肆殺
俺と伊佐南美が校門を潜ると、やけに静かだった。というか人の気配すらしない。只一人を除いて。
「……服部銃兵衛さん、そして服部伊佐南美さんですね?」
それはスーツ姿の眼鏡を掛けた背の高い女性だった。
「……そうですが、えっと」
「私はお二人をお迎えするよう理事長から仰せ頂いた者です。早速ご案内致します」
女性に連れられ、俺と伊佐南美は学園内に入った。そこは外から見たとおり、かなり広い。何処も彼処も綺麗で立派。来賓者用の入り口から来賓用スリッパに履き替えた俺と伊佐南美は女性連れられ、校舎の中を歩く。そこもとても綺麗な内装だった。流石は元女学校。少しして、女性はとあるドアの前で止まった。そこには『理事長室』と書かれているプレートがかけてあった。
「(コンコン)失礼致します」
女性はノックをして中に入る。俺達二人もそれに連れられて入る。理事長室はとても明るい雰囲気を醸し出す造りだった。綺麗な来賓用テーブル、華やかに飾られた花、本棚にはビッシリと本が並べられている。
「理事長、編入生二名をお連れ致しました」
「はい。有難う優子さん」
目の前にある後ろを向いている椅子が回り、現れたのは、なんと少女だった。少女と言っても俺よりも年上の様だ。長い金髪のツインテール、綺麗な白い肌、赤い瞳、そして少女が着ているのは、伊佐南美が着ている制服と同じデザインの服だった。
「初めまして、服部銃兵衛君、服部伊佐南美さん。ボクがこの学校の理事長の嵐崎紫苑です。こっちはボクの秘書の北条優子さん」
「どうも初めまして。以後お見知りおきを」
「……どうも。服部銃兵衛です」
「服部伊佐南美ですー」
俺と伊佐南美は会釈をする。相手は一応年上みたいだし、理事長だ。あの男のコネで入った以上、失礼が無い方が良い。
「それで早速だけど、何か質問はあるかい?」
「……色々と聞きたい事はありますけど、何で人がいないんですか?」
俺が一番気になっていた事を聞く。今日は水曜日。普通に学校のある日の筈。なのに人がいない。これは何故だ。
「ああ。今日はこの学校の設立記念日でね。だから今日はお休みなんだ」
「そうですか。じゃあ次に聞きますけど、光元は理事長とは古い付き合いだと言ってましたが、理事長はおいくつなんですか?」
「ボクかい? ボクは今年で十七だよ」
「……とても古い付き合いには思えませんが」
「そりゃそうさ。光元さんはボクの祖母と古い付き合いなんだ。でも祖母が死んで、孫のボクが理事長をやっている訳だ。ちなみに母はボクが生まれたと同時に亡くなってね」
「……すみません。失礼な事を聞いてしまいました」
「気にしないで。よくある話だから」
「あ、私からも良いですかー?」
すると横から伊佐南美が手を上げる。
「理事長さん、この学校ってどんな学校なんですかー?」
「この学校かい? それはね、一言で言うなら『異常』な学校だよ」
この時、嵐崎紫苑から妙な殺気が出たのを、俺と伊佐南美は確認した。
(何だこの殺気……!)
俺は心の中で驚く。この嵐崎紫苑の出す殺気は常人離れしている。とても濃い殺気という訳ではない。只、背中を見せた時点で殺される、後ろを向いたら殺される、目を逸らしただけで殺される、そんな殺気だ。俺は伊佐南美の方を見る。こいつもこの理事長の殺気に驚いている様だ。無理も無い。この理事長の殺気は俺よりかは薄いが、強い!
「ここはね、『異常』の、『異常』による、『異常』の為の、『異常』なまでに『異常』過ぎる、『異常』を育成する学校。それがこの東京射城学園。この学校に『普通』は無い。全部『異常』なんだ。『普通』の『異常』じゃない。『異常』に『異常』なんだ。この日本に於いて一番『異常』な人間が集まる、『異常』だらけの、『異常』以外何も無いぐらい『異常』、ここはそういう学校でね。生徒だけじゃない。教師も事務員も、そして理事長であるボクも、皆皆『異常』でガッ!」
かなりの殺気を出し続けている理事長の頭をブッ叩いたのは北条さんだった。
「理事長、そのくらいで」
「……あぁ、ゴメンゴメン。ついつい。悪いね優子さん」
「お気になさらず。それよりも服部御兄妹、先程理事長が申された通り、この東京射城学園は『異常』な人間が集まり、それを育成する為の学校です。詳しく説明すると……」
この後は北条さんが丁寧に教えてくれる。というか最初からこの人が説明すりゃ良かったんじゃねえかって話だ。なんて思いながら俺は話を聞く。
「では説明は以上です。何か他にご質問等などは?」
「はーい。理事長さんに質問でーす」
そしてまた理事長に質問する伊佐南美。あの理事長の殺気を感じ取っといて何でまた聞くんだよ。
「何だい?」
「理事長さんは十七歳なのに何で理事長になれたんですかー?」
そういえばそうだな。いくら先代の理事長の孫とはいえ、そう簡単に……
「理由は二つ。一つは祖母の遺言に、次の理事長はボクにしてくれ、とあったから。二つ目は、この学校の中でボクが一番『異常』だから」
そんだけかよ! と思わずツッコミたくなったが、まあ、理由らしい理由だな。
「じゃあ理事長さんは何でこの学校で一番『異常』なんですかー?」
それを聞くなよ伊佐南美! 後でしごかれたいのか! と、怒ろうと思ったらまた理事長が殺気を出す。
「ふふ、それはアダッ!」
と思ったらまた北条さんが理事長の頭をブッ叩いて止める。
「理事長、お時間です」
「え? あ、そうだったね。仕方ない、この話はまたいつかね」
「えー、私聞きたむぐっ!?」
しつこい伊佐南美の口を俺の両手で塞ぐ。
「理事長、こいつは後でしっかり仕置きをしておくので」
「んーんーんー(放してよお兄ちゃんー)」
「別に気にしないでくれ。では早速君達を学生寮に案内するよ」
「学生寮ですか?」
「うん。この学校はかなり郊外の所にあるから、生徒達の為に寮があるんだ。勿論男子寮もあるから心配しないで良いよ」
理事長は椅子から立ち上がると北条さんの後に歩く。俺と伊佐南美もそれに続く。
「んーんーんー(お兄ちゃんー、放してー)」
「伊佐南美、後で縛られて拷問されるのと大人しくなるのとどっちが良い?」
「…………」
そう言うと伊佐南美は黙った。そして俺と伊佐南美は黙って理事長の後について行った。