君が笑っていてくれるならなんでも良かった。
「サクラ…」
塞き止められていた感情が溢れ出すように言葉を吐き出した後、彼女はその場に倒れ込んだ。
慌てて駆け寄れば、小さくだが上下動く胸。
気を失っているだけのようだ。
安堵しながらも、サクラの言葉に胸が痛む。
きっとあれはサクラの嘘偽りのない本心なのだろう。
「いったいどういうこと?色が消えていくって…。」
ユージンが戸惑うように言葉を落とす。
サクラは本当になにも告げずにいるつもりだったんだな。
もしあの時、俺が問い詰めなければサクラは俺にも告げなかったのだろう。
「本人から聞くのが一番だけど…そうも言ってられないね。グレンは知ってるんだね。」
「ああ。ユージン、気になるとは思うが、先にサクラを保健室に連れていく。サクラの病気についても保険医に聞くのが早い。」
サクラの身体を抱き上げればその軽さに眉を顰める。
デビュタントを終えた女性をパートナー以外が抱き上げるなんてことは滅多にない。
そんなことをすれば女性側にどんな噂をたてられるかわからないからだ。
それはサクラも例外ではない。
特にサクラは王太子の婚約者だ。エスコートはシュラが全て行ってきたし、記憶にあるのはデビュタント前のサクラのもの。
なのに…。
何を食べればこんな軽さになるんだ。
「行こう」
サクラの身体をしっかり抱え、保健室へと足を向ける
「失礼します。」
「悪いが手が離せないんだ。」
部屋の奥からグラッドフォード先生の声が聞こえる。
「なら、ベッドを借ります。グレン、サクラをここに寝かせて」
「サクラ…?サーディルか?」
ガタガタと音がしたかと思えば、グラッドフォード先生が顔を出す。
「ここ最近はまた落ち着いてきたと思ったのにな。今度は何があった。」
「俺達にも詳しいことはわかりません。ただ…。」
「サクラちゃんがあんな風に泣き叫ぶところ、初めて見たよ…。」
全身から発せられるような慟哭。
初めて聞いた彼女の本音は俺たちが知らなかった、否、知ろうとしなかったもの。
「『色が消えていく』とサクラは言った。あれは一体どういうこと?」
「………失色症って知ってるか?」
「…初めて聞く言葉だね。症ってつくぐらいだから、病気かい?」
「失色症は、」
「失色症ってのは、その名の通り病気の1種だ。伝承に近い病気で、情報も少ない。原因不明の病気で、いつ誰が発症したか詳細がほとんど残っていない。それ故に治療法も全くわからない。ただひとつ、色が失われる…いや、モノクロになるということだけが明らかになっている。」
「サクラはその病気を発症したと言いたいの!?」
ユージンは噛み付くようにグラッドフォード先生を見る。
「あぁ。俺も、ジェイドもサクラの口から聞いた。」
「実際に見えていないところも目にしたよ。」
俺たちがそう口にすれば、苦虫を潰したような表情を浮かべる。
「でも、そんな病気知らない。王宮の書物庫にだって、そんな記述のある本は…。」
「言っただろう、伝承に近い病気だと。まぁ、王宮の書物庫にないのは当たり前だろうな。」
「どういうことですか、グラッドフォード先生」
ジェイドが訊ねれば、グラッドフォード先生は一冊の本を差し出す。
「裏表紙を見ろ。」
その言葉に従い裏表紙を見れば、そこにはうっすらとサインが書かれていた。
かろうじて読み取れるのは“アーテル”
「アーテルとは?」
「アーテル・セレジェーラ・グラッドフォード。燐国に嫁いだ俺の曾祖母様さ。まぁ、俺の生まれる10年も前に亡くなってたけど。」
「この方がロストカラーシンドロームを?」
「あぁ。日記を読む限りな。」
「そのなかに治療法は?」
「書かれていなかった。嫁いだ先は医術が発展した国だったようだが…どれも効果はなかったらしい。」
「治療法はない、ということか。」
「…あれ、」
手記をパラパラと捲っていたジェイドが声をあげる。
「どうかした?」
「ここを見て?」
「なになに、『黒髪でなければ、彼の人は…』この後は掠れて見えないね」
「だが、黒髪か。」
サクラと同じ。気になる点だ。もし、共通点をもっと見付けることが出来れば、
「サクラを助けることが出来るかもしれない。」
「だね。」
「あぁ。」
いくつもの涙の痕。赤くなった目許。
目尻から残った涙が落ちる。
その涙の原因はわからないが、その憂いを取り除いてやりたい。
それが幼馴染みでも、
俺が守りたいのはサクラだけだ。
「俺は、サクラが唯一だ。だからあの馬鹿がやっていることは理解出来ないし、理解したくもない。」
「グレン…。」
「あの馬鹿がこれ以上サクラを悲しませるなら…こいつは俺が貰う。」
「それは…。」
略奪宣言だ。
それは、シュラへの宣戦布告とも取れるだろう。
それでも、幸せにしたいんだ。サクラを。




