9 恥あらわしのむすめ
この連載エッセイは次回で終了する。こんなへっぽこなエッセイを読んでくださった方々には感謝の言葉もない。一応、今回はエッセイタイトルにしたがって、気もちがモヤっとした2つの記憶を話そうと思う。(だいたい暗くて個人的な話になってしまう)
高専のころ、コンピュータ部というところで、僕はゲーム制作のプロジェクトを立ち上げた。メンバーは4人。他高専のチームがノベルゲームを作って配布していたので、それに憧れたのだ。締め切りは半年後の文化祭で、のんきな僕はそれまでになんとかなるだろうと思っていた。
いま考えるととても無謀だった。僕は自分ひとりですらゲームなんてつくったことがなかった。イラスト、プログラム、企画運営、シナリオ、どの技術も僕には足りず、つまり企画を成功させる要素がひとつもなかった。
案の定、文化祭当日は、完成度7割くらいで、ほとんどデバッグもできないままゲームがリリースされた。最後の3日間は、メンバーをほぼ徹夜にさせた気がする。さらに僕のダメなところは、反省せずにそのプロジェクトをもう1回やって、2回とも失敗したことだ。つまり2年間バカをしたことになる。ゲーム制作が途中で頓挫することを俗に「エターなる」というらしいけど、まさにエターなりかけた。そのときのメンバーには今でも頭が上がらない。僕はそれから何かのプロジェクトを立ち上げるたびに、変に慎重になった。
もうひとつは、同じ高専で吹奏楽部に所属していたころ、僕は副部長をしていた。上の学年の部長が研究と就活で忙しいということで、僕は実質的に部長の仕事をしていた。これがあまりよくなかった。僕はやりがいもあまり感じられず、なかば投げやりに部活の運営をしていた。おかげで部員内から不満が募り、全体ミーティングが開かれて、みんなの不満を聞くことになった。これまた僕のダメなところは、そこで1度も謝罪をしなかったことだ。たぶんその時の僕は、謝る理由が本当にわからなかったのだと思う。いま考えるととてもおそろしい。一応、いまでは部員のほとんどの後輩と仲良くさせてもらっているけど、さすがにこのエピソードを話し出したことはない。たぶんみんなは「そんなこともありましたね」と笑って言ってくれると思うが、僕自身はビクビクしている。いま、あの問題がもう一度起こったら、僕はちゃんと謝罪できるかどうか。
以上、これが僕の痛すぎる過去である。先日あのコンピュータ部に行くと、顧問の先生が、当時僕らがつくったゲームのポスターやジャケットを部屋から取りだしてきて、後輩に見せはじめた。8年も前の作品なのに、よく残しておいてくれたなと思う。形に残るものがあると先生もすこし嬉しかったみたいだ。ちょっとでも後輩の参考になればいいなと思うけど、エタ―ならないことを祈る。
小説を書くときに、「こうすれば良かったんだよね」と代わりに登場人物に動いてもらう時がある。もちろん「こういう失敗って学生時代によくあるよね」とも言えるのだけど、いまだに僕は10代の「よくある苦い失敗」を、小説でもうまく書けない。それは僕自身がうまく過去を精算できていないからだろうか。過去を精算するいい方法はひとつ、当時かかわった子たちとそのことについて話して、笑いとばすことだと思う。
サブタイトルは『秘密が見える目の少女』(リーネ・コーバベル著 早川書房)の少女の名前です。目を見つめると、相手のいちばん見せたくない過去を相手に見せる能力(という最強攻撃)をもっています。どんな悪者でも人間くさい部分が出ておもしろいです。こわいけど




