8 あまたの書、あまたの人
最近、まじめに小説を読むようになった。
作家を少しでも目指しているわりには、僕は読書経験が少ない、と思う。聞いた話によると、多くの人は子どものころに児童書や絵本を読んで、おとなになっていくにつれて小説を読まなくなる。ほかの趣味ができたり、ビジネスマンなら自己啓発書などを読むようになるかららしい。僕も似たようなもので、確かに小学校ぐらいまではけっこう本を読んでいた。ふり返ってみると、小さいころは寺村輝夫さん(「ぼくは王さま」「かいぞくポケット」「こまったさん」)や斉藤洋さん(「ルドルフとイッパイアッテナ」「なん者ひなた丸」)の本が記憶にある。
高学年になると海外の児童文学にはまって、ダイアナ・ウィン・ジョーンズ(「ハウルの動く城」原作)やエミリー・ロッダ(ローワン・デルトラクエストシリーズ)を読んでいた。たぶん本の装丁がきれいだったからだと思う。それらの多くは、ファンタジックな絵で有名な佐竹美保さんが挿絵を担当されていた。小学生の僕は表紙を見ただけで佐竹さんの絵かどうかわかった。(このころにいちばん衝撃を受けた本は、ミヒャエル・エンデの「モモ」だった。)
中学生になると、学校の朝のホームルームが始まる前に、10分間の読書の時間があった。僕はそのときマジメな性格だったので黙々と読んでいた。だいたい面白い小説は、はじめの数ページを読んでしまうと続きが気になって、朝の10分間だけでは物足りなくなる。なぜかそのときは谷村志穂さん(「結婚しないかもしれない症候群」「海猫」)の少しエロティックな小説が好きだった。そのサラリとした文章が好きになり、いまでもその好みの傾向は続いている。
高専時代に入って、学校の図書館にライトノベルがたくさんあったのでそれにハマった、というわけではなく、あまり読書をしなくなった。ライトノベルは電撃大賞をとった壁井ユカコさんの「キーリ」が素晴らしく、そのシリーズを追うだけで満足した。大学生になると小説はもっと読まなくなり、技術書や自己啓発書が多くなった。だけどインターンで1ヶ月間埼玉に住んでいた時は、アパートのすぐ近くに図書館があって、僕はがんばって貸し出しカードを作り、「ハリー・ポッター」「ゲド戦記」と上橋菜穂子さんの「守り人」シリーズを読みあさった。本に興味がなくなっていたわけじゃなくて、単に時間的・心理的に余裕がなかったんだと思う。
そして最近は色々やって、ようやく年に3ケタくらいの小説を読むようになった。とある作家さんは、年に400冊以上読まないと作家になれない、というのだけど、どこまで読書に慣れたらそれができるようになるのかわからない。学生時代に多読をしなかった人は作家になれないという話もある。
時間も限りがあるので、残念ながらシリーズものを読むことはあまりなくなった。ベストセラー小説や資料になりそうな技術書、文学賞や新人賞の受賞作品、読まなきゃいけない古典と、わりと勉強のために読むという感じだ。だけど、必要でも興味のない小説はやっぱり読めないし、結局は読みたいものを読んでいる。どんな本を読めばいいのかわからない、という人もいるかもしれないけど、読みたい本、読める本がいちばんだと思う。
小説を書くようになって、自分の得意なジャンルができた代わりに苦手なジャンルもふえました。昔のようになんでも好きなように読む、というのは難しくなったのかもしれません。これから少しずつ、苦手を克服できたらいいのですが。
タイトルは細江ひろみ「あまたの地、あまたの人」から。




