夢を見た後で
あのあと少し雑談を交わし、保健室を出て中庭に出てきた。
本当は庭園に行きたかったけれど、もし鉢合わせしてしまったら…そう思うと自然と庭園から足が遠ざかっていた。
中庭に座り込み膝を抱え込む。
先生には言えなかったけれど、もうひとつ気付いたことがあった。
色が消える原因がシュラ殿下の言動なのだと。
自覚したのは最近。青が失われた時だ。そして決定的になったのは赤が消えたとき。
シュラ殿下が私の婚約者となったのは私が黒持ちだったからだ。陛下が私がこの国の脅威にならないための枷をつけるためにシュラ殿下をあてがったのだ。
私が黒持ちじゃなければ、シュラ殿下は妹と幸せになっていた。
「私が黒持ちじゃなければ、」
父も母も私のことを愛してくれたのだろうか。
黒髪というだけで恐れられる。
「こんな髪色じゃなければ、」
そう思えば思うほどこの髪色が嫌になる。いっそのこと刈り取って仕舞おうか。
「なんて、バカなことを考えても仕方ないか」
なにもかも嫌になって考えることを放棄する。
そしてそのまま身体を倒し寝転がる。青臭い草花の匂いは鼻孔を擽るのに、私の目にはその色が映らない。
「シュラ殿下が切っ掛けなら、この恋心を消せれば…」
色は戻ってくるのだろうか。それとも、色が失われるのが抑えられるだけか。
いずれにしても
「そんな簡単に消えてくれはしないもの。この恋心は」
10年という長い月日を経た恋心はそう簡単には消えてくれはしない。
「けれど、シュラ殿下は愛する人を見つけてしまった。なら、私から解放しないと。」
誰からも愛される妹とシュラ殿下。誰が見てもお似合いの二人。私はその二人の障害でしかない。
「ほんと、いやになる。」
今度こそ目蓋を閉じ暗闇へと意識を落とした。
「っ…ひっく…っく…」
どこからか泣き声が聞こえる。必死に泣き声を押し殺すような泣き声。
そのうち、1ヶ所だけがぼんやりと明るくなっていく。そこには幼い少女が膝を抱えて小さくなっていた。
あぁ、あれは私だ。
「何、泣いているんだ」
「え?」
「一人でこんなとこで何泣いているんだ?」
「………みんなが、わたしのかみのけへんだって。くろいろなんてまものみたいっていって」
「マモノ…」
「まものってね、くろいろばかりなの。だから、わたしもまものだって。みんながわたしのこときらうの」
涙を隠すように膝をぎゅっと抱え込む。
「サクラがマモノなわけないだろ?それに、髪色なら俺とはお揃いだな。」
その青年は私と同じ黒髪に黒い瞳。
「この色は特別なんだ。」
「とくべつ?」
「そうだ。幸せになるために、愛された者の証なんだ。だから、泣くな。」
そう言って青年は幼い私の頭を撫でた。慰めるようにけれど力強く。
「わたし、しあわせになれるの?みんな、わたしのことなんてきらいなのに。」
「俺はお前を…サクラを大切に思っているよ。」
「なんで?はじめてあったのに」
「サクラは、俺の大切な人だからだ。それに、俺だけじゃない。サクラを大切に思うものはたくさんいる。」
「うそよ。おとうさまもおかあさまもわたしのこときらいだもの。」
「嘘じゃない。サクラ、お前は愛されているよ。ほら、周りを見てごらん?」
青年がそう言うと、幼い私の周りにはたくさんの精霊が集まっていた。そして、なかにはマモノも。
「サクラ、お前は愛されている。だから、泣くな。黒髪だからと泣かないでくれ。黒髪はお前が愛されている証なのだから。それでも、悲しい、辛いと言うならば俺の名前を呼べばいい」
「おにいさんを?」
「そうだ、俺の名前は…」
徐々に光は消えていく。そして残ったのは青年だけだった。
青年の眼差しは私を真っ直ぐに突き刺す。
「なぁ、俺は間違っていたのか?お前が幸せになれる。そう思ってあの女性にお前を託した。」
後悔するように青年の顔は歪む。
「俺は、祝福を与えたつもりだった。だが、お前はそれで苦しんでいる。俺は、間違ったのか?」
私は、答えられなかった。
黒髪で苦労した。辛いも思いもたくさんした。
父や母のように赤髪…黒髪以外の髪色だったらと思ったことは何度もある。
無責任に、そんなことない。なんて言えなかった。
「私は…間違っていない、そう言ってあげられないわ。黒髪で苦労したことも辛い思いもたくさんしたもの。でも、間違っていたとも言えない。黒髪のおかげで彼らに…貴方に会えたから。」
そう言えば、青年は泣き笑いを浮かべた。見ているこちらまでが哀しくなるほどの無理やり上げた口角。
「それにね。貴方が思っているほど、悪くない人生だった。私は独りじゃなかったから。」
辛い、悲しいと思った時、いつだって彼が傍にいてくれた。歳を取って、口に出さなくなった後も、独りだ。そう思ったことはなかった。
「ほんと、敵わねぇなぁ…」
青年はくしゃりと髪を掻き乱す。口許は笑っているのに、隠された目尻は情けなく下がっていた。
「幸せになって欲しいのに、上手くいかねぇ。お前を…サクラを辛い目に合わせてばかりだ。」
懺悔するように吐き出される後悔に思わず
「大丈夫。充分幸せだよ。」と口から出ていた。
食べるものに困ったこともないし寝る場所にも着るものにも困ったこともない。どちらかといえば幸せな部類に入る。
ただ、両親からは愛されなかった。それだけだった。
「だからこそ、お前には幸せになって欲しいって願っていたんだ。今も昔も。」
まるで私の心を読んだようにタイミングよく発せられた言葉に肩が震える。
「サクラ。お前は、幸せか?」
発せられた言葉に応えることなく、意識が浮上する感覚に襲われる。
そして、ゆっくりと目蓋を開く。
そこは相も変わらず、黒に侵食された世界で
「幸せに、なりたいよ…」
呟くことしか出来なかった。




