ずかしいような気持ちになりながらも振り払うことはせず、その場から歩き出す。
「グレン様、良かったのですか?皆様まだ教室に向かっておられませんし…」
「俺も次の時間は講義だからな。あいつらは…休みだろう。」
苦虫を噛み潰したような顔で私を見る。その顔に私は悟る。皆様、サボりなのだと。
「…皆様、お休みなのですね。」
「口酸っぱく言うのだけどな。最近は少し多い。特にシュラの奴はな。」
「ユージン様も最近シュラ殿下が抜け出すことが多くなったと」
シュラ殿下に何があったのか。気付きたいようで気付きたくない。
もう少しそこから目を逸らしていたかった。
「シュラ様!」
聞き覚えのある声が空中庭園に響く。そして、ふんわりと漂ってくる甘い香り。
「リリー。」
「シュラ様、探しましたわ。どちらにもおられませんから。」
「すまなかったな。リリー」
「リリーちゃん。あぶ…」
「シュラ…!」
ジェイド様の声に思わず振り返ってしまい、振り返ったことにすごく後悔した。
「ったく、お前は。」
そこには優しく抱き締め合う男女。その姿を咎める姿もない。むしろ、微笑ましそうな姿さえ見える。
―――――――――パチン。
また、どこかでスイッチの消える音。
それと同時に頭が冴えてくる。先程までの泣きわめいて仕舞いたくなるような激情もすっかり消え失せてしまっている。その代わり、なんだか無性に笑いたくなる。可笑しくもなんにもないはずなのに、なにかが沸き上がってくるような感覚。
「ふふ…」
「サクラ?」
「あっ…失礼しました。」
チラッと後ろを振り返る。そこには先程と変わらない光景。
「グレン様、参りましょう。」
あの場所には私は似合わない。
ならば、明け渡してしまえばいい。
「きっと私はもういらないってことでしょうね。」