足音が近付く
加筆修正を行いました(5/28)。
失色症についての記述を少し変更しました(6/15)
「おかしい。なんで…」
廊下を歩きながら小さく呟く。
さっきまで見えていた筈なのに黒くなっていく。
黄色に続いてオレンジまで消えて…違う、黒くなってしまった。
落ち着かなきゃ。きっと疲れているだけ。そうじゃなきゃ、色がなくなるなんてあり得ない。少しずつ大きくなる不安から逃げるように言い聞かせる。保健室で少し休ませてもらおう。そうすればきっと…。そうと決まれば、顔をあげて保健室に向かう。
けれど、神様は残酷だ。
ガラスに写り混んだ私の胸元に輝くはずの紫のアメジスト。そこには…。
慌てて保健室に逃げ込めば、立ち竦む。そのまま自然と視線は足元へ。
「サーディル?」
俯く私に怪訝そうな声がかかる。
「先生…。」
白衣を着た先生。けれど、また髪は淡灰色見えてしまっていた。
「先生、髪が…」
「髪?」
跳ねてるか?なんて髪を弄る先生。
その姿に、「先生の髪が、ホットサンドのタマゴが、シュラ殿下のネクタイがモノクロに見えるんです。私、可笑しくなったんです!」そう声をあげてしまった。
突然、声を荒げた私に驚いたように見る先生。しかし、先生は落ち着いて私を椅子まで誘導した。
「ちょっと待ってろ。」
先生はそれだけ言うと、保健室に備え付けられているキッチンで何かを作り始めた。
「ほら、ココア。少し落ち着け。」
差し出されたコップをおずおずと受け取る。中身は黒くなくて、よく見るココアの色。
それだけなのに、すごく安心した。湯気のたつココアに口をつければ、ココアの甘さが身体に行き渡る。
「落ち着いたか?」
「はい…先程は失礼しました。」
「いや、気にするな。それで、さっきの話だけどな。もう少し詳しく話してもらえるか?」
「はい。初めて黒く見えたのはホットサンドのたまごです。それから、月が灰色に見えて…今日、話しかけて下さったクラスメイトの髪が黒髪に見えていました。それから、先生の髪も…」
何度見ても先生の髪は淡灰色。確か、先生は淡い紫色の髪色だったはず。
私の話を聞いて、先生の顔は少し恐くなった。
「失色症候群って知ってるか?」
失色症候群? 初めて聞く言葉だ。症候群っていうから、病気なんだろうけど…。
「医術師のなかでも一握りしか知らない。本当にあるのか眉唾物だったんだがな。」
「その、ロストカラーシンドロームって、なんなのでしょうか?」
「ちょっと待ってろ。」
そう言って、本棚の本を一冊取り出した。そして、ある一ページを指差しながら話し出す。
「失色症ってのは、その名の通り病気の1種だ。伝承に近い病気で、情報も少ない。原因不明の病気で、いつ誰が発症したか詳細がほとんど残っていない。それ故に治療法も全くわからない。ここにあるように、光魔術でも効果はない。ただひとつ、色が失われるということだけが明らかになっている。早さはわからないが、ひとつずつ色が失われ…最後に残った一色が消えれば、」
そこで先生は口を閉ざす。その先は本にも書かれていなかった。
「色が失われる…」
「失われるというのは語弊があるかもしれないな。モノクロに見えると言うのが正しいかもしれない。淡い色ほど白に、濃い色ほど黒に見える。サーディルの話を聞くと、ロストカラーシンドロームを発症した可能性が高い。」
「私が、」
嘘だ。そう信じたかった。たまたま調子が良くなくて、目がおかしいだけだって。治癒魔術で元通りになる。そう…信じたかった。でも、何処かで納得している私がいる。
黄色、オレンジ色、紫色。もう3色も消えていった。これは調子が悪いでは片付けられないことは明白だ。
― 色彩は救いだ。
昔読んだ本にそう書いてあった。なら、色彩が欠けていく私には、救いはないのかもしれない。
「サーディル、サーディル!」
「え、あ…」
はっとすると、心配そうに見ている先生がいる。何も言わず反応もしなければ困るだろうに、私は何をやっているのだろうか。
「すみません…」
「いや、俺も悪かった。突然言われても不安になるだけだったのに。配慮が足りなかった。」
頭を下げる先生に慌ててしまう。私なんかに頭を下げる必要なんてないのに。
「そんな、先生、頭を上げてくださいっ…。私、頭が可笑しくなったんじゃないかって不安になったんです。でも、違った。それだけでも良かったです。」
そう言って笑えば、先生は痛々しそうに眉を寄せた。上手く、笑えなかったのかな。先生、と声をかけようとすれば、頭をぐしゃぐしゃと撫でられる。
「なにかあったら相談しに来い。何にも出来ないが、話だけでも聞いてやる。」
そう言って、先生は笑った。
話を聞いてもらえる人がいるだけでも心の持ちようが変わる。何にも出来ないなんてことないんですよ。言いたいことは沢山あったけど、声にならなくて頷くしか出来なかった。
「さて、当面の問題は魔術実習か。髪色が見えないのは痛手だな。」
「そうですね。」
王立魔術学院。私が通う魔法学校。
ファルディア王国の国民は創造主と精霊王、魔王の加護により魔術が使える。
創造主とはこの世界を造り出したと崇められている神様で、王家の血筋はこの創造主から産まれたと言われている。精霊王と魔王は名の通り精霊とマモノを纏める王様。人に友好的な精霊を精霊。非友好的な精霊をマモノと呼んでいる。ただ、人が分けた呼び方であって、精霊は精霊だと私は思っている。
その加護の下で私たちヒトは魔術が使え、その魔力の源は生命であると考えられている。
そして不思議なことに髪の色が属性を司っている。
属性は、風、火、水、土、光、闇の6属性から成る。
風を司る緑髪。火を司る赤髪。水を司る青髪。土を司る黄髪。光を司る銀髪。闇を司る黒髪。属性の強い色が表れるが、拮抗していると属性の色が混ざった髪色が表れることが多い。
風属性はファルディア王国の国民は誰もが使える。一方、光と闇属性は扱えるものが少ないし、闇属性は国内に片手ほどだという。だからファルディア王国では風を司る緑髪を持つものが多く、黒髪はとても珍しい上に恐れられている。
それから、使える属性の多さも生まれによって変わる。平民は1~2属性。下級貴族だと2~3属性。上級貴族だと3~4属性。王族は4~5属性扱える。例えば、シュラ殿下は闇を除く全ての属性を操ることができる。
そして、魔力の属性は受け継がれると言われる。サーディル家は代々、火と土の属性が多い。妹もストロベリーブロンドだ。だけど、私の髪は黒髪。家系を遡っても黒髪は出ていない。先祖返りとは考えにくい。じゃあ、母の不義の子かと言われても、妹と双子であるため違うと言える。突然変異というものなのだろう。
髪色とは魔術の強さがわかる指標であり、見えないのは致命的となる。
「事情を話して実習を免除してもらうか?」
「それはできません。」
大きく頭を振る。
「大丈夫です。こう見えて、私も上級貴族ですから。それなりに魔力はあります。」
「けど、お前は黒髪だろ?」
「えぇ、黒髪ですね。」
伸ばした黒髪に触れる。私の属性は闇。
闇属性は魔王に愛されし者と呼ばれる。魔王は精霊王よりも魔力が高く全属性を網羅する。総じて、闇属性も魔力が高く、多くの属性の高位魔術も使えるため脅威とされてきた。
しかし、いくら魔力が高くとも、視覚に頼っていた分見えない魔法に対しての反応も遅れてしまう。それは大けがにもつながるのだ。そう、先生は言いたいのだと思う。
視えない。それがどれだけ危険な事かわからないわけではない。
けれど、実習を免除されるわけにはいかなかった。
「………はぁ。頑固なヤツだ。」
「すみません。」
「無理はするな。俺はお前の味方だってこと忘れるなよ」
先生の言葉に頭を下げれば、頭をぐしゃぐしゃと撫でられる。その行為を甘んじて受け入れながら、私は全てが変わってしまう。そんな予感をがしていた。