5 牧師さんと僕
大学に登校中、道ばたで、車に乗った男性にケチをつけられたことがあった。さっき交差点ですれちがったときに、僕が男性のカオを見て笑ったと言うのだ。僕は普段からにやにやしているので、それを見て勘違いしたのだと思う。僕は男性とすれ違ったことすら知らなかったのだけど、男性は「おまえ、笑っただろ」と怒った。僕は昔のころのことを思い出した。
僕の母と祖母はクリスチャンで、今でも毎週日曜は教会に行く。そこは地元の小さなプロテスタントの教会で、僕も子どもの頃によく遊びに行っていた。牧師さん家族が住んでいて、僕はそこの子どもと一緒に礼拝中に遊び、静かにしなさいとよく怒られていた。子どものころの僕は賛美歌を少し知って、イエス・キリストが生まれたときの話を、紙芝居でなんども聞いた。子どもたちからはゲームボーイやマリオカートを借りた。
そこの牧師さんは、とてもおだやかな人だった。眼鏡をかけ、目尻が垂れ下がっていて、スーツがよく似合っていた。優しさが全身からにじみ出ていた。怒ったところも見たことがあるのだけど、ちっとも怖くない。もっぱら叱るのは奥さんの役目だった。
おとなの礼拝の途中に「子ども礼拝」という時間があって、子どもたちが礼拝堂の前に立って牧師さんの話を聞く。僕はぼんやりと牧師さんの説教を聞いていた。けど、どういう話だったかよく思い出せないし、言葉を文字にするとどれもこれも安っぽく感じてしまう。断片的に思い出す言葉は、「すくいぬし」「イエスさま」「見守ってくださる」とか。そう、あと歌がめっちゃ上手で、すこし高いアカペラでよく賛美歌を歌ってくれた。
「もろびと、こぞりて、むかえまつれ」
ぶあつい賛美歌の本はつかわず、模造紙にかいた歌詞を見て、僕らは一緒に歌った。僕は、世間話のあいだにちょいちょい出てくる、イエスさまのありがたさはよくわかっていなかった。牧師さんの優しい声があったから聞けていたようなものだ。
僕が小学校高学年あたりになると、教会に行かなくなり、そのうち牧師さんが別の地方の教会へ移ってしまった。それ以来、やりとりは年賀状くらいになってしまった。
男性にケチをつけられたときの話に戻すと、僕は頭が混乱して、「知らないです」と言うしかなかった。男の人は納得いかない様子で去っていった。もしあの牧師さんだったら、こんなときにどう返すのだろうか。普通に反論するのか、それとも「まあまあピリピリしないで」と教えさとすのか。たぶん前者だと思うけど、もし僕がこの話をしたら、「それは不運だったねえ」なんて言ってニコニコ笑うかもしれない。僕は男性のカオを見て笑ってはいないけど、不快な気もちにさせてしまったのなら、謝ったほうが良かったかなあと思っている。
いま思い出すと、夏合宿に行ったときの牧師さんの水着姿とか、部屋でふたりっきりで寝たときの背中とか、どうでもいいことしか思い出せない。




