7 あなたの名前を教えてください
最近は仕事から帰ってきて、コンビニのイートインで執筆することが多い。実家から歩いて10分のところで、田舎の夜だからか、同席する人はほとんどいない。地元のコンビニで書いていると、なつかしい知り合いによく声をかけられる。長いあいだ会っていなかった先輩、同級生のお母さん、母校の先生などなど。人に覚えてもらえて、しかも声までかけてもらえるのだから、僕はとても幸せなのだと思う。
だけど、とても良くないことに、僕は人の名前を覚えようとしない。人の顔は覚えているし、会えばたぶんすぐわかる。けれど名前は全然だめだ。とてもいい人だなと思っている人の名前を全然覚えてなかったり、もう何年もお世話になっている人の名前さえ知らなかったりする。サイテーのやつなのだけど、人の名前をがんばって覚えようとすることに、どうしても抵抗を感じてしまう。受験の英単語や数学の公式を思い出してしまう。
確かに、結構長くつき合っている人が自分の名前を覚えていなかったらショックだ。最近はむかしの知り合いに会うことも多くなったので、「えっと、思い出せない」と言われることもある。まだ僕の顔を見て「見たことある!」と言ってくれるだけましなのかもしれないけど、「確かドラム叩いてましたよね?」とか中身までまちがえられると、おもしろいけど驚く。
小説を書いていると、人の名前を考える機会がけっこうある。最近は1日に3人くらいキャラクタをつくっているのだけど、キャラの履歴や性格を考えたあと、いちばん最後に考えるのが名前だ。間違ってるかもしれないけど、名前はよほど奇抜なものじゃないかぎり、その人の性格や行動にそんなに影響しない。だからスズキでもタカハシでもなんでもいいのだけど、主役級の人物の名前は作中でたくさん呼ばれる。だからそれなりの名前をつけなきゃいけなくて、これにはものすごく時間がかかる。創作で名前はすごくどうでもいいのに、大事で、つけるのに時間がかかる。これは、作品のタイトル(名前)にも同じことが言えて、作品の中身には影響しないのに、とても大事で、いいタイトルをつけるのは時間がかかる。
自分の名前の上にバツ印をつけられるとつらいし、名前をまちがえて載せられると眉をひそめる。人に名前を覚えてもらっていると、まるで自分のことをすべて覚えてくれているように感じる。名前はデリケートで、すごく扱いがむずかしい。ル・グウィンのゲド戦記や陰陽師を思いだす人も多いと思う。
このあいだ、母校の高専で先生に声をかけられた。その人は体育の先生で、僕は1,2単位の授業を受けただけなのだけど、先生は僕を覚えていた。僕が「すごいですね」と言うと先生は、「僕はまあ、新入生ぜんいんの顔と名前を覚えたら、僕の仕事の半分は終わったようなもんだから、そういうふうに決めちゃってるから」と仰っていた。すごい人だと思った。僕もすこしだけ名前を覚えようと思った。もしかしたら、名前はその人の性格に影響するかもしれない。サトコさんならサトコっぽい人かもしれないし、名前に由来や秘めた思いがあるかもしれない。そう考えると、名前に少し興味がわく。
最近は読めない名前も多いみたいですが、名前は人に呼ばれてなんぼなので、読みやすい方が良いですね。さとし、てつじ(哲司)のような読み間違いぐらいはいいですが、あてずっぽうでも読めない名前だと、呼びようがない……




